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    ひろラハ習作。ラハ不在。ちょっぴり前作とつながりがある。ひろしが右足を痛めていてたまにすごく痛くなることだけ知っていれば読めます。

    マノーリン 黄色い風が吹いていた。乾いた風に砂が巻かれて黄色い紗のように見えるのだ。
     サファイアアベニュー国際市場では、広い通りの左右に並んだ露天商たちが慌てて品物を布で被う。色とりどりの毛織物がはためき、人の声がけたたましい。行きかう人々は顔を被い、足早に駆け抜けていく。そうしていても砂がかかるのは避けられない。冒険者の口にも砂は滑り込み、不快感が募った。
     珍しい風が吹く日だ。
     冒険者は顔をしかめ、路地へ入った。ひとつ奥の通りに入るだけで、少しばかり黄色い風から逃れられる。左右を埋めるのは石の壁。忌々しい砂を固めて作ったような色の石で、表面はざらついている。狭い路地を挟んで両脇に壁がそびえ立つため、空はひどく狭い。路地の狭さといったら、向かいの家の窓に紐を渡して洗濯物を干せる程なのだ。狭い空を洗濯物が被うと、この通りはさらに閉塞感を増す。とはいえ、今日は布を干した者はいないようで、紐だけが風に揺れていた。風は黄色い帯を描いて見える。見上げていると目にも砂が入りそうで、冒険者はうつむいて足を進めた。
     狭い路地に地面に敷物を敷いただけの露店が散見される。この露天商たちは砂などお構いなしに薄いエールや怪しげな食品を並べていた。客足が少ないためか、呼び止める声がさわがしい。辟易して、冒険者は足早にこの通りを抜けようとした。酒場・クイックサンドまで行けば、少し落ち着いて過ごせるだろう。
     ここ、パールレーンはかつて、難民がたむろして治安の悪い通りだった。難民たちがアラミゴに引き上げ、治安がよくなるかと思いきや、ごろつきだけが通りに残った。結果、治安は改善しない。悪くなる一方だった。
     用事がなければ近づきたくない通りが市場のすぐ横にあるのだから、ナナモ陛下とピピンも頭を抱えていることだろう。
     冒険者ともなればこの程度の危険はしょっちゅうであるし、顔見知りも多い。気おくれはしない。ただ、進んで踏み入らない場所ではある。足を止めることも、少ない。
     ところがこの日、冒険者は見慣れぬ露店を見つけて足を止めた。止めてしまった。
    「いや、たまりませんな旦那」
     露天商は皺だらけのララフェルだった。ずいぶん年経ているらしい。すかさず声を掛けてくるのだからさすがである。口元に蓄えたひげを撫で、深々と溜息を吐いて見せる。カウルなど着込んでいるのがいかにも怪しげだった。普段なら気にも留めず通り過ぎるところ、足を止めたのはこの男の目が不思議に光って見えたからだろうか。
     黄色い風のことを言っているのだろうと判じ、冒険者は頷いて応じる。
    「ああ、妙な風だ」
    「本当に。ところでどうです。いい人へのお土産からアラグの遺物まで、揃ってますよ」
    「さて……」
     体よく呼び止められたものだと諦めが湧いた。粗末な敷物の上に視線を落とせば、アクセサリーやトームストーンらしきものが並んでいる。
     いい品をそろえた露店は、サファイアアベニュー国際市場かルビーロード国際市場に並ぶものだ。ここに並んでいるのはたいていガラクタか曰くつきの品、そうでなければきわめて稀に掘り出し物である。
     冒険者は露店の品を矯めつ眇めつ眺めた。アクセサリーの類がおもちゃであることはすぐに分かる。問題なのはトームストーンだ。見たことのない形だった。真贋の区別はつかない。
     金額を問えば、なかなか高価だった。
     ──あいつがいたらな。
     あいつ。グ・ラハがいたら、すぐに判断してくれただろう。目利きできない品を買うほど、金を持ち歩いていなかった。
    「今日は、やめとくよ」
    「そいつは残念。ごひいきに」
     ララフェル族の男は機嫌を悪くする様子もなく笑って手を振った。不思議な色の瞳がきらきらと輝いて見えた。
     ところが、その露店を見かけたのは一度きりだ。しょっ引かれたのか、場所を移したのか。後日、冒険者はあのララフェルがいた場所をぼんやり眺めた。猥雑な通りで、その一角だけがぽっかり空いていた。
     あのトームストーンは何だったのか、けっきょく分からないままだ。



     昨日の宿は衝立に囲われた一間に四つの寝台が並ぶ部屋だった。エールポートにはそういう宿がたくさんある。倉庫の隅、酒場の隅が、そのまま宿屋になっているのだ。
     冒険者は、そういった宿で休むことも少なくない。一晩中、誰かが寝返りを打つ音を聞いて過ごした。深く眠れはしないのだが、休息には十分だった。
     夜明けまでたっぷり横になって、外へ出た。
     東を背にして立つ宿である。足元は真っ青な影に包まれてまだ暗い。街灯が灯されたままの時間だった。縹色の空に街灯や宿屋の壁につけられた灯りが丸く浮かんで見える。遠くの空を見れば、まだ浅い水色の空に雲が桃色に輝いて燃えるようだ。
     潮風が頬を撫でた。エールポートは港を城壁が囲う拠点である。宿を出てすぐ右手側に城壁が、左手側に港がある。白い石畳を踏んで歩く間にも、波の音が絶えず聞こえていた。
     少し寝不足な目をこすって、ふとあふれた笑いをそのまま口元に乗せる。
     港とエーテライトプラザの間に、円形の広場がある。港に向かって巨大な人魚像が据えられていた。羽のある人魚だ。この人魚越しに、シリウス大灯台が見えた。入り江越しに見上げるほど巨大な灯台には、衛星ダラガブの破片が突き刺さっている。オレンジ色で透き通った輝きを放つ巨大な破片だ。第七零災以降、ずっとあのままの姿でそこにある。
     冒険者はシリウス大灯台を見上げながら露店で買ったサンドイッチをかじる。ライ麦パンにオイルサーディンとレタスがはさんである、素朴な味わいの一品だ。
     ──これで隣にあいつがいたら。
     どんなふうにサンドイッチを食べるだろう。舌が肥えているから、もっと味付けを欲しがるだろうか。それとも、昔の記憶があるからこれもおいしく食べるだろうか。
     また、シリウス大灯台でセイレーンと戦った冒険の話もできただろうか。
     もしそうできれば、彼はきっと、目を輝かせて話を聞いてくれる。



