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    noupura

    @noupura

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    noupura

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    締切まであと1ヶ月切ってるらしい……終わる気配のない目的を見失った感のある進捗。
    最終的に村来になります。
    最近村来のツイートしてないけど原稿してるからだよ!のアピール

    作業進捗・イチゴのクラフティ
    春が来て夏が過ぎて秋を経て冬を迎える。
    一生がその繰り返しだ。人も動物も植物も、何度も季節を繰り返していく。

    大学を卒業してボーダーの仕事にも余裕ができた村上は、ボーダーの任務の傍ら鈴鳴のはずれにある小さな古民家で焼き菓子屋を営んでいる。一階が作業場と売り場を兼ねていて、二階が居住スペースになっている一軒家は来馬が“持て余している“と言って貸し与えてくれたものだ。道具一式が揃えられた調理場に村上は恐縮しきりだったが、与えられた環境を無駄にしないためにも村上は懸命に励んだ。
    そして現在、村上によって丁寧に作られた焼き菓子たちは地元の人々に愛され、今日も慎ましやかに甘い香りを届けている。

    さまざまな果物があるが、ケーキに合う最もスタンダードな果物といえばイチゴだろう。
    味はもちろん、真っ赤な見た目はそれだけで菓子が華やかになる。春の訪れを感じさせるいちごの香りは、作り手の村上の気分も高揚させた。
    「イチゴのクラフティを食べると春が来たって実感する」
    「今年で3年めですからね」
    クラフティは季節によって使う果物が変わるが、生クリームと牛乳の甘みと果物の酸味のバランスが良いと一年を通して人気の商品だ。
    「どの商品も美味しいんだけどこれがあると絶対選んでしまうんだよね」
    それなりに高い頻度で店を訪れる来馬だが、イチゴのクラフティがある日は迷わずそれを選ぶ。今日も来馬はイチゴのクラフティと、プレーンのスコーンを2つ購入した。会計をして紙に包みながらの雑談は村上にとっての息抜きだ。
    「気に入っていただけているなら嬉しいです」
    「牛乳の優しい味がしてホッとする。ケーキっていうよりタルト生地のプリンみたいだよね」
    「生クリームが入っているので日持ちはしないんですが、クラフティと他の焼き菓子とセットで買うお客さん多いですよ」
    口の中の水分が持っていかれるのが得意でないという人や、生ケーキが食べたいという気分の人にはちょうどいいらしい。他の商品にはない需要があるため、村上は定期的にクラフティを焼く。基本的に店に並ぶのはスコーンとクッキーで、あとは季節の果物を使ったマフィンだったりパウンドケーキだったりクラフティだったりをその日の気分で仕込んでいる。あまり得意ではなかったが、今に勧められてSNSにてその日のメニューを告知するようにしていた。
    「イチゴが終わったらみかんだよね。そっちも食べたいな」
    「事前に来られる日を教えていただければ焼き立ても出せますよ」
    クラフティは冷やして食べるのも美味しいが、焼き立てを食べても美味しい。店頭に並ぶものはしっかり冷やされたものになるが、来馬であれば二階で一緒に焼き立てを食べることも可能だ。
    「優遇されてる」
    「お得意様なので」
    「トッピングでアイスも乗せられますか?」
    「来馬先輩が買ってきてくれるなら特別に」
    村上がディッシャーは用意しておきますとジェスチャー付きで伝えると、来馬は楽しみだなぁと笑う。
    「一度アイスクリーム屋さんみたいにアイスをすくってみたかったんだよね」
    「食べ放題とかで出来ますよ」
    「ほんと?難しそうだな。鋼は上手そう」
    「まあ、そうですね。ソフトクリームなんかも犬飼に手を添えてもらって学習しました」
    お好み焼きは影浦から教わり、たこ焼きは水上から習った。同級生からは一家に一台村上だと言われることがある。
    「鋼のサイドエフェクトって人生を豊かにするね」
    「……俺もそう思います」
    自分のことのように嬉しそうに微笑む来馬を見て一瞬言葉に詰まる。
    学生の頃はサイドエフェクトを持て余していた時期もあったが、来馬やボーダーの仲間と出会い副作用は村上の個性の一つとして挙げられるようになっていた。初対面の人間に便利な能力だと言われても傷付くことは無くなったが、それでも来馬の優しい言葉は今でも村上にとって特別な意味を持っていた。
    「ボーダーでもたくさんのことを学習しましたが、ここでも自然相手に日々学ぶことばかりですよ」
    「鋼は今楽しい?」
    「はい。この店も俺の大切な居場所の一つです。たまにボーダー隊員も遊びにくるんですよ」
    「それは良いことだね。ぼくもよく鋼と鋼のお菓子の話を太刀川たちにするよ。そういえば今度太一とさくらんぼの収穫に行くんだよね?」
    なるべく地元の旬の果物を使いたいと決めているため、声が掛かれば農家の手伝いをして、代わりに果物を少し安くで卸してもらうこともある。さくらんぼについては太一も是非と誘いがかかっていた。
    「そうなんです。去年に引き続きありがたいことですね」
    ボーダーで働いていた頃は市民を支えるという立場だったが、店を営むようになってからは地元の人に支えられていると感じることが増えた。店を始める前よりも、今の方がこの街のために任務を遂行したいという意志が強くなっている。
    「おれ、三門で迎える春が好きです」
    春が優しい思い出ばかりでない季節だったとしても、村上は桜が咲いてイチゴの香りが店を充満するたびにここに来てよかったと思う。
    「だから来馬先輩も美味しく食べてくださると嬉しいです」
    とっくに包み終えていた菓子の入った袋を来馬へ渡す。手のひらの重みは幸せの重みだと、お客さんに言われたことがあった。それ以来村上は商品を受け渡すときは食べる瞬間その人が幸せであることを祈っている。
    「いつも美味しいお菓子をありがとう」
    「こちらこそ。いつもご贔屓ありがとうございます。またのお越しをお待ちしてます」
    鈴鳴の少しはずれにある古民家の、分厚い扉を開けて来馬が退店する。ショーウィンドウ越しに手を振る来馬に、村上は思わず笑みがこぼれた。
    春が来れば夏が来る。何度も繰り返す季節の中で、春は村上にとって傷であり始まりの季節だった。

