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    艾(もぐさ)

    雑多。落書きと作業進捗。

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    POIPOI 33

    艾(もぐさ)

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    冒頭を相方に投げて、貰った要素を組み込んで仕上げた小噺。
    大侵寇対策プログラム中盤ネタで赤疲労鶴とスパダリ属性伽羅。プラス伊達のメンタルお兄ちゃん燭台切。
    22'3.11 ぷらいべったー初掲

    パスワードは綴恋内スペースに掲載しています。

    #くりつる
    reduceTheNumberOfArrows

    【後夜祭/鍵開け】龍の一声 十九万六千三百一。
     その数字を稼げば、自身の練度は一段階上がるのだと言う。
     その練度を表すのも、また数字。
     思えば数字を追ってきた道のりだった。数を集め、数を稼ぎ、数を掘り進め。そうして今、数を狩っている。その数を狩るのにだって、数を消費する事が前提というのだからお笑い草だ。
     千五百だか、五千だか。
     政府も何を考えているのやら、敵を巨大化させたと思ったらまた数を課す。数打ちゃ当たる、とでも言いたいのか。この場合の数とは何を指すのか分かり兼ねるし、分かりたいとも思わないが。
     終いには推定で億ときたモンだ。
     億って。流石に途方も無さすぎてピンと来ない。己の本体を鑑定に出せばそれくらいいくだろうか。
     だとしても質と量は別物だし、「億?ああ、俺の価値がそれくらいだぜ!」なんて、頭数のノルマに追われ目が死んでいる審神者には冗談でも言えないけれど。
    「(つかれたな)」
     つかれた。ああ、そう、疲れたのだ。数に憑かれ、衝かれるがままに刀を振るってきた腕が、進めてきた足が、滾らせてきた臓腑が。
     例えばここでしのぎ合う腕を降ろしたとして、踏ん張る足を緩めたとして、昂り麻痺した臓腑の悲鳴を受け入れたとして。そうすれば、そうしたら、或いは。
    「(楽に、なれるんじゃないか)」
     などと普段なら忌避する世迷い言が一瞬脳裏を過った。
     たかが一瞬、されど一瞬。
     ふつり、と生まれたこちらの隙を見逃すほど敵は甘くはない。緩んだその瞬きの間を突かれ、鍔迫り合いから一気に刃を弾かれる。
     しくじった。そう思った時には既に、太刀を振りかぶる巨躯の影にすっぽり覆われていた。
     特級、仮初、対策、遡行軍、大侵冦、規模、数字。やけに遅く見える白刃の閃きと共に、突如押し寄せた単語と情景が瞼の裏を灼き尽くす。
     走馬灯。浮かんだ単語に乾いた笑いがこぼれた。本丸に顕現して七年、思いがけない初体験もあったものだ。
     ああ、終いだ。蛍、海、数字、畑、桜、魚、収穫、数字、戦場。自身に振り下ろされる刀に対し、抗いどころか恐怖すらも湧き起こらない。本丸、道場、厨、鍛刀、札、数字、里、芒、雪。
     刃が眼前に差し迫る。ちかり、光を白く弾く鈍色のそれが、いつか見た景色と重なってブレた。夜明けの静けさに一面の白。朝ぼらけの中雪は鈍色に光るのだと、そう言って誰もいない庭に連れ立って。
     振り返る、真白の景色の中でも見失いようのない黒い龍。君は雪原に映えるな、と笑えば、お前は保護色だなと呆れた目を向けられた。
    「(─やめろ)」
     やめろ、止めてくれ。何だってそんなことを思い出させるんだ。どうしてこんな、どうしようもないタイミングで。
     腕は上がらない。足は動かず臓腑は軋み、抗うことをやめた身体は目前の死を受け入れるばかりだ。だというのに。
    「(いきたいと思わせるんだ。)」
    絶望は一瞬。終わった、との思いは、何に対してだっただろう。
    けれど構えていた衝撃は、全く思いがけないところにきた。
    「ッぐ、ぅ!」
     首飾りを起点に、ぐんと後ろ方向に圧がかかり気管が締まる。何かに引っ張られたのだと気付くより先に、体がそのまま吹き飛ぶように転がった。二転三転、ひっくり返る視界の先に、自分の立ち位置と入れ替わった誰かの後姿。誰なんて思う間も無く凄んでくる背中の龍に、嫌でも状況を思い知らされる。
     地に這いつくばって体を起こせば、砂利とは異なる硬質な音が耳をついた。横凪ぎ一閃睨み合い、といったところか。ああ、くそ。
    「(最悪だ。)」
     庇われた、その事実に思わず舌打ちが出た。
     常ならば感謝しこそすれ、悪態など以ての外だが状況が状況なだけに致し方ないと思いたい。千余年の時を過そうが、所詮自分は心と肉の器を得て七年の青二才なのだ。
     自ら折れにいったような状態で、だというのに間際で生に未練を持ちその未練たる当人に諦めた命を救われるなどこんな無様な体たらく、最悪以外何と言えよう。
     醜態だ。何故君がここに。思って、ああ違う、と考え直した。最初っからいたな、何せ同じ部隊の配属だ。どうやら己は、自分が感じている以上に疲弊しきっているらしい。
     斬り合いの後、刃を弾いた大倶利伽羅が後ろ足に距離を取る。たたらを踏まない、ともすればステップのように軽やかな後退と確かな足取りを見て、どうやら彼は中傷で済んでいることを把握した。
