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    艾(もぐさ)

    雑多。落書きと作業進捗。

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    艾(もぐさ)

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    第一回綴恋合せ展示用小説。突然ハムスター化した伽と、それについては心配するでもなく一緒にいる鶴の小噺。まだデキてない2人。創作動物審神者がいます&喋ります注意。捏造は言わずもがなです。
    22'3.27 ぷらいべったー初掲

    パスワードは綴恋内スペースに掲載しています。

    #くりつる
    reduceTheNumberOfArrows

    【後夜祭/鍵開け】君と食む星 伽羅坊がハムスターになった。
     何故なったのか、と聞かれても分からない。朝起きて、畑当番の用意をして、朝ご飯を食べ、冬でもたくましく芽吹こうとする名も無き雑草たちを間引き土を作り、さて春に向けての苗を──と立ち上がったところで、何やら足袋を引っ張られる感触があるなぁと思ったら足元にハムスターがいた。
     小さくふくよかで、野鼠とするには頼りない焦げ茶のそのかたまりを目にした瞬間、何でこんなところに、と考えるより早く思った。
     あ、伽羅坊だこれ。と。
    「伽羅坊?」
     悩むより聞くのが早い。呼びかければ、ハムスターもとい、伽羅坊は小さく「ぢっ」と鳴いた。ハムスターの基本的な鳴き方自体は鼠と変わらないからこれが普通なんだろうが、すこぶる不機嫌極まりなさそうなそれにくつくつ笑いが込み上げる。見れば、小さな耳の下は微かに赤毛が混じっていた。ああ、やっぱり伽羅坊だ。
    「どうしたんだい、そんななりで…っと。ああ、もう昼餉の時間か。」
     ちょうど頃合を見計らったかのように、正午を告げる鐘が鳴る。
     一旦終いだと教えに来てくれたのか。やっぱり優しい子だなぁ伽羅坊は。
     言いながら、農具一式を納屋に片す。入口脇に寄せ置く程度だが、また昼から使うのだからいいだろう。
    「伽羅坊は…」
     置いてきてしまった伽羅坊の様子を見に戻れば、自分が使っていたであろう農具を前にぽつんと佇んでいた。というか、溶けていた。
     一応持とうと奮闘したのだろう。ハムスターが地面に突っ伏すのはリラックスしたり寝てる時、と見た気がするが、これはどう見ても力尽きている。
    「それ、持って行くぜ?ついでに乗るか?」
     右手でがちゃがちゃと農具をまとめながら、左手をそっと伽羅坊の眼前に差し出してみる。
     すると伽羅坊は、その音の煩わしさか状況の不服さ故か、これまた心底嫌そうに「ぢぃ」と鳴いた。
     それでも右手に農具をひとまとめにする頃にはのろのろと乗ってくるものだから堪らない。
     そういうところだぞ、伽羅坊。
     言ったら噛まれそうだな、と思い何も言わずにいたのに、件のハムスターには伝わってしまったらしい。ぢぢぢ、と反論するように随分と小さくなった手でへちへちと叩かれた。痛くはないが、微かに引っかかる爪が地味にむず痒い。
     さて、これからどうしたものかな。思いながら納屋の手前に来たところで、おやと自分の状態を鑑みた。
     右手に農具、左手に伽羅坊。
     これじゃあ納屋の扉を開けられんな、と目前に別の懸念事項が降って湧いた直後、手のひらで大人しくしていた伽羅坊がすっくと立ち上がるとそのまま俺の体目掛けて駆け上がった。
    「ちょ、伽羅坊?!」
     さすがに小動物が体を登るという体験はしたことが無い。そんな俺を尻目に、伽羅坊はすたこらさっさと俺の頭頂部までの短い登山を成功させた。
    「そこがいいのかい?」
     伽羅坊が道中に選んだ首筋に残るぞわぞわした感触を、空いた左手で撫で付けて逃がしながら頭上で寛いでるであろう伽羅坊に問う。
    「ぢ。」
     返ってくる声も満足気だ。どうやらお気に召したらしい。
    「ま、ならいいけど。」
     落ちるなよー、と言いながら、実際は余り心配してはいない。だって伽羅坊だし。落ちても100点満点の着地を果たすだろう。ハムスターの耐久性はよく知らないが、それでもまあ、伽羅坊だし。
     言葉がなくとも、こちらの状態を察して自分から移動もしてくれる。困る要素が、当座はそんなに見当たらない。それならば、うん。
    「まずは腹拵えだな!」
     持っていた農具を先に置いておいた自分の使った物に重ねて、さっさと本丸へ踵を返す。
     腹を減っては戦は出来ぬ。なぁそうだろう、伽羅坊!
     意気揚々、言えば伽羅坊はそうだなと言わんばかりに「ぢ」と鳴いた。
     うーん、やっぱりそんなに困らないな、これ。

     *  *  *

     ところで、俺は本物のハムスターというものを見たことがない。
     じゃあ何で伽羅坊のこの姿が鼠ではなくハムスターでハムスターが溶ける状態について知っていたかというと、文明の利器の恩恵によるものだ。動画さいととは、なかなか驚きに満ちている。
     とはいえ俺は人が見ているものを一緒に見る程度だった、のだが。