    2.みかどみかんのコンポート

    いつもと変わらない甘い匂い。
    村上の営む焼き菓子屋は、今日も地元の人々に愛されている。
    品数は多くはないが、何を食べても美味しいとの評判を受け、わざわざ遠くからやってくる客もいた。あくまで前線を退いた村上が任務や仕事の合間に一人で製作から販売まで行う店であるため、どうしても不定期の営業になってしまう。にも関わらず日々菓子を求めてやってくる客に、村上は頭が上がらなかった。
    本日のメニューはスコーン、キャロットケーキ、みかんケーキ、クッキーの4種類。そして瓶詰めにしたみかんのコンポート。
    村上の店は、地元で取れる四季折々の野菜や果物を使った菓子作りを心がけている。春になれば苺、夏になれば桃、秋はいちじく冬は南瓜。市場に出かけておすすめされたものをそのまま買って焼き菓子に混ぜたり、ジャムやコンポートに加工して販売することもある。
    学生時代の村上は日々を慌ただしく、自身の学業やランク戦のために過ごしていたが、焼き菓子屋を営むようになり四季の移り変わりを今までより細やかに感じ取ることができるようになっていた。旬の食べ物を知るのはもちろんのこと、気温や湿度によって菓子を焼く際に気をつけることが変わる。自然を相手取ることは難しくまだ失敗することもあるが、新たな学習の場を村上は楽しんでいた。それもこれもアドバイスをもらったおかげだと村上は日々来馬に感謝している。

