臆病 両足が地を離れた時、浮遊感がフールクをとらえた。
奈落は深く続いていた。
アルダースプリングスの奈落は、底が見えない。取返しなど、つく筈がない。
瞬き一つの時を、永遠に感じた。
靄の満ちる奈落へ転落しながら、フールクは目を閉じなかった。これが最期の勇気である。まばたきせず、これからたたきつけられる地面を見出そうと睨む。
結局のところ、フールクに宿っていたのは勇気ではない。臆病だ。
人はすぐ、もう二度と人を信じない、信じてたまるものか、と考える。
これは臆病からくる思考である。
また裏切られたらどうする。
また罪を擦り付けられたら。
自身が損なわれることを恐れるあまり、臆病になる。
その臆病を覆い隠すための勇気……実際のところは、小さな獣の威嚇に等しいものが、フールクの全身にみなぎっていた。
いま、臆病な勇気の鎧は砕け散って、赤裸のまま落下していく。崖からせりだす岩にぶつかって弾んだとき、笑いが漏れた。
たとえばあの冒険者を信じていたら。
いまの槍術師ギルドへ戻っていたら。
違う道が開けただろうか。
ありえない仮定だ。
なぜならフールクは、彼らがたまらなく怖かった。得体のしれない存在に見えた。
そして、今もまだそうだ。
遠くに、高く鳴り響く笛の音。
あれは、空を飛べるチョコボを呼ぶ音だ。
そしていま、ほんのひと時。
岩に続いて崖からせりだしたハンノキの巨大な根によって、フールクの落下は止まった。
すでに数回、あちこちをぶつけた末の停止である。
正直なところ、もう一度這ってこのまま滑り落ちていきたい。
けれど、そうするだけの勇気が、もう残っていないのだった。
やがてチョコボの羽ばたきを間近に聞いたとき、フールクの意識はすとんと落ちた。
「丸くなった」
冒険者に笑いかけられて、フールクはむっすり目をそらした。
結局フールクは、槍術士ギルドに戻った。もちろん、一人分の盗みの罪を償った上だ。
グリダニアに冷たい雨の降る日のことだった。
今日もまた、ひやりとした空気の満ちる鬼哭隊詰所で、ギルドの面々が槍を振るっている。
フールクも、つい先ほどまで彼らに混じって汗を流していた。手を止めたのは、イウェインに呼ばれたからだ。
お前の後見人が来ている、と言うのだ。
その言葉が示す人物は、たった一人である。
瀕死の重傷を負っていたフールクをグリダニアの病院に預け、その後しばらく身元を保証してくれたのは、この冒険者とイウェインだ。
そのまま槍術士ギルドに復帰することになった。
もう一度やり直す機会が与えられた。
また、そのチャンスをつかむ勇気が湧いた。
振り返れば、イウェインは何度も手を差し伸べてくれていたのだ。
彼の手をとる勇気が、フールクにはなかった。いまもまだ、半信半疑だ。
それでもこのまま、やっていくのだろうと思った。