This is my rifle. マテオ・バウティスタ二等ライフルマンは、タイタンが嫌いだ。
もちろん、その能力や有用性にケチをつける気はないし、頼れる仲間だという認識は揺るがない。ただ、個人的な理由で嫌っているのだ。
バウティスタの家族はほとんどが軍関係者だ。かつてはいち開拓民であったが、タイタン戦争勃発を期に戦場に立ち、続くフロンティア戦争でもIMCと戦い続けている。尊敬する祖父はタイタンのパイロットとして戦死し、母は厨房で、そのパートナーは医療部門でミリシアへ貢献し続けている。年若い弟もまた、訓練所でしごきを受けている最中だ。それも、パイロットを目指して。
タイタンはパイロットを得てこそ、戦場でその真価を発揮する。味方であれば士気を上げ、敵となれば恐怖の対象と化す。戦局を変える、デウスエクスマキナにも匹敵する力の象徴。
しかし、この戦争はタイタンのものではない。大きな力に抗い自由を求める、フロンティアに生きる人々のものなのだ――というのは、かつて教示を受けた教官の受け売りなのだが。
いずれにせよバウティスタがタイタンの存在を心から歓迎できないのは、彼の正義感にも近い矜持と反発に由来している。幼いころから軍や戦争に携わってきたからこそ、身に染みて実感していた。戦争はヒトのものだ。例えどれほど機械頼りの戦場になろうと、いつだって被害を被るのはそこに生きる民草である。故に、タイタンが嫌いなのだ。『嫌い』と表現してしまうと語弊があるが、少なくとも手放しに好きだとは言えない。
今回の任務、IMCの軍事拠点の制圧任務においても、タイタンの活躍が勝敗を分けた。ミリシア軍の中でも数少ないバンガード級が配備された部隊、特殊偵察中隊・特攻兵団が参戦し、歩兵たちの進路を切り開いた。
その戦う機械たちも今は、惑星ゲーラスの青白い空の下、帰投準備を行う輸送艦のそばで作業を手伝っている。それを眺めながら、ミリシア軍第41ライフル大隊D‐3小隊に所属するカマタ一等ライフルマンが呟いた。
「バンガード、やっぱりかっこいいよなあ」
バウティスタはカマタの隣にいたが、手元に集中したまま生返事をするのみだった。戦闘中に故障してしまった自動タレットを修理するのに忙しかったからだ。
小隊を率いる軍曹のマコードがうなずいて言った。「ああ。あいつらがいなきゃ撤退もやむ無しだったからな。やっぱり頼りになるぜ。そういやブリッグス司令官の相棒、久々に見たな。ブロードソード以来か」
「おそらく。司令官自らが前線に立つのってそうあることじゃないし」
「MOBですよね!」と目を輝かせたのはウェーバー三等ライフルマンだ。「あの赤い機体、戦場映えするって言ったら怒られそうだけど、ブリッグス司令官に似合ってます」
「目立つのは強者に許された証ってやつか」
「そうそう。やっぱり安心感が違いますよ!」
「あとO2も、援護射撃ほんと良いタイミングだった。パイロットは、まあ、アレだけど」
「あいつ、またパイロット・ヨストに叱られてたぞ。腕は悪くないんだけどなあ。あ、ジョークじゃなくて」
「パイロット・ヨストも相当ですけどね。ティックを蹴っ飛ばしてましたもん」
「無茶しやがるぜ。まあ、パイロット連中はちょっと……お、噂をすれば」
ライフルマンの輪へ大きな影が近づいてきた。オリーブドラブのシャーシに、オレンジと白のラインが映えるバンガード級タイタン。その肩には木箱を抱えた赤いパイロットスーツ姿の男。ライフルマンたちは気さくに手を掲げた。
「よう、クーパー!」
「お疲れ様です、パイロット!」
パイロット・クーパーは愛機からとびおりると、朗らかな笑みを浮かべて敬礼を返した。
「グッドファイト! 迅速な指揮に感謝します、マコード軍曹」
「よせよクーパー、お互い様だ」
「BTもありがとな! ローニンをぶん殴って地面に叩きつけてるところ、マジですごかった」とカマタ。
《パイロットが敵機を効果的に誘導したからです。私はその隙を突いたに過ぎません》
BT‐7274の光るモノアイが、照れくさそうにはにかむパイロットへと向けられる。BTはなにかにつけてパイロットを持ち上げるのだが、それを知るライフルマンたちはからかうような笑みを浮かべた。
クーパーも以前はライフルマンで、バウティスタたちと同じ部隊に所属していた。先の『タイフォンの戦い』と呼ばれる大規模作戦のさなか、やむを得ない状況から急きょBTのパイロットを務め、最終的に英雄と呼ばれるまでに至っている。
