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    あらすじにちかいもの
    寂しがり屋の店主四月一日と、夢で甘えさせてくれる遙おぢさま
    百四前提の遙四です

    #遙四
    remote4

    遙×四月一日(店主)まあるい月が、闇夜の黒に白くぽかりと浮かぶ。澄んだ白光は燦々と、縁側に座る四月一日の長細い肢体に降り注ぎ、傾ける盃の清酒を強く透明に導いた。
    「月見で一杯。なんて、格別だな」
    唇の滴を舌で舐め、横に流した視線にはモコナが口の端を上げて応える。
    「役札に倣ってちょうど、四月一日が去年漬けた菊酒がお供だしな」
    空になった盃を縁側へ同時に置いて、にやり、互いに笑いを返し合う。今宵の酒は、昨年の秋口に朝露を纏う菊で仕込んだ菊酒。少々の魔力と丹精を込めた甲斐あり、それはそれは清浄な気を放ち喉を焼く味わいは、旨い、と一言で表現するのが勿体ない。モコナは自身と四月一日の、両方の盃にたっぷり菊酒を注いだ。それだけで味の保証はなされたも同然だ。
    月見で一杯、といえば。正月に揃って熱中した花札の役である。
    八月を表す、すすきの上にぽっかり丸く白い月浮かぶ花札の絵。九月を表す、菊の花と盃とが並ぶ花札の絵。二つが揃う目出度き役に、酷似した光景が目前にあって、まさしく、と四月一日は頷く。
    手を伸ばした先の盃に、なみなみ菊酒が注がれているのにも、呆れによる頷きがまたあった。
    思い出せばモコナは正月、花札の席で、盃の札が出るたびに目出度いと叫んでは、勝手な役を己で作って遊んでいた。いや――正確には役というより、盃の描かれた札を持つ者には酒を飲む権利がある、と。勝手な追加報酬を掲げ、酒をぐびぐび煽っていたのだ。
    正月早々、あれから半年以上経っても相変わらずの飲みっぷりの良さ。思わず喉がくつくつ鳴って、唇をつけていた盃の水面が、輪をもって揺れる。
    「なんだ、四月一日。モコナの飲みっぷりが良すぎて惚れたか?」
    一口で盃を空にしたモコナに呆れの笑いを投げていると、もっちりしたお尻でうりうり、腰をつつかれる。そういうことにしておいてやろう。賑やかなのを歓迎したい四月一日は、わざと首をやれやれと振ってみせながら、菊酒を空の盃に注ぎ返す。
    もう一杯どうぞ、今年も健やかにお過ごしください。
    なんて接待の体に得意になり、二人きりの酒宴のはずが、旨すぎる酒はどんどん減っていく。
    「四月一日、お皿、洗い終わったよ」
    「パジャマに着替えてきたよ」
    すすきを揺らす風に、感嘆の溜息を馴染ませる二人の元へ。ぱたぱたと小気味の良い足音が二つぶん、声と共に奥からやってくる。抱き着く勢いだなと敏感に察し、やって来る二人を迎えたくて四月一日は、彼女たちのためにこそ長い腕を広げておいた。
    「マル、モロ、お疲れさん」
    「四月一日、マル頑張ったよ」
    「四月一日、モロも頑張ったよ」
    案の定こちらを押し倒す勢いでマルとモロの二人は、広げられた腕の輪を見るなり、我先にと床板を蹴る。四月一日の腕に収まるのは同時。これでミセの全員が集合だ。
    「今日はここで、月を見ながら皆で一緒に寝ようか」
    「お、いいな。モコナも賛成だ」
    「マル、お布団持ってくるね」
    「モロ、クッション持ってくるね」
    全員の同意が得られたところで四月一日は、細い膝頭に手をつき立ち上がる。思い立ったが吉日との言葉は、瞬間にも当てはまる。
    「じゃあ……モコナは食器の片付けを頼めるか? 布団の用意はこっちでするから」
    「なにおう。こんなに可愛いモコナに食器を持って行かせるなんて。鬼嫁め!」
    「さんざっぱら飲んだ対価だろ。ちゃんと支払え。でなきゃマルとモロと一緒に、布団の用意を頼もうか」
