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    【客席から舞台裏は見えない】🎈🌟②
    🎈が🌟の"隠れた部分"を見出すために頑張るお話のはずでした。完成できませんでした。
    ※🌟と💧の関係性が明かされてない時に書いてたので捏造。「喧嘩するほど仲が良い」の2人です。
    ※まだ公式で会ってない❄️と🌟、🎈、🤖)が会ってる

    客席から舞台裏は見えない②「おーい、約束通り類を連れてきたぞー」

     僕は今涼しげな表情を浮かべていかにも余裕綽々、動揺なんて全くしていないという態度で滑らかに「お邪魔します」と言ったが内心は心臓が飛び出そうなほど緊張している。初めて司くんの家に足を踏み入れた。司くんのご家族が待つ家に。恋人が暮らす家に。あれこれといらないことまで考えてしまって勝手に冷や汗を流している。遠くから「ごめんねー、今手が離せなくて。リビングまで来てちょうだい」という女性の声が聞こえてきた。

    「おい。いつまで玄関にいるんだ。遠慮せず上がるといい」
    「あ、うん」

     いそいそと靴を脱いで、綺麗に揃えて、辺りを忙しなく見渡しながら司くんの後ろをついていく。変な匂いとかだらしない格好とかしていないよね。寝癖も直したし、第一印象だけでもちゃんとしておかないとなにを言われるか分からない。

     リビングに入った途端、待ち構えていたらしい咲希くんが「いらっしゃーい!」と満面の笑みで出迎えてくれた。それから椅子に座っていた司くんのお父さんらしき人に「よく来たね」と微笑まれ、キッチンから出てきた司くんのお母さんらしき人には「急だったのに来てくれてありがとう。もうすぐ夕飯ができるから座って待っててね」と言われた。

    「この匂いは……。もしや夕飯は生姜焼きか⁉︎」
    「さすがお兄ちゃん、大正解!あ、お料理運ぶの手伝うよ!」
    「俺も手伝おう」
    「ありがとう咲希、お父さん。……あ、そうだ。お父さんはご飯、どれくらい食べる?」
    「うーむ。今日はより一層賑やかで楽しく食べられそうだし、大盛りで頼むよ」
    「もちろんオレも大盛りだぞ!生姜焼きもな!」
    「はいはい。類くんはご飯、どれくらい食べられるかしら?」
    「あ、えぇっと……。司くんと同じくらいでお願いします。というか、僕も手伝いますよ」
    「るいさんはお客さんだからお兄ちゃんとお喋りしながら待っててください!」
    「だそうだ。お言葉に甘えて座らせてもらおう」
    「……そうだね」

     なんだろう。なんなんだろうな、この気持ちは。悲しくも寂しくもないのに、 泣きそうだ。当たり前のように会話に参加できて、快く迎え入れてくれているこの環境は、僕にはもったいないくらいだ。

    「……さっきから随分静かだな。もしかして緊張しているのか?」
    「恥ずかしながらその通りだよ。……それから、幸せを噛み締めている」
    「…………そうか」

     司くんと目を合わせて微笑み合う。天馬家は4人家族だから普段の椅子の数は4脚。僕のために用意してくれた椅子はテーブルの短辺部分、所謂上座にあった。司くんは僕の席のすぐ近くの右前に座り、まだかまだかと夕飯を待ち望んでいるようだった。

    「素敵なご家族だね。少ししか話していないのにそう思わせる魅力がある」
    「うむ、自慢の家族だ。ただ、覚悟しておいた方がいい」
    「?どうして?」
    「……どうやら全員、恋バナというやつをしたくてたまらないらしいんだ」
    「……え」

     ゆっくりキッチンを見ると「どんな話が聞けるか楽しみねえ」といった声が聞こえてきて猛烈な恥ずかしさに襲われ、司くんも「全く……」と照れながら恨めしそうにキッチンを睨んでいる。数分後、テーブルの上には5人分のご飯に味噌汁、生姜焼きが置かれ、やがて全員が席についた。見た目からして美味しそうだとテーブルを見回すと、あることに気がついた。

