ウチが初めてじゃないんかいある土曜日の昼下がり、学校の関係で午前登校していたモモとオカルンはお腹をぐーぐー鳴らしながら街を歩いていた。
「やっぱどこも混んでんねー…お腹空いた」
「どこもいっぱいでしたもんね…」
学生の味方である某ファストフード店やファミレスは大変混雑しており、腹ぺこの2人には数十分も待てる自信がなくどこかすぐに入れる店はないかと探していた。
─ぐぅぅぅ
空腹で段々余裕がなくなってくる。こうなれば多少高くてもいいから何とか飲食にありつきたい、そう思いキョロキョロ見渡すとまだ混雑前のスタバを発見した。
「オカルン!スタバ空いてそう!」
「行きましょう!」
2人の表情がぱあっと明るくなる。育ち盛りの高校生にはフードメニューにボリュームがないが、食べないよりかは断然良い。
それにオカルンとスタバに入るのは初めてだ、きっと分からないことだらけだろう。ウチがリードしてやりますかとモモは張り切っていた。
「あ、綾瀬さんあそこ空いてますよ」
「ソファー席じゃん!ラッキー!」
即座にリュックを降ろして席を確保し、財布だけ持ってレジに向かう。フードコーナーからサンドイッチを選び、気になったものをお互いに取って待機列に並んだ。
「なぁに飲もっかな〜、オカルン何すんの?」
「はい、ジブンは」
「お次お待ちのお客様どうぞー」
意外にも早く順番が来てしまった、まだ自分が何を飲むか決めていない上にオカルンの注文も見守らなければいけない。
─ヤバイ、どうしよう
そう焦っているとオカルンがメニュー表を指差しながら開口する。
「ほうじ茶ラテのアイスを…グランデで、ブラックティーに変更でお願いします」
「え…」
「かしこまりました!お連れ様はいかがなさいますか?」
少し拙いがあのオカルンが落ち着いて口頭で注文し、しかもカスタマイズまでしている。
モモは呆然とオカルンの横顔を見ていたので、視線を感じたオカルンが首を傾げて─綾瀬さん?と声をかける。
「あ、えーっと…マカダミアナッツホワイトチョコフラペチーノで」
その後も女性店員がサイズが1つしかないことなど色々確認された気がしたがモモには右から左だった。
頭の中はオカルンがスタバ慣れしていたことでいっぱいで先にサンドイッチを載せたトレーを席に持ち運び、ストンと力無くソファーに座る。
ウチ以外の誰かとスタバに来たことがあるとしか思えない、ウチがオカルンの初めてのスタバだと思っていたのにとぐるぐる1人で感情のジェットコースターに振り回されているとドリンクを受け取ったオカルンが戻ってきた。
「お待たせしました、やっとひと息つけますね」
手を合わせていただきますと言いかけたところでモモは堪らず待ったをかける。
「ねぇ、誰と来たの…スタバ」
オカルンが誰とスタバを利用しようが自由なのにそれを許せない自分がいる、なんてくだらない嫉妬だろう。そう分かっていても気になる自分を止めることは出来なかった。
「綾瀬さんのバイトが終わるの待ってる間にジブン1人で」
「オカルンが?1人で??」
「…はい」
何か分からずキョトンとした顔でモモを真っ直ぐ見ている。なんだか気まずくて未開封のストローを指で転がしながら会話を続ける。
「でもオカルンこういうとこ苦手っしょ?なんでわざわざ…」
「あー…そうなんですけど、毎回本屋行ってもラインナップが都度変わる訳じゃないですし、外で待ってるとキャッチに声掛けられちゃって」
モモが働くメイド喫茶以外にもライバル店はもちろんネットカフェもあるので呼び込みをしているところは多い。時間によっては学生でも声を掛けられるだろうし、その点オカルンは声を掛けやすいのだろう。
タジタジになっているオカルンの姿は容易に想像できた。
「マックでも良かったんですけど、少し離れちゃうのでまだ視界に入るスタバにしたんです。綾瀬さんが出てきたらすぐに合流できるように」
嬉しさと恥ずかしさでモモはストローの袋をぐしゃぐしゃにしていた。オカルンのスタバデビューに付き合えなかったのは少し寂しいが、アイラや他の女子生徒と一緒に行ったのではないことが分かってモモは安心し、ボロボロになったストローの袋をようやく開封する。
「そっ…かぁ、そうだったんだ。あー、ごめん変なこと言って。食べよっ」
2人していただきますと手を合わせて各々ドリンクやサンドイッチに口を付けた。相当空腹だったせいかあっという間に完食し、ようやく落ち着いた。
「まさかオカルンがカスタマイズまでするとは思わなくて正直驚いたわ」
フラペチーノをストローで混ぜながらモモは先程思ったことを伝えた。嫉妬していたという事実はバレないように。
「ああ、実はジジからおすすめされて」
「は?」
思ってもみなかった刺客に低い声が出てしまう。それに気付かずオカルンは話を続けた。
「たまたまスタバの話になった時に色々教えてくれたんです。と言っても呪文みたいで覚えきれてないんですが…唯一覚えてたのを頼んだんです」
「…チが…たのに」
「えっ、なんて」
上手く聞き取れずもう一度聞き返そうとすると、下を向いていたモモの顔が勢いよく上がった。
「ウチがオカルンにそういうの教えたかった!!」
うーっと唸り声を上げて怒っているが、目は潤み頬は紅潮しているように見える。オカルンは酷く慌てた。
「す、すみません!綾瀬さんのおすすめも教えてください」
「オカルンのわからず屋!タコ!イカ!マグロ!」
モモはオカルンの頬を両手で挟んで力いっぱい寄せて揉みくちゃにする。そのせいでオカルンの悪口なんですかそれという疑問は解読不能な音に変わりモモの耳には届かなかった。