    「大丈夫か。」
     そうしてそのまま、こちらと敵とを隔てるように目の前に立つ。
     大丈夫か、などと。普段の彼なら戦場では絶対にしないだろう心配を滲ませた確認は、まるでこちらの思考を読んだかのようで居心地が悪くなった。
    「残念ながら正気だぜ。」
    「…フン。」
     だから捨て置け、と言外に滲ませた物言いも、ちらと一瞥されるだけでいなされる。まるで常と真逆なやりとり。ああ、いや、普段からこんなだったっけ?分からない。背中の龍が見下ろしてくる。そうだったかもしれない。そうでなかったかも。わからない。つかれた。疲れたんだ、だからどうか。
    「残念だが、」
     目の前の龍が隆起して歪む。それだけで大倶利伽羅が刀を構え直す動きが、背面からでも見て取れた。
    「俺はお前を諦める気は無いんでね。」
     ──俺の目が黒い内は折らせはしない、諦めろ。
     吐き捨てるように言って、一気に駆け出す。その遠ざかる背中を見て、今度こそ僅かな隙間から悲鳴のような吐息が零れた。嗚呼、どうして。どうしてお前は
    「(折れさせてくれないんだ。)」
     どうしようもなく生きたいと思わせる。折れたい、と思うことすら許してくれない程の苛烈さで。
     離れていた三百年はその存在を色褪せることなく、却って感情の輪郭を際立たせた。共に在りたいと、未だ此処に立っていたいと奥底に沈めたものが叫ぶ。立て、と突き動かされる情動のまま、身体を支える腕に力を込めた。
     ああ疲れた。つかれたんだ、本当に。それなのに君がそうやって、まるで俺を背に庇うみたいに戦うからおちおち折れてもいられない。いや、みたいに、じゃない。庇われている。この戦闘の最中にあって、己はただ守られているのだ、あの龍に。
     ざわ、と産毛が立つ。両の足で地を確りと踏みしめ立ち上がった。大倶利伽羅が大型の敵と対峙する後姿を捉える。真っ向からの斬り合いでは敵の方がやや優勢。いっそ裏を掻い潜ればいいだろうにそうする素振りは微塵も無い。それは何故か。
    「(──視線誘導。)」
     例えば、彼の背後にある何かに気取らせないための。
     腸が煮えくり返る心地がする。芯からすっと熱が冷めて、代わりに腹の奥底だけが燃えるように熱い。
     『俺の目が黒い内は折らせはしない』。唐突に、言われた言葉がフラッシュバックした。ふざけるな。庇う?折れる?諦め?疲れた?
     ―大丈夫か、だなんてそんなの、ああ畜生。
     足にぐっと力を込め、大倶利伽羅がバランスを崩されるのを見計らって跳躍する。身体にかかる負荷は一瞬。自分のどこにこんな力が残っていたのか、刀を握る腕に力が籠った。
     自由落下、同時に神経が研ぎ澄まされていく。標的がこちらを振り仰ぐより早く、その項に刃を突き入れた。
    「上から失礼!」
     グァだかグガだか、意味の成さない叫びを上げて姿勢を崩した太刀の後頭部を、刀を抜く勢いそのまま踏みつけ飛び降りる。当たりどころが良かったか、その巨躯が地に倒れ伏したがどうせいっても重傷程度だろう。灰燼に帰す予兆はない。
     何ともしぶといものだ、あいつも俺も。そう、元来しぶといのだ俺は。その来歴も、この有り様も。だから。
     敵が立ち上がろうと藻掻くのを横目に、刀の切っ先を大倶利伽羅に思いっきり向けた。危ない?知るか、人が弱っていたからって好き勝手しやがって、一言言わねば気が済まない。
    「目が黒い内って君の目は黄金だろう、なんて揚げ足取りは止めてやろう。だがな、誰が誰を守るって?!」
    「誰もそんなこと言っていない。」
    「同じなんだよ!言ってる事も、何よりその行動がな!!」
     立ち上がった大太刀の空気を読まない一撃が容赦なく襲いかかる。縦一直線、叩き付けられた剣先は地面を抉る。
     ああもう、今こっちは話してるんだから少し黙っていてくれないか。半身を翻してそれを避けると、そのまま隙だらけの右脇に横一閃。再度姿勢を崩した敵に対し、今度は続け様に左脇に上段の突きが入った。大倶利伽羅だ。そのまま敵の背後に合流する形で左隣に立ち並ぶ。
     守られるがままだなんて巫山戯るな。いつだって自分は立っていたいのだ。その隣に、その背を預け合うために。
     大丈夫か、だなんて、そんなの答えは決まってる。全然大丈夫なんかじゃない。大丈夫じゃないんだ。それでも君がそこにいるから。立っているから。俺を諦めないと、他でもない君が言うから。
    「そんなに気に食わないなら、」
     耳に心地よい低音が鼓膜を揺らした。
    「諦めて俺に守られたくないと言うなら折れずにいろ、鶴丸国永。」
     ─ほらまた、君は。
     そんなことを言うから俺は、何がなんでも大丈夫だって、そう言わざるを得なくなるのだ。
    「─っはは、ああ、そうだ、そうだな!」
     今までにない大型のソレ、数にすればただの1。全くこんなの正気の沙汰じゃない。
     いっそ折れてしまえれば良かったものを。それでも俺はこの腕を振るいたいと、ここに立っていたいと、臓腑を傷めつけて尚思うから。
    「さて…紅白に染まった俺を見たんだ、冥土の土産には十分だろう!」
     白刃が煌めく。構えた鋒は揺らぐことなく眼前の敵へ。
     ぎらつく本能そのままに地を蹴れば、駆け出した身体が熱を帯びた。