    「……あ。野菜……」
    「うふふ、前々から司がよく言ってたのよ。"類は野菜が全く食べられないんだ。どうしたものか"って」

     僕のために用意してくださったお皿にだけ、サラダなどの野菜が全く置かれていないのだ。日常生活に僕の話題があがっていたという事実につい口元が緩む。司くんは照れ臭そうに「こっちを見るな」と呟いた。妙にニコニコしている司くんの両親と咲希くんからそれとなく目を逸らしながら、手を揃えて「いただきます」と言う。そして、司くんの弁当によく入っている生姜焼きを食べてみた。絶妙な味付けについ「美味しい」という言葉が漏れた。

    「あら。良かったわ、お口に合って」
    「母さんの生姜焼きは世界一だからな!心して食べるんだぞ!」
    「本当に美味しいね。今度から司くんのお弁当に入っていたら必ず一口もらうことにするよ」
    「……図々しい奴め……」

     小さな笑いがいくつも聞こえてくる。さっきまであんなに緊張していたのにこの家の雰囲気がとても和やかで心地が良くて、いつのまにか普段通り司くんと話せるようになったしご家族とも気軽に会話できるようになってきた。僕が受け入れられているというのが言葉にしなくても伝わってくる。

    「ねえねえるいさん!アタシずっと聞きたいことがあったんです!」
    「ん?なにかな?」
    「るいさんはお兄ちゃんのどんなところを好きになったんですか?」
     あ。始まった。恋バナ。
    「そうねえ。私も気になるわ。ね、お父さん」
    「うむ。気になるな」

     キラン、とご両親の目が光った気がした。

    「ちょっと待て……。それはオレのいるところで聞くことじゃないだろう。恥ずかしくてたまらないからやめてくれ……」

     司くんは箸を置いて、両手で顔を覆い始めた。

    「だ、そうです。どうしますか?」
    「大丈夫!言っちゃえ類くん!」

     司くんのお母さんがいたずらっ子のように無邪気に笑ったから思わず微笑んだ。どことなく司くんに似ていたな。いや、司くんがお母さんに似ているのか。開き直りとも違う清々しさが溢れてきて、さっきまであった羞恥心は完全にどこかへ飛んでいった。

    「そうですね……。正直なところ、どこを好きになったか、明確なことはよく分からないんです。気づいたら好きになっていたので」
    「「へえ……」」
    「きゃー!それって本当にその人を愛してるときに出てくる言葉ですよ!素敵!青春って感じ!」
    「お、お前っ、喋るのか!裏切り者!」
    「最初から裏切りもなにもなかったじゃないか」

     ニコ、と笑いかけると司くんは「ぬうう」と唸ったあと「もういい!オレも羞恥心は捨ててやる!」と力強く言った。

    「……まあ、1つ、好きなところを挙げるとしたら……」

     4人の視線が一斉に僕に集中する。司くんまで興味津々といった顔で見てくるのはなんだか面白いな。

    「笑顔、ですね」

     数秒後、咲希くんとご両親から感嘆の声が漏れた。

    「笑顔ですって!やだもう!私が恥ずかしくなってきちゃった!」
    「はは、母さん落ち着いて」
    「分かるな〜!お兄ちゃんの笑顔って本当に元気をもらえるっていうか、皆を明るい気持ちにする力があって!」

     わいわいと司くんの笑顔について語り出した3人を見ていると、本当に司くんはご家族に愛されて育ってきたのだと感じる。そんな賑やかな雰囲気の一方で、司くんはまた両手で顔を覆っていた。髪の毛の隙間から覗く耳が真っ赤に染まっているのを発見し、目尻が下がった。人差し指で彼の額をツンツンとつつくと指の隙間から彼の潤んだ瞳が現れた。

    「照れてる?」
    「…………これからどんな顔でお前と話せばいいのか分からん」
    「それはもちろん、僕の大好きな笑顔だよ」
    「……できるわけないだろう。勘弁してくれ……」

