「ずっと待ってるから」君の優しい言葉に頷いてから3年が経ってしまった。
「緑谷」
「轟くん!今日もお疲れ様!待たせてごめんね」
「いや、待ってねぇ」
時刻は夜7時。仕事終わりの街に、僕らは同じ方向へ歩き始めた。
「お酒飲むの久々だね」
「最近居酒屋なんて行ってなかったからな」
残業ばかりというか、思い通りの時間にはなかなか終われないヒーロー業。
久々に早めに上がった今日は、元1-Aのみんなとの飲み会の予定だ。
同じように行き交う人たちも、仕事終わりなのだろう。
顔に疲れを滲ませながらも、どこか解放感に溢れている。
この辺りは飲み屋も多いから、きっとどこかの店に吸い込まれていくのだろう。
「わりぃ、緑谷。遠回りしていいか」
轟くんが焦る声を出す時は、だいたいいつものアレだ。
「うん、大丈夫だよ」
そう言うとすぐに腕を掴まれ、右に直角に引っ張られた。
「えーっ!見失ったよー」
「マジでショートだったの?見間違いじゃない?」
「間違いないって!あの漏れ出るイケメンオーラは本物だって!」
背中から若い女の人たちの声が聞こえてきて、やっぱりと思った。
「わりぃ、もう大丈夫だと思うから」
「うん、ありがとうね」
「なんでお前がお礼言うんだ」
「僕を巻き込まないようにしてくれたじゃないか」
「十分巻き込んじまったけどな」
「それにちょっと慣れたよ、もう3年経ったし」
「あんまうれしくねぇ慣れだな」
「まぁまぁ。じゃあ、お店に行こっか」
「ああ」
僕らは自然と横並びになって歩き出す。
これも慣れたものだ。
高校を卒業して3年、プロヒーローとして活動し始めて僕らはよく会っている。
ヒーローとしての活動はもちろん、その他メディアなどの仕事も徐々に増えてきた。
特にヒーロー・ショートはその面の良さからテレビに雑誌に引っ張りだこだった。
テレビやモデルなど、ヒーロー活動にもプラスになると事務所が判断したものは受けているらしい。
するとどうなったか?
答えは簡単だ。
ファンが急増し、轟くんの隠し撮りのようなものまでSNSにアップされるようになった。
カメラは、イケメンヒーローのプライベートを撮りたくて張り付くようになった。
さすがに轟くんも、これには堪えたみたいだった。
張られている自分の家ではなく、僕の家によく泊まりに来ては「落ち着く……」とぼやいていた。
あんなに自分の容姿について疎かった轟くんが、外出時は変装をするようになった。
現に、前を走る轟くんは、目深に被った帽子や伊達眼鏡をしている。
でも、隠しきれない「イケメンオーラ」が出ているのが、僕にも分かる。
僕の腕を掴んでいる手は骨ばっていて男って感じがして格好いいし。
襟足の赤と白の髪の毛はサラサラと手触りが良さそうだ。
体形もモデルみたいで、脚も長いし、筋肉もしっかりついているのを知っている。
同性から見ても轟くんはカッコいい。
しかも、素晴らしいのは外見だけでない。
その人間性の良さも、優しさも、僕は近くでずっと過ごしていたから分かる。
だからこそ、分からないのだ。
――「緑谷、お前が好きだ」
「返事、今すぐじゃなくていい。お前の中で答えが出るまで、ずっと待ってるから」
なんで、僕なのだろう。
その言葉に甘え続けて、今日まで僕らは「卒業してもよく会う友人」のままだ。
「おーっ!お二人さん!おつかれ!遅かったじゃねぇの!」
「遅くなってごめんね」
「わりぃ、俺のせいだ」
居酒屋に着くと、いつもの元1-Aメンバーが集まっていた。
僕らは、上鳴くんや峰田くんの前の、2人分空いた席に座った。
「……いや、別にバラバラで座ってくれていいんだぜ?」
「あっ!もしかして席が決まってた?ごめんね!」
慌てて立ち上がろうとすると、袖をグイっと引っ張られた。
隣に座っている轟くんと目が合う。
「これまでの飲み会で、席が決まってた時なんてねぇだろう」
「あっ、そうか、そうだよね」
僕は、ストンと轟くんの隣におさまりなおした。
「お前ら、本当に仲いいな~」
「俺、卒業後はこの飲み会でしか会えてないメンバーも多いぜ」
「そうなんだね。僕も、みんなと会えてるわけではないかな」
まさか、「隣のイケメンに告白の返事待ちをさせてるんです。だから、今でも友人なんです」なんて事実言えるわけなく、僕はハハ……と曖昧に笑い返した。