     終わりというものは、存外あっけない。
     あれだけ手こずらせてくれた大型の太刀も、背後からの斜め袈裟斬り、その一撃で頽れるように朽ち果てた。
     それにしても大型の太刀って、大太刀じゃないのかそれは。冷静に字面を追えば一体何の事だか。笑いのツボがおかしくなっているのか、あまりのくだらなさにこみ上げる笑いを抑えきれず気道がひゅうと鳴る。連なった肺が思わぬ動きに悲鳴を上げて、堪らず喘いで咳き込んだ。
     ごろり、仰向けに転がって見上げた天は快晴。ああ。
    「…そらがあおい」
     口をついて出た独り言が、またも肺を痛めつける。そこまでして口に出したいものでもなかったのに、自虐趣味か。
     太陽が眩しい。目を刺すこれも仮初のものだろうか。数字の羅列、0と1の構成。ともすれば、肉の器と呼んでいるこれも、或いは。
     再び澱み始めた思考を遮るように、ひょっと目前に影が差した。逆光になって尚沈まない金色が、こちらをじっと見据えている。
    「…よぉ、伽羅坊。」
     お疲れさん。と、今度はちゃんと口にしたくて臓腑に鞭打った言葉は自分が思うより頼りなく揺れて、思わず口角が上がった。
     それを見た大倶利伽羅が、何が可笑しいんだか、と呆れるように溜息を一つ。それでも、細められた双眸に安堵の色が滲んだように見えたのは気のせいだろうか。
    「任務は終わった。帰還するぞ。」
     カチリ、刀を収めながら静かに指示を出す。そういえば彼は部隊長だった。そんなこともすっぽ抜けていた。
     それにしても君、仮にも重傷で動けない人間を見下ろしながら血払いするな。精神衛生上よろしくないだろうが。
     人に刀を向けたことを棚に上げて胸中ひとりごちる。
    「…評価は?」
    「Bだ。」
    「うへぁ」
     思わず情けない声が出た。Bって。よりによってBって。
    「途中二振だけになってから乗り切ったんだぜ?そこは評価してくれよな…」
    「時間をかけ過ぎた。行動制限数いっぱいだ。」
     数。ああ、また数だ。思わず陰鬱な溜息が零れたところで、ポーン、と甲高い機械音が響いた。
    『特級訓練終了です。フィールドから退出してください。』
     帰還を促すこんのすけの声。その淡々とした色の無い事務連絡に思わず眉を顰める。そりゃあここから出れば傷は癒えるが、それにしたって少しは休ませろ、あの管狐め。
     とはいえこのまま転がっていてもどうにもならないのは事実なので、身を起こすために手足の感覚を確かめる。五体満足ではあるが、繋がっているのが不思議なくらいに下肢に感覚が無い。神経がいったか。左の太腿がバッサリやられたから失血による間隔麻痺もあるかもしれない。
     一番ダメージがあるのは骨と内臓だ。肋骨を三本、いや四本か。肺の圧迫感とせり上がってくる血液に、これは折れた骨が臓器のどれかに刺さってるかもなぁ、と嘆息した。刺して刺されては刀のやり合いだけで間に合ってるんだが。
     唯一まともに動いてくれた両の腕に、なけなしの力を入れ上体を起こす。僅かな身動ぎにも悲鳴を上げ崩れそうになる肉体を叱咤し、どうにかこうにか起き上った頃には息も絶え絶え、せり上がってきたものを抗わず吐出せば鮮血が新たに膝を濡らした。
     これが本当の血反吐、なんて。ズタボロになった装束は、もう白いところを探すのが難しい。
     一頻り咳き込み息を落ち着かせていれば、まるで合せたように次第に心が凪いでいく。その間大倶利伽羅は、何をするでもなく傍らにいた。
    「…他の皆は?」
     落ち着いてくれば、やけに周囲の様子が気に掛かってくるのだから不思議なものだ。つい今しがたまで、状況どころかその編成すらも頭から抜け落ちていたというのに。
    「こちらとは合流せず退出ゲートに向かうと連絡が来た。…どこまで覚えてる。」
    「村正が最初に重傷で動けなくなって、鯰尾は圧されて進めなくなったんだったか…鶯丸が重傷で離脱したのは覚えているが、それがどの辺りだったかが思い出せん。ただ、最後の一群が来る直前に蛍丸が重傷を負わされた記憶はある…合ってるか?」
    「概ねその通りだ。蛍丸はその重傷で戦線離脱した。」
     ということは、矢張り実質二振のみでの最後討伐だ。もうちょっと評価してくれてもいいだろう、確かになかなかな戦線崩壊振りだが。
     しかし、と辺りを見回す。それなら通りで周りに誰も居ない筈だ。圧されて進軍が叶わなくなっただけならまだしも、ほぼ全員が手負いだ。だがそれなら。
    「蛍丸を見に行った方が良くないか?重傷で動けなくなってるんだろう。」
     動けないのは自身もそうだが、他の仲間もそう変わらない状態の筈だ。幸い大倶利伽羅は中傷で済んでいるようで、立ち姿もしゃんと背筋が伸びたいつものものと変わらない。
     俺はもう落ち着いたし、急ぎ道中に置いて来た仲間の安否を確認しに行った方が良い。
     言外にそう言い含めれば、何が気に食わなかったのか露骨に顰めっ面された挙句に舌打ちされた。何故。元から同胞思いだった彼の気質は、修行から戻ってからというもの、本丸の仲間へも素直でないなりにも向けられるようになった。だから当然、こちらの状態を確認したら一人半端に離れているだろう蛍丸の様子を見に行くと思ったのに。
     思わず彼の表情をじっと見る。こちらの戸惑いが表に出てしまっていただろうか。大倶利伽羅は溜息をひとつつくと、そのまま視線を合わせるように片膝をついて右隣にしゃがんだ。
     そこに諦めの色が垣間見えて、益々困惑が深まってしまう。
    「…鯰尾藤四郎が軽傷での離脱だった。離脱した奴らの回収と確認は、そっちで既に回っている。ゲートに向かうと連絡があった時点で、全員の状態確認は済んだ。問題はない。それよりも、」
     どこか矢継ぎ早にそうまくしたてたかと思えば、ふと言葉を途切る。何だと改めて目を向ければ、ぱちり、金の双眸と目が合った。
    「お前はどうなんだ。」
     言われ、どうしてか息が止まった。どうなんだ、って、そんなの見たままだろう。思わず目を瞠る。
     「そりゃあ君、見て分からないのか?ご覧の通りこの有様、もうくったくただ」。言おうとして、はく、と空気を食むに終わる。何でそんな。自分でも解らず目を逸らそうとして、出来なかった。真っ直ぐに見据えるその眼に捉えられる。
    「鶴丸。」
     心地よい低音、その声音が和らぐ。変化は微かだ、けれど他ではない自分だからこそよく分かる。
     二。唐突に脳裏に落ちた。数、単位、ひとりふたり。ああそうだ、ここには俺と君しかいない。だって君がそんな声で俺を呼ぶのは、二人でいる時だけだから。
     ぼろ、と、胸の奥底、錆びついたものが取れるような心地がした。嗚呼、だから何で君はそんなにも。
    「―っ、かれ、た。」
     つかれていた、どうしようもなく。それでも君がいるから立っていられた、それは真実だがそれ以上に、君が傍いたから俺は。
    「疲れた、伽羅坊…」
     限界が来たその時に、崩れていいかもしれないと、立ち止まってしまいたいと、そう思ってしまったんだ。
    「最初から、素直にそう言え。」
     ついには目元すら和らげてそんなことを言う。ああもう、年上の矜恃もあったものじゃない。元からあまり拘ってもいないけれど。だが戦場では、例え彼相手でも弱いところはあまり見せたくなかったというのに。
     ぐい、と龍が這う方の指で口元を拭われる。紅白どころの話じゃないな。言って、珍しく口角を上げる。─君は一体何にそんな機嫌を良くしてるんだ。
    「帰るぞ。」
     そうして右手が差し伸べられる。その意図を違わず汲み取り素直に倒れ込めば、大倶利伽羅は全く動じることなく受け止めてくれた。
    「すまんが、もう全く動けそうにない…運んでくれるか。」
    「フン。」
     軽々と抱え上げられたことにこれもどうなんだろうなぁと思いながらも、込み上げるのは羞恥でも悔しさでも憎らしさでもない、只管の安堵だけで。
     泥沼に引きずり込まれるように沈むのに逆らわず、とぷりと意識を手放した。