    短い腕を組んで悩んだモコナは、一人の食器片づけより、マルとモロを率いた寝床の用意を選ぶ。そちらなら二人の手を借りて楽ができると踏んだのだろう。四月一日としては、食器を片付けて帰って来るまでに寝床が完成していれば、枕投げをして遊んでくれたって一向にかまわない。では、と盃に始まる食器を盆にのせた四月一日の動きに付随し、二人と一匹も動き出す。こと楽しい時間への準備には、彼女たちの素早さが増すのを知っているので、こちらもさっさと片付けに勤しむことにした。
    「じゃ、あとは頼んだぞ」
    「はーい」
    「はーい」
    「任せとけっ」
    彼らの姿を見送り、台所へと向かう道すがら。突飛な提案を皆が喜んで受け入れ、かつ実践しようとしてくれるのが無性に嬉しく、口の端から微笑みがほろほろ零れだす。今宵はいない、無口だが表情はだいぶ雄弁になった男の来訪が無いからこそ、三人ぶんの無邪気さが心を温かくさせる。
    いつの日か、ここも静かになるのだろう。それまでには、あの人に一目だけでも会えるだろうか。
    みしりと床の軋む音は、心が軋む音でもあった。静けさに染み入る、自分を支えてくれる者らの笑顔と存在を、情けなくも今は頼りにしている。けれど自分が一番大事に思い、もう一度を願うのは、どう足掻いてもただひとり。いまさらになって、支えてくれる人がいるのならと外の世界に踏み出すのは恐ろしく、これまでの、待つために費やした時間を勿体なくも思えてしまって。
    怖がりで臆病な自分に出来るのは、やはり、このミセでただ待つことだけなのだ。
    「寂しいのは、誰しも胸に思うこと。おれも辛抱しねぇとな」
    どちらを選んだとて、寂しい気持ちはいつでもそばにあったはず。ならば、選んだ道筋を自分自身くらいは誉めてやろう。独り言ちた言葉を胸に。盃に僅か余っていた菊酒を、花びらごと飲み干す。息災であれと、己にも願って。

    後片付けをすませて縁側に戻ると、厚みのあるクッションをたっぷり使った、即席のベッドが堂々完成していた。毛足の長いブランケットをシーツ代わりに、冬ごもりを前にした獣の巣穴のような。親鳥がせっせと作った鳥の巣のような。三人と一匹で寝るのには少し窮屈なくらいの仕上がりは、くっついて寝たいと思う皆の気持ちの表れだろう。
    「モコナプロデュースの即席寝転びセットだぞ」
    「ほぉ……そりゃ、すごいすごい。さてと。マル、モロ、手伝いご苦労さん。二人はどこに寝る?」
    「モコナのこだわりを聞けい、四月一日!」
    どすんと頭突きを喰らわされたとて、仕掛けてくる相手がモコナであれば、弾力性に優れた身体のおかげでたいした痛みはないのだ。稀に小さな頭が鳩尾にめり込むことも有るので注意だが、避ける技術は習得済みである。
    「マル、四月一日のとなり!」
    「モロも四月一日のとなり!」
    「はいはい、じゃあマルがこっち。モロがこっちな」
    四月一日にくっつきたいと言って譲らない二人をそれぞれ、左と右に寝転ばせ。仰向けであると思う存分、その美しさを見て取れる月の白々しい丸さ、吹き抜ける風の清さに惚れ惚れと見入る。モコナは頭に近いほうのクッションへ寝転んで、なにやらお話を聞かせてくれていたものの。持ち前の饒舌さは暫くすると途切れがちに、やがては月光のごとく静まった。
    「おやすみ」
    返事は、静かな時の流れ。皆がしっかり寝入ったことを、呼気と胸元の上下で確認し。上掛けがきちんとかかっていることを見てから、四月一日も瞼を閉じて眠りについた。


    頭を撫でられるのは気持ちがいい。眠たさのこみあげる安心感が、身体の芯から徐々に四肢の先に至るまで染みわたっていく。
    とおい昔。父と母にたくさん撫でてもらったことを、躯が覚えている。
    意識の中を思い返すと、大好きなあの人に頭を撫でてもらったのが、鮮明に記憶されている。
    当時の自分は、その手を失うことになろうとは微塵も思っていなかったせいで、どうにも気恥ずかしい思いに駆られて頬が熱くなった。それもいまや、良き思い出と呼ぶべきほどの時が過ぎ。