     俺が初めてハムスターを見たのは、主と伽羅坊が見ていた動画だった。
     小さな水車に似た滑車を必死に走り回す最中、どうしてか足をもつれさせ転けた―ひしゃげた?かと思うと、そのまま滑車に張り付いて止まらない滑車と共に4分の1ほど後退したところで我に返ったようにまた滑車を回し始める子鼠に似た小さな生き物。
     何だこれ。新手の拷問か?それとも動力実験?
     動画は変に途切れたかと思うと、また同じ小動物が走る動画が再生され始めた。どうやらえんどれすりぴーと中らしいそれを、伽羅坊と主は微動だにせずじっと眺めている。
     ―ますます分からない。
     状況の不可解さから5回目の繰り返しに入ったところで漸く声をかけることが出来た俺は、そこでやっとその小さな生き物が『ハムスター』という名前で日本では愛玩動物として幅広く認知されているものであることを知った。
     ――はあ、こいつがねえ。
     未だ画面でカラカラとか細く軽い音を立てながら滑車を回し続ける小さいものを見遣る。主はともかく、伽羅坊の目は生き物を愛でる時のソレだった。可愛い、とも言えなくはないか?何分動画は横向きでしか映っていないので正面からの姿がよく分からない。
     墓から取り出され転々とする中では、本体を掛け布一つ無く放置されることもあった。勿論当時の基準ではそれでも丁重に扱われていた方ではあるが、その中でいっとう厄介だったのが虫や鼠の類だ。分かりやすい気温や湿度の変化なんかは人間もよく気が付くが、小さな虫や生き物の類の所業には存外疎い。いたずらに己の拵えを齧るその姿を見て、何度辟易したことか。
     そんなこともあってか、俺自身はどうしてもそのハムスターの可愛らしさとやらが分からなかった。そしてこの時自覚したが、俺はどうやら鼠の類は好まないらしい。これについては前述の出来事が原因だろう。だって本当に嫌だったし。
     しかし伽羅坊から見ればこいつはいたく可愛いらしい。
     簡潔にハムスターの説明をした伽羅坊が、見る気があると思ったのか画面が見やすいよう身体の位置をずらしてくれる。動画は板状の端末―タブレット、と呼んでいた―で見ているから画面自体はさほど大きくない。確か10インチ、だったか。約0.8尺と言われた方が個刃的には分かりやすいのだが。
     折角の厚意だしな、と空けてくれた場所に腰を落ち着ける。画面を見下ろしていたせいで色味が変わっていたのか、正面からきちんと見たハムスターは野鼠より明るい薄茶の毛色をしていた。瞳はつぶらで顔の比率からすれば大きい、だろうか。尾は生えているかどうかくらいのもので心許なく、毛もよく眺めれば野鼠には有り得ない艶と柔らかさが見て取れる。
     ―可愛い、と言うのかこれは。可愛い、うん、まあ野鼠よりは可愛いか。
     再度動画をガン見し始めた伽羅坊に悪いと思いつつ、なあ、と声をかける。
    「こいつ、この、はむすたあの他の動画ってないのかい?」
     もう何度目かの再生か、画面の中でカラカラ滑車を回し続けるハムスターを指差しながらそう問いかける。飽きたというわけではなく―いや正直言うと少し飽いたところだったが―単に他の動画も見て参考にしたいと思ったからだ。初見の固定角度のままではこれ以上判定が出来ない。
     伽羅坊も主ももう何周も見てるみたいだし、そこまで邪険にはされないだろう。思い隣を見遣れば、信じられないものでも見たかのように目を瞠ったままこちらを凝視する伽羅坊の姿。
     え、何だその反応。
    「すまん、手間ならいいんだが」
     滅多にない坊の驚き振りに普段なら「良い表情じゃないか!」と喜ぶところだが、動画どころかハムスターの魅力が分かっていない今喜びよりも困惑が勝る。
    「ある。違う、ちょっと待て、ある。」
     この動画から離れることはそんなにも有り得ないことなのか…としみじみ画面を見直そうとしたところで、伽羅坊が弾かれたように動き出した。遠慮した俺のことを慮ってくれたんだろう。どこか焦ったように画面を操作する姿に、気を遣わせてしまったなと申し訳なくなる。好きに見ていてほしかったし、実際大したことではなかったんだが。
     たすたすと、指先で器用に操作するのを目の端に留めながら伽羅坊を挟んだ右隣の向こう側を見遣れば、さして気にした風でもなく欠伸をする主の姿。一応「悪いな主」と声を掛ければ、何も、と言うようにふるふる首を振られた。どうやらこちらはさして拘りは無かったらしい。まあ、主は懐が広い御仁なので実のところ然程気にしていなかったりもしたが、そこは黙っておこう。
    「どれがいい。」
     あまり手元を覗き込むのもな、と思い視線を彷徨わせようかとしたタイミングを見計らったかのように伽羅坊がタブレットの位置をこちらにずらす。本当に根っから優しい子だ、自分からは見えにくくなってしまうだろうに。
     この厚意を無碍にするのは、却って失礼というものだ。
    「ありがとうな伽羅坊。えーっと」
     ここは大人しく甘えておこう。とりあえず最初に見る動画をちゃちゃっと決めてしまうか、と画面を覗き込んだところで固まった。――なんだ、何なんだこれは!
    「こんなに動画があるのか?!しかも何だこいつ、さっきのと色が違うんだが白いのもいるのか、それとも脱色したのか?この黄土の斑模様の奴は体格自体が違うように見えるが、これも同じはむすたーってやつなのかい?!」
     なあ、伽羅坊!
     思いがけない画面表示に思わず袖を掴んでまくし立ててしまう。だけどそれも仕方ないだろう、小鼠もとい、ハムスターを愛でる動画がこんなにあるなんて!だって鼠だぞ?!
     普段は見る専門の俺だが、ずっと見ていた甲斐あって多少の操作方法なら分かる。念の為、触ってもいいか?と許可を取り、おそるおそる、右下の端に表示された画像の脇『もっと表示する』のところを触った。
    「うお、おおおお…?!」
     するとみるみる、すくろーるばーの色濃い部分が小さくなる。これも知っている、これは動画がかなりの数あるということだ。画面いっぱいに並んだだけでも驚いたのに、まだまだあるっていうのか、ハムスターの動画だけで!
     とはいえ沢山の画像を前にして、どれが良さそうとかはさっぱり分からない。何せこっちはハムスター一年生、どころか齧歯類の違いと魅力のなんたるかもまだ分かっていない赤ん坊同然の青二才だ。どうしよう、とりあえずすくろーるするか、と手を端末の前で彷徨わせればどうやら指先が画面に触れてしまったらしい。パッと音も無く画面が切り替わって思わず肩が跳ねた。
    「えっこれ再生、再生?だよな?」
    「ああ、再生だ。…これで良かったのか?違うならここを押したら閉じる。」
    「いや大丈夫だ、うん。とりあえずこれで…」
     慌てふためく俺を見て、伽羅坊が助け舟を出してくれる。とはいえ、俺自身思いがけず再生してしまったことに驚いたというだけで動画自体に拘りはない。動画数を数えたってだからどうしたと言う話だし、半ば事故でも何かしら見ていく方が建設的だろう。
     そんな訳で、刃生初の自分主導動画視聴をハムスター動画でデビューした俺は、この後動画一覧だけでなく芋蔓式に出てくるおすすめから飛んだりして結局夕餉の鐘が鳴るまで連続視聴し続けたのだった。その間、なんと四時間。顔を上げて漸く感知した慣れない目の疲労は、就寝時まで尾を引いた。一緒に見ていた筈の伽羅坊は普段と様子が変わりなく、君はどうもないのかと聞けば「別に」とそっけなく返された。慣れって凄いな、何かコツがあるのだろうか。因みに主は途中で寝ていたことを確認済みだ。
     そんな風にして始まった俺の怒涛のハムスター学習は、そこで幕を下ろさなかった。
     ―わからん。
     そう、ハムスターの可愛い要素というものが分からなかったのである。思わず愛らしい!と庇護欲をそそられるような、そんな感覚になり得る部分がどこか、とかが。
     特段、自分の鼠嫌いを治したいとかいうわけではない。ただ、あまりにも夢中になる伽羅坊を見て、折角だから「成程この子はこういった部分が好きなのか」と汲み取るだけでも出来たらなと思ったから。
     なのでその日から、俺は暇を見付けてはハムスターの動画を見漁るのが習慣になった。最初の事態を教訓として一日最長一時間と設定して始めたそれは、初めの方こそ伽羅坊に手伝ってもらっていたが彼が出陣で居ない日があったのを切欠に自分一人で見られるように操作を覚えた。端末自体に何となく苦手意識があって自ら触るのを控えていたが、裏を返せば触らずにいた理由なんてそれだけでしかなく。この本丸では電子機器に強い面々が多い粟田口に素直に教えを乞いに行けば「皆最初は躓くよ」と鳴狐は起動から何から教えてくれて、「端末の使える刃員は一振でん多か方がよかけんね!」と言う博多の方針で最近は検索わーどもろーま字で入力できるようになった。後者については本当に必須だったのかよく分からないが。
     動画を見る時、入力する検索わーどは決まっている。『ハムスター』『癒し』―この二つだ。
     理由は何てことない、初めて伽羅坊とハムスター動画を見た時に彼が検索欄に入力していた言葉がこれだったから。成程伽羅坊はハムスターの癒し要素に一番魅力を感じているらしい、とその魅力に日々迫っているのだが、なかなかどうして距離が縮まらないのが現状である。うーん、ままならない。
     途中、ひょっとして俺は動物自体に可愛さというものを覚えないのでは?と思いもしたが、適当に見たラッコの動画で「えっ可愛い…」と無意識に口に出すレベルで可愛いと言う感情が膨れ上がったから、どうもそういうことはなさそうだ。
     となると、これは矢張り俺自身が致命的に齧歯類は範疇外ということか。
     同じ齧歯類でも、モルモットや兎ならまだ愛らしいと感じる点が分からないでもないんだが。ところが伽羅坊の中では、齧歯類の中でハムスターは最上位にあるらしい。と、いうのも。
    「伽羅坊は兎やもるもっとはどうなんだい?」
     訊ねたある日、彼からは「別に」とだけ返ってきた。この場合の、別に、は『好きではあるが俺はハムスターの方が好きだ』との意見を孕んでいるものだ。
    「あんたは」
    「ん?」
    「あんたは、どうなんだ。動画をよく見ているだろう。」
     思いがけず問い返されて、言葉に詰まった。ハムスター。重ねて言われて「うーん」と考える素振りをする。好きか嫌いかだけで言われたらそれは実の所、まだ苦手寄りに近い、のだけれど。
    「…放っておけない、的な?」
     そう断言してしまうと、彼との穏やかな時間が共有できなくなるような気がして、結局その場は曖昧な言葉で誤魔化した。
     そんな俺に伽羅坊は思いっきり「何だそれは」って顔をしていたし、何なら口にも出していたけれど。