     よほど表情筋が緩んでいて愛情たっぷりな顔をしていたのだろう、途中で視線に気づいて顔を向けたら咲希くんと司くんのお母さんが「幸せそうですなあ」「そうですなあ」と揶揄うようにニヤニヤと笑っていたからさすがの僕も体温が上がって項垂れてしまった。

    ***

     夕食を終えて、長居しても悪いから早めに帰宅しようとしたら「もう少しゆっくりしていきなさい」と司くんのお母さんが言ってくれて、とりあえずリビングでご家族とゆったり話をすることにした。本当は司くんと一緒に食器洗いを手伝おうとしたけれど、それもご家族によって阻まれた。キッチンで司くんが鼻歌混じりで食器を洗う光景を見て、これを数年後も見られますように、と願いながらソファーに腰かける。

     さて、なにを話せばいいのだろう。「息子さんを僕にください」はさすがに気が早すぎるし。この方々なら笑ってくれるだろうが確実に場違いなだ。かといって僕自身の話をしたところで特に面白いものでもないし。

    「……あ」
    「るいさん?」
    「咲希くん、この機会に小さい頃の司くんについて沢山話を聞かせてくれないかい?彼がどんな子だったのか興味があるんだ」

     そう言うと咲希くんはパァッと笑顔を咲かせて「もちろんです!あ、アタシの部屋にアルバムがあるのですぐ持ってきますね!」と返事をしながら階段をパタパタと駆け上がっていった。その数分後、彼女は1冊の分厚いアルバムを手に持って戻ってきた。そしてソファーの前にあるテーブルにそれを広げ、僕に見せてくれた。

    「これが小学生の……低学年の頃の写真!アタシが入院と退院を繰り返してたから、病院での写真と、あとはとーやくんと3人で写ってるのが多いかも!」

     咲希くんが1枚ずつゆっくりとページをめくる。これが小さい頃の司くんか、とカメラに向かって今と変わらぬ素敵な笑顔を見せている金髪の男の子を眺めた。

    「フフ、可愛いなあ」
    「お兄ちゃん、いっつもこんな風に笑ってアタシを精一杯励ましてくれてたんですよ。ほら、この写真とか!」

     咲希くんが示したのは、今僕達がいるリビングで沢山のぬいぐるみに囲まれながらヒーローのように自信満々に決めポーズをする司くんの写真。その前では小さい咲希くんと青柳くんが宝石を宿したようなキラキラした瞳で司くんを見ている。これはいわば小さい司くんがおこなった小さなショーだろう。

     それにしてもこのぬいぐるみ達、どこかで見たことがあるような。

    「……あ」

     これ、セカイにいたな。生態を調べるために順番に撫でまわした子達だ。あのセカイは本当に司くんの心象風景を映し出しているのだとつくづく感心する。

    「素敵な写真だね。3人ともすごく楽しそうだ」
    「たしかこのショーはお兄ちゃんがぬいぐるみ1つ1つの名前とか役とか性格も決めて、ぜーんぶ1人で演じてたんです!声の使い分けも表情の切り替えもすっごく上手で、アタシもとーやくんもずっとお兄ちゃんから目を離せなくて……」

     今の咲希くんの顔が写真の中にいる小さいころの彼女と同じくらい輝いていて、本当に楽しんでいたんだなというのが伺える。それより気になったのはショーの内容について。どうやらセカイにいるぬいぐるみ達の個性はカイトさんの話と司くんが教えてくれたエピソードから考えた僕の予想通り、即興劇に足りない人数を補うために司くんが彼ら(ぬいぐるみを"彼ら"と呼ぶのはおかしいかもしれないが)を役者に見立てたことで生まれたものだった。

     厚めのページをどんどんめくっていく。どの写真を見ても目に映るのは司くんの笑顔、笑顔、笑顔。それからショーをする姿に、病院のベッドにいる咲希くんとのツーショット。最初は微笑ましく眺めていたが、だんだんとあることに気がついて、顎に手を当てた。

