カモミールティー俺には拭いきれない過去がある。
頑張っても光が見いだせない、闇に飲み込まれるこの感覚は身体が覚えていた。
大丈夫、まだやれる。
誰の力も必要ない。
一人で生きていくと決めたから。
そう思って、自分の身に余るほど抱えすぎてしまった。考えれば考える程息が苦しくなる。いい加減考えなければいいのに。
弾丸の鉛が溶けて銃身や薬室にこびりつくみたいに、熱くてドロドロしたものが心臓に引っかかって、胸が苦しい。
授業中や任務中も無駄にイライラしてまともではいれない。俺のポンコツな脳みそはミスが続くことに苛立ち、銃をむやみやたらと乱射したことによってとうとうジャムってしまい動きを止めた。
1度短くため息をこぼす。
このままでは駄目だと思い、プロテインを一気に飲み下し、フリーズした自分自身を手入れすることなく訓練場を出た。
動いていればなんとなく気が紛れるようだった。筋トレしてたり走ってる時はただひたすら無心になれるから、なんとなく気持ちが楽になる。
だがしかし、無心でいられるのはその時だけ。いざ学業や任務に専念しようとすると、途端に
俺はダメになる。しきりにイライラや不安が爆発して、モノにあたってしまうんだ。
「おい、ライク・ツー」
どうしてそんなに不機嫌なんだ?
任務が終わって帰りの車の中、俺の相棒は尋ねてきた。
どうしてなんて、そんなの俺が1番聞きたいのに。
「べつに、」
「言わないとわからないよ」
マスター自身は普段通り接してくれてる。
そう、それが普段通りで特に気にすることでもないはずだったが、その日に限って俺は、
「うるせぇよ、」
「え」
「うるさいって言ってんの」
「俺はお前のことを思って、、、」
「そういうの迷惑なんだよ!
はっきり言ってウザイから。」
なんて言ってしまったんだ。マスターは俺の態度に驚いた様子だったが一呼吸開けて、落ち着いたトーンで、
「お前の気持ちも考えないで話しかけて悪か
った。でも、今のお前は何か思い詰め
てるような顔をしている。もし、困っているこ
とがあるなら頼ってくれ」
って宥めてくれる。
それでも俺はどうしようもなくって、
「別に、」
「任務つかれたのか
最近トレ室に篭もりっきりなんだろう
なんだか痩せたみたいだけど飯は食べてるの?」
全て図星だった。
任務は疲れたし、無駄に考えたくないから暇さえ有ればトレーニングしてるし、飯だって喉を通らないんだからやつれるに決まってる。
俺がコイツに世話焼かれる日が来るなんてな...
「ほっとけよ」
俺は冷たく突き放したが、マスターは悲しげな表情で俺に問いかけた。
「それは、俺がウザイから話しかけんなって
事それとも、俺が傷つかないように」
もちろん後者だ。できることなら傷つけたくない。それでも、俺の口から溢れてくるのは暴言だ。
「ライク・ツーは優しいね。
お前が辛いのに俺の事気にかけるなんて。」
マスターは独り言のように呟いた。
その言葉に触発されたように、
「優しくなんかねーよ。どうせ俺の態度
見て、うぜえっておもってんだろめん
どくせえっておもってんだろ」
「思ってない、」
「んじゃ、俺からなんて言われても傷つかな
いって言いきれるかよ、俺にイラついて
も黙らないって約束できるかよ、めんどく
さくても相手出来んのかよ」
「わかった。けど、、」
「けどってなんだよ 結局今言葉選んでんじ
ゃねーかよ腫れ物に触るみたいに扱って
んじゃねーよマジでウゼぇ」
心底めんどくせえと自分でも思った。
その言葉のナイフはマスターのこころもぐちゃぐちゃに割いてしまった。
口をつむぎ、目から雫が溢れてきた。
なんなんだよ、、、
黙ってんじゃん、
怒ってんじゃん、
うぜぇっておもてんじゃん
呆れてんじゃん、
なんで勝手に泣いちまうんだよ、、、
そこからは沈黙が続いた。
その沈黙を破ったのは運転手の「着きましたよ」の一言だった。
俺は足早にトレ室に向かった。
