けだまろ発見記 これは、ケダマロさん(血鬼術で、真っ黒ぼさぼさのからだ?顔?に、大皿のように丸く大きなひとつ目、細い手足の生き物にされてしまった水柱冨岡義勇さん)を、風柱不死川実弥さんが見つけたときのお話。
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その日の夜明け、風柱不死川実弥は、ふっと誰かに目隠しをされたような、自分の中にあったものが隠されたような、そんな感覚に襲われて戸惑った。
「ドウカシタカ?」
自身の鎹鴉爽籟に問われた実弥は、「よくわからねェ」と呟きながら首を横に振った。
爽籟も首を傾げながら「鬼ノ出ル区域ガ、新シク現レタ」と告げる。それは、今まで鬼が出たとの報告がなかった場所。なぜ、今まで情報が無かったのか、それも不思議な話だが、鬼が出るならば滅するしかない。急遽、担当区域を決めるための柱合会議が行われることになった。
爽籟が実弥からの伝言を持って飛んで行くのを見送ってから、日が上りきるころに屋敷に帰り着いた。すると、裏手の方で隠たちがざわめいていた。
「なんだァ?」とそちらに向かうと、「屋根に鳥でもぶつかったか?」「うーん、何も見当たらないな‥」などと話す声が聞こえる。
「どうしたァ?」
「お帰りなさいませ、風柱さま」
振り向いた隠が、屋根になにかが落ちてきたようだと実弥に説明をする。
おぅと返しながら、実弥も屋根を見上げた。
「鳥か‥猫でも足を滑らしましたかね‥」
「かもな‥」
なぜだろう、なにか知っている気配を感じる。
ぐるりと視線を巡らせても思い当たるものはいない。
「お疲れでしょう。お風呂の用意ができています。そのあと‥」
「あー、風呂入って、軽くなんか食ったら、直ぐに出る。臨時の柱合会議だ」
「それは‥急ですね」
「ああ。鬼の出る地域が、現れたそうだ」
隠と話をしている間も、その気配はそこにあった。
「今まで鬼が出なかったのが不思議ですね」
「そうだな‥しかし、柱が八人しかいねェから、うまく割り振らないとな‥」
八人‥本当に八人だっただろうかと‥ちろりと頭の隅で考える。
「先代の水柱さまが引退された後、もう三年近く空席ですから」
「水の呼吸の使い手は多いが、柱になれる程の奴がいねェんだよな‥」
実弥たちの会話を聞いているのか、近くの茂みが、ほんの少しざわざわと動いた。
いつ帰ってもすぐに風呂に浸かれることを感謝しつつ、実弥は頭から全身まで洗い、風呂場の曇る鏡を手で拭うと、髭をあたる。お館様にお会いするのによれよれの姿では申し訳ない。柱としての矜持である。
——— オレハ、ハシラジャナイ‥———
ふと、脳内に誰かの言葉が思い出された。
誰だァ?こんなことを言ったヤツは‥?
首を捻っても思い出せない。
そういえば、さっき屋敷の裏手で感じた気配は、「ハシラジャナイ」と言ったヤツと似たような、ちょっといらっとする感じもしたな‥
少し考えたが、顔を勢いよく洗い、顎に残った石鹸の泡を流すと、実弥はザブンと湯船に浸かり「あーーーー」と伸び切った声を上げた。
まあいいや、ほっとけ。そのうち、わかるだろう‥
さっぱりとして廊下を戻ると、さきほどと同じ気配がする。屋敷ン中入ってきたか‥と思うが、姿は見えない。案外すばしっこいヤツだな‥宇髄のネズ公たちとも違う気配だ。
考えていると、厨から隠がやってきて声をかけた。
「風柱さま、お部屋に軽食を用意しておきました」
「わかった」
「それから‥」
隠が話す中、気配ときしきしと天井を伝っていく音がかすかに聞こえて、実弥はふっと笑ってしまう。なぜだろう、なんだか愉快な感じがした。
「風柱さま?」
「あ、悪ィ。なにかいきものが入り込んだようだ」
「犬‥猫、イタチ‥でしょうか?」
「わからねェけど、悪いもんじゃなさそうだから、とりあえず好きにさせとけ」
「わかりました」
実弥が私室に戻ると、卓の上にいつも通り置かれた山盛りのおはぎ‥が、少し形を崩していた。それを見て、厚手の大ぶりな湯呑みを手に取り、濃い茶をがぶりと飲みながら、おはぎ泥棒が出たな‥と、くすっと笑う。
ほんとうなら腹を立てるところなんだろうけども、どうにも憎めない感じがする。姿形を見たわけではないのに。
柱合会議から、そのまま警邏へと向かい、翌日の朝に屋敷へと帰った。流石に寝ないと体が持たない。実弥は、早々に風呂を切り上げ、敷かれていた布団に潜り込む。そのまま目を瞑ると、夢も見ないで眠ってしまう。
そのうち、ふっと意識が眠りから目覚めに上昇する。
なにか‥が、顔を覗き込んでいる‥?