     後から聞いた話によると、どうやらこの時俺は赤疲労と呼ばれる状態にあったらしい。
     その前の出陣から戻った時には既に、大倶利伽羅を除いた全員に疲労の色が見えていたという。普段ならその時点で別部隊と交代なり疲労回復食を与えられたりするものだが、不幸なことに『討伐数のるま』に追われた主の方が先に参ってしまっていた。前後不覚状態の采配で、俺達は疲労をそのままにトンボ帰りで特級訓練へと向かったというわけだ。
    「そもそもが誤進軍だったんだ。」
     そう言う大倶利伽羅にも、流石に疲労の色が見て取れる。隊長橙疲労、以下全員赤疲労、二人を除き戦線崩壊、ただし残った二人も中傷と重傷。それがこの出陣のあらましだった。
     しかし、道理で。納得と同時に安心する。疲労で頭のネジが一本二本飛んでいたというなら、戦闘中の自身の思考回路にも頷けた。全て事が済んでいたとはいえ、普段ならどんなにくたばっていても戦場で自ら大倶利伽羅に抱き着くなんてこと絶対しない。いや、抱き着くというか倒れ込んだけど。そもそも大倶利伽羅も、戦場にあって抱き返すなんてしない筈なのだ。運ぶのに効率が良かったとか不可抗力とか、まあ色々ありはするだろうが。
     とどのつまり、疲労怖い。全てはこの一言に尽きる。
     帰還後、襤褸切れのような有様の俺達を見て事に漸く気付いたらしい主に泣きながら平謝りされた挙句、お詫びだと言って「明日のお昼に皆で食べてくれ」と幕の内弁当を支給されたのだが、疲労がまだしっかり残っていた俺達はそれを微妙な顔で受け取った… なんて一幕がありもしたのだが、それは割愛しておこう。この弁当による強制誉桜がどこで消えるかなんて、今はまだ考えたくない。

