色 「司先輩って本当に純粋というか、真っ白というか……。天然水みたいな?そんな感じがするよね」という瑞希の見解を聞いたときのは吹き出すのをよく堪えたと思う。彼が"真っ白"だというのは間違ってはいないが正しくもないことを知っている僕からすれば、司くんの演技力というか、(聞こえは悪いが)印象操作には脱帽する。
白だなんてとんでもない。彼の色は――。
***
ワンダーステージでの練習の帰り、真っ赤な夕日が僕達を照らしていたときに「司くんを監禁してみたい」と申し出た。その3秒後に素晴らしいほど無邪気な笑顔で「いいぞ!」という返事をもらった(正確には"僕以外の人間には無邪気に見える笑顔"だけど)。つまり即答。悩むことなく了承してくれた。予想通りではあったが、その素直さに少しだけ圧倒されたのか思わず苦笑した。
「たまに君が心配になるなぁ。恋人とはいえ、こんなことを言われたら普通引くと思うんだけど」
「面白そうと思ったらまず飛び込んでみるのがオレだからな」
「……"面白そう"、ねぇ……」
僕は知っている。司くんはそんな理由だけで監禁を了承したわけではないことを。その証拠に、いつも友人達の前では決して見せない感情が表出している。
「想像して興奮してる?」
そう言うと隣で歩く司くんは足を止めて口元を片手で隠した。僕も一緒に立ち止まる。
「…………笑っていたか?」
「うん。あと、顔が真っ赤だよ」
「……監禁、ということは、その日、オレは1日中類だけのものになるということだろう?」
「そういうこと」
「…………最高じゃないか」
こんな司くんの顔、瑞希には見せられないな。夕日に照らされているという理由だけでなく、興奮して、必死に口元が緩むのを抑えながら、僕に愛されることに史上の悦びを感じている、こんな、こんな――赤い顔。
「いつやるんだ?」
「来週の日曜と月曜。父さんと母さんが一泊二日の旅行に出かけるんだ。午前のショーの練習のあと、僕の家においで」
「了解だ。次の日学校で使う教科書やら制服やらも持っていく必要があるな」
「うん、よろし……」
「お!彰人と冬弥じゃないか!偶然だな!」
――あ。真っ白な司くんに変わった。
東雲くんと青柳くんの姿を目に映した瞬間、彼は純粋無垢な笑顔を彼らに向けた。楽しそうに話をする3人のもとに近づきながら、司くんの表情の切り替わりの速さに感心する。
彼らの輪に加わる。どうやら司くんは青柳くんに誘われてこれからゲームセンターに向かうようだ。東雲くんもついていくらしい。
「類はどうする?」
「いや、僕は遠慮しておくよ。また誘ってくれ」
「そうか!」
3人の後ろ姿を見送って、司くんを独り占めできる日に想いを馳せながら帰路についた。
***
監禁ごっこ当日。いつも通り練習を終えて、いつも通り話をして、いつも通り帰り道を歩く。いつもと違うのは、司くんが僕の家に来るというところ。
「あれ?司もこっちなの?」
「ああ。今日は類の家に泊まらせてもらうんだ」
「うわ。ウチにまでそのうるさい声、響かせないでよね」
「うるさい声だと⁉︎」
「それ。そういう声」
寧々はきっと、男友達でのお泊まり会というニュアンスで司くんの言葉を受け取っているのだろう。……違うんだなぁ、これが。
「それじゃ」と言って寧々が家に入っていった途端に司くんは僕の袖を人差し指と親指でつまむ。その指は小さく震えていた。それが恐怖を示しているわけではないことは容易に分かる。
今司くんを見てしまえば家に入る前に押し倒しかねないので前だけを見据えて鍵穴に鍵を差し込んだ。扉を開けて、先に中に入る。続いて司くんが入ってきたのを確認して、カチャリ、と鍵をかけた。
この音が始まりの合図だ。
「――る、い…………ッ、ん、むッ」
司くんの肩を乱暴に掴んでドアに押しつけ、唇を奪う。数秒後、それを離して司くんの顔を見ながら「ようこそ、司くん」と微笑むと、司くんはふにゃりと笑った。
司くんを部屋に通して、扉を閉めた。キョロキョロと動き回るその目は、ある一点で止まった。