黒い‥犬‥じゃないな‥なんだ‥と思っていると姿を消してしまった。
「なんだ、いまの‥」
ぼんやりした頭で天井を見ていると、どてとてどてとてと、屋根裏から足音がする。そのうち消えてしまった足音に、あの『不思議な気配のいきもの』がそこにいると気がついた。
その日も天気がよく、庭先で鍛錬をしていると、実弥の肩に爽籟がふわりと舞い降りてきた。じっと屋根を見上げている。
「爽籟、どうした?」
「屋根ノ上ニ、座布団ガアルゾ」
「座布団‥?」
「布団干シダナ」
爽籟が、ケケケと笑う。なるほど、天気がいいから布団干ししてるのか、ずいぶんしっかりと居候してやがるな‥と実弥も笑う。
隠たちも不思議ないきものについて、よく遊びに来る犬が、庭で楽しげになにかを追いかけていた‥厨に置いておいたおはぎがまた減っていた‥今日はどこそこにいるみたいだ‥さっき井戸端のバケツを蹴っ飛ばしたようだ‥と、顔を見合わせては笑い合う。
実弥も隠たちも『鬼』という信じ難い存在を相手にしているからか、屋敷内に不可思議ないきものがいても、悪さをしなければ、気にはしない。
さて、そんな日々が少し続いて、実弥はそろそろ正体を拝見してやろうと思う。
任務明けに寝ていると、そのいきものは気を遣っているのだろうか、足音を忍ばせるように歩いているらしいのだが、天井裏や外廊下から、どて〜とてどて〜とて‥と重さのある独特の足音がして、実弥は気になってしかたがない。
このままでは、寝不足になってしまうと、虫取り網を用意してくれ‥と、隠にこっそり伝えておいた。
はてさて、どんなヤツが姿を現すのか、実弥はほんの少しだけ子どもの頃に戻ったかのように、悪戯げにニヤッと笑った。
そして、鬼狩りの夜が明けて屋敷に戻った朝。
風呂を浴びて私室に戻ると、ちょうど隠がお盆に乗せたおにぎりを運んできて、日のあたる気持ちのいい外廊下に置いていく。
「ここに置いておきますね」
「ああ。俺は、食べたらしばらく寝る」
そう告げて、おにぎりを頬張る。今日はほぐした焼き鮭が入っていた。幾つか食べたあと、伸びをしてから座敷へと入り、障子を閉めた。
さて、ヤツはやってくるかと下唇をぺろりと舐めて息をころす。すると、まん丸の影がひとつ、屋根の上から外廊下へ降りてきた。きょろきょろとしてから、そろそろとこちらに近づいてくる。障子に耳をつけるような仕草が見え、なるほど俺が寝たかを確認しているのかと、実弥は用心深さに感心する。
実弥が眠っていると思ったのだろう、まん丸の影は動いて、おにぎりの皿に寄っていく。その様子に、実弥は音を立てずに障子を開けた。
——— そこには、真っ黒な丸いいきものがいた。
間髪を入れずに虫取り網を振り下ろすと、真っ黒まん丸は横に飛んで逃げた。
「やっと、姿を見せたかァ」
実弥が、その機敏な動きにニッと笑う。真っ黒まん丸は、悔しそうな目をして‥というか、初めてその正体を見た。
真っ黒にまん丸で、細い手足。まん丸のど真ん中には、大皿のようなひとつ目。
お化けか、妖怪か‥?