    「……分かる?」

     ハッとして声の聞こえた後方へ顔を向けると、司くんのお母さんが困ったような笑みを浮かべて立っていた。隣にいる咲希くんも、同じように切なげな表情を見せている。どうやら僕が抱いた気持ちに勘づいたようだ。

     これは幼少期の僕との共通点。いや、寧々という幼馴染がいる僕とは全てが共通しているとは言えないけれど。

    「学校だと休み時間に遊んだり話したりする友達はいたのよ。担任の先生も"司くんはクラスの人気者で、明るくて、いつも皆を笑わせてくれる素敵な子です"ってよく仰っていたしね」

     司くんはいつも独りで舞台に立っていた。

    「ショーをやるときも、目的は絶対にアタシやとーやくんを元気づける・笑顔にすることだったから、1人で立ち上がって、ぬいぐるみを使って……」
    「……私とお父さんも、どうしても咲希の体調を優先しちゃうことが多くてね。相当我慢を強いられていたのかもしれない、寂しい思いをさせてしまっていたかもしれないって、落ち着いた今になってすごく考えてしまうのよ」
    「……アタシが病弱なせいで……」
    「咲希、身体が弱いことを気にする必要はないっていつも言ってるでしょう。それを言ったらあなたをこの身体に生んでしまったお母さんだって……って、嫌な思考の循環に陥るって何度も言ってる。あなたが今こうして元気に学校に行っている姿を見られるだけで私もお父さんも司も幸せなのよ」
    「お母さん……」

     なんというか、このお母さんがいるから今の司くんが在るのだという至極当たり前のことをものすごく実感した。

    「類くん。あなた達とフェニランでショーを一緒にやることになったって玄関に入るなり大声で嬉しそうに語り始めた司を見たとき、私は少し泣きそうになっちゃったのよ。ああ、司にもやっとのびのびと好きなことを自由にできる場所と、共に歩んでいける仲間を見つけられたんだって」
    「……手を差し伸べてくれたのは司くんの方なんですけどね」
    「それなら手を伸ばした司の方もあなた達に救われていたのかもしれないわ」
    「…………。そう、ですかね」

     自然と口元が綻ぶ。本当に司くんがそう思っていたら、僕でも彼の支えになれていることの証明になる。「しかも類くんは恋人だもの!かけがえのない存在に違いないわ!」と高めの声で僕の頭をポンポン叩く司くんのお母さんに苦笑しながら、アルバムのページをめくっていった。

    「……おや?」

     アルバムの最後のページにあった1枚の写真。それは、学ランを着た司くんが私立の制服を着た女の子と一緒にこの家の前で立っている写真だった。手には卒業証書を入れる筒がある。中学校の卒業式の際に撮られたものだろうか。面白いことに今まで見てきた写真とは全く違い、司くんの表情はしかめっ面で、女の子の方も司くんからそっぽを向いて目を閉じており、両者とも両腕を組んでいる。いかにも仲が悪そうな男女の写真だった。

    「……この女の子、どこかで見たような……」
    「あー!お母さん見て!しずく先輩とお兄ちゃんの写真!こんなところにあったんだ!」
    「あらまあ。2人を並ばせるのにかなり苦労した記憶しかないわねぇ」
    「あはは、アタシもしほちゃん達もカメラを持ったおとーさんの後ろでいっぱい笑ってたなぁ〜。2人とも"絶対に撮りたくない!"って騒いでたから!」

     "しずく"……雫?