     * * *

    「おはよう鶴さん、伽羅ちゃん!昨日はお疲れ様。今日のおかずは鯖みりんにほうれん草の白和え、ひじきと大豆の醤油炒めに数の子の鰹出汁漬け、煮ものは京風だよ。沢山食べて栄養付けてね、特に鶴さん!」
     朝から眩しい燭台切の長船オーラを浴び、彼の優しさにありがとさんと返しながら、やっぱりこれだよなぁなんて思い馳せる。人の身を得た今、食は最高の娯楽であり癒しだ。最大限に楽しみ満喫していたい。いや、決してあの幕の内弁当が嫌だという訳ではないが。
     この本丸での朝餉と夕餉は固定のおかずだけが盆で一式に配られ、他は自由選んで好きなだけ取れるようになっている。米、汁物、漬物の他に、納豆や生卵なんかの添え物。米は時期によっては炊き込みご飯になったりするし、汁物は日替わりで様々だ。洋食が主食になると、すーぷとぱんなんて時もある。
     食べ盛りも多い男所帯にはこれが一番!と主が意気揚々取り入れたこの食事方式─半ばいきんぐ─は、新刃の食教育にも丁度いいと嘗ての監査官殿たちからも評判の様式だ。
     そしてこの本丸には、朝餉ならではの名物がある。
    「二人は今日は卵焼きどっちにする?砂糖?出汁?」
     これだ。厨当番特製卵焼き。卵がふんだんに使われ幾重にも巻かれた層は美しく、厚みも食べごたえも満点。一人一皿で分量は三切れ、という配分の絶妙さ加減もあって飽きどころか毎日毎食食べたいと思わせる一品だ。
     個々刃の味の好みを考慮し、味付けは砂糖と出汁、どちらか選べるという所もまた朝から堪らない。どちらも好きな自身としては朝いちにこれを悩むのが大好きな日課なのだが、今日は最初から決めてある。
    「出汁で頼む。あと光坊、すまんがこれ粥にしてもらえるかい?」
     膳を受け取るより先に、ぱぱっと白米をよそった椀を差し出せば燭台切はぱっと顔を明らめた。その顔には、少しでも食べようとしてくれているのがとっても嬉しいよ、と書いてあるのが見て取れる。ううん眩しい。
    「オーケー!出汁ね。お粥は味付け無しでいいのかな?」
    「ああ。ありがとうな、手間をかける。」
    「全然、それで食べきれるならお安い御用だよ。伽羅ちゃんは?決まった?」
    「…………砂糖。」
    「じゃあ出汁と砂糖一皿ずつだね。はいどうぞ。鶴さん、お粥は出来たら持って行くから少し待ってて。」
     カウンター式になっている配膳台から離れ奥の厨に向かう燭台切に礼を言い、卵焼きの皿を足されたお盆を受け取ってから改めて左手に備えられたばいきんぐこーなーの前に立った。付け合せにあおさ海苔を迷ったところで、梅干しの脇に『僕のおすすめ!BY日向』のぽっぷすたんどを見付ける。うん、こっちだな。紫蘇漬けらしい大振りの豊後梅を一つ小皿に取って、白粥を頼んだ己の判断に誉を送った。
    「おっ、今日の味噌汁は赤と白どっちもあるぜ。伽羅坊どっちにする?」
    「どっちでもいい、どうせお代わりする。」
     納豆、焼き海苔、とひょいひょい選んで乗せていく大倶利伽羅を朝から気持ちのいい食べっぷりだと見遣りながら、汁物用のお椀を手に取る。その取りように、これはガッツリおかわりこーすだな、と白だしの鍋の蓋を開けた。二回目で白米と取合わせ自由の付け合せに濃い目の赤だしを添えるのが、大倶利伽羅の朝餉ふるこーすの鉄板だ。
     お代わり自由で業務用の鍋になみなみと置かれた味噌汁。いつでも具材と一緒くたのこれは、後入れの乾燥ワカメや麩じゃ味気ない、というこの本丸の初期刀・歌仙兼定の拘りによるものだ。しかしここで必須となる『具材と一緒にいい塩梅で汁物を注ぐ』という作業が大倶利伽羅は不得手だった。本丸立ち上げ当初から七年経つ今に至ってもそうなので、これはもう、上達とか技術でなく単にそういう個性なのだろう。彼自体は決して不器用ではないし、どちらかと言うと器用な方ではあるのだけれど。
     ほい、と味噌汁を注いだお椀を大倶利伽羅のお盆に置けば、しれっと納豆が渡される。いや何故。
    「何故。」
    「お前はもう少し食え。」
    「君基準で言われてもなぁ。しかも納豆って…お粥に納豆…?食い合わせがおかしくないかい?」
    「納豆だけ食えばいいだろ。」
     そのまま口に出たつっこみは、ぶっきらぼうな優しさによって流された。ここまで来ると横暴では、と言いたくなるそれも、本当に心配してるからこその行動だと判ってるから強く突っぱねられない。納豆1パックの追加。畜生、妥協点ギリギリのところを攻めてくる。
     でもなぁ、と承諾しかねていると、反応も待たず納豆のパックを開封し始めた。小さな専用屑入れにぽいぽいと蓋やらびにーるやらを放り込むと、顕わになった納豆本体にぱぱっと備え付けの薬味をかける。小葱を適量、関西の薄口だし醤油を一垂らし、付属のからしと醤油は使わないから封を切らずに不要付属品回収籠へ。
     番手ずから己好みに整えられたそれを、受け取る以外の選択肢が俺にあったなら誰かどうか教えてほしい。

