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    デートの別れ際にいちゃいちゃする2人

    ワンライ【たいへんよくできました】【別れ】 冷たい風が顔にあたる冬の夕方、久しぶりのデートを満喫した類と司は最寄駅からそれぞれの自宅に向かって一緒に歩いていた。

    「はあ、寒いな……」
    「そうだねえ。早く春のあたたかさを感じたいものだよ」

     たわいのない話をしながら歩いていると、あっという間に別れの時間はやってくる。司は右、類は左に曲がるといういつもの分かれ道に辿り着いて、2人は立ち止まった。「まだ離れたくない」という思いが生み出すこの停止は、付き合う前の、互いに恋愛感情を抱く前から必ずやっていたことであり、彼らはここで10分、長いときには30分、溢れ出る話題を共有していくのだ。
     類は、今や当たり前となったこの時間が大好きだった。昼前から途切れることなく会話をしていたというのに、司といると話したいことがどんどん浮かび上がってきて、目に映る笑顔を見るたびに「まだ一緒にいたい」と思わせられる。

    (……おや?)

     ふと、司が大人しくなり、自分達がいる場所の周囲にせわしなく視線を向け始めた。キョロキョロと首を振って人がいるかどうかを確認するようなその仕草と、マフラーを口元に寄せては離してを繰り返す行動、それから恋人である自分にしか見せない恥じらいを含んだ表情に、類は1つの推測を打ちたてた。

    (……キスがしたいのかな?)

     確定したわけではないが、もしそうだったらと考えただけで目の前の男を抱きしめたくなる衝動に駆られる。ここは司が稀に見せる積極性に期待しようと思い、類は微笑みながら彼の頭を片手で撫でた。

    「ぬわっ!急になにを……!」
    「ん?頭を撫でて欲しいのかなと思ったんだけど、違ったかな」
    「ち、違うぞ。別にオレは……」
    「なにをして欲しいんだい?なにがしたい?」
    「…………ッ!」

     なにかをしたがっていることがバレていたと分かったのか、司は試すように自分を見つめる類をキッと睨みつけた。

    「……分かっているくせに」
    「んー。残念ながら分からないんだよねえ。人には見られたくない、身体の一部分をそっと重ね合わせる、恋人らしい行為を望んでいるような気はするんだけど」
    「それはもう分かっているも同然だろうが!」
    「あ、そうなんだ?」
    「…………ッ、この、意地悪!」

     顎に手をあててクスクスと笑い、類はマフラーと髪の毛の隙間から覗く、真っ赤に染まった司の耳を見て、潤んだ瞳に視線をぶつけた。本当は今すぐにでも引き寄せて情熱的なキスをしてやりたかったが、それ以上に羞恥に歪む恋人の顔を見るのが楽しくてたまらなかったため、しばらく様子を見ようと腕を組む。

    「ぜひとも君の望みを聞きたいところだ」
    「分かっているならもういいだろう!ほ、ほらッ!」
    「フフ、マフラーを外すだけじゃ伝わらないよ?口で伝えないと」

     司は思いきって取り払ったマフラーを震える片手で握りしめる。そして頬を膨らませて地団太を数回踏み、恨めしげに類を見つめた。それでも動かない彼の様子に、司は視線を右往左往させて、今世紀最大の決心を固めるかのような覚悟に満ちた表情で「よし」と小さく呟いたあとに「ん!」と言ってほんの少し尖らせた唇を類に向けて目を閉じた。いわゆる、「キス待ち顔」である。

     ピシッと石のように硬直する類。まだかまだかと全身をプルプル震わせながら類の唇を待つ司。その光景が15秒ほど続き、いよいよ羞恥でどうにかなってしまいそうになった司が痺れを切らしておそるおそる瞼を開けたが、そこに類の顔はなかった。

    「……は。…………はあ!?おい!どこに行ったんだ類!それはあまりにもひどッ……」

     さすがに怒りがわいてきた司が大声を上げながら辺りを見回すと、存外簡単に類の姿を捉えることができた。

    「……なぜしゃがんでいる?」
    「幸せが僕の身体から逃げてしまわないようにするため」
    「は?」

     両手で顔を覆いながら大きな身体を縮こまらせている類は、けげんな顔をする司に見下ろされながら先程の光景を必死に目に焼きつける。そして、一度大きく深呼吸をしたあとにフラフラと立ち上がり、司の両肩を掴んだ。近距離で見つめ合い、頬を染めて愛おしそうに自分を見つめる類の顔が目に映り、司はゴクリと息を呑む。

    「…………」
    「…………」
    「……オレが、あそこまで、やったんだぞ。ご褒美の1つくらい……くれても……」

     この男はどこまで自分を狂わせれば気が済むのだろう、と一周回って冷静になった類はスン、と真顔になり、拗ねたように目を逸らす司の後頭部を胸に引き寄せた。

    「きゅ……急だな……」
    「天馬司くん」
    「は?フルネーム?」
    「先生からの試練をよく乗り越えましたね」
    「……ふ、ふはは、なんだその設定は……ッ。……先生の気を引きたくて、精一杯頑張ったので」
    「馬鹿みたいな寸劇に乗ってくれる君が世界一大好きだ」
    「だろうな」

     くつくつと小さく笑う司の身体が揺れることで伝わる振動を心地よく思いながら、類はついさっき思いついたばかりのおふざけを続ける。

    「そんな優秀な生徒の君にはご褒美を与えなければならないね。さあ、顔をこっちに見せてごらん?」
    「……ん」

     抱きしめる力を緩めれば、司は素直に顔を類に向けた。

    「たいへんよくできました」

     散々焦らされた末にようやく叶えられた接吻は2つの熱を瞬時に混ぜ合わせる。それは一度では終わらず、まだ別れたくない、一緒にいたいという思いを表すかのように、類と司は何度も甘いキスを繰り返した。

    「……ん……。先生と生徒はこんなこと、しないだろうが」
    「どうだろうねえ」

     離れた唇は最も容易く熱を失った。見つめ合う彼らの目も、愛おしそうに恋人を見る表情も、互いの袖に触れる手も、身体の全てが別れを惜しむ2人の心情を表している。明日になれば学校で会えるというのに、近くにいられない僅かな時間でさえ、彼らにとってはもどかしいものだった。

    「……帰るか」
    「そうだね。またね、司くん」
    「ああ。……好きだぞ、類」

     頬に触れた柔らかな感触の正体が司の唇だと気づいたときには既に、司は「やってやったぞ」と言わんばかりに小気味よく早足で歩き出しており、類から随分と遠いところにいた。不意打ちにじわじわと高まる体温が、別れたばかりにもかかわらず「もう司に会いたい」と叫んでいるようだった。

    (……こうやって離れていく背中を見ていると、一緒に暮らしたいと思ってしまうなあ)

     別れを告げて歩き出した司の後ろ姿を見ながら、類は、「いつか彼と帰る場所が同じになりますように」と心の中で密かに祈った。
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