だが、昼日中からそんな魑魅魍魎の類がお天道さまの真下に堂々と出てくるわけがない。じゃあ、やっぱり面妖ないきものか‥などと考える実弥の前で、そのいきものは虫取り網と間合を取ろうとしている。
それに気がついた実弥は、わかりやすく網を動かすと、飛びあがろうとした真っ黒まん丸をむんずと掴んだ。
「お前の動きなんて、読めてんだよォ」
楽しげに言う実弥の左手に捕まった真っ黒まん丸は、「ギ、ギイイ!!」と悔しそうに手足をばたばたしている。
目の高さまで持ち上げたまん丸は、じろっと実弥を睨みつけてきて、その負けん気の強さは嫌いじゃねェと、実弥は笑いそうになる。
「お前‥面妖な動物だな‥しかし、きったないな」
たしかに、黒い毛に餡子や埃‥蜘蛛の巣らしきものも‥絡まっている。まん丸は心外!という表情を見せるが、実弥はきれいにしてやろうと掴んだまま庭へ降りて、井戸へと向かう。途中で会った隠に「石鹸と手ぬぐいを持ってきてくれ」と伝えた。
「あら、捕まったんですね」
隠も楽しげに、頼まれた物を取りに走っていく。
水を張った盥に、ぽいっと黒いまん丸を放り込む。それから、ざばざばと水をかけ、隠が持ってきた石鹸を泡立てると、実弥はごしごしと念入りに洗い始める。
「その大皿みたいな目ん玉閉じとけ。石鹸が入んぞ」
実弥の声に、慌てたように目をぎゅっと閉じる。その様子が可愛らしく、ふっと笑ってしまう。
黒いまん丸の全身を泡だらけにしたあと、何度か水をかけると、すっかりきれいな黒い毛玉になった。隠から手渡されて手ぬぐいに包んで、かしかしと拭く。すると、黒い毛の中のひとつ目が開き、大人しく実弥を見ていた。
「洗えましたか?」
「おぅ。きれいになった。ちっと乾かさないといけねェけどな」
「そうしましたら、これに入れて‥」
隠が持ってきたのは、野菜を入れていた網だ。そこに西瓜か南瓜のように入れて、物干し竿に括り付ける。まん丸は、暴れもせずに大人しい。
「ここなら日が当たるし、風も通るので、すぐに乾きますよ」
隠が、まん丸の頭をよしよしと撫でた。黙ったままじっと隠を見て、また、実弥を見てくる。
「そうだな。ちっとそこで昼寝でもしとけ」
「この子、どこから来たんでしょうね?」
「あれじゃないですか、船に乗って海の向こうから来たんじゃ?」
隠がもう一人やって来て、話に加わった。
「海の向こうって、亜米利加とかか?」
「そうです。日本じゃ見ない動物ですからね」
ふうんと実弥が顎を撫でながら、まん丸を見た。
「そうだな‥血鬼術にかかった奴がいるとの話も聞かねェしな‥」
やっぱり、コイツはここら辺りではちょっと見かけない種類のいきものなのだろう。
さわさわさわさわ‥と心地よい風が吹いて、日差しも温かい。物干し竿から下げられた網はゆらゆらと揺れて、大皿のような目がゆっくりと閉じていった。すよすよと眠りに落ちる様子を見届けてから、実弥たちは戻っていく。
「アレが目ェ覚したら、握り飯食わせてやってくれ」
「わかりました。お口の大きさに合わせたおにぎりを用意しておきますね」
「頼む。あー、中身は焼き鮭な」
実弥は、あのいきものは、鮭を好むだろうとなぜか思った。その理由はわからないが、きっとよろこぶに違いない。
私室に戻った実弥は、布団の上でごろごろしていたが、あの黒い不思議なまん丸が気になって目をつぶれない。
誰かに飼われていたのなら、飼い主を探してやろうか‥いや、ここが気に入ってるようだから、そのまま置いといてやろう‥そうすると、名前がいるな。名を体を表すというから、アイツの特徴‥毛玉か目玉だな‥などとあれこれ考えてしまう。
すると、「ギギギ‥ギギギギギ!ギギギギギ!」と黒い毛玉が必死に呼んでいる声が聞こえた。慌てて飛んでいくと、物干し竿の下で犬が尻尾を振って毛玉を見上げており、毛玉は犬から逃げ出そうとしたか、網に絡まって「ギギギ!ギギギ!」と叫んでいる。