     広間の方に移動して空いてる席を適当に探す。と、一番近い卓の隅が空いていたのでこれ幸いとそこに膳を降ろした。ここなら燭台切がお粥を持ってきてくれた時に一番やりやすい。
     俺が廊下側に腰を落ち着けると、その向かいに大倶利伽羅が膳を置く。それを脇目に留めて、互いにいただきますと手を合わせた。
     こちらから逆反対、広間の奥の方の卓から酒持ってこーい!なんて次郎太刀の声が聞こえる。数の子なんて酒の肴にもってこいだもんな。俺も品目を聞いた時は朝から数の子なんて正月か?なんて思った。
     だが、少しばかりトンチキなそれも今日ばかりは都合良い。
     箸を手に取り真っ先に数の子に手を付けようとした大倶利伽羅を避けるように、さっと彼の小皿を奪う。咄嗟の事に固まった左手は無視して、こちらの卵焼きが乗った小皿に置き換えた。
     傍から見れば一方的なおかず交換。だがしかし。
    「これで貸し借りは無しな。」
     にっと笑って言えば、彼は対面でむっとした表情を作った。
    「…貸しだとは思っていない。」
     そんなことを言いながらも、噤んだ口元は何やらもごもごしている。嬉しさを隠している時の癖だ。まったく素直になれば良いものを。
     大倶利伽羅は数の子が苦手だ。明確に言葉にはしないし、嫌いだと明言するほどではないようだが口にすると何とも言えない顰めっ面になる。そんな彼の好物の一つが、朝の卵焼き。大抵の好みが砂糖派と出汁派、真っ二つに分かれる中で彼はどちらも甲乙つけがたい派なのである。
     対して俺は、数の子についてはどちらでもない。好きか嫌いかで聞かれれば、まぁ好きかなと答える程度。卵焼きは好物だが、今回の場合は戦場での失態の詫びを兼ねてだ。これくらいはしておくところだろう。
    「分かってたのか。」
     数の子のあった場所に伸ばしていた手を引っ込めて、改めて白和えを取りながら大倶利伽羅が言う。ん?と首を傾げて聞き返せば、味、とだけ簡潔に返ってきた。
    「ああ、何となく選んだだけだ。運が良かったな。」
     さらっと流す、これは嘘だ。卵焼きの味付けはどちらも甲乙つけがたい彼は、疲れている時は砂糖を選ぶ。確認を取った事は無いが、どうやら彼も気付いていないようだから多分これは無意識だろう。
     白和えから手を付けて、煮物を一口。里芋に大根、人参、蒟蒻を醤油で煮付けたそれに、今日の味付けは北谷菜切かな、と舌鼓を打つ。数人の厨番が日替わりに料理を担当するから、同じ膳でも味の傾向が皿によって異なる。これもまた、本丸でのご飯の醍醐味だ。
    「(しかしこれは、数の子の挟みどころがないな。)」
     味変に挟むにしても、少々癖がありすぎる。勿体ないが先に片そう。思って無作為に噛り付いた。ごじり、独特の歯ごたえがする。ひょっとしたら彼はこの感触が苦手なのだろうか。ちらと対面を見遣れば、既に白和えと煮物は食べ終え納豆白米にかけているところだった。本当に腹減ってるんだな、君。
     沢山お食べ、なんて燭台切よろしく保護者目線に浸っていると、その箸がいそいそと卵焼きへ伸ばされる。いつもなら一切れを半分ずつ割って食べるところを豪快に噛り付くその姿に、今日は六切れあるもんな、と温かく眺める。ごじょりごじ、じょり。口内の数の子が、咀嚼する度に音を立てて崩れた。
    「(ぼろぼろ、崩れる、かたまり、)」
     一、十、三十。数字が脳裏を過って、はた、と思わず動きが止まった。一切れ。塊、いくつの、百?卵の数。本丸全員分の卵焼きには、かなりの数の卵が必要だ。それでも一切れにはどれくらいの分量だろう。数だけで言えば、きっと数の子の方が多い。三、二百、千五百。五千はないだろう、分かってる。ああでもそうか、卵の頭数だけで言えば君の方が損してしまったな。数の話ではない、分かってる。分かっているが。
     こくん、静かに命の塊だったものを飲み下す。頭が無意識に数を追う。
     疲労を自動回復しようと思うと、それなりに時間が要るから。そういえば、幕の内弁当を渡して来た時に主がそんなことを言っていたような気がする。ああ、時間など考えずあの時食べてしまえばよかった。
    「…鶴丸?」
     完全に箸の止まった俺を訝しんで、大倶利伽羅が顔を覗き込んでくる。千五百、五千、五億。かたり。ついに箸が手から落ちた。
    「なあ伽羅坊。俺を数字に表したら何になる?」
     数を追っている。いつでも、ともすれば刀として世に生まれ出たその時から。価値、年代、重ねられるいくつもの『何か』。
     まとまらない思考、幾重にも連なる断片的な数字。そんなそれらが、数に憑かれ、衝かれ続けて疲れ果て、そうして表面に出て来たものだと言うなら。一体、つかれたのはいつからだったのだろうか。
     疲れたんだ、伽羅坊。まだ駄目だった、だからどうか鼻で笑い飛ばしてくれないか。何だって話のタネにして、笑い飛ばして見せるから。
    「…お前が何を聞きたいのか知らないが、」
     ─ところが、そうはいかないのがこの一匹龍王である。
    「俺がお前を数字に表すなら、一だ。」
     そう断言した。きっぱりと。それが適当でもネタでもないのは、その眼を見ればはっきり分かる。
     いち。声に出さずに反芻した。一。そこにある何かを表す、最初の数字。
    「…その心は?」
    「何だそれは。」
    「意味だよ。何で一なんだ、君の事だからあるんだろう?」
     おしえてくれ。茫洋と、けれど何かに急かされるように問いかける。知っている、彼はこういう時下手に誤魔化したりしない。俺が手を伸ばしていることを、彼は見逃したりしないのだ。
     証拠に大倶利伽羅は、「なあ」と催促する俺を鬱陶しがるでも理由を問いただすでもなく静かに口を開いた。
    「…そのままの意味だ。俺にとっての鶴丸国永はお前一振きりで、唯一だ。」
     だから、俺がお前を数字に表すなら一だ。
     噛み砕くようにして紡がれたその言葉は、するり、とどこか躰の奥深いところにやわらかく滑り込んで溶けた。


