かりそめ 「これは陸岡のクラスの分」
言いながら、うるうは教室使用許可の書類を渡す。生徒会室の中だが、どこかで合唱の練習の声が聞こえる。
「ありがとう、ずいぶん早かったけど無理してない?」
樹果が不安げな表情になる。気を使ってほしいところはそこではないが。惚れた腫れたでやたらと騒ぎ立てる癖を、もう少しなんとかしてもらいたいものだ。
「そうでもないな。偶然、先生と打ち合わせあったから、運がよかったのかもな」
「そっか、ところでうるうのクラス、文化祭、何やるの?」
来た。そしらぬ顔で話題を受け流す準備はできている。
「流しそうめん屋らしいが、僕は生徒会が忙しいからほとんど手伝えないな」
陸岡への説明は、半分本当で半分は嘘だ。お化け屋敷の中で流しそうめんを出すらしい。流しそうめんはともかく「お化け屋敷」が不穏だ。
「ふうん、じゃあ仮装しないんだ。つまんないの」
つまらなくて結構。珍妙な扮装などまっぴらごめんだ。いつも冷静沈着でいようと心がけている僕に「仮装」など不釣り合いとしか思えない。
「俺のクラスは全員参加でメイド喫茶やるって、クラスの子が張り切ってる」
顔をつやつやにさせながら言ってきたということは、陸岡自体も乗り気なのだろう。人間の体は不便だの何だの言っていたわりに、人間の生活にあっさりと順応していった。
好きこのんでこの姿でいるとはいえ、この姿は仮の装いだ。そうなりたいと願った姿なら、今更その装いを変えることもない。そう思うのは、僕の頭が硬すぎるからか。そこまで思い至り、歩照瀬の姿が頭をよぎって、慌ててかき消す。
「どうしたの?」
陸岡の声で我にかえる。陸岡は注意深くあたりを見回し、人気がないのを確認して、僕に小声でささやいてきた。
「ドラキュラとか貴族っぽい西洋の衣装だったら、ギリギリ我慢できそう?」
できない。が、思わず吹き出してしまった。校内で顔の広い陸岡にはとっくに知られていたことだったのか。隠し立てした自分がおかしくなって、笑いが止まらない。笑っていさえすれば、歩照瀬のことは考えずに済む。子供じみているかもしれないが、まだ気づかれたくない。