「じゃあ、仲良しのミドリヤクンなら、真相を知ってるんじゃね?」
「そうだな!よし、緑谷、覚悟はしてる。事実を教えてくれ!」
「え、何のこと?」
まさか、告白のことを?とドギマギしていると、携帯の画面を出された。
「……えーっと、イケメンヒーロー・ショート熱愛報道、お相手はグラビアアイドルの……この名前、何て読むの?」
「そんなんも知らねぇのか、緑谷ァ!この娘は、今をときめくオイラの推しおっぱ……ぐはっ」
「あらごめんなさい、舌が当たってしまったわ」
フロッピーもとい梅雨ちゃんによって、机に撃沈した峰田くんはか細く震えていた。
「峰田、このアイドルをすごく応援しててさ~。だから、ショックだったんだよ」
「……許さんぞ、轟ィ……!あのおっぱいを触ったのか?乳繰り合ったのか……ァ?」
「何のことだ」
「とぼけやがって!当人に聞いても無駄だ!緑谷ァ!お前が一番轟を知ってるだろ!これは事実か!?」
血涙を流す峰田くんに睨まれる。
「……そういえば轟くん、この前、アイドルイベントの警護の仕事あったよね」
「ああ。ストーカー被害に遭ってるから、ライブ前後の期間、警備してほしいってやつ」
「そのアイドルの名前、覚えてる?」
「……わりぃ、覚えてねぇ」
「峰田くん、分かってもらえた?」
先程まで土気色の顔をしていた峰田くんは、水を得た魚のようにイキイキとした表情になっていた。
「信じてたぜ、轟!」
「手の平返しがすごい」
「にしてもよぉ、轟さ。お前、その顔と体格なのに、今も恋人いねぇのか」
お酒も進んで、出されていたおつまみもだいぶ減った頃。
上鳴くんが話題をあげた。
「お前がそういう恋愛に興味なくてもさ、女子のほうがほっとかないと思うんだけど」
僕もそう思うし、それで苦労してきた轟くんも見てきた。
「……好きなやつがいるから」
「え!」
声が3つ重なった。
まさか、轟くんが告白のことを他人に話すと思ってなかったので、思わず僕も声をあげてしまった。
「緑谷も知らなかったのか?……ってことは、轟の片思いなのか」
「片思い?そうだな。俺が好きなだけで、相手はそうじゃねぇみたいだ」
ズキっと心が痛む。
思わず、それは違うと言いたくなったけれど、違わない。
僕は、轟くんの好意をずっと受け入れずにそのままにしてしまっている。
「なんだよ純愛かよ……オイラ、その恋、応援するぜ」
「ありがとな」
「なぁなぁ、その相手さ、この女優か?」
「えっ」
二度目の驚きの声が出てしまう。
上鳴くんがみんなに見えるよう置いてくれた携帯画面には、轟くんと女の子が映っている。
轟くんは、無表情に見えるけど、よく見ると表情豊かだし、感情がすぐ顔に出ている。
この写真の轟くんは、優しくて柔らかい笑顔だ。
隣に座っているのは、CM共演していた女優さんだった。
「オイラこの女優知ってるぞ!確か、轟と一緒にCM出てたよな」
「美男美女CMってことで、すっげぇ話題になってたな。好評でシリーズ化もされてたよな」
「えっ、マジ!?この人が轟の本命?」
上鳴くんと峰田くんが大きな声で話すものだから、他の1-Aのみんなも「なになに!?コイバナ!?」と集まってきた。
四方八方からいろんな声が聞こえてきていたけれど、頭に全然入ってこなかった。
轟くんの、本命。
僕は、思いの外ショックを受けていた。
確かに、卒業する日、轟くんは僕に告白してくれた。
でも、もう3年も前だ。
告白の返事を待たせているうちに、轟くんが新しい恋を始めていることだってあり得る話だ。
むしろ、何で今まで気づかなかったんだと自分に言いたくなる。
「ねぇ、緑谷も知らなかったの?」
ふと名前を呼ばれて顔を上げると、心配そうに見つめる芦戸さんと目が合った。
「う、うん。知らなかった、かな」
「緑谷」
隣から轟くんの焦ったような声が聞こえた気がしたけれど、
「そっかぁ~。私も仲良い友達に、突然好きな人できたって言われたらちょっと寂しいもんな~言い出しにくいかも」
「あ、分かる~。取られたような気分だよね」
女子メンバーのワイワイ声にかき消されていった。
そうか、これは「寂しい」という感情。
友達でも抱く感情なのか。
特に、仲が良い友達だったら、当たり前に起こる気持ちなのか。
だったら、大丈夫……大丈夫?
