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    kumo72783924

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    kumo72783924

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    つづき。キャラの名前を考えてみたんだけど、どのタイミングで出そうか迷い中。

    仕事で君の職場に行くのは、いつも決まって水曜日だった。だけど今週は行っていない。先週も行かなかった。別件で時間をとられているという事情もあるけど、ドイツ行きの話をして以来メッセージのやりとりすらしていない恋人の顔を見るのが怖いというのが本音だった。君は真面目だから、何事も無かったような態度で僕に接するなんて出来ないんだろう。いつもそうだよね。僕たちが険悪な雰囲気になったとき――それらは本当に些細なことが原因だったけど――曖昧な笑顔で誤魔化して形ばかりの仲直りを仕立て上げるのは、僕の方だった。
     だけど今回は少し話が大きすぎる。もっと慎重になるべきだった。僕は心のどこかで君を試そうとしていたのかもしれない。自分の欲の深さと浅はかさを痛感することになるとも知らずに。
    『最近仕事は忙しいの?』
    『久しぶりに食事でもどう?』
    『行ってみたいバーがあるんだけど、付き合ってくれない?』
     言い訳じみた言葉を打ち込んでは消してを繰り返し、もう30分は経っただろうか。ランチの後のコーヒーはすっかり冷め、一番伝えたい言葉を吐き出せないまま昼休みは過ぎて行った。会いたい。声が聞きたい。たったそれだけを伝えるのにこんなに臆病になるなんて、今時中学生だってもっと器用に恋愛してるんじゃないだろうか。
     こういうとき、仕事が忙しいのは有り難い。返信しなければならないメールや電話のことに意識を向けて、僕はやっと重い腰を上げた。
     恐らく僕は、周りから器用な人間だと思われている。たしかに、マイナスな感情をいたずらに表に出さないように心がけているところはあるけど、実際は違う。器用で余裕のある人間だと周りに思い込ませるのが上手いだけだ。こう言ってしまうと、なんだか自分が詐欺師みたいに思えてくる。気分の良いものでなくとも、あながち間違いでもない。
     君は僕のペテンを見抜いている。見抜いた上で何も言ってこない。君の優しさは、そういう残酷な形をしている。
     その日やらなければならないことと、明日までにやらなければならないことの三割を終わらせて会社を出たのは、終業時間を一時間程過ぎてからだった。思いの外早く家に着きそうなので、何かゆっくり料理をしようと考えながら信号待ちをしていたとき、向かいの角にあるコンビニの前で、見慣れた仕草で煙草を手にする人影が目にとまった。
     ああ、やっと会えた。
     真っ先に思ったのは、それだけだった。
    (どうしてここに居るんだろう)
    (会いに来てくれたのかな)
    (もしかしたら怒ってるのかもしれない)
    (何て声をかければいい?)
     信号が青に変わる直前、目まぐるしく変わる気持ちに翻弄されて一歩も動けなくなっている僕を、君の目がとらえた。白い煙を吐き出した唇が、ゆっくりとその両端を上げる。僕の恋人は、こんなにきれいな顔をしていただろうか。コンビニの照明を背負ったその姿は、神々しい程に美しかった。
     人の波に押し流されるようにして歩く。それでも僕は、迷わず君の方へと足を進めて行った。
    「お疲れ。お前ひどい顔してるぞ。寝てないのか?」
     ほんの少し気まずそうなぎこちない笑顔が、目の前にある。そうだよ。君のその薄い唇に触れないと、僕は上手く眠ることも出来ないんだ。そんなことは言えるはずもなく、そうだね、と言って肩をすくめるのが精一杯だった。
    「腹減った。何か食わしてくれよ」
    「今から?急過ぎない?」
    「いいだろ、たまにはこういうのも」
     こんなふうに君のペースに巻き込まれるなんて、なんだか変な感じがする。それが決して嫌ではないのは、自分が必要とされている、求められていると実感出来るからだ。ズルい。本当にズルい。君が与える安易な優しさで、僕はめちゃくちゃになってしまうというのに。
    「あ、悪い。ちょっと買うものがある」
    「なに?」
    「着替え、無いから」
     以前にも同じ会話をしたのを覚えている。君は、何かをやり直そうとしているの?あのとき始まったものを、終わらせようとしているの?薄黒い不安が足元に絡みついて、地面が歪む。まるで別人のように見える恋人の背中を追いかけて、僕は自動ドアの間をすり抜けた。
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    kumo72783924