    さら、さらり。いま四月一日の頭をやさしく撫でてくれる手は、躰と意識とで覚えている、どれとも違う手つきだった。良い子と褒めてくれる。背中を押す鼓舞の慈愛も感じられる。とにもかくにも太い指の腹で頭を、節だつ指の背では頬を、ゆるゆる撫でゆかれるとたまらない。午後のあたたかい陽だまりで伸びをする、勝手気ままな猫の気分になりきり。その手に自ら頭や鼻先を寄せて甘えてしまう。どうせ夢なら、と。
    「今日は随分と甘えん坊さんだ。いつもは私相手にも、格好つけてくれるのに」
    瞼を閉じた暗い視界に、香ばしい匂いが湧きたち鼻腔をくすぐった。これは煙草の匂い。大衆に向けた市販品の香味とは一線を画す、愛煙家の好む匂いを感じるは勿論のこと。漂うそれに感じる一番の意思は、魔除けや厄除け。そのあたりでふと意識が繋がり、こちらの質問を度々煙に巻く、優しい笑顔が思い出された。恋しいあの人と達観した言動は似ているが、また違う。この手の持ち主の、やわらかな表情を。
    「……はるか、さん?」
    眠気で重たい瞼を上げると、見上げた先におっとり目尻を下げた笑みがあった。くるくる巡って宵闇に溶ける紫煙が、薄い唇のあわせから抜け出ていく様は見事な景色だ。
    「はい、おはよう。と言ってもここは夢の中だから、この挨拶は少し見当違いかな」
    手に持たれていた煙草が、ふたたび唇に。肩をちいさく持ち上げ、すう…と肺全体で煙を体内に取り込んで味わう様は、いつも通りの背格好。けれども今日は、その表情が新鮮に映る。その理由は、四月一日のおかれている立ち位置によるものだった。
    「おれ、みんなと月見、しながら……寝て、」
    「そうそう。月見で一杯、しかも寝入りにも月をお共に、なんて。とっても楽しそうだったから、お邪魔させてもらったんだ」
    遥はそういう酔狂なことが好きな人だった。はじめから誘ってあげれば良かったと想い、巡らせた視線で見えたのは、寝入り端と同様にまあるい月。星はひとつも浮かばぬ夜空に、白くでっぷり太った月が威風堂々、鎮座している。
    「ほんとうに良い月だね」
    額に打ちかかる髪を指先で払いのけられ、やっと、自分は遙の太腿のうえに頭をのせていることに気が付いた。これは所謂、膝枕というやつだ。男の遥が、男の自分をそうするのでは少し照れくさい体勢。申し訳なさと羞恥が同様にじわじわ湧きだし、むず痒い心地が全身を包む。
    「すみません、重い、ですよね」
    「そのままでいいよ。重くはないし、なにより今日の君は珍しく甘えん坊だから。堪能させてほしいな」
    いわく、自分の子供や孫を可愛がった以来、こうして愉しませてもらうのは久方ぶり、とのこと。ゆうるりけぶる香ばしさも相まり、身なりを正すべきとの決意を挫かれる。言い包めなら彼のほうが何枚も上手。喜んで、その手に甘やかされてしまいたくなる。
    「寂しい匂いがするよ」
    「え?」
    取り込んだぶん以上の呼気に混じり、すぼめた唇からうすい煙が、四月一日の頭の先から胸元へかけて吹きかけられた。煙のあたった箇所から、じんわり暖かい心地に恵まれるのは、手製の紙巻き煙草の薬効だろうか。長い前髪を掻きわけられ、月光を受けた額に落とされる指の温度がよくわかる。遙の温度には、なにを言っても受け入れてくれるだろう懐の深さが滲み。
    「寂しいときは、寂しいと言って良いんだよ。みんな、待ってる」
    「おれが言うのを、ですか?」
    「そうだね」
    これでも精一杯、年々増すばかりの気恥ずかしさを抑えて伝えているつもりだ。これ以上となると、羞恥に焦がれてしまうだろう。唇がむっと尖ったのを見て取って遥は、けらり乾いた声で笑ってくれる。
    「君にしては、今夜だって頑張ったよね」
    「そうですよ」
