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    kumo72783924

    @kumo72783924
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    kumo72783924

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    「僕」目線。「俺」は独白調なのに対し、「僕」は『君』へ語りかけるスタイルにしてみた。

    月曜の朝は、いつも少し気が重い。これから退屈な一週間が始まるのかという思いと、また君に触れられなかったという後悔でいっぱいだからだろう。週末には狭い位だったこのベッドも、君が居ないと広く感じられて仕方がない。わざと大きく伸びをして、やっとのことで身体を引きずり出す。
    『すごいな。ヘッドハンティングってやつか』
     そう言って煙草に火を着ける横顔に、動揺の色を探してしまう自分が居た。一言でいい。行くなと言って欲しかった。君には僕が必要だと言って欲しかった。ただそれだけだったんだ。
     君が僕という人間を認識するずっと前から、僕は君を見ていた。艶のある黒髪の短髪に、切れ長な奥二重の目。その目がこちらに向くことを願うようになったのは、いつからだろう。
     君はいつも煙草の香りをまとっている。出会ったばかりの頃は、かなり年季の入った孤独と疲労の香りも一緒に。不器用な人なのかと思っていたけど、それは僕の思い違いだったみたいだ。仕事は滞りなく進めていたし、むしろ他人の分までこなす勢いだった。これは僕の憶測だけど、そうやって自分のキャパシティを意図的に埋めて行き、他者が入る空間を空けないようにしていたんじゃないだろうか。余程孤独を愛しているのか、孤独を恐れるあまり孤独を求めてしまうのか、それは今でも分からない。いずれにせよ、僕が君と並んで歩けるようになるのは難しいと思っていたから、あの忘年会の夜は、僕にとっては冗談抜きで奇跡だったんだよ。
     君が居ない朝は、コーヒーを入れる気にもならない。二人分のコーヒーカップが並んでいるのを目にしただけで、ため息が出る位だ。この部屋に残る濃密な君の余韻に頭がクラクラして、僕は君に受け入れてもらうことで安心を手にしているのだと思い知る。それは多分愛とは違う。エゴとか、依存とか、そういう類のものだろう。それでも僕は、君を手放したくない。
     はじめは、純粋に心配だったから。どう見ても健康な食生活を送っているようには見えなかったから、君に食べてもらおうと思って料理をした。君は美味しいと言って食べてくれた。それがやがて麻薬のように作用して、いつしか僕自身の安心のための儀式になって行った。君の孤独の邪魔をするまいという気持ちと、もっと君に近づきたいという欲求、そして自分の存在を認めてもらいたいというわがままがせめぎ合う中、毎日、毎週、君を引き止めようと必死だった。そんな僕が君からの『行くな』という一言を求めてしまうのは、とても自然なこと……いや、違うな。僕は君に一緒に来てくれと言う勇気が無かっただけだ。
     一体いつからこんなに女々しくなったんだろう。情けない顔を映した鏡と向き合いながら、髭を剃り、髪をセットする。オフィシャルな笑顔がそこにプラスされれば、身支度は完了だ。
     人混みの中を押し流されるようにして駅へとたどり着き、満員電車に揺られて仕事へ向かう。こうやってたくさんの人間の中に埋もれている間は、自分という【個】を感じずに済むから、幾らか気持ちが楽だった。
     この国では、集団の中でひとたび【異端】と判断されれば、すなわちそれは攻撃の対象となることを意味する。異端の定義は様々で、身体的特徴や持ち物、主義思想、好み、果ては家族構成や親の経済状況まで。僕みたいな混血は誰にでもわかる異端だから、からかいや嫌がらせを受けるのには慣れていたけど、あくまでも慣れるだけでダメージが減るわけじゃない。うまく立ち回るのも無視を決め込むのにも疲れて、子供の頃は自分の生まれを恨んだりもした。けれど、自分を異端だと認めることで周りがよく見えるようになったし、異端であることで君に見つけてもらえたんだから、そこは感謝しないといけないね。
     君と過ごしてきた二年間が、僕をどんどん欲張りにさせた。君に触れたことのある女性が居るという事実に嫉妬して気が狂いそうになっているのを、君は知らないだろう。身体に触れるかどうかなんて些細なことだ。そんなことは分かってる。それでも僕は確証が欲しい。自分は爪弾きにされるような異端ではなく、誰かに受け入れてもらえる人間だという確証が欲しい。そんなつまらない自己実現に君を利用しているなんて、本当に馬鹿だと思う。でも仕方ないじゃないか。僕を受け入れるのは君じゃなきゃ意味が無いんだよ。
     電車がカーブに差し掛かり、急な揺れでバランスを崩しそうになるのをぐっと堪える。ふと見たドアのガラスに映っていたのは、自分の欲に飲み込まれた憐れな男の顔だった。
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    kumo72783924