     そんなわけで、数多のハムスター動画を網羅した俺はちょっとしたハムスター博士なのである。ついでに他の齧歯類も少々。
     それでも実際、生のハムスターにお目にかかった事はこれまで一度も無い。何度か近代過去への遠征(と言う名のおつかい)の際、ぺっとしょっぷなる愛玩用動物小売店に寄ってみようとしたことはあったが、大体買い物に荷物持ちに、と付き合う内に時間切れになった。
     だから初の生ハムスター。そう、これが刃生初の生きたハムスターとの邂逅なのである。

    「いやあ、まさか初めての生ハムが伽羅坊だなんて。刃生は驚きの連続だな!」
     たすたすと足取りも軽く広間へと向かう。歩きながら頭上に神経を巡らせるのは少々骨が折れそうだと思っていたけれど、当の伽羅坊が想像以上に安定していて杞憂に終わった。流石伽羅坊、出来る子だ。
    「ぢっ」
    「ああすまん、生ハムだと食べ物になってしまうな。うん、生ハムスターだ。」
    「…」
    「ええ、これも気に入らないのかい?じゃあ何だ、えーと、本物の生きたハムスター…長すぎやしないか?」
    「ぢ」
    「手厳しいなぁ」
     それにしても、と思いとどまる。これは伽羅坊であることに違いは無いが、果たして本当にハムスターだろうか。いや確かに俺の目からはハムスターだし、頭に掛かる頼りない重みも―小動物を持つこと自体これが初めてだが―ハムスターそのものなんだが。
     もしかしてこれは呪の類で、見るものが望むかたちに見えているだけなのでは?
     有り得ない話ではない。そんなややこしい気配は感じないが、何が起こるか分からないのが刃生なのだ。今が実際そうなわけだし。
    「なあ伽羅坊、今の自分をどう認識してる?」
    「…ぢ」
    「だよな。俺にもそうとしか見えん。となると後は他の視覚が欲しいところだが」
    「よっ、旦那。何一人でぶつくさ言ってんだ?」
     うーん、と顎に手を当てたところで後ろから掛かる声。振り返るとそこにはたった今通り過ぎた粟田口部屋から薬研、次いで厚が出て来るところだった。厚が右耳をとんとん、と指でさし、声には出さずに『無線』と口を動かし首を傾げる。
    「よっ、薬研に厚。丁度いいところに。あと無線通話じゃないから安心していいぜ。」
    「何だ、通話してんじゃないのか。丁度いいってなんだよ?」
    「随分でかい独り言だったが、何かあったのか?龍の旦那も居ないみたいだが。」
     きょろ、と薬研が庭の方に目を向ける。きっと俺が伽羅坊って言っていたのが聞こえてたんだろう。
    「そのことなんだが。君達、俺の頭の上のコイツ、何に見える?」
     下手に掴むのは気が引けて、二振の視線に頭上の小さな塊が見えるようしゃがみ込んだ。頭を下げると伽羅坊がバランスを崩して落ちかねないから、頭の位置と背筋は伸ばしたまま。何かコレ、山伏達がよくやってる鍛錬の動きと似てるな。確かすくわっととかいうやつ。
    「は?え、何だこれ、ハムスター?!」
    「はー、これは驚かされたな。ハムスターなんてどうしたんだい鶴の旦那。」
    「え、本物、だよな?そういえば近頃ずっとハムスターの動画見てたけど、とうとう飼う事にしたのか?」
    「こいつは珍しい毛色だな。ジャンガリアン、にしては体がでかいか。何て種類だ?」
     いかにも興味津々、瞳をぱっと輝かせる二振二様の反応に頷く。そうだろう驚きだろう!勿論、伽羅坊が落ちたら大変なので実際には頷かず、心の中だけの話だが。
    「実に良い反応だ!ところが残念、こいつは飼うわけじゃない。種類はキャンベルが一番近いと思うがまだ分からん。よし、じゃあ君たちから見てもこいつは間違いなくハムスターだな?」
    「いやどう見てもハムスターだろ?何言ってんだ?」
    「ハムスターじゃないのか?確かに大人しすぎるか…?」
    「高い所にいて怖いんじゃないのか?頭の上って。」
     改めてまじまじと伽羅坊を観察する二振の様子を見て、よしと立ち上がる。検証としての収穫は上々、ならば兎に角腹拵えを済まさなければ。そうのんびりもしていられない。
    「ハムスターに見えるならいいんだ、急にすまん。あとこいつは伽羅坊だ。頭の上には自分から登ったから心配しなくていいぜ。」
     それじゃあなと足早にその場を離れる。雑に切ってしまったなと思ったけれど、まあいいかと割り切った。脇目に見えた二振の呆気に取られた顔は凄く気になったけれど、今気にすべきはそこではないのだ。
    「どうしたもんかなぁ。なあ伽羅坊。」
    「ぢ」
     小さく返る声はどことなく途方に暮れている。どうやら考えていることは同じようだった。
     はてさて、これはどう主にお披露目したものか。

     *  *  *

     ―さて、ここで少しこの本丸の審神者の話をしよう。
     この本丸の審神者は人ではない。
     フクロウ目フクロウ科シマフクロウ属。日本では北の大地にしか生息しない国内最大級の梟、シマフクロウ。それがこの本丸の主の姿だ。
     勿論ただの梟ではない。だが、二千年の世では絶滅危惧種とされ、以降僅かながらも繁殖し命を繋いでいた動物が何故このような事になっているのか。それは、偏にこの種そのものが持つ神性による。
     北の大地を発祥とするアイヌ民族、彼らが信仰する自然神。シマフクロウはその中で、村の守り神のひと柱だ。シマフクロウと呼ばれるコタンカムイなる神。それが、この本丸の主の正体だった。
     とはいえ、近代では刀剣男士を励起して尚有り余る霊力を持つ自然神は珍しく、居ても利害の不一致から時の政府に手を貸そうとするものはそうそう居ない。自然神は大抵、あるがままであることを善しとするからだ。そしてそれには、歴史改変の成立までも含まれている。良くも悪くも〝 それだけのこと〟であるからして。
     ではここの本丸の審神者であるシマフクロウは何故手を貸したのかというと、彼が元々人の手による環境保護で命を長らえたからだった。
     餌場となる場所の保護、生息地の管理。決して飼い殺すのではなくあくまで自然にあるがままに、けれど人間の踏み荒らしがこれ以上起こらないよう整えられたそれに、彼はひっそりと恩義を覚えた。
     そして同時期、何の因果か人々からの信仰が増し、霊力が嘗てアイヌの人々が絶えず信仰を捧げていた頃と同等―とは流石に言えないまでも、遜色ない程に安定したのである。…これについては、この時が二〇二〇年代であり、とある切っ掛けでアイヌ文化そのものが今までになく周知され広がりを見せていたから…と言えば、察しのいい御仁には何のことだかお分かりのことかと思う。
     かくして戦力を求め最早時代も問わず審神者勧誘に動いていた時の政府は、遡った先の二〇二〇年代で「恩義を返す機会」を伺っていた氏と出会い奇跡的な利害の一致を得、稀有なカムイの審神者を北の大地は日高山脈より招集することが叶った。
     とまぁ、それがこの本丸の審神者の正体である。
     梟。自然神として確立しているから、意思の疎通や会話も問題ない。刀剣男士も元は末席とはいえ神の端くれだ、神同士の思念会話は口で喋るより造作もない。そして今はそこではなく。
     もう一度言おう。梟だ。猛禽類とも言う。主食は何か?肉だ。主に、小動物の。鼠なんかは特に好んで追う。

