再確認日下部に提案されて始めたルームシェア。初めはやはりと言うかお互い独り身が長いせいもあり、ボタンの掛け間違いのような齟齬はあったように思う。それも2人で結び目を解くようにゆっくりと擦り合わせをしたおかげでやっと気後れすることなく暮らし始めているところだった。
「…何?」
電話の向こうからは伊地知の声がする。
「日車さん?!聞こえてますか?」
聞こえてはいたが理解はできなかった。
「日下部さんがー」
呪専の廊下を大股で早歩きをしながら医務室へ向かう。廊下に立って居たのは伊地知と家入だ。
「日車さん…」
「伊地知君、連絡ありがとう」
「いいえ」
「日下部さんは?」
「意識はありますがベッドで横になっています」
「そうか……経緯の説明を貰えるか?」
伊地知の説明としては呪霊一体の存在を確認。窓などの報告により二級相当と判断したので一級呪術師の日下部を派遣。しかし日下部が現場に行くと呪霊は一体ではなく三体。しかも二級相当ではなく一級…しかも知恵がよく回る呪霊だったようだ。直ぐに呪専に連絡し応援を要請。当人は応援が来るまで気付かれないようにしていたようだが見つかってしまい応戦。
一方連絡を受けた呪専は直ぐに五条を派遣した。五条と伊地知が現場に駆け付けた時には呪霊一体を討伐し二体目は瀕死、三体目に応戦しながらも立っているのがやっとの状態だったようである。
「次に私から。呪力が尽きかけて運ばれて来た日下部さんの診療をした結果、腕、肋骨などの三箇所の骨折、それに伴う出血。足の靭帯をやられていたのでそこも治療。体としては全て元どおりになっています。呪力と血の回復は私ではどうにもならないので自分で回復してもらわないといけません。よって約2週間の休養が妥当と判断。…日車さん、介助があれば家に帰れるので連れて帰って貰いたいんですか問題ないですか?」
「問題ない。家入さんありがとうございます」「コレは私の仕事ですから…とにかく日下部さんが無事で良かったです」
一通りの事情を説明された後、医務室の扉を開けるとベッドに横たわっている日下部がいた。
「……おー…日車…おつかれ…」
「日下部さん…喋らなくていい。家で療養だそうだ。動けないならー」
「いや…大丈夫だ…今回はまだマシだな」
起き上がろうとする日下部に背中に手を添えて介助する。「くれぐれも安静に」と家入に念を押されて、家まで送るという伊地知の言葉に甘えて2人は帰宅したのだった。
「あーー…やっぱり家は落ち着くな…」
帰って早々にベッドに寝転ぶと大の字になって呟く日下部。
「掛け布団の上では寝ないでくれ。着替えはほらここ」
日下部の背中に敷いてある掛け布団を引っ張ると避けて置く。スエットを持ってくるとスーツを脱ぐように促した。
「サンキュ」
ゆっくりとした動きだが部屋着に着替える。その姿を見て日車も部屋着に着替えて二人分のスーツを片付け始めた。
「なぁ…日車」
「なんだ?」
「日常生活は一人でも出来るからそこまで心配しなくて良いぞ」
「…そうか」
「つきっきりで介助をしなくても日常生活は何とかなるってことだ。だから日車は自分の仕事をキチンとしてくれ」
「…無理だ」
「なんでだよ…」
「…夕食の準備をしてくる。とにかく安静にしてくれ」
「あっ…おい…!」
二人分のスーツをクローゼットにしまいながら会話をし「安静にしてくれ」と言うと、日下部の返事も聞かずに部屋を出ていった。
寝室を出て息を小さく吐き出すと台所へ。日下部の体調を考えてうどんをつくる。鍋を用意して水と顆粒出汁を入れて沸かす。家にある野菜を入れて調味料もいれた。そこからひと煮立ちさせると味噌をいれる。味見をしてから卵を落として丼へ。既に温めておいた冷凍うどんは丼へ入っているので上からかける。最後に買っていた刻んだネギを取り出し散らすと味噌うどんの完成だ。寝室を覗くと座ったままの日下部と目が合った。
「ご飯ができたがどこで食べる?」
「そっちで食う」
「わかった。立てるか?」
「大丈夫だ」
日下部が動いたのを見て日車は配膳を始める。うどんが並んだテーブルを二人で囲み手を合わせ「「いただきます」」と言うと一人はうどんを啜り、一人は汁を飲む。
「ん…うまいな」
「…そうか…」
その後はひたすら黙食をし、うどんをたいらげていく。