ライフルマンと精鋭部隊のパイロット。世間的な立場としてはずいぶんと遠い存在になってしまったが、元同僚であること、そしてクーパーの鼻にかけない人柄もあって、今でも親しい間柄を保っている。
「作業、まだ時間がかかりそうでさ。これ、よかったら」
クーパーは相棒に合図して、木箱の蓋を開けさせた。緩衝材に包まれたレーションパックを見て、マコードたちの表情がぱっと華やいだ。
「Cパックじゃないか! いつもすぐ無くなっちまうのに、よく残ってたな」
「物資入れ替えしてて見つけたんだ。よかったら食べてくれ」
「じゃあ遠慮なく」
「クーパー、あなたもどうです?」
「ありがとう。でも先に済ませてきたところなんだ。修理ドックの順番待ちをしてるんだけど、まだ」と言ったところで、デバイスから呼び出し音が鳴った。「司令官からだ。ちょっと行ってくる。BTを置いていってもいいかな?」
「ああ、もちろん」
クーパーはBTの脚部を軽く叩き、「すぐ戻るから」と言い残して走り去った。遠ざかるパイロットの後ろ姿を、BTはサブカメラでじっと追っていた。
ライフルマンたちは各々慣れた様子で食事の支度を始めた。小鍋に水を汲み、BTが叩き潰した木箱を焚き火用に積み上げる。ウェーバーがライターを探してポケットやポーチを叩いていると、BTが手首を突き出し、添え付けの火炎放射器で火をつけた。ウェーバーの目が焚火の炎以上にきらきらと輝く。
「くぅ~! やっぱかっこいいですね、バンガード! こんなこともできちゃうなんて」
《それは違います、ウェーバー三等ライフルマン》とBT。《私に対する形容詞は『かっこいい』ではなく、『かわいい』です》
一同はぽかんとタイタンを見上げた。その微妙な沈黙を取り繕おうとしたのか、何か勘違いでもしたのか、BTは懇切丁寧に解説を始めた。
《〝かわいい〟という形容詞は、一般的に小型生物もしくは幼体、あるいはデフォルメ化されたデザインなどを対象として用いられるということは理解しています。しかしながら私のパイロットによると、『ほら、象とかキリンとか、デカいけどかわいいと思うし……っていうのはちょっと違うか。そりゃあきみがめちゃくちゃ強いのは知ってるけど、それだけじゃなくてさ。俺がもたれかかってるときに動かないところとか、まばたきとか、ときどき面白い返しをしてきたり……まあ色々、そういうところを知ってるから』》とクーパーの照れたような声が再生された。
《〝かわいい〟とする評価基準は対象および観察者により異なります。当機にその判別は困難であるため、パイロットによる基準を優先します》
以上、とばかりに相変わらずの無表情で締めくくる。一方の人間たちは、プライベートな会話を立ち聞きしたような居心地の悪さに食事の手を止め、互いに視線を投げ合った。
「……いや、それは、そうかもしれんが。やっぱり俺からすると、『デカい・強い・カッコいい』って三拍子のが先に来ちゃうんだよなあ」
「僕、ちょっとわかるかも」
「ウェーバー、お前もか」
「何となくですけど。少なくとも俺たちから見るタイタンと、パイロットから見るタイタンって、やっぱりちょっと違うんじゃないですかね」
「こういうのは連中をよく知るやつにきくべきだ。なあオナガ!」
マコードが声をかけたのは、たまたま近くを通りがかった特技兵のオナガ。彼はSRSの専属整備士の一人だ。
振り返ったオナガは、半ば睨みつけるような目つきでウェーバーたちを見やった。眉間のしわと目元のくまが疲労と不機嫌を露わにしている。その傍らには、胸部モニターに困り顔のマークを表示したMRVNが控えている。
「何です? 申し訳ありませんが、手短にお願いできますか」
丁寧な言葉遣いとは裏腹に、声は表情と同様の苛立ちを滲ませている。ひるんだマコードに代わり、恐れ知らずのウェーバーがニコニコして問うた。
「あの、バンガードってどう思います? やっぱりかっこ――」
「かわいいに決まってるでしょう!」とオナガは勢いよく言い返した。「かわいくなきゃ三徹なんてしませんよ。もちろん他のモデルだって十分に魅力的ですが、個人的にバンガードのシアキットについては群を抜いていると思ってます。実用性と機能性を兼ね備えた素晴らしいデザインですよ。あのまばたきと言ったら! もちろん外観だけでなく中身にも着目すべきですね。複雑かつ高度な思考を得つつもパイロット以外は歯牙にもかけないところとか実に素直で最高です。他にも上げ連ねたいところですが今は立て込んでるんでもういいですか?」