    「ハムスターってどう考えても餌だよな…。」
     空を見上げて呟いた。目に痛くない、程よい日差し。頭上に果てなく広がる水面の青、薄くかかる白雲が和紙のすき紙のようで優しいコントラストを生み出していた。ああ綺麗だなぁ、このまま昼寝したい。
     あの後結局厨に直行して、「畑で食べたいから適当に貰っていく」と厨番に言い置き簡単な弁当を拵えた俺は、言葉の通り畑に戻ってきていた。正しくは畑の脇の木陰だが。
     ちら、と傍の伽羅坊を見やる。地面に置いた弁当風呂敷の上に乗った彼は、ブロッコリーをもそもそと食べていた。今人間と同じものを食べていいのか?という疑問は同じだったらしい。作り置きのおかずの中から、念の為と伽羅坊用に選んだ味のついてない温野菜を見繕って来て良かった、と胸を撫で下ろす。
    「本丸全体への緊急連絡も今の所無し。これ以上時間を引き伸ばしても仕方ないな、これを食べたら主に報告に行こう。」
    「ぢぢ」
    「ああ。主の範疇外、所謂バグってところだろうな。」
     主が先に気付くようなものなら一番良いと思ったんだが、矢張りそうも上手くはいかないらしい。何かあったら本丸中に流れる城内放送は一向に流れる気配がない。
    「隠れておくかい?」
    「ぢ」
    「言うと思った。まあ、念の為俺の手の上にでもいてくれ。」
     齧り付いたおにぎりは簡単な塩むすび。海苔だけでも巻けばよかった、と思ったけれど時間が惜しいのだから仕方がない。じゃあ何故食べているのかと言うと、腹が減っては戦ができぬ、急いては事を仕損ずる。この二つに尽きる。集中力の欠如は元より、話中に腹が鳴るなんてもっての外だ。事と次第で空腹は意識の彼方に飛んでいくが、それはそれとして肉体とは正直なものであるので。
     静かにさっさと食べすすめ片していれば、伽羅坊も食べ終わったのか風呂敷から降りているところだった。食べ切ったのはブロッコリーと輪切りのにんじんをひとつ。ハムスターの食としてはかなりのものだ。
    「よし、じゃあ行くか。」
     弁当風呂敷を片手に、最初と同じく伽羅坊に左手を差し出す。そうすれば今度もすたこらさっさと登りきり、つむじから数歩前側に来たところでへちょ、と腹這いになった。二度目にして既に要領を得ているその様に、やっぱり困るところがないなぁ、と思ってしまったのは秘密である。
     そういえば伽羅坊は頬袋に食べ物を詰めたんだろうか。見ていれば良かった、残念。

     *  *  *

     主の部屋は、その元の動物が動物なだけに少しばかり特殊な造りだ。
     まず扉。見てくれは木製の引き戸だが、実際には自動扉。主と主の込めた霊力に反応して開くものだから誤って開かなかったり、この本丸のもの以外が出入りしたりということはまず出来ない代物だ。そして仕様は両開きで、その幅約三メートル。シマフクロウは実に大きな鳥で、翼を広がると一.八メートルにもなる。シマフクロウの体長は平均で六十六〜七十センチとのことらしいが、主は六十七センチを維持しているからシマフクロウ界隈ではきっと小柄な方なんだろう。よく分からんが。
     部屋の中は言わずもがな。部屋、と言う名の中庭と言うべきか。広さは大凡二十畳、その内入って左手の十畳は屋根が迫り出していて雨風が凌げるようになっている。その中庭向こうには豊かに広がる広葉樹林。本丸敷地内で唯一主の故郷を模したというその林が主の寝室であり、短刀や山好きのものを初めとした刀達の憩いの場だ。
     そもそも、本丸自体が割と特殊と言えるだろうか。廊下は同じ理由からどこも二.五メートルは幅を取られているし、天井も高い。欄間で長物達が頭をぶつけることも無い。どころか天井に手がつかない。主が来ても大丈夫なようにどの部屋も止まり木と猛禽類用グローブを置いている。
     主の部屋はいつでも入室可能。寝ている時は林の方にいるからだ。そんな部屋の前に立ち、頭の上の伽羅坊の前に右手を差し出す。移って来たのを感触だけで確認して、胸の前まで下ろした。
    「ちょっと我慢してくれな。念の為だ。」
     間違っても圧迫しないよう、慎重に左手で蓋をする。不服そうな「ぢ」という声は聞こえないフリをした。
     さて、と扉に向き直る。一歩足を踏み出せばスッと滑らかに開く扉。
    「主、鶴丸国永だ。失礼する。」
    「鶴丸国永?」
     入室してすぐの濡れ縁。そこから降りた先にある止まり木に、はたして主はいた。初期刀で近侍の蜂須賀虎徹も一緒だ。端末を持っているということは、話し合いの最中だったろうか。
    「よっ、蜂須賀。悪いな、取り込み中だったか?」
    「急ぎじゃないから大丈夫だ、むしろ丁度よかった。」
    「丁度よかった?どういうことだい。」
    『鶴丸。』
     引っかかる物言いに思わず眉を顰めると、ふっと鼓膜ではなく意識そのものを震わせた波が言の葉を形作る。主の声だ。
    『大倶利伽羅の気配も感じましたが、どちらに?』
    「ああ、そのことでなんだが…」
     くるり、主の顔がこちらを向く。と、真っ直ぐ合う目に思わず左手が反応した。黄色い目に大きな瞳孔は俺を見ている。…見てるよな?梟は眼球だけは動かせないし。手のひらの中のものを見てはいない、よな?
     そんな俺の不安が伝わったのかそれとも本刃の緊張か、手の中で伽羅坊がもぞり、と動いた。心なしか丸くなった気がする。
    「それより蜂須賀、丁度よかったってのはどういうことだ?」
    「え?ああ、いや。それも同じ話なんだ。それで、大倶利伽羅は?」
     思わず話を逸らしてみたものの失敗に終わる。いや失敗していいんだが。しかしどういうことだ、同じ話?
     蜂須賀に向けた視線を改めて主に戻す。すると、大丈夫だと言うようにこくりと一つ頷かれた。大丈夫。うん、大丈夫だ。微かに伽羅坊が背を伸ばそうとするのが手の中で感じられて、それを後押しにするようにそっと左手を外した。
    「正午前、急に伽羅坊がこうなってしまったんだが…」
     おそるおそる、手に乗せた伽羅坊がよく見えるよう差し出す。如何に主で神のひと柱で今は無闇にそんなことしないとわかっていても、眼前のハムスター対梟という構図は精神衛生上よろしくない。のだが。
    「大倶利伽羅だったか…」
    『矢張り…』
     蜂須賀の盛大な溜息ひとつ。次いで吐き出されたそんな言葉に思わず首を傾げた。まるで予想がついていたかのような口ぶりだ。一体どういう。
    「いやしかし、何故彼が?」
    『何故を今問うても詮無いことです。』
     状況の読めない会話は続く。待ってくれ、言うより先に続いた声に遮られた。
    『大倶利伽羅、鶴丸。すみません、迷惑をかけて。』
     全て私のせいなんです。ゆるり、頭を下げる代わりのように閉じられる瞼を見ながら、俺は兎に角手の中の温もりが狙われる可能性が消えたことにひたすら安堵した。

