アーモスとアデリー 埃っぽいシーツにアデリーを押し倒したとき、アーモスは震えた。彼女の体があまりに細く、小さかったからだ。
アーモスはロスガルの男である。八年前に群れのリーダーを失い、ロストになった。群れのリーダーの死因は老衰であった。
長く、あまりに長く喪に服してきた。
このまま生涯が終わるとて、後悔はないとさえ思った。
それがいま、こうして女性の体に触れているのには、相応の経緯がある。
アーモスがベスパーベイに着いた日、アデリーは一軒の家の前で崩れ落ち、泣いていた。
人々は遠巻きに彼女を見ていた。誰も彼女を助け起こしたりしなかった。
この家に出入りしていた者の多くが惨たらしく殺されたすぐ後の事だ。彼女は仕事で出かけていて、無事だったのだという。
立たせて、しばらく世話を焼いた。旅の道連れにして五年が経った。
彼女はよく笑うようになった。
冒険者だったのだという。今も似たようなことをしているが、旅の行き先を決めるのはアーモスだ。
二人で、旅をしてきた。長らく、ただの道連れであった。
ウルダハの片隅にある小さなモーテルはどの部屋も埃っぽい。そこで、二人が互いに服を脱いだのは無言のうちに降り積もってきた感情があるからだ。
五年前、アーモスはベスパーベイの港に降り立った。
故郷からすでにいくつかの港を経由していた。前に降りたリムサ・ロミンサはにぎやかすぎて、早々に離れたくなった。船頭にできるだけ鄙びたところへ行く船を訪ねたところ、候補に上がったのがこの港だ。エーテライトすらない小さな港にしては設備が整っているものの、おおむね希望通りの、鄙びた港だった。
とにかく、アーモスはザナラーンの土を踏んだ。
結論からいうと、ザナラーンの風はアーモスの肌に合った。ロスガルという種族の定め、毛皮に覆われた肢体に絡みつく砂埃や、難民の姿ばかり目につく巷の空気が胸にぽっかりあいた悲しみに寄り添ってくれたからかもしれない。
ロストになってもう三年。青黒い鬣に白いものが混じるようになっていた。
敬愛する指導者のことを、片時も忘れないようにしていた。彼女はまさしく太陽として群れを照らし、最期まで立派だった。だが、時は残酷だ。アーモスはときどき、彼女の顔を忘れた。声も、においも、ほとんど思い出せなくなっていた。
何か、生きる支えが欲しかった。
目の前に崩れ落ちている少女を支えることは、自身を支えることでもあった。
だから、はじめから下心があったのだ。何もかもが彼女のためではなかった。
「俺は、君を利用していた」
これを打ち明けた時、アーモスはアデリーから離れるつもりだった。あまりに長く、そばにいすぎた。もうそろそろ、彼女を彼女自身の人生に帰してやる時がきたのだ。
暁の血盟解散の報せをニュースペーパーで知った日だった。
二人はルビーロード国際市場でその号外を受け取った。はがれかけた小さな丸い石の石畳に足をとられながら歩くさなかのことだった。空は良く晴れて、二人の足元には濃い影が落ちていた。
彼女はもともと、暁の血盟にいたのだ。また、時折そこへ帰りたがった。だが、帰せなかった。幾たびも危険に挑み続ける彼らの中へ、自身のたった一つの支えとなった少女を帰してやれなかった。
華々しく号外を飾る英雄たちと共にあるべきだった人を、この流浪に付き合わせた。
それは間違いなくアーモスの臆病が生んだ結果である。
だが、アデリーは笑った。くだらないことだと笑ったのである。
「今更ですよ」
ずっと戻りたかった。けれど戻らなかったのは、アーモスをおいては行けないと思ったからだ、と。
初めから、アデリーはアーモスの思惑を知っていたのである。
まなざしを交わした時、ずっと二人の間にあったものが燃え上がった。
かくしてアデリーは、初めてヒューランの女性の裸体を見た。どこもつるりとしているのに、足の付け根にだけ髪より濃い色の毛が淡く生えているのが不思議だ。しかし、とても興奮した。
アデリーは二十代半ばの女性だ。黒い髪を短く切った肌の白い女で、ぱっちりした目元が印象的だった。両腕でそっと抱き上げてみれば、あまりに軽い。
アーモスはほうっと溜息をついて笑った。
「俺は重さなら君の三倍はある」
「そんなに?」
アデリーはころころと笑ってアーモスの鬣を撫でつけた。優しい指だった。鼻先を寄せれば彼女は一層笑い、アーモスの太い首筋に両腕を回す。
首筋に回った腕の細さが己の指のようで、アーモスはいっそう優しく彼女を抱きなおした。
「もっとかな」
狭い部屋には、ベッドが二つと小さな通路しかない。ベッドも、最低限の布団だけがかかっている。アデリーを片腕に抱いたアーモスは、片側のベッドから丁寧に布団をはぎとってもう一つのベッドへ移した。そうして、布団を外したベッドへアデリーを横たえる。
「ほら、こんなに違う」
彼女に覆いかぶさりながら。アーモスは愕然とした。軽く口で告げる以上に、彼女は小さかったからだ。まともなセックスになるか、急に不安になった。けれど、押し倒した少女の甘いまなざしに励まされて手を動かす。
そっと触れた乳房は、緊張からか薄く汗ばんで手のひらに吸いつくようだった。優しく撫で、揉みこめば顔を真っ赤にしたアデリーの赤い唇から小鳥のような吐息が漏れる。
アーモスはたまらず、彼女の唇へ鼻先を寄せた。舌を出してそっと唇を撫でる。押し付けないのは、己の舌にざらつきがあるからだ。怪我をさせたくなかった。
アデリーはまた息をこぼして笑った。
「おひげ、くすぐったい」
「ああ、すまない」
とっさに謝った。だが、アデリーの顔にすこしも不快感は見えない。嬉しそうに頬を刷り寄せ、また、アデリーの首に回した腕を少しおろして背中を撫でようとしている。しかし、腕は回りきらない。肩甲骨の下の方へわずかに触れるばかりだ。
それがいとおしくて、アーモスはアデリーをそっと抱きしめた。