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    ひろラハ習作続きです。

    異文化 カ・デラが学校から帰ると、バルデシオン委員会分館の玄関に例の男が立っていた。
     ミコッテ族のカ・デラより背が高く、体格がいい。ルガディン程ではないが、おそらくミッドランダーの中でも大柄な部類だろう。肌色はやや黄味がかった淡い色、短い髪は濃い褐色。大きな荷物を下げて、ゆうゆう歩く姿は安定して見える。先日の件がなければ右足が義足だとわからなかったはずだ。
     彼はカ・デラに気づくと人懐っこい笑顔で近づいて来た。
    「この前は情けない所を見せたな」
    「もう大丈夫なんですか」
    「おかげさまで」
     軽く挨拶をして、カ・デラは首を傾げる。彼がここへ来るのはめずらしい。いつもはグ・ラハが出かけていくばかりである。以前から顔を知っていたのは、時折グ・ラハとこの男が並んで歩く姿を見かけるからだ。だがそれは、ほんの時折である。だからこそ先日、彼の家を訪ねた記憶は印象深い。
     汗をかくほど痛みに苦しんでいた様子から打って変わって、今日の男は穏やかだ。
    「今日は?」
     どうしてここへ、と問えば、彼は荷物を示した。底にマチがついた大きな手提げ袋だ。
    「グ・ラハに、品物を収めに」
     促されるまま荷物を覗き込んで、カ・デラは声を上げた。
    「あっ!」
     魔器だ。それも、次の授業で使う賢具である。
     納品、というからには、仕入れてきたのか。
     だが、どこから?
     これまで何度か、やたら品質のいい教材に触れてきた。羽ペンにインク、白墨と筆記具が多かった。グ・ラハには、腕のいい職人がいるのだと聞いていた。
     見上げれば、男は不遜に笑っている。確かに、男が持ち込んだ賢具はぱっと見ただけで素晴らしい。「触っていいぞ」と促される。素直に従って魔力をこめた。度肝を抜かれた、とはこんな時のためにある言葉だ。これと比べれば、学校で触れた間に合わせの賢具はおもちゃだ。カ・デラのようにまだ魔術に精通していない者が扱っても、容易く魔器の隅々まで自身のエーテルが染み通る。まるで体の一部のようなのだ。その状態を保ち続けるのも容易だ。
     賢具を男に返し、カ・デラは改めて彼を見上げる。腕のいい職人、という言葉を、目の前の男に重ねてみる。
    「職人さんだったんですか」
     恵まれた筋骨を持つ男だ。うつむいて職人仕事だけをしているようには、とうてい見えない。いっそ傭兵だと言われた方がしっくりくるだけに、声は自信のないものになった。
     男の冴えた青灰色の瞳がじっとカ・デラを見た。彼は肯定しなかったが、否定もしなかった。ただ、少し笑った。奇妙な間は、ちょうど帰ってきたグ・ラハによって破られる。
    「お前の教材は、いろいろとこの人に頼んでる」
     グ・ラハは我がことのように自慢げに、嬉し気にいった。
    「この人が、俺のいちばんの英雄なんだ」
     笑うグ・ラハは年よりずっと若く見えた。哲学者議会の白い制服が不似合いなほど活発な印象だ。彼は小走りに掛けてきて、男の横に並ぶ。大きな動作で、宝物を自慢する子どものように男の背中を叩く。ぱしん、と小気味よい音がした。
     男は照れくさそうにグ・ラハを小突き返した。
    「やめろって」
    「やだね。大体あんた、名乗ってないだろ」
    「その前にこいつが逃げたんだよ」
     グ・ラハはいつもより砕けた口調で男と話した。カ・デラと話すグ・ラハは、英雄の話をする以外すましている。そうでなければ穏やかに笑っていることが多い。今は表情がぐっと豊かに、柔らかくなって、親しい友人と話すようだ。
     新たに、点と点が繋がる。グ・ラハの一番の英雄、いまを生きる英雄と言えば、たった一人。それを、嫌というほど聞いてきた。ならば誰あろう、この男こそ。
    「英雄……って、あの!?」
     カ・デラは目を見開いた。
     暁の血盟の英雄。エオルゼアの守護者、アラミゴの解放者、終焉を退けた者。ほかにも様々な伝説を残す男が、この人なのだ。
     カ・デラも以前は暁の英雄についてこんなに詳しくはなかった。いかんせん、グ・ラハが彼の話をよくするので覚えてしまった。
     噂に聞く彼が、この男なのか。
    「まあ……いちおう?」
     本人は気まずそうに後ろ頭など掻いている。しぐさだけ見れば、とてもそうは見えない。しかし、やっと納得できた。彼を押しとどめるために触れた体は、職人であろう筈のない筋肉の付き方をしていた。
     それに、評判についてもだ。