    「お待たせ鶴さん、お粥って何?!」
     盆を片手にるんたった、意気揚々と広間に足を踏み入れた燭台切が、思いがけず舞い上がった薄紅の波に悲鳴を上げる。変なところで言葉を切ってしまったせいでよく分からない質問のようになってしまっていたが、それも仕方ないだろう。何せ出入口付近は桜が舞い、部屋の奥では次郎太刀らがやれ花見だの酒持ってこいだの騒いでいる。桜の発生源は出入口すぐの卓、お粥を頼んだ張本人だ。
     平安生まれの古刀らしく行儀作法のしっかりしている彼にしては珍しいことに、食事中にもかかわらず頭を抱えてあーだのうーだの唸っている。
     その対面では、大倶利伽羅が黙々とご飯を食べていた。納豆がけにしたらしいそれを平らげるその姿は、どこか上機嫌に見える。
     僕がお粥を作っている間に一体何が。
     思いながら、とりあえず持ってきたお粥を鶴丸の膳の脇にそっと置いた。茶碗に入り込む花弁は、すぐ消えると分かっているが何とも視界によろしくない。
    「えーっと、伽羅ちゃん…これはどういう…?」
     とりあえず、と口の中のものを飲み込んだタイミングを見計らって状況を知るだろうどころか大方元凶であろう旧知に声をかける。すると大倶利伽羅は、湯呑みを手にして「さてね」と返した。
    「疲れが取れたんじゃないのか。俺はただ雑談に付き合っただけだ。」
    「はあ。」
     雑談ねぇ。言われた言葉を反芻する。いやそれってその雑談が原因でしょ絶対、と思ったものの口には出さなかった。だってそれは野暮というものだ。それに誉桜がこうして舞うということは疲れが取れたか、そうでなくとも気分が高揚しているということに他ならない。珍しい姿に驚いたというだけで、そのこと自体は燭台切自身非常に喜ばしかった。
     昨日大倶利伽羅率いる第一部隊が帰還した時は、本当にどうなるかと思ったのだ。滅多にない赤疲労というだけじゃない、あの鶴丸が大倶利伽羅に抱えられて戻って来た、という事実にその場にいた皆が騒然となった。
    鶴丸国永という刀は強い。平安の生まれ、五条の傑作、実践刀としての歴。古刀の矜恃というそれ以上に、自身の在り方と有り様に誇りを持つ彼は戦場で決して崩れない。何がなんでも自分の足で帰って来る、無理でも手入れ部屋の敷居を跨ぐまでは自我を保っている。そういう刀だ。
     それが昨日は、抱えられているだけならまだしも意識を失った状態で、手入れ部屋では手伝い札を使ったにもかかわらず暫く目を覚まさなかった。
     だからその後幕の内弁当も食べずそのまま休んだ、と聞いて朝餉の仕込みをしながら気が気ではなかったし、今朝もどこかまだ顔の白い様子に心配していたのだけれど。
    「良かった、元気になって。」
     頭を抱えた手の隙間から覗く赤らんだ肌に、安堵から笑顔がこぼれる。ふふ、と隠さず笑えば、またも「うう」と小さく唸った。
     本当に珍しいな。決して意地悪ではないけれどその様子を観察していたら、隣からじんわりと圧がかかる。
    「伽羅ちゃん、男の嫉妬は醜いよ?」
     敢えて目を向けずにそう言えば、圧は更に増した。同時に桜がまたぶわり。うーん、春だなぁ。
    「じゃあ僕は…って、あれ。」
     煽るのは本意じゃないし趣味でもない。馬ならぬ龍に蹴られる前に退散しよう、そう踵を返そうとしたところで彼らの膳の違和に気付いた。
    「伽羅ちゃん、鶴さんとおかず交換したの?」
     それ、と大倶利伽羅の膳に乗った卵焼きの皿を指差す。二種類ある卵焼きの皿は、味によって色を変えてあるから分かりやすい。白が出汁で、黒が砂糖。白い皿の置かれた場所は、本来数の子が乗っている場所だ。大倶利伽羅が数の子が苦手らしいことはなんとなく察していたから、鶴丸が取っていること自体は何も思わない。だが、鶴丸も好物のはずの卵焼きを交換で渡すとは。
     単純に不思議に思いそう聞けば、大倶利伽羅は味噌汁を持ち上げたままちら、と卵焼きに目をやって。
    「それは、そいつの矜恃だ。」
     だから食らう、なんて珍しく楽しげに言う姿に面食らう。わあ、ご馳走様。鶴丸の誉桜がまた更に舞って廊下から誰かの驚く声が響いたけれど、何食わぬ顔でちらりほらりと桜を舞わせる黒龍に苦笑する。
     いつもとは違う、いつもの食卓。それだけで安堵と喜びに胸がいっぱいになった。本当に良かった。大事な仲間達には、より多くの幸せの中にあって欲しい。それが旧知の友なら尚更だ。あたたかな気持ちでいっぱいのまま、今度こそ踵を返した。だから。
    「二人が二人で、良かった。」
     お疲れ様鶴さん、ゆっくり食べてね。
     そう言って広間を出て行った燭台切の後ろで鶴丸の肩が震えたことも、その頬を撫でた大倶利伽羅がいたことも、燭台切当人が知ることはなかった。