    皆が一緒であっても寝入り端、一抹の寂寥感を胸にしながら目を閉じた。そのせいで甘えたい気分は余計に膨れたのだと自己を分析する。それで力を強めた四月一日が、手放しで甘えられる遥を呼び寄せたのに近い。正直な心の動きが遥にお見通しであるのは、そのせいもあるのだろう。
    「最近の仕事はどうだい? 順調かな」
    「悪くはない、と思います。心配されることも減りました」
    「それはなによりだ。君は負った怪我を隠す傾向にあるからね。親しいものには尚更、心配されるだろう」
    額にあった指先がつらつらと、輪郭の縁取りを指差し撫でていく。生え際をさりさり、毛の根元をなぎ倒すように降り、耳殻の軟骨を圧し潰してみたりする。寂しがっているなら撫でてやれば良いとは、猫かなにかと間違われている様子だ。膝枕は言い包められたとして、撫でについては子供っぽすぎやしないかと抗議しかけ、薄く瞼を開いてみると。遥は変わらずにこにこと愉快そうな面持ち。手つきはやたらと気持ちが良いし、彼も楽しんでいるしで、もういいかと四月一日は諦めに入る。膝の上で撫でられて喋るだけで、心の軋みは穏やかに凪いでしまうのは、魔力などの不思議な力より真実の、愛しいと想ってくれる心があるから。
    「今日の御夕飯は、なにを作ったのかな」
    「鮭を西京焼きにして、いただいた牛肉があったので、しぐれ煮に」
    「旬もののあがる食卓は良いね。しぐれ煮は牛肉だけを?」
    「しらたきもいれましたよ。それから、銀杏型に飾り切りした人参も」
    撫で付けは午睡の心地良さを思い出させ、はっきりしていたはずの意識を、微睡みの波間に落としこむ。行ったり来たり。船を漕ぎ往来する意識での受け答えは、普段なら、とても面倒に想うだろうが。それが遙からの質問であると、すらすら口が滑った。それだけ、唇を動かすことが彼相手には心地良いということ。
    このまま寝入りながら、他愛のないお喋りも続けたい。
    眠りと目覚め、どちらの岸にも寄る船は、四月一日の甘えたい気持ちをさらに深めていく。そのうちにも遙の手は、瞼を閉じていた右目に向かっていた。
    「ずいぶん昔のことになってしまったね。ここを静と分け合ったのは」
    皮膚の薄さをなぞった指が、睫毛を左右になぎ倒してぽつぽつ語る。毛並みを整えてくれていたような手つきが、いまでは遙の好き放題に。それすら居心地が良く、なぜもっと早く、彼の膝にお邪魔しなかったのかと疑問が湧いた。
    「視力で見ているわけでなくとも、いまでも転んだり躓いたりするのかい?」
    「もうしませんよ」
    虫の音が静かにそよぐ縁側に、くすくすと二人ぶんの吐息が流れていく。寝入る際には二人と一匹に囲まれていたのが、いまはすっかり彼と二人きり。それでも、寂しさは随分と紛れていた。
    「四月一日君が知らないだけでね、あの子だって、よく転んだものだよ」
    「本当ですか? 躓いているのは何回か見かけましたけど。転んでまでは……」
    「おや。昔なら、そうだそうだ、って同意していたのに、大人になったものだね」
    「やめてくださいよ」
    甘えん坊の子供、大人の店主。どちらか見極めるための鎌かけを上手くかわせたようで、遥に内緒でほっと胸を撫で下ろす。そういえばいつからか、遙の孫である百目鬼を、無駄に貶めようとする言動は少なくなっていた。それはあの男が、遥の直々の孫であるために悪口をなかなか言い難いと言うのもあって。それを分かっているらしい、四月一日よりずっとずっと大人である表情が、目尻を落とし、口の端をにったり上げた。
    「子供で良いんだよ。もう君に対して、そういう扱いが出来る人間は減って来ただろうし。年寄りの楽しみは、子供や孫に甘えられることだ」
    そこいらの老齢者より、力も知識もあってなお、足腰にがたのきた年寄りを装うのだからこの人は。どこまでいっても夢のなかの、さらには煙のごとき人。そもそも生きている時分には一目として会えずじまいで、今日まで面倒をみてもらっていて、遙を下手な扱いはできない。