     もう一度写真をしっかり見る。この綺麗な薄水色の髪の毛は、やはり見た記憶がある。

    「……あ。日野森雫さんだ」

     思い出した。寧々とハイキングに行ったときに瑞希と一緒にいた人。たしかかなり有名なアイドルだって寧々が言っていたな。司くんはあの人とも友達だったのか、と世間の狭さを実感する。

    「……こんなしかめっ面をするような人には見えなかったんだけどねえ」
    「そうなんですよ!芸能界を引退する前のテレビでも、最近みのりちゃん達とやってる配信を見ても、しずく先輩は絶対こんな顔しないんです!」
    「むしろ司といるときだけだったわよね。2人が一緒にいると必ず口喧嘩に発展していたというか、珍しく感情を露わにしているなあって感じで」
    「へえ、司くんがそこまでするなんて……。仲が悪いんですか?」
    「いいえ。"喧嘩するほど仲が良い"ってよく言うでしょう?」

     「本人達に言ったら真っ向から否定されそうだけどね」と司くんのお母さんが笑うと同時に、蛇口から水が流れる音が止まった。咲希くんが慌ててアルバムを閉じる。

    「終わったぞ。3人ともなんの話をしていたんだ?」
    「小さい頃の司くんの話。とても盛り上がったよ」
    「ぬう……なんだか恥ずかしいな」

     そのあとは司くんも交えて学校での僕達の様子やショーの話などをして、とても充実した時間を過ごさせてもらった。玄関まで見送ってくれた司くんに別れを告げ外へ出ると、一部分だけ雲に覆われた満月が綺麗に夜空を照らしていた。咲希くんや司くんのお母さんから聞いた話を思い出しながら夜道を歩く。それから10分ほど経ち交差点の信号が青になるのを待っている間、もう一度空を見上げた。
     ご家族から聞いた話は初めて知るものばかりで、本人の口から直接聞いたことはほとんどなかったなぁ、なんて思いながら。

     満月は司くんの家を出たばかりのときよりも広い面積を雲が覆っており、翳りを見せていた。

    ***

     司くんの家にお邪魔した次の週の土曜日。いつものようにワンダーランズ×ショウタイムはワンダーステージでショーをするために準備をおこなっていた。舞台袖からチラリと観客席を覗くと、とても多くのお客さんが足を運んでくれており席はほぼ埋まっていた。SNSで僕達のショーが話題になってからは毎週右肩上がりでお客さんの数が増えているように思う。

    「類、そろそろ開演の時間だぞ」
     開演5分前、司くんが呼びに来てくれた。
    「……お客さんを見ているのか?」
    「ああ、うん。できるだけ多くの人の顔を覚えておきたくて」
    「そうだな。せめて何度も来てくれている常連だけでも…………。げっ」
    「……司くん?」

     しゃがんでいる僕の頭上からひょこっと顔を出した司くんは、いつの日かスクランブル交差点で一緒にショーをしようと僕が声をかけたときに発したのと同じ「最悪だ」「これはまずい」という意味を込めた声を出し、盛大なため息をついた。

    「どうしたんだい?なにか気になることでも……」
    「いや……。いつかは見に来るだろうと思っていたが、いざこうして目にすると妙な気分になるな……」
    「?」
    「気にするな、演技に支障はきたさないから安心しろ。行くぞ」

     ポン、と肩を叩かれて立ち上がる。最後にもう一度だけ観客席を見たけれど、司くんの言葉の意味はやはり分からなかった。

    ***

     公演はいつも通りの大盛況。誰もが笑顔になれるショーを作ることを目標にしている僕達にとって、女の子も男の子も、子どもも大人も、このショーを見ている全ての人がこうして楽しんでくれる姿は何度見ても飽きないし、こちらも自然と笑顔になれる。"笑顔の連鎖"とはよく言ったものだ。

     「ありがとうございました!」と汗を流しながら4人と1体で頭を下げると、どっと大きな拍手が湧き上がった。1人1人のお客さんの顔をしっかり目に焼きつける。初めて見に来てくれた人の心に残っただろうか、数回目の人を飽きさせることはなかっただろうか、と考えながら手を振った。

    「…………おや?」

     ちょうど真ん中あたりの列の右端に目をやると、見覚えのある人達の姿があった。そのうちの1人はついこの間司くんの家にあったアルバムの写真の女の子の面影と重なる。そこをじっと見ている僕につられて他の3人もそちらに視線を向けた。

