とある日時計の針は朝の10時を少し過ぎた頃。今日は土曜日でお父さんはお仕事。パパと2人で今日はお昼ご飯を作る約束をしていたんだ…なのに…
「すみません。家入さん」
「七海も大変だな。焦らず気をつけて」
ここは呪専の保健室の前。パパのところに急に来たお仕事の為に私は硝子ちゃんに預けられた。私は不機嫌にさっきからずっとパパの上着の裾を握っている。しかも強めにです…普段なら「シワになりますから」と言ってきて辞めさせようとするパパだけど今日は何も言ってこない。う…お腹ぐるぐるする…
「はい。なるべく早く終わらせます。雛?」
「雛…ちゃんと行ってきますを言わないと後悔しても知らないぞ」
「パパ…」
「はい」
私がパパを呼ぶとしゃがんで目を合わせてくれる。
「…抱っこ…」
クスリと笑われた気がしたけどパパは私をそっと抱き上げてくれた。パパの首に手を回して思いっきりギュッとする。
「雛…どうしました?珍しいですね」
「う〜〜〜……パパ…ちゃんと帰ってきてね…あとね、今度はちゃんとお料理教えてね?」
私の言葉に答えるようにパパが抱き返してくれた。
「ええ…もちろんです。ちゃんと帰ってきます。もちろんお料理しましょう?」
「ん…パパ…お願いしてもいい?」
「なんでしょう?」
「んと…ハンカチ交換して」
「いいですよ。はい」
「ありがとう…私もはいどーぞ」
私が出したのはいつものピンクや黄色のタオルハンカチじゃなくて黒とページュのストライプの柄のハンカチ。この前にお父さんにオネダリして買ってもらったものでパパとお父さんのよく着るスーツの色だなって思ったんだよね。
「初めて見る柄ですね」
「なんだ雛…随分と渋いな?」
「硝子ちゃん!あのね…パパとお父さんのお仕事の服だと思ったんだ」
「なるほど…よく見てるな」
「えへへ…そうかな??」
パパが渡してくれたハンカチを握りしめた私。パパは片手で私を抱えてくれたままで私のハンカチを受け取ると胸ポケットに仕舞ってくれた。このままずっといたいけど、お時間が来てしまった…パパは私を降ろすとそっとほっぺをムニムニしてくる。
「パパが帰ってきたらハグしてくれますか?」
パパの問いかけに大きく胸を張って答えた。
「もちろん!だから…いってらっしゃい!気をつけてね?」
「ええ…家入さん」
「ん、無茶は禁物だからな?」
「はい。もちろん」
廊下の向こう側から補助監督のお兄さんがパパを呼んでお出かけしてしまったのだった。
「雛。部屋に入ろう」
「うん…」
硝子ちゃんに続いてお部屋に入るといつも座る椅子じゃなくて硝子ちゃんの机へ手招きされる。両脇に手を入れられて持ち上げられると向かい合うように太ももへ座らされた。
「今日は雛はココな?」
「お邪魔じゃないの?」
「邪魔なら座らせないよ?遠慮しない」
「硝子ちゃん…」
「ん?」
「ありがとう」
「うふふ…雛は気にしなくていいの」
「…うん」
お言葉に甘えてコアラの様に硝子ちゃんにピッタリとくっついてぼんやりする。さっきまでパパとお別れするのが嫌でぐるぐるしてたけど硝子ちゃんとくっついていたら少しづつ解けるようにぐるぐるが無くなっていく。
「さあ…私に何かお話してくれる?」
「うん!いいよ?えっとね…」
最近お話があまり出来ていない硝子ちゃんと保育園であった事、お家での楽しかったことなんかを色々とお話してた。硝子ちゃんの抱っこが気持ちよすぎてうっとりしてしまう。
「雛?寝る?」
「ううん…寝ないよ?」
「そうか。寝てもいいよ。起こすから」
「うん。大丈夫だよ…硝子ちゃんぎゅーって凄いね…」
「ぎゅー?」
「ぎゅーって硝子ちゃんとしたら…さっきまでねぐるぐるしてたのどっかに行っちゃった…」
「そうか、どっかに行ったのか」
「うん…パパには内緒にしてね?ぐるぐるしてた事」
「えーどうしようかなぁー?…嘘だよ…内緒な?」
「もう…びっくりしたぁ…」
硝子ちゃんとこうやって喋っている間ずっと背中をトントンとしてくれている…私の手にはパパのハンカチ…パパの匂いと硝子ちゃんのトントン……これは安心しちゃう…あのね?…硝子ちゃん…ねる…ねてし…まう…
「ねちゃうよぉ…?」
「寝て起きたらいい時間になる」
「うん??」
「なんの?」と聞く前に私の瞼は上と下で仲良くなってパパやお父さんみたいにくっついてしまった…
…誰かが背中をさすってる…とても気持ちが良い…安心する気持ちになってモゾモゾとすり寄っていく。パパの匂いだ…私は嬉しくなって手をもぞもぞと動かすとそっと優しく握り返してくれた。ーあぁ…良かった…パパがかえってきてくれたー目を開けようとしたら掌で私の顔を覆ったみたいで少しだけ暗くなる。
「雛、すみません。パパと一緒に少し寝てください」
「…パパぁ?えへへ…いいよぉ…」
「ハグさせて?」
「うん…」
パパに包み込まれるようにギュっとするともう少しだけ私はパパとお昼寝をしたのだった…
雛の安心した寝顔を見て一息つく七海。ベットの側で黙って雛とのやり取りを見ていた伊地知に手を伸ばした。
「心配かけさせました…」
「…本当です…」
七海の腕の中で寝ている雛の頭をゆっくり撫でながら伊地知は空いている手で七海の手を握り返す。
今日の七海に与えられた任務は対峙した呪霊の相性が悪かったようで手こずっていた。やっとの思いで任務を終わらせたと思ったら退治をした呪霊が最期の力で七海を攻撃しそのまま消えてしまい、攻撃された七海は致命傷は負わなかったものの多量の出血と上半身の骨折で急いで呪専へ戻り家入の処置を受ける事に。身体は治ったがどこか目敏い雛が何かを感じるかもしれないと少しだけ一緒に寝る事で誤魔化す事にした七海と伊地知。ほんの少しだけ青白い七海が伊地知の顔を見て微笑むと
「…すみません…私も少し寝ます…」
「ええ…こちらがひと段落したら迎えに来ます。それまで休んでいてくださいね」
「潔高…ありがとう…」
「…建人さんこそ…ありがとう…」
伊地知の言葉を子守唄にして七海は目を閉じた。親子二人に布団を掛けるとゆっくり二人の頭を撫でてベッドから離れた。
「家入さん、配慮ありがとうございます」
自分の机で事後処理をしている家入にそっと一声をかける。
「雛が珍しく随分とご機嫌ナナメだったからな…七海も焦ったんだろう…あまり怒ってやるなよ…伊地知?」
「…はい」
「命があって良かった」
「…はい…私は残りの仕事を片付けてきます」
「あぁ…」
伊地知が処置室から出ていくと七海と雛の寝息と家入のペンを走らせる音。この静寂が続けば良いと家入は微笑んだのだった。