「非日常な過去をΨ工せよ」を考えてみた目次
1. はじめに
2. Aの改変前と改変後
2-1. 3回の「おとぼけ顔」
2-2. 改変前のおとぼけ顔と2回目のおとぼけ顔
2-2-1. 改変前のおとぼけ顔に至る流れ
2-2-2. 2回目のおとぼけ顔に至る流れ
2-2-3. 両者の比較
2-3. 改変前と改変後に整理する
3. Aの改変はいつ行われたのか
3-1. 明智は楠雄が超能力者だと知らない
3-2. 2-2教室半壊事件
3-3. 改変前と後の2-2教室半壊事件
3-3-1. 改変後の2-2教室半壊事件
3-3-2. 改変前の2-2教室半壊事件
3-4. 名札を追いかける
3-5. Aの改変はいつだったのか
4. おわりに 楠雄が本当に変えたかったもの
1. はじめに
ここでは『斉木楠雄のΨ難』の以下の話数について読解する。
20巻 第210χ うΨ転校生!明智透真
20巻 第211χ まだまだうΨ!転校生
23巻 第246χ 非日常をΨ工せよ
23巻 第247χ 非日常な過去をΨ工せよ(前編)
23巻 第248χ 非日常な過去をΨ工せよ(中編)
23巻 第249χ 非日常な過去をΨ工せよ(中編②)
23巻 第250χ 非日常な過去をΨ工せよ(後編)
前提として、斉木楠雄には、時間を遡ってでも変えたい過去と、手に入れたい未来がある。
変えたい過去(A):明智(当時は明日視)が、楠雄の超能力を皆に話してしまった過去≒自分から超能力を明かしてしまった過去
手に入れたい未来(B):明智に超能力とほぼ確信されていない現在。
楠雄はタイムリープを使い、Aについては改変に成功し、Bについては失敗した。
2. Aの改変前と改変後
ここでは、第210χ・第211χ、および第246χ〜第250χに描かれる過去の出来事(回想シーン)を、Aの「改変前」と「改変後」に分けて整理する。
その際、小1の楠雄の「おとぼけ顔」を基準に考えていく。
2-1.3回の「おとぼけ顔」
楠雄(小1)の「おとぼけ顔」は作中で3回描かれる。
1回目:第211χ(20巻 p.91)明智の回想「今と同じ顔をしていましたね」
2回目:第247χ(23巻 p.151)楠子の見た過去「…くすお君 その顔…なぁに?」
3回目:第250χ(23巻 p.197)楠雄の回想「本当は初めてじゃないんだ」
まず、3回目のおとぼけ顔が改変前であることは明確である。
それを踏まえて1回目と2回目を3回目と比較すると、1回目と3回目のおとぼけ顔がほぼ一致することがわかる。第211χ時点の明智の記憶と、楠雄の改変前の記憶は同じものである。
それを踏まえてさらに見ると、第210χ(20巻 p.85)では楠雄の記憶がフラッシュバックし、公園で子どもたちに囲まれているシーンが描かれる。このコマは、セリフも含めて第250χ(23巻 p.197)の公園で子どもたちに囲まれているコマと一致する。
以上より、1回目のおとぼけ顔と3回目のおとぼけ顔は同一の事象と判断できる。
このため、第210χ・第211χの明智の初登場時点では、Aの改変はまだ行われていないと考えられる。
したがって、以降は両者をまとめて「改変前のおとぼけ顔」として扱うこととする。
2-2.改変前のおとぼけ顔と2回目のおとぼけ顔
ここでは、改変前のおとぼけ顔と2回目のおとぼけ顔を、表情からでなくおとぼけ顔に至る流れによって比較する。
2-2-1.改変前のおとぼけ顔に至る流れ
改変前のおとぼけ顔に至る流れについては、第250χ(23巻 p.194,p.197,p198)楠雄の回想を中心に、第210χ(20巻 p.85)も踏まえて整理する。
①楠雄:公園でいじめられていた明日視を復元能力によって治す(23巻 p.197)
②明日視:「ねぇまって!」と呼び止める(23巻 p.197)
③明日視:「今…ぼくのからだ治してくれたの?」(23巻 p.197)
④公園で子どもたちに囲まれる(23巻 p.197)(20巻 p.85)
⑤明日視:「すごい! 超能力者みたいだ」(20巻 p.85)
⑥楠雄:おとぼけ顔(23巻 p.197)
⑦砂場で向き合う明日視と楠雄「僕こんなの初めてみたよ! 誰にも言わないからもっと見せて!」(23巻 p.198)(23巻 p.194)
2-2-2.2回目のおとぼけ顔に至る流れ
2回目のおとぼけ顔に至る流れについては、第247χ(23巻 p.145~p.151)から整理する。
①楠雄:公園でいじめられていた明日視を復元能力によって治す(23巻 p.145)
②名札を落とす(23巻 p.146)
③翌日へ移行(23巻 p.146)
④学校の体育(鉄棒)の授業(23巻 p.146)
⑤明日視:楠雄の名札を返す(23巻 p.147)
⑥明日視:前日のけがの治癒について、楠雄を疑いつつ「そんなわけないよね…」と思い直す(23巻 p.148)