    ボーダー隊員として前線を張っていた村上だが、大規模遠征が成功し人員が増えた結果以前ほどシフトを詰める必要がなくなった。そして大きな流れとして、元々いたメンバーは大規模遠征後に入隊した新規メンバーの育成にあたり、元あった隊のほとんどが解体再編成された。鈴鳴第一も名前はそのまま引き継いでいるが、既に村上も他の誰も在籍していない。現在鈴鳴第一を名乗る子供たちは、同年代で隊を組みA級になることを目標に日々ランク戦などで切磋琢磨している。
    鈴鳴支部の上席として子供たちを監督する立場にあった村上だが、ある日ふと疑問に思ってしまった。今自分のいるこの立場は、果たして自分で望んだものなのだろうかと。
    荒船は学生時代から温めていた計画を実行すべく後進育成に勤しんでいる。別役も狙撃手の経験と得意のパノラマ作りを活かしつつ、地図作成班でランク戦などで使用するマップを作ったり、遠征で得た情報の図面化を行いながら活躍している。皆自分の理想や特技を活かして毎日を忙しく、それでも楽しそうにしているのが会って話をするたびに村上に伝わってきた。一方で村上は流されるがまま、ここまでやってきてしまった。仲間と競い合い強くなることは楽しい。守る力を身につけることで得たものは多い。しかし、今尚こうして古巣に執着しているのは成長なのだろうか。もしかするとただの未練でしかないのかもしれない。以前に比べ休みの多くなった防衛任務は、大学を卒業してから余計に空白が目立つように感じた。支部を運営するための細やかな仕事は手を付ければキリがないが、それでも村上がいなければ立ち行かないものではない。
    悩みに悩んだ結果、村上は来馬へ久しぶりに連絡を取ることにした。

    来馬はボーダーから幹部にと誘いを受けていたが、やりたいことがあると言ってそれを断った。家業は弟に任せたと聞いたが、新たに事業を興しボーダーと市民とを繋ぐ第三者としての役割を果たす仕事を行なっているという。歴史の長い来馬家の持ち会社であることも幸いし、三門市内外の人々への働きかけは順調だそうだ。本部でたまたま出くわした諏訪がやり手だと来馬を誉めていた。村上に気を利かせて嘘を言うような人ではないため、諏訪の言うことは本当のことなのだろう。だからこそ自身のやりたいことを見つけ、それを実現させている来馬に村上はアポイントを取った。忙しいのであれば返信はいらないと伝えたが、来馬が後輩に頼られれば応えない人間でないことは、村上が1番よく知っている。多忙な中、来馬は時間を割き村上を夕食に誘った。
    「久しぶり。元気だった?」
    「はい、いつも通り健康です」
    「鋼は自己管理がちゃんとできてて偉いね」
    高校生だった頃とは違い、村上はとっくに成人している。それでも来馬は会うたびに村上をすごいね、偉いねとよく褒めた。