     濡れ縁に座して話を聞くこと、およそ五分。主と蜂須賀から変わるがわる説明された顛末に、俺と伽羅坊はぽかんとしてしまった。伽羅坊は俺の掌の上に座っていただけだが。いやでもぽかんとしてた、多分。
    「まとめよう。まず主は体調を崩していた、と。」
    『ああ。』
    「で、それは軽度だったから周知は特にせず、静養に留めていた。」
    「知っていたのは僕と歌仙だけだ。実際、疲労からくる眠気が抜けないというだけで、さしたる症状はなかったから。」
    「ところがそこに政府からの呼び出しや飛び込みの予定が加わり、更なる疲労から霊力が乱れてしまった。」
    『そうだ。全く、自分の管理もできず情けない限りだ…』
    「で、その乱れの影響で、俺たちの方にバグが発生。そこまではわかる。分かるんだが、」
     言葉を切って、膝に乗せた手の上、丸く動かない塊に目を向けた。柔らかくて小さな命。
    「何でそれで伽羅坊がハムスターになる?」
     そう、それがさっぱり分からない。確かに、審神者の疲労や暴走、果ては八つ当たりなんかで刀剣男士がバグを起こすのはよく聞く話だ。だがそれは大抵審神者の願望の影響で獣の耳が生えたりとかいっそ獣化してしまったり、性別が逆転したりといったもので、いずれにせよ審神者の思考と念の影響という、原因がはっきりしたものばかりで。
     伽羅坊がハムスター化とは、一体どういう?
    『…誤解なきよう聞いてほしいのですが。』
    「出だしから不穏だな。何だい。」
    『今回の疲労の中、私は、己の好きなものが欲しい、と望みました。』
     ドクリ。思わず心の臓が跳ねる。好きなもの。─好きなものが、欲しい?
    「…それで?」
    『好きなものに近いもの、類するものでもいいから、と。強く。それが影響してしまったのです。』
     沸き立つ感情の波を抑え込もうと、手の上の伽羅坊へと目を逸らした。ああもう、何でこんなに胸がざわつく。伽羅坊は微動だにしない。大人しく話に耳を傾けているのだろうけれど、それがまた酷く胸をざわつかせた。
    『それで、…ああ、今度は違う方に勘違いされてるみたいなので単刀直入に言いますね。狩りがしたいって思ったんです。』
    「へ」
     胸のもやもやが一瞬で霧散する。何だって?借り?…狩り?
    『あの林の中を、翼を目一杯広げて一直線に獲物に向かって』
    「いや待て、それで伽羅坊がハムスター?何だ君、もしかして狩りの獲物が欲しいってことで、伽羅坊が小鼠になって?えっ怖、ちょっと待ってくれ君伽羅坊を狩りたいのか?!」
     思わず伽羅坊を後ろ手に隠した。
    『狩りませんし食べませんよ。だから誤解しないで聞いてって前置きしたじゃないですか…』
    「ああ、すまん。いやでも君…なあ…」
     主の途方に暮れたような声音に、そろそろと伽羅坊を膝上に戻す。でもこれは仕方なくないか?伽羅坊は心なしか俺の指にしがみつくようにしていた。だよな、やっぱり少し怖かったよな。
     となると、気になるのは矢張り蜂須賀の言葉だ。
    「それじゃあ、丁度よかったって言うのはどういうことだ。ハムスターになることを知ってたような口ぶりだったが…」
     主の脇に控えたままの蜂須賀に問いかける。呆れた目で俺たちを見ていた彼は、それを受けて気を取り直すようにこほんと一つ咳払いした。
    「そのことについての答えは半々だ。恐らくなると思ってはいたけど確実になるとは言い切れなかったし、誰がなるかもわかっていなかった。ただ、あなたが一番可能性が高いと踏んでいたんだが…」
    「随分と煮え切らない答えだな。というと?」
     答えを促す。こういう時の蜂須賀は、大抵頭の中でどう伝えたら分かりやすいかを模索している時だ。
    『私の願望は狩りをすること。その狩りには、獲物が必要不可欠です。よってそれは、転じて〝追う獲物が欲しい〟に成りました。』
    「この本丸は元々、鼠は居付いても表に出られないよう呪を施してあるんだ。主の気が散ってしまうという理由もあってね。だから自然と、普通の野鼠以外の鼠か小動物を。そう、願望が捩れた。」
     言わんとすることはわかる。けれどそれならば何故。
    「ぢぢ」
    「それが何でこんな事になる?」
     伽羅坊がハムスター化する理由にはなっていない。しかも、元は俺に白羽の矢が立つと思われていた。それならどこかにそう思った理由があるはずだが、一体。
    『今回のように無作為で一方的な願望の成立は、相手にもある程度利がないと起こりません。』
    「これも、主が本丸を立ち上げた時の制約の一つなんだ。霊力の暴走は何を引き起こすか分からないからね。俺たちに何か影響を及ぼすような時は、それを俺たちも望んでいるかその事が利益に繋がることでない限り、俺たちには影響を与えない。」
     つまり、無意識でも相互利益が成り立たないとダメってことか。
    「成程、うぃんうぃんってやつか。」
    「ああうん、そうだね。そうとも言う。」
    「しかし、それなら何で俺がハムスター候補…?」
     うーん、と頭を捻って考える。伽羅坊が乗っていないから傾け放題だ。ついでにぐるぐると首を回して揉み解す。
    「ハムスターには限らないさ。要は野鼠以外の小動物なら何でもよかったんだ、兎でもオコジョでも。あなたは最近、ハムスターの動画をずっと見ていただろう?生態にも興味津々なようだったし、無意識にでも影響を受け入れるなら一番有り得たんだ、けど…」
     不自然に言葉を切りながら、蜂須賀の視線が徐に降りる。その先には俺の膝、もとい伽羅坊。
    「まさかこっちとは…」
    『影響が、受け入れたものから間接的に第三者へ反映されるということは無いと思っていたのですが…』
    「ちょっと待て、それってまさか」
     しみじみ、眺めながら頷き合う一羽と一振にはっとする。
     受け入れたものから間接的に第三者に反映?それは何だ、つまり主の影響を受け入れた俺が、ハムスターを生で見たいって思っていたからそれが俺の近くにいた誰かに反映された、とかそういう。
     だとしたら、それはつまり。
    「伽羅坊のハムスター化は俺のせいか?!」
     まあ、恐らくは。
     言葉なく頷いた主とその近侍に、驚きだぜの一言も返せない。しまったやらかした。
     その間伽羅坊は、一切身動ぎすることなく俺の手の中に収まっていた。