    「我儘をどうぞ。私の可愛い子」
    「遙さんはいつから、おれの父親になったんですか」
    「父親なんて大それたことは言っていないよ。ただ、齢の離れた友人というだけ」
    ふう、と魔除けの紫煙を再度吹きつけられる。昔なら噎せていた。いまは、その匂いに落ち着きと安らぎを得る。もっと甘えてよいと囁かれて呆気なく。こうなったら寂しさをとことん拭い去ってもらうのに、彼の手へ頬を寄せた。
    「撫でても?」
    「遙さんになら喜んで」
    指先の煙草を唇へ戻し、両の手をあかした遙はうつらうつらの四月一日の頬を、やんわり両手の平で包む。撫でたいと言った割に、彼はまず四月一日のうすい耳朶を揉みこんで暖めた。頭を撫でられるのはよくあることでも、耳の軟骨をくにくに揉まれるのはそうない。そうないことだから、気持ち良さに虜になるのも早くて困る。太い息が鼻の奥から産まれ出で、その場の空気が少しだけ重くなる。
    「君は眠ることを仕事にしている節があるからね。せめてもう少し、自分のための睡眠をとってほしいものだ」
    「そのつもりですよ。特に遙さんとの夢をみた後は、寝覚めも良くて」
    「ほんとうかな」
    仕事で凝り固まった身体をほぐしてやりたいと思う、遥の気持ちとは裏腹に。四月一日の甘えは段々と、その種別を変えていった。なにせ寂しさを埋めるのに、最適な方法として思いつくのは人肌。もう少しだけ強く、二人きりの間柄を楽しませてほしい。そう願うのも、年の離れた友人からの我儘として、叶えてくれる人と信じて。
    「遥さん」
    「うん? 寂しいのは、まだ治らないのかい?」
    「もう少し……撫でていて、ほしくて」
    あぁ、違う。素直に言うのだった。
    思い出して首を振り、頬に触れて耳をさする手に、己の指先を添えた。
    「撫でて、埋めてもらえますか。寂しいのをぜんぶ」
    「素直になったら、イイコトがあるんだよ。今日みたいにね」
    願いを叶えるミセの主人と言えど、それが意思を持っている限りは、こうして誰かに願いを叶えてもらう稀有もある。一人では叶えられない願いがこの世にある限り。

    いつになったら短くなるのやら、くゆる妖艶さ満天の紙巻き煙草を、思い切り喉奥へ吸いこみ。ふと気づけば、紫煙を吐いていた火はどこぞへ消えていた。これから二人の距離は密接になる。遙にとってはいざ知らず、四月一日にとってみれば夢は寝て見ることを越えた、一つの世界。ここで負った火傷は、起きた現実でも四月一日の身体に傷をつける。それを危惧し、愛煙家自ら、手製の煙草を手放してくれたのだ。
    あいつとは大違い。
    そうした気遣いの出来る、大人の雰囲気に憧れが少々と、居心地の良さはたっぷりと。まだまだ青臭い自分では、他人に気取らせぬ気遣いをかけられるようになるのは、まだまだ難しい。
    「遙さんは、やっぱり格好良い大人ですね」
    「年の若い君に手を出すようでは、良い大人、とはとても言えないと思うけれど」
    きょとんとした表情は若々しく、齢を重ねることをやめて久しい四月一日と比べても、同年齢の様な雰囲気。そもそも遙は、四月一日を死の淵から呼び戻すために、年若い姿をわざわざ選んでいた。そも精神面だけをみれば、もはや同年齢とも言えそうではなかろうか。本当の齢など関係ない。そう言いきってしまうのは無粋だが、ここは自分が甘えやすいよう、男の軽口にはただ頷きを返し。温かい手の動きに集中する。
    さっぱりとした温度の手の平は、ながい五指をゆるく開いた格好で、頬からするすると顎先に。やがては喉へと差し掛かる。細い首を左右から手の内におさめられても、本能的な恐怖や嫌悪が皆無であるのは彼の手腕。それでいて、四月一日が心を許しきっているなによりの証拠。首の細さを咎められているような色合いには、無視を貫き通した。
    「どこをどう触ったら、喜んでくれるかね」