    「悩み事があってぼくに連絡してくれたんだよね」
    来馬が指定した場所はチェーン店ではないものの、特別変わったところのない普通の居酒屋だ。最初に頼んだ飲み物と簡単なつまみが届いたところで来馬は村上の話を促す。
    「……実は今の自分が正しい自分なのだろうかとと不安になってしまって」
    「正しい自分?」
    「周りは元々持っていた夢を実現させていたり、成長して新しい場所で実力を発揮していたり、みんなちゃんとしてる。でも俺は学生の頃から何か変わったのかなって……」
    お前たちが羨ましいなんて、そんな事を荒船や別役に伝える事は出来ない。だからといって他の友人や同僚にも絶対に打ち明けることは出来ない。村上の中で澱のように溜まっていた不安が来馬を前に口を突いて溢れ出す。
    「おれはボーダーに来てからずっと楽しくて、サイドエフェクトも受け入れてもらえて嬉しくて、がむしゃらにやってきました。でもその次のことなんて考えてなかった。来馬先輩がボーダーを辞めて俺が隊長になって、必死で隊長を務めて後輩が出来て鈴鳴第一を譲って、それから……それからは多分自分で何かを決めてはこなかったです」
    ただ求められるままに求められたことをこなしてきた数年間。組織が大きくなりできた時間の余裕を実感してやっと、村上は自身の中の虚を自覚した。これでいいのだろうか。否、良いはずがない。だが、それなら一体どうするのが正解なのか。頼る先が来馬であることを情けないと思うが、相談相手として来馬以外の相手が思い浮かばなかった。
    来馬は村上の弱音を真剣に聞き、なるほどと咀嚼する。そしてしばらく黙り込んでから、丁寧に来馬は村上を諭す。
    「求められることは凄いことだ。だからそれに応えて来たのは何もしてなかったことにはならないよ、鋼が今までやってきたことは無駄じゃない。まずこれは分かってほしい」
    来馬が村上の不安を軽くしようと言葉を選んでくれているのが伝わる。しかし、来馬は相手をよく褒めるが嘘はつかない。優しい人だが、決して相手のためにならない忖度はしない。だから村上は来馬を頼った。
    「でも、今の居場所を停滞だと思うなら、環境を変えてみると良いかもしれない。例えば一人暮らしとかどうだろう」
    「一人暮らしですか?」
    村上の鈴持つ鳴支部への執着を気取られたのかと村上は身構える。
    「そう。支部だとどうしても常に誰かが側にいるし、鋼はその誰かのことを気にかけたりしてしまうだろう?自分のことだけ一生懸命考える時間が鋼には必要かもしれないし、鋼はきっと探せば自分でやりたいことを見つけられると思うんだ」
    「俺だけのこと?」
    自分のことばかり考えた結果が今なのではないかという不安もあるが、無意識下で村上は一人になることを恐れていたことに気がついた。今や別役が支部の下宿を出た時、同級生たちが実家を出たと話した時、村上はいずれも一人で暮らすことを考えることはなかった。三門はもう知らない土地でもないのに、賑やかな暮らしを捨てられなかった。
    「自分で物件を探すのもいいし、特にこだわりがなければぼくのツテも紹介できるよ」
    「確かボーダーにも暮らしの窓口があったかと」
    「そうなの?ぼくがいた頃はなかった部署だな。組織が大きくなると必要だよね」
    寄宿舎でのトラブルや相談、一人暮らしをする隊員の斡旋などを引き受ける窓口があるが、来馬の言う通り、人員増加に伴いできた窓口だ。
    「ぼくの方でもいいところがあれば……あ、一件おすすめがあるよ。新築の空き家で一軒家の二階なんだけど、本部への通路も近くて支部も近くて、何より賃貸に出してないから格安で紹介できる」

    そう言って紹介されたのが現在村上の住まう家だ。来馬は村上へ二階を紹介しただけで、一階部分に関しては使いたければ自由に使っても問題ないとだけ伝えた。しかし村上は一階も貸して欲しいと来馬に申し出た。
    そして本格的に菓子作りを学び資格をとり、ボーダーの任務のかたわら菓子屋を営むようになった。
    過去の村上の抱いていた悩みが、今の村上で解決できているのかはわからない。ただ、間違いなく今の村上は自分自身にしっかりと向き合っている。毎日を村上の意思で必死で生きている。たった一人での運営のためいつまで続けられるかわからないが、村上はできる限り続けたいと思っている。
    そして、村上が一等来店を楽しみにしているのは来馬だった。仕事の合間を縫ってやってくる来馬は、やはり多忙なのか日によっては疲れた顔をしていることもある。村上の前で弱音を吐くことはないが、村上が焼いた菓子で来馬を癒すことができればと、気持ちを込めて袋を手渡すようにしていた。

