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    はるや゚

    性癖に 素直に従い 書いていた
    やつを投げてく ところてんなの

    ◇これは読んだ方が良さげなリトリンなの◇
    https://lit.link/Haruy4nano

    ◇この話のここ好き!はこちらにどうぞなの◇
    https://wavebox.me/wave/waura4mz8yx8l0op/

    ◇ツイ@4696touhou @kurepuondoV3Mix

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    はるや゚

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    くろそら(お泊まり回)
    「筆が遅くてごめん」1月中に完成させたかった話。長過ぎてグダってるよねすまない…

    最初の北村幼少期エピソード要るかなぁと若干不安に思うけども書いてて凄く楽しかったので一緒にぶつけますドン(おかげで九郎先生がやって来るまでほんの若干長い気がする)

    ##くろそら

    一月◇幸せ繋ぎ 紡ぐ日々


    ――1月のある日の夕方 想楽の自宅


     窓の向こうから見える空は綺麗なオレンジ色。ボーッとそれを眺めてたら幼い頃を思い出した。
     僕がまだ小学校の低学年で、ひとりだけで外を出歩くことにあまり慣れていなかった時の話。

     僕だけで、家の周辺を探検した日があった。

     気になるものがあってそこで立ち止まる僕を『早くしないと置いてくよ』と呼ぶ親の声が聞こえない、自分だけで歩く外の世界はいつもより広く見えて迷子になったらどうしようかとドキドキしたが、それよりも……空を飛んでいる鳥の様に僕も自由になれた気がしてとても楽しかった。

    『鳥さんはどこへ行くんだろう』と、1羽の鳥を追いかけるように空を見上げながら走ったりもしたっけ。赤信号の前で僕が止まっている間に鳥の姿は見えなくなったから追えなくなったけど……あの日以降も何回か鳥を追いかけていた。

     家を出てから数時間経ち空が夕焼け色になった頃、帰り道を歩いていた途中でチャイムが鳴って『早く帰らなきゃ』と焦り駆け足になり、家まであと少しってところで躓いて転んでしまい膝が痛くて泣きながらも歩いていたら、ちょうど僕を迎えに外へ出た兄さんが向こうからやって来て……なんだか、ヒーローみたいで格好良かったなー。このことは、兄さんには言ってないけどねー。

     僕の膝の傷に驚きつつも、兄さんは『いたいのいたいのとんでけー!』っておまじないを掛けてくれて、でもそれで痛覚が完全に消えることはないので『いたいのとんでないよー!』と言ってしまった記憶がある。なんて正直な子なのだろう。

     そのあとは……一緒に手を繋いで、歌いながら家に帰った。そして親にたっくさん心配された。


     あれから10年以上経った現在は、その思い出を作った僕の生まれ育った土地を離れて、兄さんとふたり暮らしで、兄さんは仕事で家に帰れない日が多いけど。



    「ふぅー……」

     呆れという感情からではない、休符的な意味の溜息をひとつ吐いてから、僕たちが住んでいる家のリビングを特に意味もなく見回す。

    (この部屋……こんなに広く感じるっけ……)

     あの頃はひとりで歩く外の世界は広いんだと感じてワクワクした感情を抱いたけど、ひとりきりでいるこの部屋を広いと感じた……今の僕は、

    「……!」

     テーブルに置いていたスマホからピコンというLINKの通知音が聞こえてハッとする。画面を覗いてその通知に目を通すと、僕がこれから会う人からメッセージが来ていることがわかった。

    『あと少しでそちらに着くかと思います。
     急いで向かっておりますので、
     もうしばらくお待ちください。』

     そのメッセージが目に入り、心がホッとした。そう思ったのは、一瞬だけでも……寂しいという言葉が過ぎっていたからだろうか。

    「…………」

    『急がずに自分のペースでいいからねー。
     滑って転ばないように気をつけてよー。』

     今日の天気は晴れだけど気温はここ最近の中で一番低く道も凍っているから慌てず焦らず気をつけてここまで来てね。昔の僕みたいに転んだりしないでね。それをやって頭を打ったりしたら辿り着くのは僕の家じゃなくて病院だからねー?

