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    こにし

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    こにし

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    2021.6.27発行 オーカイ本『ささやかなぼくの天国』より 小説①『よすが』のweb再録です
    再録にあたり多少加筆修正しております

    #オーカイ
    #web再録
    webRe-recording

    よすが 前を歩くオーエンの歩幅になんとか合わせようと大股で歩いても、彼はどんどん先へと進んでゆく。歩調はさほど変わらないのに追いつく気配がなく、私は、彼のいやみな程に長い脚を思った。椅子に座るときにはいつもすらりと組まれていて、以前みずから自慢げに披露するそぶりを見せたことがある。
     淡い色をした美しい夢の胞子が濃霧のように漂っている。加護で守られてはいるものの、その光景を見ているだけでも幻想に呑み込まれてしまうような気がして少しくらくらする。ぼんやりと歩いていると突如、隣から顔を覗き込まれ、私はうわっとなさけない声を上げた。
    「大丈夫か?」
     凛とした声。それは隣を並んで歩くカインから発されたものだった。私があわてて大丈夫ですと言うと彼はそれならよかったと朗らかに笑う。思わずほっとため息を吐きそうになった。カインは妙に他者との距離が近いところがあり、意識しなくとも時折どきりとさせるようなことを仕掛けてくるものだから、心臓に悪い。誰にでも同じように接するので、彼にとってはなんら特別なことではないのだけど、私が元居た世界だとそれはなおさらたちの悪いことだとされていただろう。
    「オーエン! 少しペースを落としてくれ」
     私を気遣ったカインが五メートルほど先を歩くオーエンに向かって少しだけ声を張り上げた。
    オーエンは足を止めないまま視線だけを寄越し、
    「君たちが勝手についてきてるだけだろ。指図されるいわれは無いよ」と言ってまた前を向いてしまった。カインは抗議するそぶりを見せたが、私はいいんですと言って彼を止めた。
    「私が遅いのがいけないんです」
    「けど……」
    「大丈夫です。置いてかれないように頑張ります」
     カインは納得していない様子だったが、ひとまず私の言葉を信じてオーエンの好きにさせてくれた。加護の力が少しだけ強まってすっと気分が楽になるのを肌で感じた。それはオーエンなりの優しさなのかもしれないし、あるいは単なる気まぐれかもしれない。