「……これをつければいいのか?」
「そう。この机の足と繋げて……こんな感じかな」
司くんに首輪をつけて行動範囲を狭めると、ジャラ、という金属音が耳に入る。司くんは首輪を手で撫でて「犬みたいだな」と口にした。
「みたい、というか、今の君は僕だけの犬だよ。ほら、お手」
「わん」
「よしよし」
頭を撫でると司くんは目を細めた。どうして満更でもない顔で差し出された僕の手に素直に手を重ねるのかな。しかも鳴き声までついてきた。
「……今から明日の朝、登校する時間まで、君はここから出られない。ただ、お手洗いとお風呂に入るときだけは、僕に頼んでくれればいつでも行っていいよ。基本、部屋の中にしか君の自由はない。一応、鎖の長さは部屋全体を歩き回れるように調節しているよ」
「ふむ。…………ギリギリ扉には届かないな」
プルプルと腕を伸ばす司くんを見て、手錠をかけていなかったことに気づき、それを彼にかけた。
「…………類だけのもの、か」
司くんのその言葉で、一気に僕達にスイッチが入った。足しか動かない司くんの背中を押して、ソファに寝かせる。ゴクリと唾を呑んで、彼を見下ろした。
「最高の気分だ。皆に慕われている君が、今だけは僕のものだなんて」
「はは、とんだ飼い主だ。……オレの……オレだけの類……もっと、もっと近くに――」
――ピンク色。
ドロドロで、欲を剥き出しにした、その目の色は。
「放置プレイもしてみようかなあと思っていたけど、君、こんな調子で耐えられる?」
「オレの機嫌を考慮するなんて、監禁する奴にしては優しすぎるぞ」
「好き勝手やっていいってことかな?」
「当たり前だ。それが監禁というものだろう」
ああ、そんな目で見つめられたら応えないわけにはいかないな。するりと司くんの頬を撫でて、首輪を掴む。そして、乱暴に引き寄せた。
「――覚悟してね?」
(このあと具体的な監禁描写しようとしたけど私には無理だったので誰か代わりに書いて欲しいです。イラストも欲しいです。切実に。お願いします。待ってます)
***
次の日。司くんについていた手錠と首輪を外し、互いに無言のまま制服に着替える。首に痕がついていたらどうしようかと思ったが、幸い綺麗なままだったので安心した。ただ、両手首には縄を締め付けた痕が多少残っているのを見つけ、「まずいな」と呟いた。今日A組は体育の授業があったはずだ。
「?なにがだ?」
「いや、それ……」
「あぁ……縄の……」
じっ、と自身の手首を見たあと、司くんは何事もなかったかのようにYシャツとカーディガンに袖を通してあっけらかんとこう言い放った。
「たしかに、学校にいる時にコレを見てしまったら、授業どころではなくなってしまうな」
そうだ。彼はこういう男だった。誰かに見られたらどうしようという意味で「まずいな」と言ったのに、司くんは……。
「……どうせ、耐えられなくて自分で袖をまくるつもりだろう?」
「さすが、オレのことをよく理解しているな」
――この1日、司くんを監禁してみて気づいたことがある。
彼は僕の想像以上に僕のことを愛している。
彼は僕の想像以上に独占欲が強い。
特に、昨夜交わした会話が忘れられない。
『類がオレだけを見ているというこの状態が続けばな……』
『おや、心外だな。僕は君を好きになったときから君しか見ていないのに』
『オレはお前が瑞希や冬弥達と楽しそうに話をしているのを見るだけで嫉妬で気が狂いそうになる男だが?』
――これは、黒。
僕が嫉妬心を抱くときと同じ、真っ黒。
白だなんてとんでもない。彼の色は――。
赤で、ピンクで、黒で。たぶん、見つけられていないだけで、他にも隠れている。
白以外の司くんの色を知るのは僕だけ。僕だけが知る彼の色。
ぶわりと全身に鳥肌が立った。そして、目の前で部屋の扉を開こうとする司くんの腕を掴んでしまった。
「…………」
「…………」
数秒後、静かに腕を離した。
僕達の真っ白な日常が、再び始まる。