    ……という思いをこの文章に込めて送信した。

     送ってからほんの少しして返信が届く。

    『お気遣い感謝します。今日という日を
     楽しみにしていたからでしょうか?
     なんだか足取りが軽いのです。』

     急いで向かうと書きながらも、こうしてきちんと僕が送ったメッセージに返事をくれるところが彼らしいなと思い、そういう部分にも安心する。
     あの人のことなので歩きながらではなく、寒い中その場に立ち止まって書いているのだろう。
    ……そういう真面目なとこ、僕は好きだよー。

    『思うのは、あなたと過ごす2日間。
     楽しみにしてたのは僕も一緒だよー。』

    『部屋を暖かくして、のんびりと
     待ってるねー、九郎先生。』

     今日は九郎先生がここへ泊まりに来る日。
     更に明日は、僕たちのオフが重なっている日。

    (さてと、軽く掃除でもしておこうかなー?)

     うっすらと胸の内に浮かんできていた寂しさは夕陽の様に沈み始めていた。


    ――数分後


    (あ……もう到着したかなー?)

     軽めの掃除をしていたら再びLINKの通知音が聞こえたので、気分を上げるために音楽を流していたスマホを手に取り確認する。

    『玄関前に着きました!』

    『今からインターホンを鳴らしますね。』という九郎先生の合図がLINKに送られていたので、それに『了解ー』と返事をすると早速ピンポーンとインターホンが鳴った。

     少し急ぎ足で玄関に向かい、鍵を解除してからドアを開くと――

    「北村さん、お待たせしました!」

     僕の目の前に、にっこりと笑顔を浮かべた九郎先生の姿が現れた。

    「九郎先生、いらっしゃーい。その様子だと転びはしなかったみたいだねー」
    「北村さんに言われた通り、道中で滑って転ばないよう気をつけて来ましたので」
    「ふふ、今日すごく寒かったでしょー? 部屋、暖かくなってるから早く上がったらー?」
    「そうですね。では……お邪魔します」

     そう言って九郎先生が家の中へと入って行き、家の扉はバタンと閉められる。

     そのまま一緒にリビングへと向かい、九郎先生が持ってきた荷物を下ろして色々と準備しているのを隣で僕も手伝った。

     荷物の中は、寝るとき用の浴衣とかマイ桶とかマイ入浴セットの一部とか僕と一緒に飲みたいと思って持参してきたオススメの茶葉とか先日ロケ先で買ってきたという僕へのお土産などなど。
     それらの整理を終えてからの事……


     夕飯を作るまでの少しの間なにをしようかなーと思っていると九郎先生に抱きしめられていた。

    「……どうしたのー?」
    「ずっとこうしたかったので……」

     そっと優しく問いかけてみると、至近距離からそう返答が来た。1月に入ってからは、事務所で会える日はあってもふたりきりの時間はなかなか作れなかったし、僕を補充したくなってきていたんだろうなー。

    「そっかー……」

     久しぶりに抱きしめたい、抱きしめられたいと思っていたのは僕も同じ。だから、うれしいよ。

     九郎先生の頬に僕の両手を重ねてみるとそこはとても冷えていて、外はとても寒かったもんねーとわかっていても少し驚いた。

    「九郎先生、今日も一日お疲れ様ー」

     彼の冷えた唇に僕からひとつキスを贈った。
     そうするとほら、九郎先生の顔がだんだん赤くなって温もりが戻ってきた。

    「ん……北村さんからしてくれるのは珍しいですね」
    「そうだねー、ずっとこうしたかったからー……じゃ、ダメかなー?」

     来てくれる前に少しだけ寂しいと思ってたからとか、理由は他にもあるけど。

    「そんな、ダメではありませんよ」

     そう言ってくれてから九郎先生の右手が僕の顎の下に添えられクイッと持ち上げられる。その、顎クイされるの初めてなんだけどー……僕の知らない間にそうレベルアップされているとびっくりするし、今より更にドキドキするでしょー……?