     *  *  *

    「それじゃ失礼する。結果は報告に来るから待っていてくれ。」
     伽羅坊を手に乗せたまま主の部屋を後にする。懐には、今しがた渡された小さな布包み。中身は根兵糖だ。
     原因は霊力の乱れによる小さな綻びだから、どちらか片方だけでも整えてやればすぐ戻る。今はとにかく大倶利伽羅の方を。そう言って渡された星型の菓子を模したこれは、経験の結晶なのだし乱れを増幅させるだけなのでは?と思ったのだが。
    『ハムスターから逸脱させるためには、練度を上げるしかありません。ハムスターの殻を破るイメージです。そのために、経験値を溜めてもらいます。』
     とのこと。その上この経験値はハムスターとしての練度の経験値だから伽羅坊自身には反映されないんだとか。成程分からん。
    「ま、元に戻る方法が分かってよかったな。それじゃあ善は急げだ。」
    「ぢぢ」
    「いいからいいから!なぁに、大丈夫さ。そう時間はかからないから、兎に角部屋…うーん、俺の部屋でいいかい?」
    「ぢっ」
    「よし、いいということにしよう。じゃあ伽羅坊、近道するからちょいと揺れるぜ。舌噛むなよ!」
     主の部屋から出てすぐ、廊下から庭へと降りる。足袋のままなそれに、伽羅坊が「ぢぢっ」と非難の声を上げたが、そんなもの今は無視だ。もしかしたら、揺れに対してだったのかもしれないが。だとしたら少し申し訳ない。
     俺の部屋までの近道は何とも単純、屋根の上だ。庭からひょいと屋根に飛び上がり、そのまま自室の、庭に面した窓まで一直線。主の部屋からは建物内を通るとゆうに一分以上はかかる道のりが五秒で済む。何せ全力疾走しているので。
     この、俺と一部の刀御用達の近道は、今の所大きな問題も起こしていないお陰で長谷部や蜂須賀は見逃してくれているのが現状だ。多分、室内に足音が少しでもしようものなら容赦なく取り締まられる。
    「よし着いたぜ。伽羅坊大丈夫かい?」
     適当に足袋裏の汚れを払い、ひょいと部屋に上がり込みながら手のひらの上で這いつくばったままの伽羅坊に目をやる。空気抵抗を抑えつつ、落ちる危険を回避するためだろう。流石だなぁ、思っていたら「ぢ」と小さな非難の声。うん、すまん、今の体であの向かい風はキツイよな。
     部屋の中には茶卓が一つと文机が一つ。元々物を持たない性質の俺は、茶器なんかの類も備え付けの天袋や地袋のみで収納は事足りている。違い棚に飾り物なんかも置かないから、割と殺風景だ。
     伽羅坊をそっと茶卓の上に下ろした。さっさと根兵糖を要求するかな、と思った彼は、予想に反してきょろきょろと忙しなく部屋を見渡している。そういえば伽羅坊は俺の部屋に来ることはあってもこうしてきちんと上がり込むのは初めてか。基本一人一部屋なこともあって、俺から伽羅坊の部屋に乗り込むことはしても伽羅坊が俺の部屋に居座ることは彼の性格もありここに来てから縁が無かった。部屋も数部屋離れてるし。
     部屋の珍しさか、今の視点の違和感か、はたまたその両方か。ひくひくきょろきょろ、その小刻みな動きに、いつだったか見たハムスターの小屋引越し実況動画を思い出してくふくふと笑いが込み上げた。
     部屋の隅に重ねた座布団を引っ張り出す。一応二枚。さあ、本題はここからだ。
    「さて伽羅坊。ここに来てもらったのは他でもない、君に頼があるからだ。」
     対面の位置に座りながら、伽羅坊をじっと見据える。伽羅坊はいつの間にか大人しくなって、こちらをひたと見返していた。その見てくれこそ頼りない小動物のものだが、纏う空気は不動明王の加護を受けし倶利伽羅のそれ。そしてその眼差しは──多分、呆れと諦めで満ちている。
    「頼む!少しの間だけハムスターの君を堪能させてくれないかい?!それで出来れば撫でさせてくれ!」
     この通り!と手を合わせ拝んだ。目の前のハムスターが更に遠い目をした気がする。っていうか、した。
     だって仕方ないだろう。自分でも自覚していなかったが、触れ合ってみたいと思っていた(ということで結論づけておく)ハムスターが目の前にいるのだ。しかもそれが自分のせいだという。それならもう、ここは欲求を満たすべきだよな?そうだ、それしかない!
     少し突飛な発想になっている自覚はあるが仕方ない。だって目の前には興味を持っていたハムスター。…というだけでは、ない。実は。
     伽羅坊がハムスターになってからほのかに思っていたこと。それは。
     ――なんだかものすごく可愛い!
     そう、可愛いのだ。素直に可愛いと感じる。どれだけ動画を見ても鼠の仲間としてしか見れなかったというのに。元が伽羅坊だからだろうか?何となく苦手視していたその造形に対し、鼠という固定観念が外れて認識出来ている感覚。その中で改めて見たハムスターはすごく愛らしいものだった。つぶらな瞳、小さな手はほんのり薄桃色がかっている。ふくよかな体を覆う体毛は短くも細く柔らかく、艶やかなのが見てとれた。
     愛らしい。そんな言葉が頭の中を支配する。
     そんな俺を知ってか知らずか、伽羅坊がため息をつく。ハムスターってため息つけるのか、マジか。俺が驚きを表に出すより先に、伽羅坊が言った。
    「ぢ」
     仕方ない。諦め。だけどそれを上回る許容。この龍の子は本当に優しい。いつだって、呆れながらも最終的に俺のわがままに最後まで付き合ってくれる。ああもうだから本当に、そういうところだぞ伽羅坊!
    「ありがとな、伽羅坊。」
     へにゃ、と自分でもみっともないほど顔が崩れたのがわかる。でも仕方ないだろう、あたたかな気持ちで満たされてどうしようもないんだ。
     そんな俺をどう思ったのか知らないが、伽羅坊は一度くし、と顔を洗う仕草をするとそのままこちらへ寄ってきた。えっ何今の可愛い、とはしゃぐ間もなく手に指を置かれる。さっさとしろということだろう。
     確かにそう時間を取ってもいられない。伽羅坊も早く戻りたいだろうし、戻ったら念の為報告に来るようにも言われている。本当なら主の部屋でさっさと戻ってしまえたものを、引き伸ばしたのは俺の方なのだ。そして重要なことに、今日の畑当番はまだ終わっていない。
    「それじゃ、失礼して…」
     そろ、と右の人差し指をゆるく曲げて伽羅坊へと近づける。あまり押し付けすぎないように、と細心の注意を払いながら指先をそっと、頬袋の下辺りに潜り込ませた。瞬間。
    「ふわ、お、おおお…!」
     ほのかなぬくもりと、まるでつきたての餅のようなやわらかさと芯をもつ体。体毛はまるで綿毛のよう。それらが一気に指先に伝わって、なんとも筆舌に尽くしがたい。筆舌に尽くし難いのだから、これはもう文章に表せないのは仕方ないじゃないか。
    「これ、これは何とも…ふわ…つやつや…」
     そのままするする、背中を撫でる。初めこそ俺の声に驚いたようだったが、威嚇したりしない辺り不愉快ではないらしい。良かった、せめて不快にはさせたくない。
    「なあ伽羅坊、もう一つついでに頼みたいんだが」
     ふい、と伽羅坊が顔を上げる。ああもう、その仕草ひとつだけでたまらなく可愛い!
     そんな姿にやられてだろうか、膨らむ欲求は留まるところを知らない。
    「あのな、頬に、当ててもいいかい…?」
     固まった。見事に固まった。ピタリ、小動物特有の小刻みな揺れすら止まって、あれ呼吸も止まってないか?と心配になる。呼吸っていうか脈。
    「すまん、気持ち悪いと思うし嫌ならいいんだ。ただ、ほら、動画でもたまに見るだろう?あれをやってみたくなったというか、その」
     その綺麗な止まりように慌てて弁明を試みる。確かに、通常なら頬擦りさせてくれなんて頼んでも突っぱねられるのがオチだ。そして俺自身、どんなに伽羅坊のことが可愛くても、本人が嫌がるのは分かっているからついしたくなる事があってもそこまではしない。
     撫でる手も離して言葉を重ねると、そっと左手に触れるものがあった。伽羅坊だ。
    「伽羅坊…」
     正しくは、伽羅坊の小さな手。見遣れば、また一つため息をついてぺしぺしと叩いてくる。決して引っ掛けないよう配慮されているその動きに、またえも言えぬあたたかい気持ちが込み上げる。
    「ありがとな。じゃあお言葉に甘えて。」
     伽羅坊は何も言ってはいないが、そこは言葉のあやってやつだ。
     両手で掬うように持ち上げて、ゆっくりゆっくり、圧はかけないように頬に近づける。頭からいったら距離が掴めなくなりそうだから、あくまでも手から。
    「失礼しまーす…」
     そろそろ触れるかな、というところでおざなりな断りを入れつつ、いざゆかんと頬に手のひらの小さな命をすり寄せた。
     ふにゃ、とも、へちょ、とも。なんとも形容し難い柔らかな温もりが頬に触れる。脳天から突き抜ける愛しさが、ぶわっと誉桜になって舞い上がった。もっちりとろける新触感。そんな文言が脳裏をよぎった。
    「ふわあああ、伽羅坊、ふわ、なん、なんだこれ、伽羅坊、ふえ、えええ気持ちいい…!」
     可愛い、気持ちいい、柔らかい、あたたかい、まろい、柔らかい、気持ちいい!一気に色んな感情が駆け抜けてどうしようもない。もう伽羅坊がどんな目で俺を見てるかなんて気にしていられない。というかまあ、見えないんだが。
    「これはどうしようもない…気持ちい…ダメだ、ハムスターは液体という人間の気持ちがわかった。これは固形じゃない。なんだこれ…生命の神秘…ふわ…伽羅坊最高…」
    「ぢっぢっ」
    「ああ、このままでいろということじゃないからな。でもハムスターになっても君、こんなに最高とか…ずるいなあ…」
    「ぢ」
     か細く鳴いて、伽羅坊がぴたりと動きを止める。今度は呼吸までは止まっていないが、急なそれを肌で直接感じて何事かと気になった。
    「ん?どうした?」
    「…ぢ」
    「そうかい?まあ、でもそうだな。そろそろ終いにしておくか。」
    「ぢぢ、ぢっ」
    「優しいなぁ。ああ、もう十分だ。際限が無くなりそうだし…それにこれ以上長引かせて別の問題が起きたら、そっちの方が大変だ。」
     巻き込まれたにも関わらず、もういいのかと、満足したのかと気遣ってくれる優しい子。本当に俺も、どうしてよりによってこいつを巻き込んでしまったんだか。奥州で結んだ二百年の縁は想像以上に俺に根付き、時折こうして意識無意識関係なく、彼には甘えが出てしまう。
     懐に持っておいた根兵糖を取り出し、布の口を広げた。ころりころり、入っているのは十粒程。今はハムスターの形をした彼に食べ切れるだろうか?と思ったけれど、そういえばこれは食べ物とは違って腹には貯まらないんだった。胸を撫で下ろすと同時、じゃあ頬袋に溜め込まなくてもいいんだな、と少し残念にもなる。
    「じゃあこれ。…と、俺も折角だし食べようかな。」
     立ち上がり、天袋の小襖を開けた。お目当ての物は思った通り、開けてすぐのところにあった。手のひらサイズの葛籠。簡素だが丁寧な作りのそれを取り出して茶卓に戻る。伽羅坊は、根兵糖を手にしたままこちらをじっと見ていた。
    「前に、包丁が食べたがってた現代の菓子を土産に買って行ったことがあってな。そうしたら、礼にと包丁がくれたんだ。正真正銘の金平糖だ。」
     ほら、と蓋を開けた葛籠を傾けて中身を見せる。根兵糖よりもまた一回り小さい、色彩豊かな星がからりと音を立てた。
    「折角だから一緒に食べたくてな。後でお茶も淹れよう。」
     鶯丸程うまくはないが。言いながら、摘んだ一粒をころんと口に放ればじんわり広がる混じり気のない、純粋な砂糖の甘み。かり、と噛み砕くと同時にほろほろ崩れる上品なそれに、流石菓子の玄人の選出だなと舌を巻いた。
     かっかっ、かり、かりかり。小さく断続的に、伽羅坊が根兵糖を食べ進める音が響く。自分の声が酷く邪魔に感じられて、俺はそれを黙って聞いていた。
     ─申し訳ない、という気持ちは本当だ。俺が巻き込んだというのなら、それはやはり俺が彼に抱く甘えと特別な感情が原因だろうから。
     渡り行く自分の性質が故に形にすることは諦め、口にすることは止めた感情。自分の中に抱くことだけを良しとし、三百年の別離の中にあってもやわらかく根付き続けたソレ。
     なあ伽羅坊、君は、俺がハムスターに拘っていた理由を知ったらどう思うだろうか。ハムスターが可愛いんじゃなくて、それどころか元々鼠は苦手で。そんな俺が、本丸中俺がハムスターが好きなんだと勘違いするくらいに動画を見ていた、その根本的な理由を。
     見れば伽羅坊は、九個目を食べ終わるところだった。対して俺はまだ四個目。少しばかり物思いに耽っていたとはいえ、この差はどういうことだろう。ハムスターになっても早食い癖は変わらないのだろうか。
     ふふ、と笑みが込み上げる。人の姿ではたまに喉につっかえることもあったけれど、ものがものだけにするする入るんだろうなぁ。
     我儘を聞いてくれてありがとな、伽羅坊。言葉にせずに、胸中でひっそり呟いた。
     部屋には小さく咀嚼する音だけが響く。早く彼の声が聞きたいなぁ、なんて思考がよぎる。―ああ全く、自分本位極まりないものだ。