つけっぱなしの蛍光灯は点滅を繰り返して、気まぐれに俺を照らした。急いでつくったせいかまだ粉っぽいプロテインを飲み干して、むしゃくしゃしたままの勢いでタンブラーを床に叩きつけた。ガラスが割れる鋭い音が響く。しかしそれも虚しく静寂に飲まれた。
酷いことを言ってしまった。
マスターは俺を心配してくれたのに、俺はアイツを傷つけてしまったのだ。自分のせいで泣かせてしまった後悔と苦しみが俺を侵食していく。
後悔はいつだって俺を哀れにする。
この苦しさ、寂しさは1人になると訪れる。
「だれか、、、たす、、け、、て、、、」
怒りにも似た何か、
不安にも似た何か、
焦りにも似た何か、
悲しみに似た何か、
苦しみに似た何か、
ドロドロとした感情が僕の中で溢れ出す。
どんなに頑張っても報われない。
願ったって叶わない。
世界に溢れる光や音全てがぼくを苦しめる。
希望の蕾を摘み取られていくこの状況は、
縋った藁は根から刈られ、
既に蜘蛛の糸は引きちぎられた思いだ。
生きるという苦しみから逃れられるなら、
“いっそ、壊れてしまえばいいのに”
____ダメだ、
早くどうにかしなきゃっ、、、
震える手が伸びた先は割れたガラス片だった。
嫌だ、、、
まだやれるっ、、、
俺もっと頑張るからっ、、、、
僕の事捨てないで、、、、
見捨てないで、、、、、
ヒトリにしないで、、、、
涙とともに溢れる想いとは裏腹、ボクの身体は自分の左手首を切り裂こうとした時だった。
ばんと大きな音が響く。
誰かが乱暴に扉を開けたんだ。
その音に驚いたど当時に、背中から伝わる温かさと、手を伝う生温さ。
カチカチと照らされた手元には確かに滴っている赤黒い液体。しかしそこに痛みはない。
「間に合った、、みたいだな、、、。」
耳元で聞こえたのは、俺が1番大切で最愛の人の声だった。
「マス、、、タ、、ァ、」
「寂しい想いさせてごめんねライク・ツー」
僕の頭は混乱した。
そう、僕の手に垂れるのは僕のじゃない。甘くて苦いような鉄の香りを放つのはマスターのものだった。
痛いのは僕じゃない、
それなのに、マスターは僕をなだめるように抱きしめて優しく包み込んでくれる。
「あっ、、、うっ、、、ごめんなさいっ、」
「ライク・ツー落ち着いて、、、」
「ごめんなさいっ、、ごめんなさいっ、」
僕にはマスターの声が届かず、傷ついて繰り返し同じ場所に飛ぶ古いCDように繰り返した。
息つくまもなく繰り返される謝罪は、次第に過呼吸へと変わっていく。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい
っ、、っは、ごめんなさっ、、う、、、
ごふっ、」
ひゅうひゅうと喉がなり始めた。
「ライク・ツー、俺の声聞こえる
まず手に持ってるもの俺にちょうだい」
自分の傷もそのままに、俺の緊張した手のひらをゆっくりと解して俺の化身を奪い、代わりに自分の手にすり替えていくマスター。そして、周囲のものも含むあらかたの危険因子を俺の手の届かないところに置いた。
「ほら、ゆっくり吐いて」
マスターが深呼吸を模してくれるものの、僕には真似ができないどころか、余計苦しさが増した。
「ごめんね、少し荒療治だよ」
その言葉とともに唇を塞がれた。
反射的に息を止めてしまう。
絡まる舌と一緒にゆっくりと吐息が交わる。
次第に俺の意識はキスへと向かっていくのがわかる。苦しいのに、今にも蕩けてしまいそうになる。
少し唇が離れて、
「そう、その調子でゆっくり呼吸してごら
ん」
その科白の間にも僕はマスターの唇を求めた。
思い出したことがある。僕はキスが下手だった。キスが下手というより、息継ぎが下手なんだ。マスターと初めてキスした日、僕は近づく整った顔に思わず瞼と気管をキュッと閉めた。
舌先が少し触れあるだけのキスだったけど、ずっと息を殺していたから苦しかった。
意外と広い肩を2、3回叩くと唇は離れていった。そして、「ライク・ツー、息していいんだよ?」と笑ったんだ。