⑦たかし:プロペラ開始(23巻 p.148)
⑧楠雄:ファイアーちんこ事件を発生させる(23巻 p.150)
⑨明日視:「あれはたかし君じゃなくてくすお君がやったんだ!」(23巻 p.151)
⑩楠雄:おとぼけ顔(23巻 p.151)
2-2-3.両者の比較
・改変前のおとぼけ顔
超能力者だと疑われるきっかけ:復元能力
おとぼけ顔をする場所:公園
結果:砂場で向き合う明日視と楠雄につながり、楠雄は超能力者であることを明かす
・2回目のおとぼけ顔
超能力者だと疑われるきっかけ:ファイアーちんこ事件
おとぼけ顔をする場所:学校
時間のずれ:2回目のおとぼけ顔は改変前のおとぼけ顔よりも1日後に起きる
結果:砂場のシーンはなくなり、楠雄は超能力者であることを明かさない
したがって、2回目のおとぼけ顔はAの改変に成功した後であり、2回目のおとぼけ顔=改変後のおとぼけ顔なのである。よって、以降は2回目のおとぼけ顔を「改変後のおとぼけ顔」とする。
この改変のキーとなったのは「名札」である。
楠雄は名札を落とすことで、明日視との砂場での接触をなくし、結果として砂場で能力を明かさずに済ませた。こうしてAの改変に成功したのである。
2-3. 改変前と改変後に整理する
改変前の回想は、「改変前のおとぼけ顔」を基準として第210χ、第211χ、第250χである。
改変後の回想は、「改変後のおとぼけ顔」を基準に考えると、第247χは改変後であることがわかる。また、たかしが「ファイちん」と呼ばれている描写があるため、第248χは第247χの続きであり、これも改変後と判断できる。さらに、第249χでは楠雄がファイアーちんこ事件を改変しようとしており、ここも改変後の出来事と考えられる。また、楠雄自身が「ここ(=名札を落としてしまったこと)はもう変えない事にした」(23巻 p.172)と明言していることからも、これらが改変後であることが裏付けられる。
したがって、改変後の回想に該当するのは、第247χ、第248χ、第249χである。
ただし、残る回想である第246χの最後の半壊した教室のシーン(23巻 p.135)は、小2時点の出来事であり、「おとぼけ顔(小1)」を基準とした分類では改変前か改変後かを判断することができない。
3.Aの改変はいつ行われたのか
改変前と改変後に回想を整理したことで、Aの改変は第212χ以降、第246χ以前に行われたことがわかる。ここからは、この期間のどの時点で改変をしたのかを検討する。
3-1.明智は楠雄が超能力者だと知らない
第210χで初登場した明智は、楠雄に「あなたは…超能力者ですよね?」(20巻 p.87)と問いかけている。このことから、明智は楠雄を超能力者だと疑ってはいるものの、「楠雄に直接超能力者だと明かされた過去」は持っていないことがわかる。
第210χ時点では A の改変はまだ行われていないため、明智の記憶がないのは改変の影響ではない。では、なぜこの記憶がないのか。
それは、改変前のおとぼけ顔の後、砂場で超能力者であることを明かした後の楠雄が、小2で転校するまでの間に、何らかの手段で明智の記憶を消していたためである。このことは、第211χ(20巻 p.93)における楠雄のセリフ「しっかり消しておくべきだった…全く…」が示唆している。
では、改変前の楠雄(小1または小2)は、具体的にどのようにして明智の記憶を消したのか。
それを「2-2教室半壊事件」から検討する。
3-2.2-2教室半壊事件
2-2教室半壊事件を示唆する回想は以下の通り描かれる。
第211χ(20巻 p.93)楠雄の回想「何だよその目は!? お前もイジめるぞ!」
第246χ(23巻 p.135)明智の問いかけの直後「教えて下さい あの時君に何があったのか 君は私達に何をしたのか」
第248χ(23巻 p.160)楠子の見た過去「何だよその目は!? お前もイジめるぞ!」
第250χ(23巻 p.199)楠雄の回想「いつまでぼくのこと見て見ぬふりするの?」
第211χ、第250χの回想は改変前、第248χの回想は改変後であることから、改変前にも後にも「2-2教室半壊事件」は存在することがわかる。
3-3.改変前と後の2-2教室半壊事件
改変前にも後にも「2-2教室半壊事件」は存在するが、どちらも当時小2の楠雄が引き起こし、転校を余儀なくされる。その流れについて整理する。
3-3-1.改変後の2-2教室半壊事件
改変後の2-2教室半壊事件は第248χ(23巻 p.159~p.164)において楠子が語る通りである。
①たかしたち:「何だよその目は!? お前もイジめるぞ!」(23巻 p.160)
②楠雄:2-2教室を半壊させる(23巻 p.161)