     オールドシャーレアンの外れに独りで暮らす、正体不明の男。この男の元に、議員の一人が足しげく通って問題にならない。むしろ周囲は、ほほえましいものを見るように二人を見守っていた。なぜか。二人が暁の血盟のメンバーだったからだ。
     思えば初めからヒントはあった。
     昔話が大好きなホストファミリーが、いちばんきらきらした顔で語るのは暁の英雄の話だ。それらは妙に具体的で、細かい話が多かった。こんなにも近く暮らす人について語っていたのだ。
     カ・デラは事情を知らず、二人は恋人同士なのではないか、と考えた。浅はかだったか。
     恥ずかしくなって、顔に血が上る。
     だが、まだ勘違いとは言い切れない。シーツに尻尾の毛をつけて、語らっていただけだろうか。
     男……改め、暁の英雄はごく自然な様子でグ・ラハの頬に指の背で触れる。
    「あんまり、ハードルを上げてくれるなよ」
    「ハードルなんて、ないだろ?」
     ふふ、と笑ったグ・ラハは冒険者の指に頬を摺り寄せた。マーキングする猫の動作だった。
     カ・デラは改めて頬が熱くなるのを感じた。
     似たような触れ合いを、見たことがある。父親のヌンと、群れの女性達の間でのことだ。
     やはり、そうなのだ。
    「俺、部屋に戻ります」
     宿題があるので、と最もらしいことを口走る。引き留められはしなかった。
    「頑張れ。今日はこの人が飯も作ってくれるから、楽しみにしてろよ」
     カ・デラを見送るグ・ラハの笑顔は、同級生たちと同じ純真さだ。だが、カ・デラはこの男が、徒っぽい顔で朝帰りしてきた所にはち合わせたことがある。その相手は、きっとこの英雄だ。
     いたたまれなくて、カ・デラは生返事を残してその場から逃げた。駆け足でナップルームに逃げ込み、ドアを閉めて背中を預ける。深々と溜息を吐く。きつく目を瞑り、数秒、瞼の裏の暗闇を見た。肺の中が空になってから、薄く目を開く。
     少し、落ち着いてきた。
     雑然とした部屋は、かつて英雄が寝起きしたこともある部屋だ。壁中にメモが貼られ、本棚にはぎっしり資料が詰まっている。また、壁際のテーブルには大量の実験道具が広げられたままだ。
     彼らは、この部屋でもあんな風に過ごしたのだろうか。そう考えると、ぎくりとした。尻尾が膨らんで、少しも落ち着かなくなった。
     よく考えれば、このあともう一度あの人たちと過ごすのだ。夕飯を前に、カ・デラは途方に暮れた。
     グ・ラハと英雄の関わりは、カ・デラが育った集落の文化とずいぶん異なる。
     サンシーカーの集落において、男女の役割ははっきりしているのだ。子孫を残す男性・ヌンはたいてい一人。対して、妻となる女性は複数。生まれる子どもは女性の方が多く、男性が生まれるとすべてティアとして育てられる。
     カ・デラの集落においてもヌンは一人で、妻たる女性が十二人いた。ヌンはすべての女性を平等に愛していた。この触れ合いを見るのが、カ・デラは得意ではなかった。母親が寂しそうにするから、居心地が悪かったのだ。母親は、それでもヌンは平等だから、と言った。
     カ・デラは集落で三人目のティアだった。他二人のティアは少し年が上だ。血気盛んな若者たちで、どちらかが次のヌンになるだろう。カ・デラは彼らから少し離れて、勉強が好きな子どもとして育った。
     グ・ラハはどうだろう。どう育って、どうして英雄と結ばれたのだろうか。また、彼にヌンになる気はないのだろうか。
     サンシーカーの集落をおかしいとは思わない。ただ、都市の自由さに目を向けると、文化の落差にめまいがする。
     グ・ラハと暁の英雄は、一対一に見える。英雄のことはわからないが、グ・ラハがほかの相手を持っている様子は見えない。彼らの関係は、群れではないのだ。
     それが少し、羨ましかった。
     己は、一生集落の隅でティアとして暮らすだろうか。あるいは、集落を出て氏族の文化を捨て、どこか新しい土地で新しい暮らしを見つけるのだろうか。
     カ・デラは、将来について想像仕切れない己を見出し、途方にくれた。



     スポンジを揉むと、泡が広がる。これで皿をこすって、水ですすぐ。皿が白い陶器本来の、つるりとした表面を取り戻す。クルルの小さな手がこれらの動作をそつなくこなすのにも、はじめは驚いた。集落を出るまで、ララフェル族に出会ったことがなかったのだ。思えばよく、あの田舎からオールドシャーレアンにまで留学させて貰えた。短期留学の懐の広さに、しみじみと感謝の念が沸いた。
     カ・デラはクルルから皿を受け取って、乾いた布で拭き上げていく。
    「ごめんね、働かせて」
    「これくらいどうってことないですよ」
     薄暗い流し台は、バルデシオン委員会分館の片隅にある。