    PROGRESS魁のパート。ビール飲んでる。
    流心〜ドイツ編〜魁1
     十一月のドイツは想像以上に寒く、訝しがりながら持ってきたダウンが大活躍だった。見るもの全てが痛いほど新鮮に映る中、隣で穏やかに微笑む恋人が旅の緊張を解してくれる。距離も時差も超えて、こうして二人並んで歩くだけでも、思い切ってここまで来て良かったと思うには十分だった。
     ターミナル駅からほど近いその店は、入口の様子からは想像出来ないほどに中は広く、何人もの客が酒とおしゃべりに興じていた。柱や梁は艶のあるダークブラウンで、木製のテーブルや椅子が落ち着いた雰囲気を醸し出している。ぐるりと店内を見渡したときに目を引くのは、なんと言っても大きなビール樽だろう。その樽から直接ビールが注がれたグラスをびっしりと乗せて、店員がお盆を手に店内を動き回っている。その様子に目を奪われていると、店員の一人から“ハロー”と声をかけられた。こちらもひとまず“ハロー”と返すと、何か質問を投げかけられたようだったが、生憎俺は返す言葉を持ち合わせていない。助けを求める間もなく楓吾が最初の注文を済ませ、席に着くなりビールが二つ運ばれてくると、ドイツに来て初めての食事が始まろうとしていた。ふと向かいに目をやれば、赤銅色に染まるグラスの向こうで楓吾が再び店員と何やら話している。ガヤガヤと騒がしい店内で異国の言葉を話す恋人は、まるで別人のようだ。ひょっとして、話す言語によって人格も多少は変わるのだろうか。俺の知らない楓吾の一面があるのだろうか……そんなことを考えながら二人のやり取りをぼんやり眺めていると、楓吾がこちらに向き直って言った。
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    kumo72783924

    PROGRESS前回の続き。少し手直し。流心ドイツ編のプロローグ的な位置づけ。ちなみに楓吾はじいちゃんがドイツ人、ばあちゃんが日本人のクォーターという設定です。
    流心〜ドイツ編〜楓吾1
     川岸に立つ電波塔のライトは、午後六時を示している。塔の側面に灯る明かりが十進法時計になっていて、辺りが暗くなると、小さな光の明滅でさりげなく時刻を教えてくれるのだ。雄大な川の流れを眺めていると時間が経つのを忘れてしまいそうになるけど、ここは基本的に東京よりも気温が低いので、十一月ともなれば上着が無いとかなり寒い。隣に座る魁は、僕のアドバイス通りに持ち込んだダウンジャケットを羽織っている。長旅で疲れていないかと尋ねたら、ずっと座りっぱなしだったからむしろ少し歩きたいと言うので二人で散歩に出ることにした。久しぶりに会う恋人は、少し痩せたようにも見える。だけどそれはやつれたというわけではなく、引き締まったと言った方が良いだろう。僕がドイツに来て以来、いくらメッセージやビデオ通話でコミュニケーションを取ってきたとしても、こうやって直接会って触れられる喜びは何にも替えられない。空港で挨拶代わりのハグをしただけではどうしても我慢出来なくて、駐車場で車に乗り込んですぐ、一度だけキスをした。
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    kumo72783924

    PROGRESS流心の続編。書き出しは今のところこんな感じ。遠距離恋愛になった二人がドイツで再会してなんやかんやある話。一応デュッセルドルフをモデルに考えています。
    流心〜ドイツ編〜楓吾1
     川岸に立つ電波塔のライトは、午後六時を示している。塔の側面に灯る明かりが十進法時計になっていて、辺りが暗くなると小さな光の明滅でさりげなく時刻を教えてくれるのだ。雄大な川の流れを眺めていると時間が経つのを忘れてしまいそうになるけど、ここは基本的に東京よりも気温が低いので、十一月ともなれば上着が無いとかなり寒い。隣に座る魁は、僕のアドバイス通りに持ち込んだダウンジャケットを羽織っている。長時間のフライトで疲れていないかと尋ねたら、ずっと座りっぱなしだったからむしろ少し歩きたいと言うので二人で散歩に出た。久しぶりに会う恋人は、少し痩せたようにも見える。だけどそれはやつれたというわけではなく、引き締まったと言った方が良いだろう。僕がドイツに来て以来、いくらメッセージやビデオ通話でコミュニケーションを取ってきたとしても、こうやって直接会って触れられる喜びは何にも替えられない。空港で挨拶代わりのハグをしただけではどうしても我慢出来なくて、駐車場で車に乗り込んですぐ、一度だけキスをした。
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