大丈夫って、何が大丈夫なんだ。
なんでここまで必死に言い訳じみた言葉を並べているんだろう。
もう少しでこの気持ちの輪郭が掴めそうで、でも、掴んではいけないような気がした。
そわそわと落ち着かなくなって、僕は残っていたお酒をぐいっと飲み干した。
「緑谷、飲み過ぎじゃねぇか?お前、酒、そんな強くねぇだろ」
「ダイジョーブだよ。轟くんは心配し過ぎだよ」
「顔だって真っ赤だぞ」
横の轟くんの顔が何となく見れず、机を見つめながら答えた。
「みんな、轟くんのこと話してるんだから、そっちに集中しなよ」
「だから、それは……」
「みんな~!轟のピュアで一途な恋、応援してやろうぜ!」
お酒が入ってアツくなった切島くんが立ち上がって叫んだ。
轟くんが何か言う前に、話はどんどん進んでいたようだ。
「おうよ!そしてついでにあぶれた女子をこっちに流してくれ」
「峰田、サイテー」
みんながすっかり、「(いろんな思惑付きの)轟くんの恋、応援モード」になっていた。
「この二人がくっついたら祝わねぇとな!」「応援しとるよ」という声が広がっていく。
僕も、その輪の中に入って「がんばってね」と言わなくちゃ。
言わなくちゃいけないのに、どうしてか気持ちが落ち込んでいく。
もう、轟くん、僕のこと、好きじゃないのかな。
そうだよね、もう3年も待たせて、宙ぶらりんのままにしてるもんね。
轟くんが幸せでいられるように、僕も応援しなくちゃね。
そのうち、僕とごはんや出かけてくれる回数も減るだろう。
休日は、その恋人さんと過ごす時間に代わっていくだろう。
あっという間に、結婚式も挙げちゃったりして。そしたら、お祝いしなきゃ。
「……デクくん、泣いてるの?」
「え」
麗日さんに言われて、自分の頬を触ると濡れていた。
「やっぱり、仲が良い轟くんに恋人できるのが寂しい?」
「えっ、いや、そういうわけじゃ」
「緑谷君!顔色が悪くないか?」
「飲みすぎかァ?無理すんなよ」
「あ、え、そうなのかな、そうだね、ごめん……」
突然、腕をぐいと掴まれた。視線を辿れば、静かに怒った顔があった。
「緑谷、帰るぞ。飲みすぎだ」
「轟くん」
「緑谷送って帰る。二人分置いとくな」
「あ~い。お疲れ様」
「ちょ、ちょっと轟くん、僕一人で帰れるよ」
ちょっと誰か!と思って振り返るけれど、みんなは轟くんを止めることなく、「気を付けてね~」とだけ見送ってくれた。
「痛い!痛い!さすがに痛いよ、轟くん」
「お、わりぃ」
店の外に出てからも、パワーSの力で引っ張り続ける轟くんを何とか止める。
「様子変だよ、何かあったの?」
「様子がおかしいのはお前だろ」
思い当たることがありすぎて、体が固まる。
「なぁ、あの女優と俺がくっつくところ、考えたのか」
「……っ」
「考えて、泣いたのか?」
「……」
「……もしかして、嫉妬してくれたのか?」
「しっ、っ、っ!ちがう!」
「ちげぇのか」
「いや、違うくないけど、えっと、違う、えーっとね」
僕が、顔の前で手をばたばたさせていると、パシッと掴まれた。
その間からは、たいそう嬉しそうにほほ笑むイケメンが見えた。
「……なぁ、期待していいのか。そろそろ我慢できねぇんだ」
「も、も、もぅ!ちょっと、待って、もらえると、うれしい……」
「それ、答えみたいなもんじゃねぇか」
轟くんが笑いながら、手を繋ぎ直してくれた。
その瞬間、ぼやっとしていた感情の輪郭がはっきり見えた。
――僕も、轟くんが、好き。
言葉になれば、呆気ないほどシンプルで、納得がいった。
「轟くん、あの時の告白、まだ有効かな」
「……言っただろ、ずっと待ってるって」
僕は、繋いだ手をぎゅっと握り返した。
おまけ:あのあとの居酒屋にて
「ねぇ、轟の片思いの相手かもって言ってた女優なんだけどさ~」
芦戸が検索結果の画面を、女子たちに見せた。
「気になって調べたら、大の『デク』ファンだってさ」
「ほう」
「あと、二人のインタビュー記事もあるんだけど」
轟とその女優のインタビューは、ほとんどデクの話題で埋まっていた。
「なんか、これ、二人がお似合いっていうよりは」
「ガチファン同士のオフ会に見える」
「それだ!しっくりきたわ」
満面の笑みでデクを語る美男美女の画面を閉じ、元1-A女子たちはふぅっと息を吐いた。
「緑谷はいつ気づくんかねぇ」
「今日、轟にしてはだいぶ攻めたと思うんだよなぁ」
「えっ、何々?どういうこと?本命はこの女優じゃないってこと?」
「ひとまず、追加しよか」
「私ももう1杯」
「じゃあ私も」
1-Aの飲み会は、まだまだ続いた。