     クルルは小さな踏み台に乗って皿を洗っていた。そこから動き回るには一手間かかるため、洗う係だ。カ・デラは彼女から皿を受け取って拭き上げ、棚の決まった場所へ戻す係。仕事を分けて、てきぱきこなしていく。
     メインホールに机を出して、オジカ・ツンジカを加えた五人で食事をした後だ。英雄が作った料理は確かにおいしかった、筈だ。メインの肉料理にサラダ、パン、スープに至るまで手製というから、驚くばかりだった。ただ、どんな味だったか、まともに覚えていない。
     学校はどうだとか、授業は難しくないかとか聞いてくるグ・ラハには、何とか笑って頷いた。親が一人増えたような気がした。
     見かねたクルルに呼ばれたのだと、気づいていた。
    「ラハくん、ちょっとうるさい時あるでしょ」
     皿を洗いながら、クルルはおかしそうに言った。カ・デラは笑って頷く。
    「二人目の父親ができたみたいで」
     カ・デラの答えを聞いて、クルルも笑った。ひとしきり笑って、次の皿をカ・デラに手渡す。
    「英雄さんは?」
    「え?」
    「耳、へたってた」
     クルルの指摘は、柔らかい響きをしていた。責めるでもなく、ただ気遣いの色があった。
     夕飯時のことだろう。自覚があるだけに、カ・デラは再び耳を寝かせた。視線を手元の皿に落とす。次々皿をぬぐったため、手元の布はすでにしっとりしている。まだ、大丈夫だろうか。皿のしずくを丁寧に拭きとっていく。
    「いや……気まずくて」
    「気まずい?」
    「違ってたらアレですけど……親が盛り上がってる時に居合わせる感じ」
    「ごめんね、ちょっとデリカシーが足りなかったみたい」
     白い皿を拭き上げ、棚に伏せる。陶器が触れあって、かすかな音を立てた。カ・デラはすっかり濡れた布を流しに持っていき、絞り上げた。
    「俺、いいなって思ったんですよ」
    「へえ?」
    「サンシーカーの村とはちょっと違うじゃないですか。でもすごく仲良さそうで、そういうのもあるのかって」
     布から落ちたしずくが、ぽたぽた音を立てた。
    「ラハくんの方便も、なかなかね」
     クルルは意外そうに、ごく小さな声で呟いた。思わずこぼれた、といった調子だ。
    「方便?」
    「こっちの話よ」
    「え?」
     声にしておいて、説明する気はないらしい。不満に思ったが、それ以上掘り下げようがなかった。絞った布をフックに干しながら、カ・デラは気になっていたことを問うた。
    「クルルさんとグ・ラハさんは姉弟みたいな感じでしょう」
    「そうねえ」
    「英雄さんもこっちに住めばいいのに」
     三日と開けず通うくらいなら、一緒に暮らせばいいのだ。カ・デラを迎え入れるだけの部屋が、バルデシオン委員会分館にはある。それに、英雄は体調が良くなさそうだ。人の目があった方がいいなら、一緒に住めばすべて解決するではないか。なぜ、そうしないのか。
    「二人もね、いつでも仲良しって訳じゃなくて」
    「そんな風に見えなかったですけど」
    「いろいろあるの」
    「いろいろ?」
    「そう、いろいろ」
     困ったように笑うクルルを見下ろして、カ・デラは首を傾げた。
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    ao510c

    DOODLEひろラハ習作。ラハ不在。ちょっぴり前作とつながりがある。ひろしが右足を痛めていてたまにすごく痛くなることだけ知っていれば読めます。
    マノーリン 黄色い風が吹いていた。乾いた風に砂が巻かれて黄色い紗のように見えるのだ。
     サファイアアベニュー国際市場では、広い通りの左右に並んだ露天商たちが慌てて品物を布で被う。色とりどりの毛織物がはためき、人の声がけたたましい。行きかう人々は顔を被い、足早に駆け抜けていく。そうしていても砂がかかるのは避けられない。冒険者の口にも砂は滑り込み、不快感が募った。
     珍しい風が吹く日だ。
     冒険者は顔をしかめ、路地へ入った。ひとつ奥の通りに入るだけで、少しばかり黄色い風から逃れられる。左右を埋めるのは石の壁。忌々しい砂を固めて作ったような色の石で、表面はざらついている。狭い路地を挟んで両脇に壁がそびえ立つため、空はひどく狭い。路地の狭さといったら、向かいの家の窓に紐を渡して洗濯物を干せる程なのだ。狭い空を洗濯物が被うと、この通りはさらに閉塞感を増す。とはいえ、今日は布を干した者はいないようで、紐だけが風に揺れていた。風は黄色い帯を描いて見える。見上げていると目にも砂が入りそうで、冒険者はうつむいて足を進めた。
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