    「あれ〜?遥ちゃん達だ!」
    「……花里さんもいる。それに日野森雫さんに桃井愛莉さんまで……。トップアイドルの集まりじゃん」

     もしかして公演前に司くんがあんな態度をとっていたのは……と、隣にいる座長を見ると、予想した通り「はぁ……」と面倒くさそうに彼女達を睨んでいた。正確には日野森くんを。

     お客さんが掃けたあと、えむくんが「挨拶に行ってくるね!」と言って寧々と一緒に駆け出していった。日野森くんと桃井くんはハイキングで知り合った仲だから僕もついていく。もちろん、「オレはここで待っているから」と言って頑なに会いに行こうとしない司くんの腕を引っ張って。

    「遥ちゃーん!」
    「鳳さん!」

    えむくんと"遥"と呼ばれた女性がハイタッチをし、集まった1年生の4人がわいわいと話す様子を見ていた桃井くんと目が合う。

    「やあ、数ヶ月ぶりだね。見に来てくれてありがとう」
    「お疲れ様!みのりがどうしても見に行きたいって言ってたし、私達も一度見てみたくて!予想していたよりもずっとずっと素敵なショーで、本当に感動したわ!」
    「それは良かった。これからも予定が合えばいつでも見に来てほしいな。……ところで、さっきから司くんという名の背後霊が僕の背中にくっついている気がするのだけれど」
    「あら、奇遇ね。どうやら私にも背後霊がついているみたい。日野森雫という名の」

     桃井くんと話し始めてから、後ろで僕の肩を掴みながら彼女達をずっと凝視していた司くんに目を向けると、彼はビクッとして瞳を右に左に動かしたあといそいそと離れ、隣に並んだ。そして、同じく桃井くんから離れた日野森くんと真正面で向かい合う。

    「…………」
    「…………」

     無言でお互いを睨む2人。まるで喧嘩している子どもを見守る親のような気分だ。前にいる桃井くんも、日野森くんの母親に見えてくる。数秒後、先に口を開いたのは司くんの方だった。

    「……久しぶりだな!見に来てくれたこと、感謝するぞ!」
    「そうねぇ、中学生の卒業式以来かしら。素敵なショーだったわ」

     僕でも分かる。これは作り笑顔だ。

    「はぁ……。珍しいわね、雫が人に対してこんな風に接するなんて」
    「同感だ。司くんにも苦手というか、嫌いというか……。まあ、好きではない存在がいるなんてね」
    「どうしてそんな仲になってるのよ。昔からの友達……幼馴染みたいな関係なんでしょ?」

     桃井くんが両腕を組みながら問いかけると、2人は同時に「だって」と言って互いを指差した。本当に珍しい。人を指差すなんて無礼なこと、司くんは絶対にしないし、一度学校でクラスメイトに注意しているのを見たこともある。桃井くんがパチパチと瞬きをしているあたり、日野森くんもこんな行動はしないタイプなのだろう。

     やがて2人は伸ばした手をそっと下ろした。一気に静かになり、唐突な雰囲気の変化に思わず息を呑んだ。

    「……別に、司くんが嫌いってわけじゃないの」
    「オレも嫌いなんかじゃない。ただ……」

     黙り込んだ2人に口を挟むこともできず立ち尽くしていたら、話を終えたえむくん達がやってきて一応その場は収まった。その後、せっかくだし出口まで一緒に行こうということで彼女達は僕達の片付けが終わるまで席に座って待っていてくれた。

    ***

     司くんと日野森くんが並んで前を歩いている。ここ最近、司くんの背中ばかり見ている気がする。いや、もしかしたらもっと前、初めて出会ったあの日からずっと、司くんはいつも前にいたんだ。なんとなくそう思う。

     日野森くんといるときの司くんはとても自然体だ。普段が作られたものではないのは分かっているけれど、どことなく雰囲気というか、表情が違う。全て僕の勝手な想像でこれといった根拠はないが、幼い頃からの友人というのはそういうものなんだろう。僕だって、人によって態度を変えているという自覚は特にないが寧々には無意識に自然体でいるのかもしれない。彼女は僕が抱いていた悩みや葛藤も知っていた数少ない存在だし。