    「私も、もっとしたいです……」


     部屋の明かりはまだ窓の外側にある夕焼け空。時間が過ぎ陽が沈んで暗くなっていく部屋の中で触れるだけのキスを何度も重ね合わせて、しばらく止まっていた恋人の時間を刻んでいく。気が付けば僕の腕は九郎先生の首の後ろに回していた。

    「ん……っ、九郎先生……」

     ひとつ、ひとつ、触れるたびに心に空いていた隙間が温かいもので埋められていく。けど……

     九郎先生の唇に今度は自分の人差し指を当てて、キスを重ねていく時間にストップを掛けた。

    「んむっ――北村さん……?」
    「……続きはまたあとで、ねー?」
    「は、はい……」

    『あともう少しだけ……』とでも言いたげな九郎先生には申し訳ないが、もうこの部屋自体の明かりを付けなきゃ見えにくい暗さになってるし……

    「そろそろ夕飯を作る時間だからー……九郎先生、一緒に作るの手伝ってくれるー?」


     ◆


     こっちに引っ越して来てからは兄さんに料理を教えてもらっている。兄さんの帰りは遅いか、会社に泊まり込みな日が多いから僕ひとりで作ることが多いかなー。料理の腕は……よくやれてる方だとは思っている。思いたい。

    「北村さん、切っておいた野菜はこちらに纏めておきますね」
    「はーい、ありがとうー」

     今日はいつもと違って、九郎先生も隣で一緒に料理を作っている。たすき掛けをして髪も後ろでひとつ結び、作業モードに入った九郎先生だ。

    『北村さんが良ければでいいのですが、一緒に料理を作れたりしたら……いいなあ、なんて……』

     お泊まりの約束をした時に九郎先生がそう話していて、九郎先生は料理の経験ってあるのかなと思い訊いてみたら『未経験というわけではありませんが、当日に向けて精進します!』とのこと。

    「わー、すごいねー。お花の形になってるー」
    「はい! 特訓の成果が出せました……!」

     わかってはいたけど手先がとても器用だなー。カゴの中の人参は綺麗な花の形に彩られていた。

    「北村さん、次はなにをすればいいでしょうか」
    「えーと次はお肉と一緒に炒めるんだけどー……九郎先生には味噌汁の方を頼もうかなー?」
    「わかりました。具材はどうしましょうか?」
    「後ろの棚や冷蔵庫から自由にどうぞー」
    「それは責任重大ですね……!」

     九郎先生が楽しそうで、隣でそれを見ている僕も楽しくなってきた。よし、僕も頑張ろうかー。


    ――数十分後


    「そちらはどうですか?」
    「あと15分ぐらいで煮込みは充分ってとこかなー。今はまだのんびり待つだけだよー」
    「でしたら、こちらの味見をお願いできますでしょうか?」

     そう言って小皿に味噌汁を少し分けて僕の前に差し出す九郎先生の姿は、なんだかまるで……

    「北村さん? 顔が赤いですがどうしました?」
    「えー? 特になんともないと思うよー? えっと、お先にひとくちいただきますー」

    ……まるで一緒に暮らし始めたばかりの新婚さんみたいだ、なんて考えてしまっていた。


    ――更に数十分後


     テーブルの上に出揃った今夜のメンバーを紹介します。

    ・なにも混ぜていない白いご飯。(味付け海苔などはお好みでどうぞー ◇想楽)
    ・九郎先生にお任せした味噌汁。(具材は油揚げとあおさにしてみました ◇九郎)
    ・味噌汁の具材にするか悩んだ豆腐とネギを別の形で使用したという冷奴。
    ・九郎先生が持参してきたオススメのお茶。
    ・そして花の形に切られた人参で華やかに彩られた肉じゃが。

     これらが今日のお夕飯だ。


    「あの……ここにある物、全て私たちが作ったのですよね……!」

     九郎先生の目が感動でキラキラと揺れている。

    「うん……僕もここまで達成感がある料理をしたのは初めてだよー。九郎先生も手伝ってくれてありがとうねー」
    「私も、北村さんと一緒に料理ができてとても楽しかったです。ありがとうございます」
    「ふふっ……それじゃあ、いただきますかー」
    「はい!」

     両手を合わせて「いただきます」と、ふたりの声が同時に重なった。


    ……とても美味しい。九郎先生の力もあるけど、これは今までで一番上手くできたと思う。野菜に火を上手く通せてたし味付けもいい。九郎先生に任せた味噌汁と途中で追加された冷奴も美味しくて食べやすい。

    「……北村さんは、なにかを食べている時によく幸せそうな顔をしていますよね」
    「そうなのー?」

     口元が緩み過ぎてるぞーとか、そういう風になってるのかなー?

