8/6オーカイ オンラインイベント原稿火照った肌が少しづつ冷やされていく感覚にほっと息を漏らす。
任務で赴いた砂の街の太陽に容赦なく肌を焼かれ続け、湖から宿に辿り着いた頃には触れると熱を持っているのが分かる程になっていた。
やや赤くなった肌に気付いたラスティカが魔法をかけてくれようとしたものの、今更のように持て余す。時間が経てば落ち着くだろうと断ったそれは、そろそろ寝ようかと思ったカインを中々寝付かせてくれなかった。
素直に仲間の厚意を受け取っておけばよかったと後悔したところですでに遅く、他の仲間たちもすでに部屋に戻ってしまっている。声をかけるには遅い時間に、カインが考えた対処法は至ってシンプルだった。
一人部屋のとれた今回は、更に運のよいことに小さな浴室が備え付けられていた。聞けば砂漠を越えてきた旅人にとって、何よりの労いは冷えた果実水と、水浴びだから、というこの街ならではの気遣いなのだという。
まさか自分がその恩恵を授かるとは考えていなかったものの、白い陶器のバスタブの上に備え付けられた蛇口を捻ると、途端に広がる水の香りに自然と気持ちが安らいだ。
熱が残る肌を一刻でも早くどうにかしたい気持ちが前に出て、身に着けた衣服を取り去る間を惜しんで足を水の中に沈めると、もう駄目だった。
装飾品と丁寧な刺繍の施された衣服を床の上に脱ぎ捨てて、下履きだけの姿になる。
水の中で足を伸ばすと、バスタブに凭れていた背中がずるずると水の中に入り込んでいくのを止められない。
とてもだらしがない恰好をしているだろうが、一人部屋であるという事実が開放感を後押ししていく。
惰性のままに頭のてっぺんまで水の中に沈み込んで肌を包み込む水の感触をじっくりと味わう。マナエリアである実家の小川でも、子供の頃にこうしてよく水遊びをしていた。あの心地良さには敵わないまでも、水に触れると体も心もやはり落ち着くのが分かる。
水を通して見る外の世界は、小川だと陽の光を浴びてきらきらと輝いてとても綺麗だった。目を開くと、ランプの灯りに照らされた薄暗い室内が見える。開け放した窓から入り込む風が水面を揺らしているのか、ゆらゆらとゆらめく水面を息を止めて眺めていると、忽然とその中に現れた人影に目を瞠る。
どぼん、と何かが水の中に飛び込んでくる衝撃に驚き、慌てて水の中から顔を出そうとした体に容赦ない重みが加わり、驚いた拍子に水を呑み込んでしまう。
「…っ、げほっ…っ、な、なんだ…?」
咳き込みながらも相手に敵意が無い様子を訝しく思いながら目を凝らした先に見付けた姿に、カインの頭の中に疑問符が飛び交う。
「オーエン⁈」
クロエ特製のオアシスの民を思わせる衣装を身に纏った痩躯の魔法使いが、目の前で不機嫌そうに眉を潜める。
「全然気持ちよくない」
もともと掴みどころのないところはあるが、日中にしかけた悪戯の反応を知っているからこそ、オーエンの行動がとても不可解に映る。
バスタブのという逃げ場のない場所でマウントをとられるという状況を考えると警戒するべきなのかもしれない。一体どうしたものか、と躊躇った一瞬の隙をついた、オーエンの身体が傾ぐ。
「…ん、っ」
止める間もなく、ぺろり、と首筋を舐めあげられ、驚愕に目を見開く。
「おい、まさか」
「窓を開けたままなんて、不用心だよね」
ここ暫くそういう接触が無かったのですっかり油断していた。赤と黄の色違いの双眸が、三日月型に撓むのを見て、漸くオーエンの意図に気付く。
「誘ったのは騎士様なんだから、責任もってちゃんと僕をもてなしなよ」
いやがらせの延長のように、オーエンに犯された夜を思い出す。最初の頃こそ抵抗したものの、回を重ねる毎に抵抗感は薄れてゆき、それを察したようにこの手の接触も減って行ったように思う。
きっといやがらせとしての意味を見出せなくなったのだろうと安堵する気持ちと、どこか納得いかない気持ちがあったものの、不毛としかいいようのない行為を続けることはカインの望むところでは無い。どうせ何故と疑問を投げかけたところで、まともな答えは期待できないだろう。それならば忘れてしまえと思っていたのに、まるでそれを嘲笑うようなタイミングで現れた意地の悪い男にカインは反発を憶えた。
「そういう意味で誘ったんじゃない!」
思いのほか強くなった語気に怯む様子もなく、自分と互い違いの瞳が挑発するように覗き込む。
「ここ、壁も薄いみたいだし。あんまり騒ぐと誰か来ちゃうかもね」
「…っ」
開け放したままの窓から、乾燥した風にのって通りを歩く酔っ払いの声が微かに聞こえた。
「安心しなよ。ちゃんと気持ちよくしてあげるから」
肩を押さえつけていた長い指が、するりと胸元から滑り落ち、静かな水音をたてて脇から腰へと不埒な動きを始めた。
装飾品すら外していないオーエンの、濡れた服が肌に纏わりつく感触が妙に後ろめたさを刺激する。不毛だと断じた行為を再び行おうとしている事実から目を背けるように顔を反らすと、鎖骨に小さな痛みが走る。
「それとも、騎士様は痛いほうが好きなんだっけ?」
「…ッ、ぃッ、ぅ…っ」
甘噛みと言うには血の匂いの強すぎる振舞いは、オーエンとのセックスには付き物だったことを思い出す。
「ねぇ、騎士様。どうして欲しいか、教えて?」
傷跡を愛撫した唇は赤く染まって、男の白い肌と相俟って艶めかしく映る。緩く頭を傾げた幼い仕草とは裏腹に、オーエンの口元には薄笑いが浮かんでいる。
言葉にするよりも手っ取り早いという言い訳を思い浮かべながら、首飾りを掴んで引き寄せ、溜息を誤魔化すようにカインは血の味のする唇に噛みついた。