歪「別れよう」
分かっている。本物の類はそんなことを言わないと、ちゃんと分かっているから。だって類は何度も何度もオレに「愛してる」と言ってくれたし、キスもしてくれたし、抱きしめてくれたし、「どんなことがあってもそばにいる」と言ってくれた。オレは愛されていたし、類を愛している。だから類のためにオレはなんでもした。類に告白をする身の程知らずな奴らを二度と類のそばに近寄らせないように『忠告』したり、類のために毎日電話をかけたり毎日メールを送ったり毎日会ったり毎日話したり1日中一緒にいたりオレだけしか見られないようにしたりした。オレを愛している類がここまでされて喜ばないわけがないのだから。
だから目の前にいるこの男は類じゃない。類と同じ顔、同じ身長、同じ体重、同じ声をした偽物。別のナニカ。本物はオレから離れたいなんて思うわけがない。
「もう、疲れたんだ。しばらく距離を置いて、気持ちを落ち着かせよう」
はは、本物らしく振る舞おうと必死になっているのが丸見えだ。正体を暴かれるかもしれないという不安からか身体は震えているし、オレを見る目つきだって怯えている。滑稽でしかない。
どうすればこの偽物を排除できるのだろうか。
「………………。屋上…………」
今、オレ達がいる場所。キョロキョロ辺りを見回して、素晴らしい案を思いついた。
「……司く、」
「落とせばいいんだ」
……ああ、口元が緩むのを抑えきれない。なんという妙案。ここでしかできない、偽物を排除して本物を呼び寄せる手段。ほら、目の前の男も目を見開いて固まっている。そうされたらまずいからだろう、どうせ。
「偽物なんて必要ないんだ」
出入り口に向かって逃げ出そうとした男の右手首を掴んで渾身の力で引き寄せた。逃すわけがない。
「は……離せッ!!!!!! お前は司くんじゃない!!!! この……ッ!」
「その恐怖に歪む顔も本物そっくりでゾクゾクするな。さあ、こっちだぞ」
必死な形相で抵抗する偽物の鳩尾を膝で突いたら少量の涎を垂らして力なく倒れ込んだから、そのままズルズルと引きずって崖っぷちへと連れ出した。
「………………」
遥か彼方に見える地面を眺めながら、思った。もっと効率的な方法があるんじゃないかと。
オレは類が好き。類もオレが好き。
「…………そうだ」
一緒に落ちれば、本物の類は必ず助けに来てくれる。危険な目に遭っているオレを類が放っておくはずがない。偽物だけが落ちるより、ずっと良い。
「つ……かさく、ん、ダメ、だ……ッ」
「ふ……ふははははッ、いくぞ偽物ッ!」
「やめ……ッ」
無理矢理抱きついて、ふわりと。
きっと目が覚めたら、本物の類が「助けに来たよ」って言って、穏やかに笑っている顔が見れるんだ。
ただまあ、偽物と本物の抱き心地がここまで同じなのかと、なんとも気味悪く思ったのだが。