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    ao510c

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    ao510c

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    ひろラハ。ひろし不在。連載の続き。

     扉に手をかけたとき、違和感に気づいた。
     鍵がかかっていたのだ。珍しかった。
     シャーレアンにありがちな、真っ白い石でできた家だ。滑らかな切り石が隙間なく積まれている。基礎の上には帯状のレリーフが一筋、家をぐるりと囲んでいる。巻貝の匠意が繊細だ。また、扉はきれいな長方形で、両開きだった。水色の木材に緑のタイル飾りが特徴的で、ドアノブだけが金色の金具でできている。この取っ手をつかんで、グ・ラハははっとしたのだ。
     冒険者は、一人で家にいると鍵を掛けない。鍵をかけるのは、いつもグ・ラハの役目だ。彼の家を訪ねて、二人きりになったら鍵をかける。それが、ふたりでくつろぐひと時の合図だった。
     だから、玄関の鍵に驚いた。
     家の周りをぐるりと歩いてみたところ、幾つかある窓もしっかり戸締りされていた。なるほど、外出、それも遠出しているらしいと分かって、グ・ラハはやんわり笑った。
     嬉しかった。
     合鍵は持っている。玄関に戻って鍵を開け、部屋の中に踏み込んだ。
     正面に見えるのはダイニングキッチン。右手側に寝室スペースが続く、一間で生活する部屋だ。そこいらじゅうきれいに磨き上げて、布をかけてある。
     どうやら本当に出かけたらしい。
     グ・ラハは上機嫌になって、きれいに整えられたベッドの上に、布団もめくらず横になった。
     やわらかいスプリングで弾みながら、ふふ、と声を出して笑う。
     悪くない置いていきぼりだ。
     横になって天井を見上げ、ほうっと息を吐く。
     久々に冒険者が出かけた。
     これが、グ・ラハにはたまらなく嬉しい。いい兆しのように感じられる。
     この数週間、冒険者は家にいた。家で薬を作ったり、細工物をしたりと、それはそれで忙しそうにしていた。
     しかし、街の中で繋がれた犬のようにしているとき、彼は沈んで見えた。
     楽しそうに細工物をしているのに、うつむいた顔に影があった。
     そんな時、グ・ラハにできるのは、ただ傍にいるだけだ。どんな言葉も嘘らしく感じた。励ましの言葉は冒険者の表面だけを滑って、彼の内側に落ちていかないと感じられた。
     特別な力をもたないグ・ラハですらそう感じるのだから、クルルなどは冒険者に会ったあと、ひどく悲しそうな顔をする。
     冒険者が右足を無くした時のことが、グ・ラハには今でも良くわからない。彼はまともに話そうとしないし、聞かれるのを嫌がった。
     足を失った彼と初めて顔を合わせたのは、久々に暁の血盟全体で集まろうと決め、ラストスタンドで小さな会合をしたときだ。
     彼はなんでもない風にそこへ来た。足を失ったなどと口にもしなかった。
     ただ、ヤ・シュトラが驚いた顔をし、クルルが真っ青になって、尋常ではない事態を悟った。
     何かある。気づきながら、解散の瞬間まで誰も口にしなかった。冒険者が一人で去ったあと、ようやく、ヤ・シュトラが重い口を開いた。
    「あの人、右足をどうしたのかしら」
     彼女の目は、視力でものを見ていない。エーテルの流れで世界をとらえている。だから、一目で分かったのだ。冒険者の右足が、人体と同じ仕組みで動いていないのだと。
     クルルもそうだ。彼女の超える力は、人の心を読む。口にせずとも、様々な本音を読み取ってしまう能力がある。
    「ラハくん、彼を追いかけてくれる? 体調があまりよくないみたいだから、ナップルームで休ませてあげて」
     グ・ラハは慌てて冒険者を追いかけ、森の隅にしゃがみこんだ彼を保護した。ナップルームで向き合った彼は、かつてより少し、小さく見えた。
     その「とき」のことは詳しく聞けなかった。
     ただ、どこかの戦場にいたのは知っていた。さわりだけを聞いた。
     冒険者は自分で足を切り落としたのだ。
     がれきに足を挟まれ、転移魔法でも抜け出せなくなった。周囲に危険はなかったが、リンクパールは繋がらず、糧食も尽き、進退窮まったのだという。
     足を切り落として窮地を抜け出し、ラザハンへ飛んだ。そこで義足を手に入れ、何食わぬ顔でいた。
     会合にしても、足が痛まなければ何食わぬ顔でやり過ごすつもりでいた。
     だが、彼の体はそれを許さなかった。
     不謹慎ながら、その時グ・ラハは「良かった」と思った。彼の弱さに触れられて良かった、と思ったのだ。
     それからしばらく、冒険者はナップルームに居ついた。死んだように眠っては起きる彼の様子を見るに、ひどく緊張して過ごしていたのだろうと知れた。
     足はたびたび痛んでいるようだった。
     家が手に入るよう手を回したのは、冒険者につられてクルルまで体調を崩しがちになったからだ。
     あの時、両手に病人を抱えて、グ・ラハは呆然としていた。培ってきた経験も、人脈も、ほとんど役に立たなかった。ただ、どうにかこうにか、オールドシャーレアンの片隅に小さな家を手に入れた。
     後になって周りからさんざんに言われたが、決して彼を囲うつもりはなかった。
     だが、こうなってはすべて言い訳だろうか?
     冒険者は、安心した顔を見せるようになった。また、職人のような様子で、この家に居つく時間が増えていった。
     家など、与えるべきではなかっただろうか。
     だが、彼には安息の場が必要に見えた。
     そしてクルルにも、自分にも、彼と離れている時間が、必要だったのだ。
     グ・ラハは、彼の傍にいすぎると、おろおろする自分を自覚していた。
     何もできはしないのだが、何かしてやりたくなる。手を添えたり、傍にいたりするだけでいいと言われても、何かもう一つ、してやれることがあるのではないかと考える。
     まるで孫煩悩な爺になったようだ。
     学生を冒険者の元へ遣ってみたり、みょうな誘惑をしかけたりしても意味がないことは、十二分に知っていた。
     それでも何か一つ、してやりたい。それで彼が、かつてのような快活さを取り戻すならばなんでもしよう。
     そんな決意と共に、現実を冷静に見る己がいる。
     いまグ・ラハが冒険者のためにしてやれるのは、少しだけ距離を保つことだ。
     付かず、離れず、必要な時は必ず助けになることを示しながら、衛星のように距離を保っている。それがきっと、一番彼の助けになるだろう。
     理解しているのに手を出しすぎた結果が、この家のように思われた。
     薄暗い部屋の中で思案にふけり、グ・ラハは重くて苦しい溜息を吐いた。
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    ao510c