    「はい。本当に美味しかったんだなあって伝わるような笑顔でいることが多いと感じます」
    「どういう顔か自分じゃよくわからないけど……今日の夕飯はすごく美味しいと思うよー」
    「良かった……! 私も、今回は美味しくできたなと思います。機会があれば、また一緒になにか作ってみたいですね」
    「じゃあ今度は、その日に向けて僕も色々と腕を磨いておこうかなー?」
    (隣で綺麗な飾り切りを見せられたのでねー?)


     美味しくできたねーという会話の他にも、あまり一緒になれなかった最近から今日までの間にあった出来事など色々な話をした。ひとり旅に行った日の話とか、お仕事のこととか。会えない日もLINKで話したりしたけど、まだ話していない事がかなりある。

    「――それでですね、明日は気になっていた喫茶店に行ってみたいと思うのですが……」
    「へぇ、いいねー。『あの抹茶スイーツが気になるなー、食べてみたいなー』って感じかなー?」
    「ご名答です。そこの抹茶パフェが気になっているのですが、他のスイーツもとても美味しそうで北村さんもご一緒にどうかなと。……北村さんはどこか行ってみたい場所などはありますか?」

    「そうだねー、僕は――」

     去年の秋頃、九郎先生に誘われて一緒に星空を見た山の中にあるひらけた空間。いつか太陽が昇っている時間帯にも行ってみたいと思っていた、僕と九郎先生がお付き合いを始めたあの場所……

    「……明日までの秘密ってことでー」
    「ふふ……明日の楽しみがひとつ増えましたね」


    ……しばらくして、夕飯を綺麗に完食して手を合わせ「ごちそうさまでした」と言ったのでした。


     ◆


    ――20時過ぎ頃


    「お風呂の準備できたけど、先に入るかなー?」
    「あっ……そうですね……」

     食器も洗い終わった後の自由時間。ソファでくつろいでいた九郎先生に声をかける。

     多分、九郎先生的にはかなり楽しみにしてたであろうお風呂タイムなのだけど本人はどこか悩んでいる様子だった。その顔が薄らと赤いので……もしかして、とは思うけど……

    「よろしければ、一緒に入りませんか……?」

     緊張と不安が混ざった声でそっと訊いてきたそれは、僕の予想通りのものだった。

    「…………狭いよ?」

     出せた返事は「いいよ」ではなく「狭いよ」。他にも言いたいことはあるんだけどね……

    「だ、大丈夫ですっ。北村さんがお嫌でしたらひとりずつ入ることにしても構いませんので!」
    「僕は別に嫌じゃないけどー……ひとりの方が、ゆっくりできるんじゃない?」
    「確かにその方が心穏やかに過ごせるとは思いますが、北村さんと一緒がいいと思う私もいて……その、手は出しませんから……」

     九郎先生の顔は、まだお風呂に入ってないのに既にとても真っ赤だった。


    ――お風呂場


    「…………やっぱり、狭くない?」
    「……その分貴方との距離が近くなると思えば」

     僕と九郎先生のふたりで浸かる僕の家の湯船は当然狭い。体育座りをしていても、お互いの足先が湯の中で少しだけ触れている。

    「んん……この入浴剤、いい香りがするよねー」

     体を少し動かすだけで、入浴剤で綺麗な緑色になったお湯がちゃぷちゃぷと揺れる音が響いてそれがいつもより耳に残る。この入浴剤も九郎先生が持参してきた物だ。疲労回復や肩こり解消、あと冷え性にもよく効くらしい。

    「抹茶の香りだからかなー? なんだか九郎先生みたいで落ち着くー」
    「私みたいで、落ち着く……」

    ……自分で言って急に恥ずかしくなってきた。目の前にいる九郎先生はとても微笑ましそうに僕を見つめていた。

    「ふふっ、貴方にも気に入っていただけたようで良かったです。あ……そうです、この入浴剤をいくつか分けてあげましょうか」
    「あ、ありがとうー。お土産や入浴剤にと色々もらってばかりだし、僕が使ってる物と交換っていうのはどうかなー?」
    「っ! いいんですか……!?」

     九郎先生の目がキラキラしているが『あ、これは私も持っていますね』っていうオチになったらどうしよー……という不安が若干だけど、ある。

    「もしかしたら九郎先生も持ってる物かもしれないけど、柑橘系の香りがして僕は好きなんだー」
    「それが私も持っていた物であっても、北村さんとお気に入りの入浴剤を渡し合えるのはうれしいことです。ありがとうございます!」
    「なら良かったよー」