    縁側で微睡む猫を見つけ、口の端が思わずにやける。そんな声音を背景にして降りた手は、四月一日の肩を優しく包み。骨ばった感触を、握る力だけで咎めた。首輪をつけた猫のくせして、自分では食べるのを面倒がって寝てばかり。そんな日常を透かしてみる眼差しが痛く、開きかけていた瞼をそうっとおろす。
    バツの悪いことには、無視をするのも一手である。大概が、相談事への答えをもらう最中で姿くらます遙の教えだ。つい、と鼻先をあちらへ向けた四月一日を、遙はやれやれと自嘲気味に笑う。
    次いで耳に暖かさを感じた。また耳朶やら、軟骨を圧したマッサージの体を重ねてくれるのだ。そう思って擦り寄る四月一日の、今度は胸元にも遙の温度を感じ。
    「ぁ、の……おれ……そこ、は」
    無い胸の、無い肉を柔らかくこすられて思い出すのは、赤子じみた執着でもって悦びを教え込まされた、胸の頂点である。まさかそこを遙に触れられるとは想像外。はっとなって身を固くしたのも束の間のこと、すかさず耳を親指と人差し指で挟み込まれ圧迫され。質を違えた快楽の渦中に放り出されてしまう。
    「あの子とたくさん遊んで、ここが気持ち良いというのは、もう分かっているのだものね」
    「は……い、知って、」
    知って、いるから困る。
    なにせ四月一日は、そこだけでも充分、悦楽の波間に浸れるし。胸への刺激だけで意識をもみくちゃにされた覚えは、片手では済まない回数を経験済み。その道中を教えてくれたのは無論、遙の孫であるあいつだ。かっと頭を赤く染めるのは、そんな部分を遙の清らかな指先に触れられていることへの激しい羞恥。前を濡らす絶頂ならば、既にご披露している仲とて。男を忘れた絶頂の仕方を唆されることは、遙を相手に未だ数少ない。ゆえに頬へ現れる赤らみは普段より、色濃いものだった。
    「大丈夫だよ。悪いようにはしない」
    寂しがり屋の身も心も、いまは私に預けなさい。
    平たい指の腹でいじられ続ける耳に、直接ぽそりぽそりと、粘る声を落とされ。吐息のささやかな風に耳孔の産毛がそよいで身震いを起こす。この人になら、すべて任せきってしまいたい。身体は雄弁に語るよう、知らず緊張していた肩から力が抜け出た。ふっと軽くなった心地は、口元へ寄せていた己の手指にかかる吐息を、熱く湿らせている。
    「どうされるのが好きか。教えてもらえるかな」
    期待は素直な形で現れていた。遙が何度か胸元を撫でて布地の薄さを感触で際立てると、僅かながら膨らみを持つのが胸の先。容易く興奮を煽られたもので、布地を押し上げて主張する。


    「優しくしてあげたいのだけれど……」
    このままの触り方で絶頂は難しいのかな。などと訊かれて、素直な返事が出来るほど淫猥な人間になれるものなら、この場限りでなってやろうか。
    もみくちゃになった頭で考える乱暴を、四月一日はすんでのところで押し留まる。口から漏れる息は湿りを帯びて熱く燃え、宵闇の暗さのなか、息を目に見える形で白々と吐き出し。
    「少し強い方がお好みかい?」
    「ぅ、あ……ぁ、ぁ」
    こくりとちいさく頷くだけで、涙が零れそうになった。嗜好を読み解かれるだけで頭の中ばかりか胸の内も滅茶苦茶にされ、見失った感情は涙の塩辛さとなって、瞳の縁に滲み始める。
    「強いのというと……こうかな」
    短い爪の先で、カリ、と引っ掛かれた乳頭はじんじん熱く。下腹へとその熱を送り出して、腹部が焼け落ちそうに思える。
    「んんッ、ぅ、ぅ……ァ」
    四月一日も遙の指の動きに併せるよう、板の間と、遙の腰辺りを締める帯布の表面を、それぞれ掻いて堪える。逃しようのない快楽が頭を打ち、ぱたぱたと鼻先を振ってみせて、それは遥を悦ばせるだけ。
    「痛い、かな? 摘ままれる方が好きかい?」
    「ち……が、ぁッ、く……ぅ、ぁ」