    DOODLEひろラハ習作。ラハ不在。ちょっぴり前作とつながりがある。ひろしが右足を痛めていてたまにすごく痛くなることだけ知っていれば読めます。
    マノーリン 黄色い風が吹いていた。乾いた風に砂が巻かれて黄色い紗のように見えるのだ。
     サファイアアベニュー国際市場では、広い通りの左右に並んだ露天商たちが慌てて品物を布で被う。色とりどりの毛織物がはためき、人の声がけたたましい。行きかう人々は顔を被い、足早に駆け抜けていく。そうしていても砂がかかるのは避けられない。冒険者の口にも砂は滑り込み、不快感が募った。
     珍しい風が吹く日だ。
     冒険者は顔をしかめ、路地へ入った。ひとつ奥の通りに入るだけで、少しばかり黄色い風から逃れられる。左右を埋めるのは石の壁。忌々しい砂を固めて作ったような色の石で、表面はざらついている。狭い路地を挟んで両脇に壁がそびえ立つため、空はひどく狭い。路地の狭さといったら、向かいの家の窓に紐を渡して洗濯物を干せる程なのだ。狭い空を洗濯物が被うと、この通りはさらに閉塞感を増す。とはいえ、今日は布を干した者はいないようで、紐だけが風に揺れていた。風は黄色い帯を描いて見える。見上げていると目にも砂が入りそうで、冒険者はうつむいて足を進めた。
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