はぴして 北師弟+アーサー 新作展示『八つ当たり』「めずらしいのう」
「めずらしいのう」
「アーサーちゃんおこじゃの」
「一体何があったのじゃ」
「きっとフィガロがなにかしたんじゃよ」
「わからないよ、オズちゃんかもよ」
背後で好き勝手言っている声が聞こえる。外野は気楽でいいが当事者たちはそうもいかない。窓の外はどんどん曇ってくるし、アーサーの癇癪も治まる様子はない。本当に珍しいことだ。
「アーサー」
「いや!」
「……まだ何も言っていない」
「いやぁ!」
「アーサー……」
「うううう」
本当の本当に珍しいのだ。アーサーは歳の割に聞き分けの良い子どもだった。そりゃあ、子どもらしくわんぱくなところもあるが、俺たちの話はよく聞き、あまりわがままを言わない子どもだった。
そのよくできたアーサーが、地団太を踏んで、力いっぱい体いっぱいに癇癪を起している。オズはもうお手上げ状態で、完全に困ってしまっているようだ。
双子は手を貸す気はなさそうだし、あの二人にどうのこうのできるとも思えない。となると、白羽の矢が立つのは俺しかいないのであった。
俺はアーサーの前に膝をつき、目線の高さを合わせてやる。うるうると涙に濡れた瞳が痛々しい。よくよく見れば目が充血して、顔も真っ赤だ。もしかして……。
「ちょっとごめんね~」
「いや~!」
「よしよし、どれどれ」
ぐいん、と全力で身体を反らすアーサー。いやいやいや、倒れちゃうから、頭打っちゃうから。その姿を見てオズがハラハラしているのが見える。大丈夫だって、ちゃんと保護するから。
突っ張る腕を無視してアーサーのおでこに手を当ててやる。いや、あっっっつ!
「こりゃひどい」
「うううう~」
「よしよし、辛かったね」
暴れてじたばたするのを無視して抱き上げてやる。腕の中に閉じ込めた小さな身体からは、どこからそのエネルギーが発生するのかと不思議に思ってしまう程の熱が発散されていた。
とどのつまりは体調不良の延長である。熱が高すぎて気持ち悪くて落ち着かないのだろう。小さな子どもはそのやり過ごし方がわからなくて暴れているのだ。可哀そうに、これだけ高熱ならさぞ辛いことだろう。早いところ楽にしてやろうと、額にぴ、と指をあてる。
「すぐに良くなるからね。《ポッシデオ》」
「んん」
むずかるように、アーサーがふるふると首を振る。落ち着かなさそうに腕の中でうごうごと暴れていたが次第にくたりと力が抜けていき、最後にはすうすうと寝息を立て始める。俺の肩に頭を預けて、口からたらりとよだれを垂らしているが、まあ、いいよ。洗えばすむしね。
「何をした」
「眠らせただけだよ」
「アーサーは……」
「体調がね、悪かったみたい」
「そうか……」
「そんな顔するなって、大丈夫だから」
「そんな顔じゃって。わかる? ホワイトちゃん」
「わからんのう、スノウちゃん」
「お二人はいつもそれですね」
アーサーの背を、なだめるようにとんとんと優しく叩いてやりながら、後ろを振り返る。双子は互いに見つめあい、くすりと笑ってこちらに向き直る。
「オズちゃんの表情がわかるのなんて」
「アーサーとお主くらいじゃよ」
「あなた方が拾ってきた子どもでしょうに。愛が足りないんじゃないですか? 随分図体でかくなりましたけど」
「あ、ひどぉい!」
「フィガロちゃんがいじめる!」
よよよ、と泣き真似をする、齢数千年の老魔法使いたち。恥ずかしくないのだろうか。はあ、とひとつため息をつき、見た目子どもの大人たちに背を向ける。
「オズ、看病の仕方を教えるから来て」
「ああ」
「いつでも俺がそばにいられるわけじゃないんだから、お前ひとりでも対処できるようにするんだからな」
「…………」
「返事」
「わかった」
「よろしい」
「お兄ちゃんじゃな」
「お兄ちゃんじゃのう」
後ろで茶々を入れている双子は無視だ。ふうふうと辛そうな息をあげているアーサーを早く楽にしてやるべきだろう。足早に寝室へと向かう。
アーサーが元気になったらきっと、身体が思い通りにいかない鬱憤を、俺らに八つ当たりをしてしまったことをすごく気にするだろう。素直ないい子だもんね。だから、彼の好物をうんと用意して、みんなで食事をしよう。なあに、おいしいものを食べればくよくよした気分もすぐに吹き飛ぶだろう。
オズがこういう情緒的なことを覚えてくれるかどうかはわからないけれども。二千年共にして、あんまり伝わってる気がしないからなあ。
でも、アーサーを拾ってからのこいつは、なんというか、こう。俺や双子からは得られなかった何かを、アーサーから獲得しているように思う。それがこいつを弱くするのか強くするのかはわからないけれども。
願わくば、彼らが心穏やかに過ごせることを、祈っているよ、俺は。