    PROGRESS魁のパート。ビール飲んでる。
    流心〜ドイツ編〜魁1
     十一月のドイツは想像以上に寒く、訝しがりながら持ってきたダウンが大活躍だった。見るもの全てが痛いほど新鮮に映る中、隣で穏やかに微笑む恋人が旅の緊張を解してくれる。距離も時差も超えて、こうして二人並んで歩くだけでも、思い切ってここまで来て良かったと思うには十分だった。
     ターミナル駅からほど近いその店は、入口の様子からは想像出来ないほどに中は広く、何人もの客が酒とおしゃべりに興じていた。柱や梁は艶のあるダークブラウンで、木製のテーブルや椅子が落ち着いた雰囲気を醸し出している。ぐるりと店内を見渡したときに目を引くのは、なんと言っても大きなビール樽だろう。その樽から直接ビールが注がれたグラスをびっしりと乗せて、店員がお盆を手に店内を動き回っている。その様子に目を奪われていると、店員の一人から“ハロー”と声をかけられた。こちらもひとまず“ハロー”と返すと、何か質問を投げかけられたようだったが、生憎俺は返す言葉を持ち合わせていない。助けを求める間もなく楓吾が最初の注文を済ませ、席に着くなりビールが二つ運ばれてくると、ドイツに来て初めての食事が始まろうとしていた。ふと向かいに目をやれば、赤銅色に染まるグラスの向こうで楓吾が再び店員と何やら話している。ガヤガヤと騒がしい店内で異国の言葉を話す恋人は、まるで別人のようだ。ひょっとして、話す言語によって人格も多少は変わるのだろうか。俺の知らない楓吾の一面があるのだろうか……そんなことを考えながら二人のやり取りをぼんやり眺めていると、楓吾がこちらに向き直って言った。
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    kumo72783924

    PROGRESS前回の続き。少し手直し。流心ドイツ編のプロローグ的な位置づけ。ちなみに楓吾はじいちゃんがドイツ人、ばあちゃんが日本人のクォーターという設定です。
    流心〜ドイツ編〜楓吾1
     川岸に立つ電波塔のライトは、午後六時を示している。塔の側面に灯る明かりが十進法時計になっていて、辺りが暗くなると、小さな光の明滅でさりげなく時刻を教えてくれるのだ。雄大な川の流れを眺めていると時間が経つのを忘れてしまいそうになるけど、ここは基本的に東京よりも気温が低いので、十一月ともなれば上着が無いとかなり寒い。隣に座る魁は、僕のアドバイス通りに持ち込んだダウンジャケットを羽織っている。長旅で疲れていないかと尋ねたら、ずっと座りっぱなしだったからむしろ少し歩きたいと言うので二人で散歩に出ることにした。久しぶりに会う恋人は、少し痩せたようにも見える。だけどそれはやつれたというわけではなく、引き締まったと言った方が良いだろう。僕がドイツに来て以来、いくらメッセージやビデオ通話でコミュニケーションを取ってきたとしても、こうやって直接会って触れられる喜びは何にも替えられない。空港で挨拶代わりのハグをしただけではどうしても我慢出来なくて、駐車場で車に乗り込んですぐ、一度だけキスをした。
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    kumo72783924

    PROGRESS流心の続編。書き出しは今のところこんな感じ。遠距離恋愛になった二人がドイツで再会してなんやかんやある話。一応デュッセルドルフをモデルに考えています。
    流心〜ドイツ編〜楓吾1
     川岸に立つ電波塔のライトは、午後六時を示している。塔の側面に灯る明かりが十進法時計になっていて、辺りが暗くなると小さな光の明滅でさりげなく時刻を教えてくれるのだ。雄大な川の流れを眺めていると時間が経つのを忘れてしまいそうになるけど、ここは基本的に東京よりも気温が低いので、十一月ともなれば上着が無いとかなり寒い。隣に座る魁は、僕のアドバイス通りに持ち込んだダウンジャケットを羽織っている。長時間のフライトで疲れていないかと尋ねたら、ずっと座りっぱなしだったからむしろ少し歩きたいと言うので二人で散歩に出た。久しぶりに会う恋人は、少し痩せたようにも見える。だけどそれはやつれたというわけではなく、引き締まったと言った方が良いだろう。僕がドイツに来て以来、いくらメッセージやビデオ通話でコミュニケーションを取ってきたとしても、こうやって直接会って触れられる喜びは何にも替えられない。空港で挨拶代わりのハグをしただけではどうしても我慢出来なくて、駐車場で車に乗り込んですぐ、一度だけキスをした。
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