     かくして、十個目もあっさり食べ終わった。のだが。
    「…戻らないな…?」
     食べ終えてから、じっと見つめて早三分。最初はわくわく眺めていたが、段々不安が込み上げてきた。
     ハムスター化してから時間を置きすぎたのか、そうなのか?!
     思い当たる節があり過ぎて思わず頭を抱える。伽羅坊はどこか憮然としない面持ちで自分の手(前足)をじっと見つめていた。ハムスターに面持ち?とかそういうツッコミは後にしてくれ。
    「すまん、時間をかけすぎたか…。とりあえず一度主と話をしよう。」
     ここで打ちひしがれても仕方がない。葛籠の蓋を閉め、さっさと仕舞おうと天袋に駆け寄った。それとほぼ同時。
     ガッ、ドタッ、ドッ!
    「ごふっ」
     背後で響いた、かなりの重量の物がひっくり返ったようなけたたましい音と呻き声。
     まさか、と思い振り返った先には、腹の上に茶卓を乗せた伽羅坊が畳に仰向けで横たわっていた。
    「色んな意味で大丈夫かい?伽羅坊。」
    「…最悪だ。」
     金平糖を仕舞い、茶卓をどかしてやる。どうやら姿が戻った時にそのまま卓の上で、降りるより先に卓がひっくり返ったらしい。ハムスター化していた時に履いていた靴は脱げているというご都合主義だというのに、卓の上から降りていることにはしてもらえないのか。なんという中途半端な。
    「開口一番がそれなら大丈夫だな。よし、じゃあ主のところへ行くか。」
    「…ああ。」
     今度はきちん扉から。廊下へ続く障子戸を開ければ、伽羅坊はどこかホッとしたように息をついた。もし再度あの近道を通ろうとしたら彼は付いてきたんだろうか。地味に気になる。