それからというものは、キスの度に、ゆっくりと息を吐くように練習した。吐息と吐息が絡まる瞬間に思わず身体が昂ったことを覚えている。
いつの間にか、僕の呼吸は正常になり、意識もはっきりしていた。相変わらず、マスターの手は何もされないままだった。
「マスター、、、手、、、、」
「指先を少し切っただけだよ。指って毛細血
管が通ってるから大袈裟にみえてるだけ
で、致命傷になったりしないから安心して
ね。」
マスターはいつだって僕を1番に考えてくれる。
向かい合って抱きしめられた形になって、泣きじゃくる僕を髪を優しく撫でてくれる。
「だいぶ落ち着いたか」
「おかげ、、、さま、、で、、」
「よしよし、いっぱい泣いてもいいんだぞ。
今は俺とお前しかいないからな。」
「それより、早く、、手当し、、て、、」
「あぁ、そうだね」
離れて行きそうになるマスターに身体が拒んでしがみついてしまう。こんな事してたら手当てできないのに。
「離れていかないよ。」
その一言とともに、やつれきった僕の身体は軽々と抱えられ寮まで連れて行かれたと思ったら部屋のベッドに運ばれた。
そして、自分のシャツを破き患部へと巻いて止血を施す。
「セクシーな格好になっちゃったな」
なんておどけてみせるから、つられて僕まで笑ってしまった。
「ようやく笑ってくれたね」
「あっ、、、」
「俺はお前の笑った顔が1番すき」
とびきりの笑顔でマスターはそういった。
なんだか、小っ恥ずかしくなって、僕は思わず話を逸らした。
「なんで、会いに来たんだよ...。」
「謝りたかったんだ。」
そういって一つ一つ言葉を紡ぎ始めた。
「お前の自尊心を傷つけたこと、
俺の配慮が至らなかったこととか、、、、
話をぶり返すようで悪いけど、俺だって、
あんなトーンでウザいなんて言われたら
さすがに傷ついたよ。ライク・ツーが、俺が怒
っても黙らないでって、言われたから気を
つけようって思ってたのに、それが出来な
かった...本当にごめんね、、、」
マークスはすまなそうに言った。
悪いのは全部僕なのに、マスターは俺を責めないように気を遣ってくれているようだ。悔しい半面、先ほどのような苛立ちはなくその言葉に甘えた。
「今日は俺と二人で寝よう。
お前が兄とそうして寝てた時みたいに、
ぎゅうってしてあったかくして寝ようね。」
まだ素直になれない僕は、
「傷つくのはお前だからな。
泣いても怒っても責任とらない」
「望むところだよ^^」
先にシャワー浴びてまっててと、マスターは割れたガラスを片付けるために戻ってしまった。後片付けをさせる申し訳なさが残ったが、今はマスターの気持ちに甘えていたくて、そのままシャワールームに向かった。シャワーを浴びた後は言われた通りに部屋に戻った。ベッドサイドにあるディスクの上に準備されていたのはカモミールティーで、さわやかなカモミールの香りで癒された。カップを口元に運ぶと、甘い香りが鼻腔をくすぐった。ほんのりとした苦みと渋みはわりと俺好みで、まだあついお茶がが口腔内を潤し、咽頭を流れ胃が温かくなった。
その後マスターもシャワーが終わり、まだ濡れたままの俺の髪の毛をタオルで撫でるように乾かしてくれた。
「カモミールティーどうだった?」
「すごく美味しっ、、、悪くはなかった」
「それなら良かった!カモミールにはね、」
「抗ストレス、抗不安、安眠効果。健胃効
果、体を温める、抗炎症効果、だろ?」
「さすが天才」
そのあとも少し駄弁りながら二人で同じベッドに入った。二人で入るベッドは成人男子二人が入ったら少し狭くて、それでいて暖かかった。
あんなに荒んでいた心が、マスターといるだけで落ち着くなんて。いくら俺が酷いことを言っても、決して俺を見捨てたりしない彼は本当にいいマスターだと思う。たった数ヶ月共にしただけだけど、彼がいてくれたから俺は明日も俺で、貴銃士のライク・ツーとして、またUL85A2として生きられるんだろう。
俺は、マスター柔らかい石鹸の香りとカモミールの混ざった匂いを眠剤がわりにそのまま眠りについた。