    「─まったく、龍の一声にはかなわんなぁ!」
     破顔一笑、鶴の一声。
     世はおしなべて事も無し。
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    艾(もぐさ)

    PAST2019.11.4発行。
    準々決勝後の月島と山口。トスと影山と春についての話。
    カプ要素ないですが、書いてる人間が月影の民なのでアレルギー持ちの方は気を付けてください。

    FINAL1作目公開記念再録。
    と言っても話的には2作目後なのでアニメ派の人にはネタバレです。閲覧は自己責任でどうぞ。

    完売して再版予定もありません。当時手に取ってくださった方ありがとうございました!
    【web再録】春/境「春が終わったら、何になると思う?」



    *  *  *



    春高、準々決勝後。
    鴎台に敗北を喫したその日、民宿に戻ってから夕飯まで自由時間を言い渡されたものの満身創痍の身体に出歩く気力はなく、結局部屋に残ることにした。
    そもそも、まだ高校生の自分には滅多に来れない地だというのに観光なんて浮かれた気持ちは全く起こらず、画面越しに見たことのあるようなする街並みに、ああ実在するんだな、なんて呑気な感想を抱いただけだったのだ。
    それよりも。あの雑踏の中に紛れ込むよりも、早くコートに立ってみたい、だなんて。
    どこかのバレー馬鹿達が乗り移ったような思考に、うげえ、と思わず顔を顰めたのはほんの数日前の事だというのに、何だかもう何週間も経ったような気がしている。それだけ怒涛で、詰まりに詰まった三日間だった。
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    艾(もぐさ)

    PAST第三者視点や写り込み・匂わせ自カプ好きが高じた結果。
    別キャラメインの話に写り込むタイプのくりつるです。
    村雲(&江)+鶴丸。村雲視点&一人称。
    別題:寒がり鶴と、腹痛犬の恩返し。

    この他、創作独自本丸・演練設定捏造など盛り込んでます。
    鶴丸が村雲推し。つまりは本当になんでも許せる人向け。

    ※作中に出てくるメンカラーは三ュのものをお借りしていますが、三ュ本丸の物語は全く関係ない別本丸です。
    【後夜祭/鍵開け】わんだふるアウトサイド ここの鶴丸国永は、寒がりだ。
     とは、俺がこの本丸にやってきて数日経った日、同じ馬当番に当たった日に彼から教えてもらったことだ。
    「鶴の名を冠しておきながらこれじゃあ、格好つかんだろう?」
     内緒だぜ、と少しばかり気恥しそうに言った彼に、じゃあ何で縁もゆかりも無い俺に、と表情─どころか声に─出してしまったところ、彼はさして気にした風もなく「気候から来る腹痛なら気軽に相談してくれよ」と笑った。心から来るものには力になれないかもしれないが、とも。
     それだけで、上手くやっていけそうかも、とお腹の奥底、捻れた痛みが和らいだのを覚えてる。
     実際、彼が寒がりだということを知っている仲間は少なかった。彼と同じ所に長く在ったという刀が幾振りか。察しがよく気付いている風な刀もいたけれど、そういった刀達はわざわざ口や手を出そうとしていないようだった。それは、彼が寒さを凌ぐことに関してとても上手だったからかもしれない。
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    艾(もぐさ)

    PAST第一回綴恋合せ展示用小説。突然ハムスター化した伽と、それについては心配するでもなく一緒にいる鶴の小噺。まだデキてない2人。創作動物審神者がいます&喋ります注意。捏造は言わずもがなです。
    22'3.27 ぷらいべったー初掲

    パスワードは綴恋内スペースに掲載しています。
    【後夜祭/鍵開け】君と食む星 伽羅坊がハムスターになった。
     何故なったのか、と聞かれても分からない。朝起きて、畑当番の用意をして、朝ご飯を食べ、冬でもたくましく芽吹こうとする名も無き雑草たちを間引き土を作り、さて春に向けての苗を──と立ち上がったところで、何やら足袋を引っ張られる感触があるなぁと思ったら足元にハムスターがいた。
     小さくふくよかで、野鼠とするには頼りない焦げ茶のそのかたまりを目にした瞬間、何でこんなところに、と考えるより早く思った。
     あ、伽羅坊だこれ。と。
    「伽羅坊?」
     悩むより聞くのが早い。呼びかければ、ハムスターもとい、伽羅坊は小さく「ぢっ」と鳴いた。ハムスターの基本的な鳴き方自体は鼠と変わらないからこれが普通なんだろうが、すこぶる不機嫌極まりなさそうなそれにくつくつ笑いが込み上げる。見れば、小さな耳の下は微かに赤毛が混じっていた。ああ、やっぱり伽羅坊だ。
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