「おい、ほら、やめてやれ。あっちで遊んでろ」
実弥は、毛玉を片手で網から持ち上げた。その声に、自分が犬から逃れられたのかと、ひとつ目がそろりと開く。犬は少しばかりしゅんとした様子で、庭の向こう側へ行ってしまった。
「大丈夫か?」
実弥が声をかけると、毛玉は腹を立てているのか、ぷんと横を向いてしまう。しかし、毛玉の腹がぐうううと音を立てて、格好がつかない。
ここで笑ったら、余計に怒るだろうと思うが、実弥は噴き出すと、その後、ははは‥と楽しげに笑い出してしまう。毛玉は、そんな実弥を怒ることなく不思議そうに見ていた。
「ほら、飯食え」
外廊下に毛玉を降ろすと、隠が小さく握ったおにぎりを乗せたお皿を置いた。海苔がぐるっと巻かれた小さなおにぎりだ。
いただきます‥というように手を合わせてから、あーんと一つを口に入れている。美味しいのだろう、ふわふわとした表情を目玉に浮かべていて、実弥も隠たちも頬を緩めてしまう。
「ケダマとメダマ、どっちがいい?」
実弥が聞くと、毛玉は、首なのか、胴なのかを傾げた。何の話?という様子である。
「お前の名前」
そう言って、実弥の人差しが毛玉の頭をつつく。
「んーケダマが言いやすいか。じゃ、お前の名前は、ケダマロな」
一瞬、不満そうな表情を浮かべたが、まあいいや‥といった様子の毛玉‥改め、ケダマロに実弥は満足そうな顔を見せた。
「ケダマロさんですね、かわいい」
隠たちも、うれしそうにうなずいている。
ケダマロが食べ終わるのを待って、実弥は夜に備えて一寝入りすることにした。
ごちそうさまをしたケダマロが、小さな皿を両手で持って厨に下げようとするから、隠たちがきゅきゅんとしている。
「ケダマロ、手伝ってくれるのかァ?」
と、実弥が揶揄うように聞くと『一宿一飯の恩義』とでも言いたそうな雰囲気で、ケダマロが全身でうなずき、その場にいた全員がそのかわいさに笑顔を見せた。
実弥が仮眠を取っている間に日は傾き、間もなく夜が来る。
どてどてとて‥と内廊下を歩いてくる独特の足音が近づき、その足音が止むと襖を開けてケダマロが入ってきた。
隠に「起こしてきてください」と言われたのだろう。おもむろにぺちぺちと実弥のおでこを叩く。実弥は、むっと目を瞑ったまま、眉間に皺せた。もう一度ぺちぺちと叩かれると、腕を伸ばしてケダマロを腕に抱える。丸くて温かいケダマロは、なんだか安心して気持ちがいい。
「ギギギギギ!ギギギ!ギギギ!」
起きろ!起きろ!と言っているのだろう、ばたばたしているケダマロを、ぎゅっと胸に抱きしめた。
「静かにしろ‥起きてるよ‥」
そう告げると、少しの間だけ大人しくなったケダマロが、今度は抜け出そうとぎゅーぎゅーと両手を突っ張り始めた。そのうち、すぽん!と勢いよく腕から飛び出したケダマロは、勢いよく天井にぼーんとぶつかって、そのまま実弥の腹の上にぼすんと落ちてきた。
「ぐぇ!」
重たいケダマロが腹に落ちてきたので、さすがに実弥は目を開けた。ケダマロが、はわわわわ‥と実弥を見ている。
「ケダマロ‥随分な起こし方だなァ」
わざとこわい顔をして見せると、くるりと逃げようとするので、むんずと捕まえる。そうして、たぶん脇腹あたりと思われるところを、こしょこしょとする。
「ギ、ギギギー!ギギギギギ!ギッギギ!」
くすぐったいのか、目をぎゅっととじて、ギギギと騒ぐ。その様子が、なんともかわいらしく、つい実弥は意地悪をしてしまいたくなる。
「なんだ、ここが弱いのか」
意地悪を言う実弥にケダマロは怒るが、実弥はそんなケダマロもかわいらしく、楽しげに笑い続けた。
こうして、不可思議でかわいいケダマロは、正式に風柱不死川実弥の屋敷で暮らしはじめたのだった。