凶悪な剣幕のまま捲し立てられ、ライフルマンたちは「すみません」「なんかごめん」「引き留めて悪かったな」と口々に謝罪した。
オナガはBTを見上げ、幾分表情を和らげた。「BT、悪いがまだ前の修理で時間がかかる。9号も手が空き次第向かわせるから」
《了解》
「では失礼します。7号、こっちの換装部品はどうなってる? 到着が――」
オナガとMRVNが充分に遠ざかると、マコードが首をすくめて言った。
「ああいう奴だっけ?」
《オナガ特技兵はこの三日間ほぼ不眠不休で対応にあたっています。加えて次の任務までに補給と修理を間に合わせねばならないため、気が立っているのでしょう》とBT。
「さすがSRS、暇なしだな。それにしたって、聞く相手を間違えた」
マコードの言葉に部下二名が深く頷く。そうしたところで湯が沸き、温まったミールキットを各々が分け合った。
「なあバウティスタ、おまえはどう思う?」とカマタ。
「何が?」
「タイタンだよ! バンガード!」
「……別に」
バウティスタは素っ気なく言い、スプーンを咥えたままタレット内部の導線を繋ぎなおした。携帯用タブレットからセーフモードで起動し、システムチェックを行う。
「何だよ別にって。あ、かわいいって思ってるなら大丈夫、おまえだけじゃないぞ!」
やっと、バウティスタはBTを見上げた。頭上を覆うほどの巨躯と光るモノアイ。その手は身の丈に見合った巨大な重火器を握り、足はヒトなど容易く血の染みに変えてしまう。
「デカくて強いってのは同意する。かっこいいとか、かわいいとかはわからん。そういう感覚を言うなら、俺は『怖い』だね」
「怖い?」
「そりゃあ僕も、敵だったら相手にしたくはないなって思います。でも身内ならそうでもないんじゃありません?」
「身内なら、か」
バウティスタは小さく肩をすくめ、足元のタレットを見下ろした。四脚の相棒は脚部を折って砲塔を下に向け、力なく項垂れているようにも見える。つい先ほどまでは狂ったように歩き回り、グルグルとバレルを振り回していたというのに。戦闘中、敵の攻撃により索敵センサーが動作不良を起こしたために、敵味方の区別すらままならなかったのだ。弾切れだったからよかったものの、あるいは味方に被害が出ていたかもしれない。
皮肉だよな、とバウティスタは思った。自身は兵士としては体力も射撃も月並みかそれ以下。だというのに、機械工学とは相性が良かった。自動タレットの制御を任されているのもそれが理由だ。タイタンを嫌っていながら、戦場では機械無くしては役に立たないなんて。
「俺たちに武器は不可欠だ。『我がライフル、我が親友、我が命』。それがパイロットにとってのタイタンだってのはわかるよ」
そう述べつつ、タレットの再起動を行う。タレットは息を吹き返したようにびくりと震え、立ち上がって銃身をもたげた。動作に問題はないようで、周辺状況を確認したのちにアイドリングモードへ移行する。
背後の物音にバウティスタが振り返ると、BTがじりじりと後方へ後ずさっていた。当人にしては静かにやっているつもりなのかもしれないが、大きさと重さゆえにどうしたって隠しきれていない。
「いや、BT、お前が怖いって話しじゃなくて、俺が言いたいのは、つまり……」言葉を見失い、バウティスタは大きくため息をついた。「ヒトが、兵器に必要以上に情を入れ込むのはお互いによくないって思ってるって意味で……」
《バウティスタ二等ライフルマン。あなたの考えは間違っていません》
バウティスタは再びBTを見上げた。光るモノアイがレンズを微調整しながら、注意深くこちらを見下ろしている。
《パイロットとの関係性が戦闘効率評価に影響していることは事実です。しかしあなたの言うとおり、我々タイタンは兵器です。道具であるという認識、および危険性への理解を欠いては、ときに任務執行への妨げとなる状況もあり得るでしょう》
「あの、うん、だよな」
《しかし、マテオ・バウティスタ二等ライフルマン、あなたの勤務状況を確認したところ、機械工学に関するスキルは高く、また勤務時間外においても担当タレットの整備・改良に費やしています。過去の経歴を見ると、ニューラルリンク適性がなかったこともあり、パイロットの道を断念せざるを得なかったようですね》