     鏡池桟橋で舟を降りた。もうそのあたりで、足が痛み始める気配がしていた。
     川面は静かに流れている。舟は揺れもせず桟橋へついた。桟橋と小さな東屋があるばかり、木材のついでに人を運ぶような舟を使ったのは、黒衣森を散策するためだ。
     ところが、空気は妙に冷たく、昼間だというのに辺りが薄暗い。そのうちに、雷鳴まで聞こえはじめた。雨が振り出さないのが不思議な天気だ。
     普段なら雨など気にもしない。だが、足が痛むとなれば話は別だ。ひっそり休む場所が欲しい。いいや、切実に必要だ。
     ラベンダーベッドに住む知人を訪ねた帰りだった。引き返すか、素直にグリダニアへ向かうか。
     否、このまま進もう、と思った。同時に、頭の冷静な部分が判断ミスを訴えてくる。だが、人から離れたい心が己の中にある。騒ぎ立てている。この本心を無視することもできなかった。都市へ行けば、必ず顔見知りがいる。詮索する視線がついてくる。足が痛む時、それらを躱し切るのは苦痛だ。
     冒険者はチョコボにまたがり、足に油紙を巻いた。本来は戦利品や預かりものを包むための紙だが、こうして体に巻けば雨よけになる。雨に追いつかれても、少しは冷えから守れるだろう。
     このまま南下して酒房バスカロンドラザーズへ向かうと決めた。あそこなら、冒険者崩れの一人として静かに過ごせると思ったのだ。
     チョコボを走らせながら薬の瓶を開け、飲み干す。強い錬金薬だ。つんと抜けていく独特な臭気のあと、胃が燃えるように熱くなる。この熱が落ち着くと、少しずつ痛みが遠のいていく。
     だが、まだ胃が燃えているうちに大粒の雨が落ちてきた。雨だれはいくつも降り注ぎ、あっというまにチョコボの羽をずぶ濡れにした。冒険者も、油紙を巻いた下肢以外はずぶぬれになった。
     鏡池桟橋からバスカロンドラザーズまでは、さほどの距離でもない。芯まで冷え切るより早く、酒場についた。
     チョコボを軒下につないで、店に入った。
     テーブル席が五席、カウンターが四席と、十分な広さを持つ店だ。天井は吹き抜けで、二階から幾つも吊り下げられた橙色の丸い灯りが店内をやわらかく照らしている。
     この雨のせいか、思っていたより客は少ない。ただ、同じように雨に振られた冒険者やごろつきたちがぽつぽつ駆け込んでくる。
     暖炉の傍へは寄れそうにない。カウンターも埋まってしまった。仕方なく冒険者は店の隅、目立たないテーブル席に腰かける。店主のバスカロンは冒険者にちらりと目くばせして、ひとつ頷く。察しのいい男だ。かまわずいてくれるだろう。
     冒険者は荷物から荒布を出して体を拭いた。薬が効いて、ずいぶん落ち着いた心地がする。ここでしばらく休めば、数時間後には雨も止むはずだ。問題なく出発できる。
     ひとまず体を乾かして、冒険者はふっと溜息をつく。耐えがたい痛みは抑え込んでも、右膝より下に鈍痛の気配がとぐろを巻いている。これが過ぎ去るまで、油断はできない。
     ──あいつがいたら。
     手を添えてくれるだけで心強いだろうと思った。
     開け放たれた酒場のドアの向こうで、雨音が続いていた。
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    DOODLEひろラハ習作。ラハ不在。ちょっぴり前作とつながりがある。ひろしが右足を痛めていてたまにすごく痛くなることだけ知っていれば読めます。
    マノーリン 黄色い風が吹いていた。乾いた風に砂が巻かれて黄色い紗のように見えるのだ。
     サファイアアベニュー国際市場では、広い通りの左右に並んだ露天商たちが慌てて品物を布で被う。色とりどりの毛織物がはためき、人の声がけたたましい。行きかう人々は顔を被い、足早に駆け抜けていく。そうしていても砂がかかるのは避けられない。冒険者の口にも砂は滑り込み、不快感が募った。
     珍しい風が吹く日だ。
     冒険者は顔をしかめ、路地へ入った。ひとつ奥の通りに入るだけで、少しばかり黄色い風から逃れられる。左右を埋めるのは石の壁。忌々しい砂を固めて作ったような色の石で、表面はざらついている。狭い路地を挟んで両脇に壁がそびえ立つため、空はひどく狭い。路地の狭さといったら、向かいの家の窓に紐を渡して洗濯物を干せる程なのだ。狭い空を洗濯物が被うと、この通りはさらに閉塞感を増す。とはいえ、今日は布を干した者はいないようで、紐だけが風に揺れていた。風は黄色い帯を描いて見える。見上げていると目にも砂が入りそうで、冒険者はうつむいて足を進めた。
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