    「みかんのコンポートだ」
    「今年は綺麗に沢山作れたので店頭に出してみました」
    去年までみかどみかんは焼き菓子のみを店に出していたが、今年は焼き菓子とは別にみかんを丸ごと煮たコンポートも用意した。
    「涼しげでいいね。鋼が一つ一つ皮をむいたの?」
    「実は裏技がありまして。煮るときに重曹を使いました」
    重曹やクエン酸を使えば薄皮が溶けて缶詰のようなつるりとした食感になるのだと伝えると、来馬は感心したように頷く。
    「そうなんだ……重曹にはそんな力が」
    「先輩帰りにみかんと重曹買うつもりですね?」
    「正解」
    「買うなら食用のにしてください」
    村上はおそらく来馬は掃除で重曹を使ったことはないのだろうと思いつつも念のため伝えておく。
    「重曹って種類があるの?」
    「食用だとアク抜きとか臭み抜きとか、あとはちょっとしたふくらし粉的な使い方とかしますよ。でも掃除にも使えて、掃除用の重曹も売ってます。みかんに使うならスーパーの食品売り場のを買ってください」
    「ありがとう勉強になるよ。でもみかんのコンポートは欲しいな。一つ入れてもらってもいい?」
    「ありがとうございます。あとはどうしますか?」
    「全部一つずつで」
    「かしこまりました」
    村上は来馬の言う通り棚から取り出し、あらかじめ梱包されているクッキー以外を一つずつ薄紙に包んでいく。
    「瓶だけ重いので袋分けでもいいですか?」
    「お願い」
    緩衝材で包み、コンポートの瓶は別の袋を用意し、二つの袋を来馬へ手渡す。
    「生のケーキより日持ちはしますけど、コンポート以外は二日以内に食べてくださいね」
    村上は言外に全て一人で食べるのかと尋ねると、来馬は少し気まずそうに村上から視線を逸らす。
    「今日は甘いものをたくさん食べても良いということにしたので……」
    「お仕事、忙しいんですか」
    普段来馬は健康的な食生活を送っている。村上の店で買う時もどれも美味しそうだと悩んだ末に一つか二つ買っていく。複数購入するときは誰かとお茶をする時と、あとは仕事が立て込んでいる時だけだ。
    「あと少ししたら大分落ち着くから、それまでは頑張るよ」
    「あまり無理しすぎないでくださいね」
    昔であれば来馬の仕事を手伝うと申し出ることができたが、部外者である今はそれが叶わない。村上にできることは、作った菓子を来馬へ手渡すことだけだった。
    「ここが踏ん張りどころって時に鋼のお菓子が食べたくなるんだ」
    「少しでもお役に立てているならよかったです」
    「いつも本当にありがとう。落ち着いたらまた来るね」
    「来てくださるのはもちろん嬉しいですけど、それよりゆっくり休んでほしいですよ」
    「ぼくにとってご褒美みたいなものだから」
    「それは光栄ですが……」
    来馬のことは確かに心配だが、やはり来馬と会えることは素直に喜ばしいことだ。その上この店が来馬にとって特別な場所であるなら尚更。
    「またね」
    村上はいつものようにありがとうございました、と退店の挨拶をする。その声が震えていないか自信がなかった。間接的にとはいえ、来馬の役に立っているならこれ以上に嬉しいことはない。
    村上は高校生の頃からずっと、来馬のことだけが好きだった。