     北の国と中央の国の魔法使いで討伐依頼を受け、私たち一行は夢の森を訪れた。近頃、夢の森付近の雑木林に蛇の魔物が現れるのだという、それは木こりからの依頼だった。例のごとく北の国の魔法使いたちが素直に引き受けるはずもなく、案の定と言うべきかスノウとホワイトがオズを使って渋々従わせるといった、そんな具合でやってきたのだ。オズは若い面々を連れて行くつもりはなかったのだけれど、好奇心旺盛な彼らは行くと言って聞かなかったらしい。
     こう広くては標的も見つからないということで、何組かに別れて捜索しようという話になった。オズはリケとアーサーにつき、ミスラは単独、スノウとホワイトは監視という名目でブラッドリーに、そしてカインとオーエンと私という組み合わせになった。尤も、オーエンは誰とも一緒になるつもりはなくミスラのように単独で動こうとしていたみたいなのだが、そこに私とカインが無理やり同伴しているような状態である。そんな訳で彼の機嫌はあまり良いとは言えないのだった。以前のオーエンならとっくに加護の魔法を解いていてもおかしくはないのだけど、それをしないのは、やはり彼の心が少し穏やかになったからなのではないかと私は思う。
     先の見えない路をもう随分と歩いている気がする。高く伸びた木々に囲われていて仄暗く、虹色の結晶がそこかしこで薄明かりになっており、ここにいると昼なのか夜なのかさえわからなくなってしまう。夢の森を訪れるのは初めてではないものの、現実離れした幻想的な風景も相まって、慣れることのない場所だった。
     私が黙っていたからか、カインが気遣わしげな顔をしていることに気が付いた。大丈夫ですよと言うように笑みを浮かべてみせる。するとカインもやわらかく笑った。人懐っこい彼の笑顔を見ると不思議と会話がしたくなる。
    「あの、カインはここが好きですか?」
    「ここって、夢の森?」
    「はい」
    「そうだな。多少危険はあるが綺麗な場所だし、好きだと思う」
     周囲を見渡してカインは言う。「賢者様は?」
    「ええと、はい、好きです。でもやっぱりちょっと怖いですかね」今だってオーエンやカインがいなければ、すぐに死んでしまうでしょうから。
     笑いながらそう言うと、途端にカインがとても悲しそうな顔をするので、私は目を丸くした。
    「大丈夫だ。俺もオーエンも居るんだから、絶対に守ってみせるさ」
    「いえ、あの! すみません、冗談でもそんなこと言ってしまって。ふたりのこと信じてますから、だから大丈夫です。死んだりなんかしませんよ」
     私はあわてて弁解し、何気なく口走ってしまった言葉を後悔した。カインは任せておけ、と逞しく笑う。彼に余計な心配をかけて悲しい顔をさせてしまったことを申し訳なく思った。心で魔法を使う彼らに向かって、冗談でもそんなことを言うべきではないのだ。己の言動を恥じて再び黙り込んでしまった私に、カインは続けた。
    「あいつ、死んでもとか、殺されてもとかよく言うだろ」
    「え?」
    「オーエン」
     そう言ってまっすぐと前を見る。会話で歩くペースが落ちているからか、オーエンとの距離はますます開いていた。遠い彼の背中を見つめ、カインは険しい表情を浮かべている。
    「それは……そうですね」
    「俺は、何度生き返られるのだとしても、嫌だなって思う。死んだことに変わりはないんだから」
     カインの声色は徐々に弾みが消えていった。私に向かって言っているというよりかは、独り言に近いように感じた。まつ毛が伏せられ、瞼に暗い影を落としている。なんと応えたらよいのかわからず、私はなんとなく俯いてしまった。
     以前、オーエンがこの場所で私に話してくれた事を思い出す。彼は死ぬ度に痛いと言っていた。それは心から漏れた嘘のない本音だと私は思う。けれども、カインの言うように彼は普段、みずから自分の命を蔑ろにするような発言をさも何でもないことのように言ってのけるところがある。それも多分、やっぱり嘘ではないのだ。彼は私たちが死ぬのと同じだけの痛みや苦しみを知っているのに、それに慣れてしまったから、大事にすることがわずらわしくて放棄してしまっているのだ。命を一つしか持たない私たちが彼の価値観を受け入れるのはどうしたって難しい。
    「すまない、賢者様にこんなこと言ってしまって」
    「あっ、いえ……私の方こそうまく言葉にできずに、すみません」
     ただ、と、私は続けた。カインの真剣なまなざしに見つめられている。
    「オーエンが自分を大事にできない分、私たちが彼の命を大切にできればなと思います」
     遠く先を歩くオーエンの白いコートが揺れている。きっと今の言葉を聞いたらまた怒るだろうけど、これだけ離れていれば、多分その心配もない。我ながら恥ずかしいことを言ってしまったなと思うと、耳がかあっと熱くなる感じがした。ちらりとカインを見遣ると、彼はやはり深刻そうな顔をして、顎に手をあてて思考するポーズをとっている。しばらくそうしているうちに突然あっという顔をして、また「すまない」と言って謝るので、私はたじろいだ。
    「どうしてカインが謝るんですか」
    「間を持たせられなくて。重い空気にしてしまったな」
    「そんなこと気にしてませんよ。私の方こそ、なんだか返答に困ることを言ってしまいましたね」
    「いや、素敵な言葉だよ。俺もそうしたいと思う」
     ありがとう。カインは恭しい言葉とは裏腹に爽やかに笑った。彼のうそのない笑顔は、私の心を晴れやかなものにしてくれた。