「ごちそうさん」
「お粗末さま」
日下部がいつものように丼を片付けようとすると日車が遮り持って行ってしまった。洗い物をしている日車に納得のいかない表情て話しかけた。
「なぁ…心配しなくても大丈夫だ。日車の手を借りなくても、普通に生活はできるぞ。今までそうだったんだし」
洗い物が終わり、グラスにお茶を注いでテーブルに置くと向かい合うように座って日車はゆっくりと口を開いた。
「日下部さんが大丈夫なのはわかった」
「なら」
「安静と言われてるだろう?せめて二日ほどは自分も様子をみたい。それに…」
「ん?」
「…俺には心配させてはくれないのか?」
ほんの少しだけ不安そうな表情になっている日車を見てしょうがねーなと席をたちがあると手を取りリビングに置いてある座椅子へ座らせる。「よっこらせ」と呟くと日車の太ももへ頭を置いた。
「何をしている…?」
「膝枕だな」
「それは分かる」
「なんだ?甘えさせてくれないのか?」
ニヤニヤ笑う日下部を見下ろしながら思う。何言ってるんだ?と困り顔で日下部を膝枕しながらこの後どうしたらいいか分からない日車はリアクションの正解が分からない。床についていた日車の左手をとると首筋へ乗せた。
「ほれ…俺は生きてるぞ。さっさと安心してくれ」
日車が触れた日下部の首筋はドクンドクンと血流の動きを教えてくれる。日車の方を向くように横向きになった日下部はそのまま目を閉じてしまう。まるで猫ではないか…無意識に頭や耳周りを撫でいく。
「…呪術師として初めて組んだとき日下部さんは「この仕事は死と隣り合わせだ。死なないように上手く立ち回れ。生きろ」って言ったな」
「…あぁ」
無音が流れた後で日車は呟くと日下部は寝てはいなかったようで反応した。
「今日まで任務というものがどういうものかある程度はわかっていたし、理解したつもりでいた。何よりも日下部さんはどこかで無事だろうと思っている節があった」
「…俺だって普通に怪我をするさ」
「そうだったな…伊地知君からの電話で自分達の任務に対する認識の甘さを痛感したし、正直に言えば血の気が引いた」
「…こういう事も起こる可能性が高いんだお前も俺も…慣れだ慣れ…」
「確かに危険を伴う仕事という自覚を持つことは大事だろう…問題はそこじゃない」
「じゃあ何なんだ?」
「慣れは恐ろしい…」
「はぁ…?」
ぽつりと呟いた言葉に何も理解できない日下部が見上げてくる。
「仕事には慣れも緊張も適度が大事だろう。だが怪我は違う。怪我をするということは死に近づく事だ」
「それはそうだな」
「失礼を承知で言うが…日下部さんは慣れすぎてると思った」
「そんなことはねぇよ。死なない為に必死に動いているさ」
「…そうか…」
「こうやってお前とゆっくり時間を過ごして、あの飯が美味い、この酒が美味い…って笑い合って生きるために働いているだけだ。俺たちの日常って奴は普通じゃねーけど…大事な奴と生活してるとか、そこらへんの一般人と中身は変らんよ…」
「…日下部さんは今日は随分とお喋りのようだな」
「うるせえな…大事な事はちゃんと言わないと伝わらないだろ。お前も恥ずかしがって話を逸らすなよ…おい、俺の目を隠すなよ」
恥ずかしくなり日下部の目を思わず手で覆ってしまった日車に更にその上から日下部の手が重なる。
「いいのか?俺はこのままだと寝るぞ…?」
「それは困るな…ベッドに行くか?」
「ん…行く」
握られた手は繋いだまま、二人はベッドへ向かう。日下部の手を離そうとしたら、引っ張りこまれそのまま二人でベッドの上に倒れ込んだ。
「おい怪我…!」
「治ってるって言ってんでしょーが」
「嬉しそうに…服の裾から手を入れるな」
「まーまー」
ゆるゆると体を這っていた手を押さえ込みどうにか追い出そうとする日車を後ろから抱きしめて首元で囁いてくる。
「俺の帰ってくるところはここだ。安心させてくれよ」
少しだけ甘えるように頭を埋めてくる恋人を首筋で感じながら体の力を抜いた。
「………ん……仕方がないな…」
やはり疲れが出てるのか甘えたモードだな…珍しい…そんな事を考えながら日車は段々と瞼が重くなっていく。
結果、疲れと満腹とで体は睡眠を求めていた様で2人は仲良く眠りの世界へ潜っていったのだった…