    3.さくらんぼの焼きタルト

    「鋼さんって何でボーダーやりながらお菓子も売ってるんですか?やっぱ来馬先輩っすか?」
    高い梯子が必要な場所は村上が、比較的地面に近い梯子は別役が。それぞれの高さのさくらんぼを丁寧に収穫していく中で、別役は唐突に村上へ問いかけた。
    「なんでそこに来馬先輩が?」
    「なんとなく。そうかなと」
    別役の直感はよく当たる。
    本質を見ることに長けているのだと昔来馬が誉めていた。
    「違うんですか?」
    「いや……違わないよ」
    「ですよね。鋼さんは絶対そうなんですよ」
    何となくと言った割には確信めいた物言いに村上は不安になる。
    「そんなにわかりやすかったか」
    「それは付き合いの長さユエというやつです」
    「つまり太一と同じくらい付き合いがある相手には筒抜けってことになるんだが」
    別役と同じだけ付き合いのある相手とは、つまり同年代のボーダーで知り合ったメンツほとんどということだ。
    「鋼さんわかりやすいんで。あとフェアじゃないんで言っちゃいますけど、高校卒業の時に鋼さんが来馬先輩に告白して振られたのも知ってますよ」
    振られてもずっと来馬先輩のことが好きってことも知ってます。と別役は続ける。さくらんぼの収穫をしながら明かされる事実にしては衝撃的で、村上は一瞬思考と作業の手が停止した。
    「もちろん来馬先輩が俺に話してくれたんじゃなくて、鋼さんの雰囲気で察しました」
    「……それは付き合いの長い相手ならみんな察してるか?」
    「それはさすがに……今先輩くらいじゃないですか?だってあの頃はおれたち毎日一緒に過ごしてたんですよ」
    別役の言い分は尤もで、当時の別役のテストの点数も今のダイエット事情すらも村上は知っていた。であれば村上の淡い青春も二人に知られているのは当然かもしれなかかった。
    「太一の言ったことで合ってる。だけどいつかもう一度告白しようとか、付き合いたいとかそういうのは無いんだ」
    幸い周りには誰もいない。いるのは村上の声が届かない程遠くで作業をする果樹園の持ち主だけだ。村上は作業を再開しながら罪を告白する気持ちで別役に吐露した。
    村上は高校生の頃からずっと来馬を好いていて、きっとこれからも好きなままなのだろう。ただ、村上が来馬に対して抱く感情は一切来馬には関係が無い話でなければならない。振られてから数年経つが、村上は自身の気持ちが報われることなく一生を終える覚悟はできていた。
    「じゃあ鋼さんの好きはどうなるんですか?」
    「どうもしない。だから俺は菓子を焼くんだ」
    「それって何か関係あります?」
    「あるよ。なんなら俺はずるい」
    来馬に提案された物件は二階建ての一軒家で、二階部分だけ利用すればいいと紹介されていた。しかし物件の本来の目的と自由に使っていいと言われた一階部分を見て、村上は菓子屋を営みたいと申し出た。それは昔、来馬が村上の作る菓子を美味しいと誉めたからだ。今に教わったことをそのまま再現しただけのものを、村上自身の性格が出ていると笑った来馬を思い出したからだ。
    「俺は多分、誰かに必要とされたいし喜んでほしいんだと思う。だけど自分は何をしたらいいのか当時わからなくて、それで結局過去に来馬先輩が喜んでくれたことを思い出したからという理由で菓子屋をやると決めたんだ。狡いよ」
    まさか来馬が店に足繁く通ってくれるとは村上は思っていなかったが。
    それでも良い思い出のうちの一つに製菓の記憶があり、今の村上はその延長線上にあることは間違いない。結果的にこれまでになかった意味合いでの地域の人々との交流の場となり、いい方向に転んでいるが、別役に“来馬が関係しているのだろう“と見透かされてしまったのは決まりが悪かった。
    「おれも鈴鳴のみんなが褒めてくれたから今でもボーダーにいられてるんすよ。誰だって人から必要とされたい気持ちはあると思います。だから鋼さんが特別狡いとかありえないですよ」
    「ありがとう。太一は強くなったよな」
    「鋼さんは今も昔もめちゃくちゃ強いっす」