     路の先でオーエンが立ち止まっているのが見え、私とカインは顔を見合せて彼の元へと小走りで駆け寄った。何か見つけたのだろうか、じっと下を向いている。
    「何かあったのか」
     私たちは彼の足元を覗き込んだ。そこにあった、というか、いたのは、息絶えだえの中年男性だった。ふっくらとした体を胎児のように丸めて木の根っこのところで倒れている。私はあわててその人の容態を確認しようと近づくと、オーエンが腕を伸ばして通せんぼした。
    「オーエン、あの、その人死んじゃいます」
    「そうだね。こいつはそれを望んでる」
     オーエンはじっと男性を見下ろしたまま動かない。仕方なく彼の腕の上から男性を観察してみると、顔色は悪いが、楽しげに笑いながら小刻みに揺れていることがわかる。私の代わりにカインが男性の足元に跪き、仰向けにして容態を確認した。
    「おい! あんた、大丈夫か?」
     脈拍を測ったり、軽く揺さぶってみたりしているが、やはりけたけたと笑っているだけで他の反応は示さない。目は開いているものの虚ろで、口元から涎が垂れている。髪は乱れており、ふとった体にところどころ汚れたり穴が空いた衣服を身に着けている、決して身綺麗とは言えない風貌だった。
     夢の森に生身の人間が一人。それはつまり、幸せな夢を見て死ぬことを選んだ人なのであろうことを直感する。そう思うと、途端に彼をどうするのが正解なのか分からなくなった。人が望んで死を選ぼうとしているのを、それが正しいのだとしても、見捨てることが恐ろしかった。
    「こいつはね、商売に失敗して、妻も子どもも居るのにべつの女と遊んだ挙句、酒やギャンブルにまで溺れて家を追い出されたんだって」
     ぜんぶ自白していたよ。懺悔ではないだろうけど。オーエンが私の前に立ったまま男性を見下ろして言った。
    「どうしてそう思うんですか?」
    「自分の人生を懺悔するようなやつはここで死のうとしない」
     オーエンはしゃがんで男性の顔を覗き込んだ。頭のあたりに手をかざして小さく呪文を唱えると、それまでけたけたと笑っていた男性の表情がさっと失われてゆき、仕舞いにはオーエンの顔を確認すると悲鳴をあげて後ずさってしまった。
    「ひっ、ひ、ひぃ! おま、お前、その目、北の国のオーエン……」
    「こんにちは」
     まるで親しい友人と会ったかのような、それでいて冷徹で他人行儀なオーエンの挨拶に、男性はすっかり恐れ慄いていた。並びの悪い黄色い歯をがちがちと鳴らし、全身を震わせている。正気を取り戻す魔法でもかけられたのだろう。凶悪な―――と、されている―――魔法使いを前にした、そのようすがなんだか可哀想に思え、私は少々同情した。オーエンと目を合わせないようにしながら、彼は「許して」「殺さないで」と命乞いをしている。
    「僕が許さなくちゃいけないようなことを、君はしたの?」
    「ちが、ちがうっ……なにもしていない! 俺はなにもしていない……」
    「へえ、それが君の遺言なんだ。今ごろ妻も子どもも君の両親も、君と家族になったことを泣いて後悔してるだろうね」
    「オーエンやめろ! その辺で勘弁してやってくれ」
     カインは呻き声をあげてうなだれる男性の肩を支えた。オーエンは一瞬、眉間に皺を寄せて不愉快を露にするような表情を浮かべ、それからすぐにいつもの余裕をたっぷりと含ませた笑みを浮かべた。からかう時の顔だ、と私は思った。
    「どうして? こいつ、悪いやつなのに」
    「失踪届が出されているかもしれない。保護しないと」
    「ふうん。案外残酷なんだね、お前」
     カインにキッと睨みつけられ、オーエンは映画のワンシーンさながら両手を上げて肩を竦めた。繰り返される男性の浅い呼吸が、静かな森にこだましている。
    「だって、死にたいからここへ来ているのに。それを君は邪魔するんだ」
    「この人はここで死ぬべきじゃない。仮に悪事を働いたのだとしたら、それは然るべき場所で裁かれるさ」
    「偽善者」
    「何とでも言ってくれ。兎に角、目の前で命を放棄しようとしている人を、俺はみすみす見過ごしたりはできない」
     カインはまっすぐとオーエンの目を見て言った。オーエンは相変わらず涼しげな顔をしていつものように、馬鹿みたい、と口にした。その時、ほんの一瞬だけ、彼の目に感傷の色が浮かんだのを私は見逃さなかった。カインの正しさは矛となってオーエンの心を穿ったのだろうと、私はそう思った。
     カインは魔法でケープを出現させ、男性の肩に掛けた。立って歩くよう促したが、酷く取り乱していてなにも聞き入れてはくれない。仕方なく、カインは彼をおぶさって歩き始めた。きっとこの人は中央の国に保護された後、家庭に戻されてそこで然るべき罰を受けるのだろう。私の世界と変わらない断罪だった。ここで死ぬのと生きて苦しむのと、どちらがほんとうの苦しみなのかは私には分からない。
    「そう。君はそういう人なんだね」
     ほんの小さな声だった。私は声のした方向を振り返った。オーエンが目を細めてカインの背中を見つめている。それはまばゆいものを見るような、決して手には届かないものを見るような、そんな視線だった。
     ほどなくして、ドンという銃声が二発響き渡った。きっとブラッドリーだ。彼が魔道具を使ったくらいなのだから、恐らく件の獲物を仕留めたのだろう。いずれにせよ、じきに皆が銃声の元へと集まるはずである。
     私とカインは顔を見合わせて頷いた。音がした方向と硝煙の臭いを頼りに歩みを進める。先程とは逆で、今度はオーエンが私たちの後ろを歩いていた。目を離すと途中で居なくなってしまいそうな気がして、私はさりげなくオーエンの隣に並んで歩くようにした。
     オーエンの方から私に声をかけてくるような気配はなかった。いつもなら何もしなくても惑わせたり、嫌な部分を突っつくようなことを言うのに、珍しく少々しおらしい雰囲気だった。
    「ふたりがわかり合える日が来れば良いなって、私は思います」
     ほとんど無意識のうちに口をついた言葉だった。けれども思いのほか、それは私の気持ちにしっくりきていた。
    「なにそれ。わかり合うって、どういうこと」
     オーエンの瞳が揺れている。彼の質問が意地悪から出たものではないことがわかった。視線は前を歩くカインに向けられているものの、その奥の、どこかずっと遠くを眺めているような気もした。
    「ええと。優しくしたいと思ったり、お互いの考えを尊重したいと感じたり、なにかを美しいと思う気持ちを共有したいと思ったりだとか、多分、そういうことじゃないでしょうか」
    「わからないのに言ったの?」
    「だってそれは私の考えで、ふたりに当てはまるかどうかはわかりませんから」
     だからふたりはふたりのわかり方を、これからゆっくり見つけていけば良いのだと思います。 
     なにそれ。馬鹿みたい。オーエンは力なく言った。私たちは見失ってしまわないようにカインの背中を追い続けた。
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