③楠雄:3人の記憶の消去(消去したもの:楠雄が教室に入ってくる部分)(23巻 p.161)
④楠雄:明日視の記憶の消去(消去したもの:ファイアーちんこ事件)(23巻 p.162)
⑤3人の記憶の補完(明日視が暴れた)(23巻 p.163)
⑥明日視の記憶の補完(くすお君のちんちんがすごく大きい)(23巻 p.163)
⑦明日視が超能力者だとまことしやかにささやかれるようになり、いじめられなくなる(23巻 p.164)
3-3-2.改変前の2-2教室半壊事件
改変前の2-2教室半壊事件をどのように小2の楠雄が収束させたかは語られないが、「2-2-1.改変前のおとぼけ顔に至る流れ」と「3-3-1.改変後の2-2教室半壊事件」を踏まえ、以下のように想定できる。
基本的には「3-3-1.改変後の2-2教室半壊事件」と同じ流れを踏むが、そうではない部分については番号に「’」を付記して示す。
①たかしたち:「何だよその目は!? お前もイジめるぞ!」
②楠雄:2-2教室を半壊させる
③楠雄:3人の記憶の消去(消去したもの:楠雄が教室に入ってくる部分)
④’ 楠雄:明日視の記憶の消去(消去したもの:砂場で超能力者であることを明かした部分)
⑤3人の記憶の補完(明日視が暴れた)
⑥’ 明日視の記憶の補完(不明)
⑦明日視が超能力者だとまことしやかにささやかれるようになり、いじめられなくなる
④’における明日視の記憶の消去で、砂場で超能力者だと明かした過去を消したと想定すると、第210χの明智が楠雄を超能力者だと疑ってはいるものの、「楠雄に直接超能力者だと明かされた過去」は持っていないことの辻褄が合う。
3-4.名札を追いかける
「2-2-3.両者の比較」においてAの改変のキーになるものが「名札」であると述べた。
名札を落とすことで、楠雄は砂場で超能力者だと明かす過去を回避したのである。
つまり、「名札がある=改変前」であり「名札がない=改変後」である。名札はこのことを象徴していると考えられる。
これを踏まえて、もう一度2-2教室半壊事件に関する回想を確認する。楠雄が描かれていない第211χ(20巻 p.93)、名札が確認できない画角の第250χ(23巻 p.199)は除外する。
第246χ(23巻 p.135)明智の問いかけの直後「教えて下さい あの時君に何があったのか 君は私達に何をしたのか」
→半壊した教室を背景にする楠雄に名札がついている
第248χ(23巻 p.159)楠子の見た過去 ランドセルを投げ出して学校に戻る楠雄
→名札がついていない
つまり、第246χ(23巻 p.135)の半壊した教室は、改変前の2-2教室半壊事件である。
3-5.Aの改変はいつだったのか
「おとぼけ顔」を基準に、Aの改変は第212χ以降、第246χ以前に行われたことがわかった。
さらに「2-2教室半壊事件」と「名札」によって、第246χの回想シーンは改変前であると考えられる。
したがって、Aの改変は第246χ以降である。
つまり、第246χで明智を石化させた後、第247χに入る前に、Aの改変に成功しているのである。
4.おわりに 楠雄が本当に変えたかったもの
以上を踏まえて、楠雄が本当に変えたかったものは何なのかを考える。
第247χ(23巻 p.137,p.138)「バレる訳にはいかないのだ」「特にコイツにはな」
第250χ(23巻 p.196)「一番変えたかった過去は変えられたからな」
一番変えたかった過去とは、この場面から読み取れるように、明智(当時は明日視)が、楠雄の超能力を皆に話してしまった過去≒自分から超能力を明かしてしまった過去(A)である。
なぜこれを変えたかったのか。
第246χ時点でAの改変は行われていない。つまり、第246χ(23巻 p.135)明智の問いかけ「教えて下さい あの時君に何があったのか 君は私達に何をしたのか」への楠雄の解答は、「2-2-1.改変前のおとぼけ顔に至る流れ」であり、「3-3-2.改変前の2-2教室半壊事件」であり、第250χ(23巻 p.198)の明日視の言葉「見せてやってよくすお君!!」(=「誰にも言わないから」を破ってしまった)を明かすことしかない。
つまり、明日視が約束を守らなかったことを突きつけねばならないのである。
しかし、Aの改変が成功したことで、楠雄は砂場のシーン「僕こんなの初めてみたよ! 誰にも言わないからもっと見せて!」(23巻 p.194)を回避する。
そして、ただ明日視が楠雄を超能力者だと疑い続けた過去だけが存在するようになる。
そうして楠雄が得た未来とは、ひとえに「明日視が約束を破らなかった未来」だ。
本当に楠雄が変えたかったのは、「自分から超能力を明かしてしまった過去」でも「明日視が楠雄の超能力を皆に話してしまった過去」でもなく、「僕のせいで明日視に約束を破らせてしまった過去」なのである。