    返事が出来なかっただけなのに、遙はにこにこと、朗らかに目尻を落とす表情で親指と人さし指に力をこめだす。ぷくんと膨らんでいた乳頭を器用に摘まみ、ぎゅっぎゅっと力の強弱を繰り返された。
    「ぁッ……ん、ふ……ふ、ぅ、ぁ」
    強くされると薄い腰は僅かながら浮き上がり、緩められると解放感によって口から、吐息と声とが同時に漏れる。遙はどちらを好きだと受け取るか。どちらにせよ、ちかちか乱反射する悦の最中へ呼びつけられるだろうとは確信する。

    「そろそろ……楽にしてあげないとね」
    親指と人差し指の腹とに、乳頭の淡い色をぎゅう…と強く挟みこまれる。それでまず目の前が、さっと白い靄のかかる風景にすげ変わり。指の力加減が弛んだかと思うと、今度は色の変わった胸の先全体を含めて、ぎゅうと強い力をこめられた。
    「ぁ、ぁ……、ぁッ! い、ぁ、はる、か、さ……ッ、ん」
    彼の太腿の上にいることをすっかり忘れ、顎を天に突き上げて後頭部を肉に擦りつける。柔らかい反発を延々と感じていたいのは、本能的な欲求で。ずりずりと左右に頭を振って、遙の太腿にある柔さを楽しむ。その合間にも抑圧を受けていた快感は、爆ぜるまでの秒読みを始めた。
    「これが、好き、なんだね」
    「はる、はるかさ、はるか、さんッ、」
    名前を呼ぶ度、はいはい、と大人の男は含み笑いを零して指先の器用さを身体に直接教えてくれる。優しいのにきつい悦楽を産む動きが重なり、顎の先をこしょこしょ掻かれて、甘えは最大値に駆け昇る。
    「いいよ、四月一日君」
    「ァあッ……ァっ! ァッ! くっぅう……ん」

    鼻の奥に甘い香りを受け取る。それは遙がわざわざ背を曲げてまで、四月一日の鼻先に甘ったるい紫煙の後味が色濃く残る吐息を、たっぷりと投げたからで。それで四月一日の意識は宙ぶらりんの状態に打ち上げられた。
    足の指を強く丸めて踏ん張らないと、意識がどこまでも中空の彼方へ飛んで行ってしまいそうで怖い。やたらめったら、その辺りにあるものを掴まないと恐ろしい。その焦りは細い手先の、小刻みな震えにありありと。重い怠さを味わっている手を、精一杯の気力で伸ばして遙の腰元やら、膝頭の布地を、曲げた手指の先に引っ掛けた。すがる場所が出来ただけで、全身に流れる血の速度を知って怯えていた震えがすこし、ほんのすこしだけ大人しくなる。
    「これ以上は……やりすぎ、になるだろうね」
    「ん、」
    頭の天辺から顎へ、そして胸元に落ちた手が、ひくひくと震えがちな身体全体を撫でつけていく。胸から腹にかけてを何度も何度も。ことさら時間をかけて撫で下ろされると、絶頂にざわめいていた心が落ち着きを促された。身体はまだざわざわ小波をたてて、男の手をもっともっとと求める。我儘になって良いと言われたばかりでは、こうなってしまって仕方ない。
    「は、はる……はるか、さん」
    「大丈夫。起きたら帰って来てるから、前での気持ちいいことは、あの子に頼みなさい」
    前も触ってほしいと疼く心地を、夢の中の男から現実の男の手指へ斡旋されるとは、なんたる辱め。快楽で充たされた沼地のなか、首を左右に動かすのさえ億劫で、遙へ文句を言うのは難しい。
    浄土に近しい場所へ辿り着いた意識が、さらに凪ぐようにと。どこぞより取り出された煙草の火が燃え、煙を吹き付けられる。甘く香ばしい匂いに全身を包まれる。
    「もうそろそろ起きなさい。夢で得られるまがい物の悦に浸るのは、このへんでおしまいだ」
    触れたのは手指ひとつでありながらにして、全身くまなく愛にくるんでもらえた気分にどっぷり浸る。次に目を開けた時には現実だろう。
    寂しさを丁寧に揺らしあやされたのは、身体と意識の両方。寝覚めの良さを確信しつつ、そして男の指示通り自分は、客とも家族とも違う存在に、また寂しさを埋めてもらうだろうと。未来の悦を想って喉を鳴らした。
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