    「なんだかんだ仲良いのね、あの2人」

     桃井くんの2人を見つめる眼差しはとてもあたたかかった。

    「ああ。こうやって見ていると、僕の知らない司くんがまだまだ沢山いるんだなあと思うよ」
    「あ、それ分かるかも。彼といるときの雫はいつもと少し違うって思ってたから。なんて言えばいいのかしら、素の雫って感じ?あの子、色々あって"周りが求める自分"と"本当の自分"の狭間ですごく悩んでた時期があったから、ああやって楽しそうにしているのを見ると私も嬉しくなっちゃうのよね」

    ―― "周りが求める自分"と"本当の自分"の狭間。その言葉に妙な引っかかりを覚える。

     「母親目線みたいでおかしいかしら」と言って笑う桃井くんにつられて僕も笑った。詳しい事情は知らないけれど、きっと芸能界というのは僕の想像以上に大変だったのだろう。再び視線を前に戻すと、司くんと日野森くんがチラチラと僕達を見つめていることに気がついた。そして司くんが日野森くんの耳元でなにかを呟いた瞬間、彼女は「え⁉︎」と驚愕した。

    「……なにかしら?」
    「さあ……。ん?」

     日野森くんが早足でこちらに近づいてくる。遅れて司くんが「おい!待て!」と焦りながら彼女を追いかけてきた。

    「ねえあなた、司くんの恋人さんだったのね!」
     口元に手を当て、透明感のある瞳をキラキラと輝かせながら頬を染める彼女の勢いに押されて「あ、うん、そうだよ」と反射的に返事をした。

    「えええ⁉︎そうだったの⁉︎」
    「今司くんから聞いたの!」
     桃井くんも同じような目で見つめてきた。
    「やはり言うんじゃなかった……」
    「素敵な情報をくれたことに感謝しなくちゃ。ね、愛莉ちゃん」
    「そうね!こんな幸せ満点のお話、聞かなきゃ損よ!」

     男同士の恋愛はこうも簡単に受け入れられていいものなのだろうか、と疑問に思うのが恥ずかしくなるくらいの2人の態度に少し驚きながらも「幸せ満点すぎてどうしようかと思うくらい幸せだよ」と言うと、2つの黄色い歓声と「余計なことを言うな!」と怒る司くんの大きな声が響き渡った。

    「やだもう、聞いてるこっちが火照っちゃうわ」
    「うん、本当に。もっと話を聞きたいくらいだね」

     どんな形であれ笑っている人達を見るのはやはり良いものだ、と思っていたら司くんが慌てて「おい、雫!」と声を上げた。さっきまで焦ったり怒ったりしていたのに、今は真剣な表情で日野森くんを見ている。

    「?なに?」
    「お前、その喋り方……」
    「あ…………。うん。愛莉ちゃんの前なら、ね」

     日野森くんが桃井くんの頬を人差し指でつつく。「なによ急に」と驚く桃井くんを見て司くんは無言で安心したように微笑んだ。それ以降は司くんと日野森くんが会話をすることはなく、出口で待っていたえむくん達と合流して別れの挨拶をしたあとにそれぞれ帰路についた。

     今までの人生において司くんと日野森くんの間にどんなことがあったのかを僕は知らない。だから2人の会話の意味など僕が分かるわけもない。ただ、寧々と僕がお互いの悩みを理解していたのと同じように、彼らもお互いの悩みを共有した仲だったのかもしれない。最後に司くんが見せた微笑みは、日野森くんの悩みが解決した、もしくは解決に近づいていることを知ったから出た"安堵の笑み"のように感じられた。

     羨ましいな。過去の司くんを知る全ての人が羨ましい。年月だけが全てではないけれど、ご家族はもちろん青柳くんや日野森くんと比べて、司くんと出会ってまだ少ししか経っていない僕では太刀打ちできない差があるのはたしかだ。

     ――僕は本当に最前列の席に座っているのだろうか?
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