避暑「暑…蘭丸、もっとバックンに風送るように言ってよ」
樹果はソファに寝転がったままで蘭丸に言った。
BAR Fの2階のエアコンの効きは悪い。卉樹族の樹果は気候の影響を受けやすいのか、このところの暑さが体に堪えているようだ。
「だってさ、バックン」
マシュマロを放ってやりながら、涼しげな顔で蘭丸が話しかけた。バックンは背中の小さな羽をぱたぱたさせ、宙に舞っている。
「いっそのこと、俺らが夭聖体になって羽であおぎ合えば……よけい暑苦しいかな?」
「陸岡、十訓」
この暑いのに長袖の服で、涼しげな顔で本を読んでいるうるうは、目を本に向けたままだ。
「『絶対に正体を明かしてはならない』うるうに注意されなくても、わかってるよ」
いきなり、今まで黙っていた焔がうるうに近づき、頬から何かを指で掬い上げた。
「なんだ、汗か」
「汗だな」
「その暑苦しい格好、なんとかしろよ」
「断る。貴様のようなだらしない格好などしたら夭聖族の名折れだからな」
しばらく二人の言い合いを眺めていた樹果が、いつの間にか側に来ていたバックンを撫でる。
「ギスギスしてるよりいいけどさあ、これはこれで何か……」
「何だ?」
眉間に皺を寄せて焔が振り向く。
「別にー……。火が水を蒸発させるっていうか、整うっていうか、単純に暑苦しいっていうか……」
「まあまあ、ええやないの。仲良きことは美しきことやで〜」
ノックもせずに、寶が部屋に入ってきた。
「寶〜、新しいエアコン買うように女王さまに言ってよー。愛著集めに支障をきたすとか言ってさー」
「ワイ、暑くないさかい」
「自分だけエアコンと風呂のある所に行ってるからだろ」
「ワイ一人だけやのうて、時々は二人でもあらへんで」
うわ、話通じねえ、と呟きながら、樹果は膝に乗せていたバックンの羽をつかむ。バックンは不平げに鳴く。
「そういえば、蘭丸……あーッ!」
いつの間にか、蘭丸の姿がなくなっていた。
「蘭丸、あいつん家行ったな……。まあ、いいけどさ。ここより絶対居心地よさそうだし。羨ましい…いや、羨ましくない…でも風呂とエアコンが…」
樹果がぶつぶつ呟いている間に陽が落ちきり、どこかの軒下の風鈴が、小さくちりんと音を立てた。