    チームでも個人でもランク戦に参加しなくなり久しいが、それでも村上のポイントを超える若手は数えるほども出ていない。別役はそのことを言っているのだろう。
    「今と昔じゃ事情も違うから」
    「太刀川さんは今でもたまに個人戦に参加して荒らししてます」
    太刀川は今でも総合一位をキープしていた。
    ボーダーの強さの象徴であり、ピークを過ぎても一線で戦うことが可能であると言う生きた証拠でもある。
    「太刀川さんくらい強い人がいた方が盛り上がるだろ」
    「それを言うなら鋼さんだって行けば盛り上がると思いますけど」
    だって別に衰えてないでしょう?と別役は作業の手を止めて村上を下から見上げた。別役の丸くて大きな輝く瞳が村上を見つめる。村上はそのまっすぐな瞳に見つめられると弱い。
    「……トリオン器官に年齢による影響は出ていないらしい。訓練もしているからいつでも闘える用意はある」
    何なら今行われているランク戦についてのログも全て確認しているため、ほとんどの相手に対して一方的に負けることは無いだろう。
    「ただ、今は戦うこと以外のことを学習していたいんだ」
    「それがお店ってことなんですか?」
    「ああ。店を始めて本当に良かったと思ってる」
    何のために戦うのか。
    三門出身の人間であれば家族のため、育ってきた土地のため、復讐のためといった理由が自然と生まれる。もちろん自身のため戦うことも立派な動機だ。しかし村上や別役のように外から来た人間は何を担保に戦うのかが曖昧になりやすい。トリオン体での戦闘が主であるため、普段の任務であれば命を賭けている意識も高くない。が、遠征となれば話は変わる。
    豊かな食を楽しみ、当たり前に安全な場所で眠ることのできる普通の日々を捨てるだけの覚悟を決める何かがなければいけない。
    数年前は幼さ故に日常を離れることに理由は必要なかった。しかし大人になればなるほど日常を棄てるだけの理由が必要になってくる。らしい。
    村上にはいまいち理解できていない話だったが、上層部は村上に自身の戦う理由を見つけた方がいいと言った。それを受けて村上は自分自身の人生について悩み、自身の中の空白に気がつき、来馬に助けを求めた。
    「来馬先輩もこの街の人たちも守りたい。生まれた土地は違えど大切な人たちなんだ、俺は戦えるよ。本部の人たちにもそう伝えておいてくれ」
    「別役了解。鋼さんさくらんぼあとどのくらいで終わりそうですか?」
    「俺はもうすぐ終わるぞ。太一は?」
    「おれも終わり見えてきましたー」
    「慌てずにな」
    時おり梯子の位置をずらしながら、無事作業は完了した。あとは収穫した分から仕入れ分を抜いて、果樹園の持ち主に声をかけたら完了だ。作業が終わったことを告げると、謝礼とまた来年も別役と二人で手伝いに来てほしいという言葉を貰い受けた。

    「さくらんぼは焼きタルトとジャムにするけど太一は食べるか?」
    「当たり前じゃないですか!焼いたら教えてください。今先輩の分もお使いしに行きます」
    「ありがとう。今に他に何かリクエストがあったら教えてほしいって伝えといてくれ」
    「わかりました!それじゃお疲れ様でした!」
    別役と別れた村上は帰宅してそのままさくらんぼの種取りに取り掛かる。
    一つ一つ丁寧に種を取り、さくらんぼと同じ重さの砂糖をまぶしたところで村上は一息ついてスマホを取り出した。
    「来馬先輩、今お時間大丈夫ですか?今日太一とさくらんぼの収穫を手伝ってきたんです。次回いつ頃来られそうですか?」
    あなたの来る日に合わせてさくらんぼのケーキを焼きます。その日は特別美味しくなりますようにといつも思ってしまうんです。来馬先輩だけ贔屓をするようで良くないとわかってますが、ままならないものです。
    たくさんの人と出会ってきましたが、それでも俺の好きな人は来馬先輩だけですよ。
    泡のように浮かんでは消える村上の感情は、今日も電話の向こうに伝えられることなく消えていく。それは村上一人だけの秘めた想いだった。

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