circulate アンタは、ここにいる前からモテてたのよ。ママからはよくそう聞かされた。
ニホンのお店にいた頃はね、アンタを連れて行くときがあったの。「ガキなんてうるさいだけじゃん」そう言ってたお店の子もいたけど、ママの出番のときにはアンタを抱いてくれてたの。そのうち「間違って買ったから」って、マックの子供用のおまけをくれるようになって、ママが「これはもうちょっと大きくなってからのおもちゃだよ」っていうと、きれいな包装紙で包まれた子供服やらおもちゃを「道で拾ったから」って言って、ママにくれたの。だから、アンタはミルク飲んでる頃からモテてたし、イケメンだったんだよ。
そういうママは、化粧がけばけばしく、汗にまみれていたけど、ぼくはステージでそれがとてもきれいに見えるのを知っていた。お客は、こんな近くでママを見ることはない。ママが笑いながら話す昔話を知らない。
でも、それ「モテてる」っていうのかな。ママはその踊りより、言葉の量が少ない。ママの話は好きだけど、言葉が足りなく、ステージの上の踊りのほうがよっぽどたくさん何か言ってる気がする。
それをママに言うと、なにかハッとしたような顔をしてから「アンタの言葉の量が、ママの知ってる言葉の量を超えたんだよ。ちゃんと学校に行ってるから。だからアタシここに受かろうって、必死に頑張ったんだもん」といつも通り笑って言った。
ここはサーカスで、ママはその団員。ぼくはその子供。いろいろな国を渡り歩くから、学校もこの中にある。ママは、ぼくと一緒にいたいのと、学校に行かせたいのと、仕事したいのと、いろいろ考えてここに入ったらしい。
だったら、なんであいつを連れてきたんだろう。ママに言うと悲しがるから言えないけど。「ここまでの旅費を出してもらったのよ」っていうけど、ママの昔話には、あいつとぼくとの思い出は出てこない。そのくせ、言葉の量の少ないあいつは、ぼくを通訳がわりに連れまわす。ぼくはまだ子供だから、まわりが優しくしてくれるから。何かでイッパツあてたっていうけど、そんな金が残っているなら、ぼくを通訳に使わず、自分でゴガクガッコーでも通えばいいじゃないか。
あいつに連れまわされるのが大嫌いだ。酒とタバコの匂いが大嫌いだ。でも言わない。ママが悲しがるから。あいつから、ぼくにはハラチガイのキョーダイがいると聞いた。意味がわかるまではキョーダイに会えたらいいなと思っていたが、今はまったくそう思わない。見たこともないキョーダイ、あんなのでよかったら持っていってくれ。ぼくはあいつをパパだと思いたくない。
そんな折、学校に新入りが入ってきた。ニホンから来たとは思えなかったけど、ニホンゴがすこし話せる子だった。
「ビジンサン、オモチカエリしてエエカ?」
話しかけられて、はじめは意味がわからなかった。しばらく考えてわかった。この子も、ママと一緒で、言葉の量が足りてないんだ。たぶん「いっしょに遊ぼう」って意味だ。
「ええよ」
お互いに育ったこともない土地の言葉で話す。ハラチガイでなくても、ぼくたちはキョーダイになったっていい。