肌と髪 彼の身体で一等好きなのは腹だ。肌が平らに広がっていて、手のひらで撫でるとその感触を堪能できる。
「背中の方が広くないですか?」
「ちょっとごつごつしてるでしょ。骨とか、筋とか」
「腹筋がないから…」
尖った唇がすねていますとアピールをしている。少し恨みがましい声は晶にしては珍しいものだ。疲れて寝ぼけて、緩んで油断しきった姿。夜の部屋でそれを見せてもらえるのは気分が良かった。フィガロは上機嫌に笑いながら、俺だってないよと答えた。2人とも肉体派ではないのだ。晶は納得したのかしていないのか、反応はいまいちだ。
晶の指がフィガロの腕の内側をなでる。白いですね、とこぼした。
「そう?君も変わらないんじゃない」
「うーん、言われてみるとそうかも…」
自分の腕を差し出して見比べている。表、裏。日焼けした表側は少し色素が濃いが、裏側はフィガロと変わらないくらい白い。
「でも俺はアジア人だから、皆さんとは肌質が違う気がします」
「あじあじん?」
「えっと、俺が住んでた地域の、その地域に住む人たちのことです。俺の世界では地域や人種によって、肌の色とか体の特徴が違うことがあったんですけど、皆さんは欧米人っぽい気がするって思っていたんです」
「おうべいじん」
「脚が長いですよね。大人っぽくてかっこいいし」
フィガロを含めた賢者の魔法使いたちは、晶の年齢を実際よりずっと若く見積もっていた。実年齢を聞いたとき素直に驚いたのを覚えている。彼の話しぶりから察するに、遺伝的に幼く見られがちなのかもしれない。そして彼はそれを気に入っていないのかもしれない。
「俺は君の脚も好きだよ」
その言葉に晶は頬を赤くした。いったい何を考えたのやら。期待に応えて脚の皮膚をなでる。びくっと脚がはねた。晶の右の膝には薄くなった傷跡がある。注意して見なければ分からない程度の、もうほとんど消えかかった傷跡だ。けれど僅かに他の皮膚とは違った色をしている。今初めて気が付いたふりをしてその傷を指摘する。
「ここに傷跡があるね」
「あ、本当だ。なんでだっけ…」
いつどうやってついた傷だったのか、覚えていないらしい。労わる振りをして傷跡の上に指で丸を描く。ぴくぴくと震える振動を楽しんだ。
腹に広がる肌色。腕の表側と裏側。脚の皮膚と小さな傷跡。全部混ぜてマーブル模様にしたら気持ちいいだろうなと思う。そんなことを言えば怖がらせてしまうだろうか。
「俺は、フィガロの髪が好きです」
晶が言った。恥ずかしそうに眉尻を下げながら、でも目はそらさずに。腹や脚を褒めたお返しのつもりなのだろうか。お返しをしたくなるくらい喜んでくれたのなら、それはフィガロも喜ばしく思う。
「髪だけ?」
「えっ…ぜ、ぜんぶ好きです」
「あはは」
素直に訂正するから面白くて笑ってしまう。視界の端で青い前髪が揺れる。普段は気にならないそれを視線で追う。晶はこれが好きなんだと思うと少し幸せだ。
「ごめん、ごめん。欲しがっちゃった」
「そんなことは」
「それで、どうして俺の髪が好きなの」
「欲しがるじゃないですか…」
呆れた声を出すが、結局折れてフィガロの頭をなでる。フィガロからは見えないが、フィガロの髪が晶の指の合間を通っていくのだろう。晶が目を細めた。
「俺は青っぽい髪の色の人には会ったことがなかったから、目を引くというか、見惚れちゃいます」
「うん」
「なんというか、すっきりした色だとも思うし、深みのある色だとも思うし」
「うん」
「こう、これでわーーって長い線を刷いたら綺麗だろうなあって」
フィガロの頭をなでる手が離れていって、見ると晶は自分の口を抑えていた。気まずそうにフィガロを伺う。
「ごめんなさい、怖いことを言いましたね…?」
「怖くないよ」
「でも、すみません、寝ぼけてて」
「どうして謝るの。嬉しかったよ」
「嬉しい?」
「俺も似たようなことを考えてた」
彼の身体で一等好きなのは腹だ。平らに広がる肌を、手のひらで撫でる。ついでにへそに指をつっこむ。
「うぎゃ!」
「君のことぐちゃぐちゃにしたら気持ちいいだろうなあって」
「怖い。怖いです!」
喚く晶に、フィガロは機嫌よく笑った。今夜は上機嫌なまま眠りたいと思った。