「え」
《あなたの考えや能力を鑑みるに、返ってそうした経緯がその後の活躍によい影響を――」
「ちょ、違う違う! 俺はそんな――おい、お前らも何だよその顔!」
仲間たちからの同情のこもった視線に、バウティスタは思わず立ち上がっていた。そこで膝のあたりにコツリと固いものが当たる感触を覚え、足元を見下ろす。タレットがアクティブモードに切り替わっていて、バウティスタの背後を、正確には、BTへ銃口を向けていた。当然ながらBTを敵と認識できないため、困ったようにバレルを小刻みに揺らしている。
バウティスタのタレットは、ニューラルリンクほど正確ではないものの、使用者の動作に応じてモードの切り替えをできるよう改造されている。直接的な命令や入力を行わずとも活動できるようにするためだ。そしてその改造を施したのは、他ならぬバウティスタ自身だった。
バウティスタはタレットに「スタンバイ」と言ってモードを切り替えさせた。タレットは再び脚部を折り、バウティスタの足元へ落ち着く。
「何のかんの言って、おまえ、そいつのことすごくかわいがってるよな」とマコード。
「そりゃあ、大事なのは当たり前でしょう。俺ら歩兵にとって重要な火力だし、俺の仕事でもあるんだから」
「にしたって、メシそっちのけで作業するほどってのはなあ」
「普段だってちょこちょこいじったり、ピカピカに磨き上げたりしてさ。俺らよりもタレ子のほうがかわいい、そうなんだろ!」
大げさに嘆くカマタに、仲間たちは「タレ子はちょっと」「センスねえな」と呆れた様子だ。タレットはそんなライフルマンたちに構うことなく、微かな駆動音を立てながら周囲を警戒している。
不意にBTが立ち上がった。モノアイが駆け戻ってくるクーパーの姿をしかと捉えている。
「待たせたな、BT。いい子にしてたか?」
《はい。ライフルマンと相互理解を深める良い機会を得ました》
「へえ、それは何よりだ」
「クーパー」とバウティスタ。「BTのこと、大事か?」
クーパーはきょとんして瞬いた。「え、そりゃあもちろん。相棒だし、頼りになるし。ときどき抜けてることもあるけど、そういうところがまた意外っていうか、一緒にいて楽しいっていうか」
「いや、うん、わかったよ。BT、かわいいもんな」
《はい。私はかわいいです》
「え、なに、これどういう状況? BT、きみまた余計なこと言ったんじゃないだろうな」とクーパーは相棒のシアキットを両手で挟んだ。そこでシアキットの下部にべっとりとついた汚れを見て取り、うわ、と声を上げた。「これ血か? こんなところにまでついてたなんて」
《四二分前に敵パイロットを排除したときの……クーパー、あなたの袖が汚れます》
クーパーは袖口でどうにか汚れを拭き取ろうとしている。だが一向に取れる気配がない。それどころか見れば見るほど、機体のあちこちが返り血はもちろん泥や煤その他で汚れていることに気づく。
「時間が経っちゃうと落とすの大変なんだよな。順番が回ってくるまでまだかかりそうだし、先に洗っておきたいところだけど」
パイロットの言葉にBTのコアが輝きを増す。ウェーバーが思いついた様子で声を上げた。
「さっき戦車隊の連中がホースを出してるのを見かけましたよ。借りられるかもしれません」
「そうか! ありがとうウェーバー、行ってみるよ。おいでBT」
《了解》
BTは立ち上がり、パイロットを拾い上げて歩き去った。その足取りは誰が見ても軽やかだ。
「なんか、犬っぽいよな」とマコード。
「ああ。かわいいっての、わかる気が……いや、俺はまだ、カッコいい派で……」とカマタ。
「かわいいですよ! 認めちゃいましょうカマタ一等ライフルマン!」とウェーバーがカマタの肩を掴む。
まだごちゃごちゃと続ける仲間たちをよそに、バウティスタは足元の相棒を見やった。その頂部に手をやり、砂埃を払うようになでる。
「俺、やっぱりタイタンなんか嫌いだ」
タレットは使用者を見上げ、その機微を読み取ろうとするかのようにカメラレンズの絞りを動かした。
その後、マコード率いる小隊の自動タレットには〝ボニータ〟というあだ名がつけられた。ボニータは任務中に破壊され代替わりすることもあったが、他のタレットと比較して、その頻度は少なかったという。