    「そうだ伽羅坊、悪かった。」
    「何がだ。」
    「ハムスター化したことだよ。間接的とはいえ、俺のせいでこんな。」
     主の部屋への道すがら、改めて謝罪を口にした。元を辿れば原因は主だが、彼については矢張り俺が巻き込んでしまったことに変わりないのだ。
    「いや、それについては、…いい。お前のせいじゃない。」
    「そうは言うがなぁ。」
    「本当に気にするな。これは…、違う。」
     珍しく歯切れの悪い物言いにおや、と首を傾げる。彼は確かに口数は少ないが、意思表示自体はハッキリしている。お前は悪くない、と庇いでもしてくれてるんだろうか。本当に優しい子だ。ふくふくと微笑ましく見ていれば、その視線に気づいた伽羅坊がぴたりと足を止めた。そしてはあ、と一つ息を吐いたかと思うと、こちらを睨みつける勢いで見据えてきた。おおうどうした。
    「よく聞け。これはあんたのせいじゃない。俺があいつの影響を受け入れた結果だ。」
    「うん?ああ、だから、俺が影響を受け入れて、その俺の影響を君もまた受け入れた…ってことだよな?」
    「だから、そこが違う。いいか、ちゃんと聞け。俺は、あいつの影響を直接受け入れた。」
     ぎらり、金の双眸が光る。自分のものと似た、けれど全く違う輝きを放つ瞳の中に己の姿を認めて思考が散り散りになる。伽羅坊が、影響を、なんだって?
    「君、ハムスターになりたかったのかい…?」
     彼は確かにハムスターが好きだ。初めて動画を一緒に見た時だって微動だにせず一心に見つめていた。そんなにもか、伽羅坊。蜂須賀の懸念は伽羅坊の方にこそだったのか。
     そんなにハムスターが好きだったのか、という思いを言外に滲ませてそう言えば、彼は「そうだがそうじゃない」と呆れたように息を吐いた。え、今ため息つかれるようなところだったか?全くもって分からないんだが。
    「あんたは、ハムスターが好きだろう。」
    「ん?んん、んー、まあ、うん…?」
    「だから何でそこで疑問系なんだ。」
     いやだって、ハムスターの可愛さと魅力に気付いたのは今日が初めてだし。何ならあれは伽羅坊だったからじゃないのか?って疑問がまだ少しばかりあるし。それでもこれまでの言動の手前、肯定を返しておくしかないだろう。それくらいのものだったのだが。
    「だからだ。」
     言われて、言葉も出なかった。音が詰まる。
    「だから、ハムスターになってもいい、と。…そんなことを、思っていた。」
     だからお前のせいじゃない。言いながらこちらを見るその眼差しは、いつからそんなに真摯な色を湛えていたのだろう。
    「それだけだ。…行くぞ。」
    「え、あ、おう。」
     なんてこと無かったかのように歩き出す彼につられて、動きを忘れていた体を無理やり歩かせる。何だかすごく都合のいい解釈ばかりできるような言葉を聞いた気がするんだが。伽羅坊の言葉が何回も蘇って、その度に足元がふわふわとした。いや何だこれ、何だこれ!?
    「それから、」
    「ひゃい」
     思わず出た間抜けな返しに、一瞬目を瞠った伽羅坊が優しく目を細める。その蜂蜜がとろけたような眼差しに、ぶわり、と一瞬で顔に熱が集まるのがわかった。
    「茶を」
    「へ?」
    「淹れてくれるんだろう。後で。」
    「あ、ああ。勿論。このままだと内番の後になるかもしれないが。」
    「ああ、それでいい。貰いに行く…あんたの部屋に。」
     ひぇ、と。今度は声に出た。
     これは何だ、何が起こってる、何がどうしてこんな流れに?!
     全くもってさっぱり分からない。けれど、この龍の子が何かひとつ吹っ切れているように思うのは確かなので。
     ―今日、俺大丈夫かな。
     ハムスターの可愛らしさを存分に堪能して、この一匹竜王の漢気にあてられて。
     兎にも角にも、変に自分に都合のいい解釈を起こさないよう気をつけよう。心に留めて、先を行く大倶利伽羅に追いつくべく鶴丸は歩を早めた。
     茶請けにはさっきの金平糖を出そう。とてもいいものだったから、彼も気に入ってくれるといい。そんなことを、考えながら。
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    艾(もぐさ)

    PAST2019.11.4発行。
    準々決勝後の月島と山口。トスと影山と春についての話。
    カプ要素ないですが、書いてる人間が月影の民なのでアレルギー持ちの方は気を付けてください。

    FINAL1作目公開記念再録。
    と言っても話的には2作目後なのでアニメ派の人にはネタバレです。閲覧は自己責任でどうぞ。

    完売して再版予定もありません。当時手に取ってくださった方ありがとうございました!
    【web再録】春/境「春が終わったら、何になると思う?」



    *  *  *



    春高、準々決勝後。
    鴎台に敗北を喫したその日、民宿に戻ってから夕飯まで自由時間を言い渡されたものの満身創痍の身体に出歩く気力はなく、結局部屋に残ることにした。
    そもそも、まだ高校生の自分には滅多に来れない地だというのに観光なんて浮かれた気持ちは全く起こらず、画面越しに見たことのあるようなする街並みに、ああ実在するんだな、なんて呑気な感想を抱いただけだったのだ。
    それよりも。あの雑踏の中に紛れ込むよりも、早くコートに立ってみたい、だなんて。
    どこかのバレー馬鹿達が乗り移ったような思考に、うげえ、と思わず顔を顰めたのはほんの数日前の事だというのに、何だかもう何週間も経ったような気がしている。それだけ怒涛で、詰まりに詰まった三日間だった。
    7498

    艾(もぐさ)

    PAST第三者視点や写り込み・匂わせ自カプ好きが高じた結果。
    別キャラメインの話に写り込むタイプのくりつるです。
    村雲(&江)+鶴丸。村雲視点&一人称。
    別題:寒がり鶴と、腹痛犬の恩返し。

    この他、創作独自本丸・演練設定捏造など盛り込んでます。
    鶴丸が村雲推し。つまりは本当になんでも許せる人向け。

    ※作中に出てくるメンカラーは三ュのものをお借りしていますが、三ュ本丸の物語は全く関係ない別本丸です。
    【後夜祭/鍵開け】わんだふるアウトサイド ここの鶴丸国永は、寒がりだ。
     とは、俺がこの本丸にやってきて数日経った日、同じ馬当番に当たった日に彼から教えてもらったことだ。
    「鶴の名を冠しておきながらこれじゃあ、格好つかんだろう?」
     内緒だぜ、と少しばかり気恥しそうに言った彼に、じゃあ何で縁もゆかりも無い俺に、と表情─どころか声に─出してしまったところ、彼はさして気にした風もなく「気候から来る腹痛なら気軽に相談してくれよ」と笑った。心から来るものには力になれないかもしれないが、とも。
     それだけで、上手くやっていけそうかも、とお腹の奥底、捻れた痛みが和らいだのを覚えてる。
     実際、彼が寒がりだということを知っている仲間は少なかった。彼と同じ所に長く在ったという刀が幾振りか。察しがよく気付いている風な刀もいたけれど、そういった刀達はわざわざ口や手を出そうとしていないようだった。それは、彼が寒さを凌ぐことに関してとても上手だったからかもしれない。
    16066

    艾(もぐさ)

    PAST第一回綴恋合せ展示用小説。突然ハムスター化した伽と、それについては心配するでもなく一緒にいる鶴の小噺。まだデキてない2人。創作動物審神者がいます&喋ります注意。捏造は言わずもがなです。
    22'3.27 ぷらいべったー初掲

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    【後夜祭/鍵開け】君と食む星 伽羅坊がハムスターになった。
     何故なったのか、と聞かれても分からない。朝起きて、畑当番の用意をして、朝ご飯を食べ、冬でもたくましく芽吹こうとする名も無き雑草たちを間引き土を作り、さて春に向けての苗を──と立ち上がったところで、何やら足袋を引っ張られる感触があるなぁと思ったら足元にハムスターがいた。
     小さくふくよかで、野鼠とするには頼りない焦げ茶のそのかたまりを目にした瞬間、何でこんなところに、と考えるより早く思った。
     あ、伽羅坊だこれ。と。
    「伽羅坊?」
     悩むより聞くのが早い。呼びかければ、ハムスターもとい、伽羅坊は小さく「ぢっ」と鳴いた。ハムスターの基本的な鳴き方自体は鼠と変わらないからこれが普通なんだろうが、すこぶる不機嫌極まりなさそうなそれにくつくつ笑いが込み上げる。見れば、小さな耳の下は微かに赤毛が混じっていた。ああ、やっぱり伽羅坊だ。
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