     実際に自分が持っていた物でも本当にうれしく思ってくれるんだろうなー……そう思うとさっきまでの不安は消えてきたし、会話をしているうちに緊張も解けてきたかもー。

    「そういえば……この前貸した小説、どの辺りまで読めたのー?」

     数日前、事務所で九郎先生に貸した推理小説の話を出してみよう。

    「えっと、事件が起きてしまってから捜査に入ったところです。まさか天乃さんが最初の被害者になるとは思いもしませんでした……」

    「そこは僕も読んだ時びっくりしたなー。失った記憶はどういうのなんだろうーって読んでたら、謎を残したまま呆気なく殺されてて少しガッカリしたよー」
    「ですが、天乃さんの話があのまま終わりだとも思えず……この事件には、なにかとてつもない真相が隠されているのではないかと勘繰ってしまいます」

    「うんうん……九郎先生は現時点で、誰が犯人だと思うー?」
    「そうですね、まず最初に思い浮かぶ人は……」


    ――しばらく経って……


    「……犯人はそこを通って――はっ、北村さん、大丈夫ですか!?」
    「大丈夫ー……じゃあ、ないかなー……」
    「すみません……! 話すことに夢中で気付くのが遅くなってしまいました……」

     九郎先生の推理ショーをもっと聞いていたかったが、もう自分の体は限界らしくのぼせてきていた。頭の中もぽわーっとしてて上手く回らない。

    「ちょっと、先に上がってもいいかなー……?」
    「私のことは気にせず、ご自身の体を優先してあげてください。……動くのも辛いようでしたら、私も付き添いましょうか?」
    「ううん、そこまでしてもらわなくていいよー。九郎先生が満足いくまで浸かっててー……っと」

     身長170センチ越えの青年ふたりが一緒に入ってて狭かった湯船から上がると、ざぱんと大きいお湯の音も上がった。

    「そっちも、のぼせないように気を付けてねー」
    「はい、しっかりと心得ております。北村さんもゆっくり休んでくださいね。それと、のぼせてしまった際は頭や足元を少しずつ冷やすのもいいですよ」
    「うん、アドバイスありがとうー……」

     九郎先生がいる方を振り返りながらお礼を言うと、九郎先生の長い脚はさっきまで僕が座っていた所にまでぐんと伸ばせていた。


     ◆


    ――リビング


    (えーと、頭と足元……これでもいいかなー)

     体も拭けたし寝巻きに着替えることもできた。髪を乾かすのは今日はお休みにする。単純に体がだるくてその過程を飛ばしたいのと、九郎先生がいるお風呂場の隣で髪を乾かしてる最中にガタッて倒れたりしたら九郎先生を驚かせちゃうし……余計に心配もかけちゃうから、無理はしない。

     キッチンの方に向かい冷凍庫の中からバニラアイスを取り出す。今はまだ冬だけどお風呂上がりに食べるアイスもいいものだよねーと思い買っておいた物だ。それとスプーンを持ち若干ふらつきながらもソファまで辿りつけたのでどしっと座り、ひんやりとした夜のおやつをいただきます。

     あぁー……口の中が冷たく甘くて美味しい……今はあまり頭が働かないけどバニラ味の良さはまだわかる。いや、それだけバニラの力が偉大なのか。九郎先生も食べるかなーと思って抹茶アイスも買ってあるし、戻って来たら言わないとねー。

     まだボーッとはするが、アイスを食べ終わったのでカップとスプーンをキッチンのシンクの方に水をつけて置いておく。そして再びソファの方へ戻り、そこに座って九郎先生を待つ。

     アイスのおかげでさっきよりかはマシだけど、それでもまだ体はだるい。待っている間なにしよう……あ、夕方の時と違って九郎先生もこの家の中にいるんだから、会おうと思えば会えるのか。でも、動く元気はまだ出てないんだよねー……

    (ん……なんか眠くなってきたな……)

     まだ九郎先生ともっと話したいし、アイスのことも教えなきゃだから起きてたいんだけどー……あ、だめだ、このままいけば絶対にぐっすり気持ち良く寝れると思う……九郎先生ー、冷凍庫に抹茶アイスがあるので見つけたら食べてもいいよー。それと、もし僕が寝ちゃってたら起こしても大丈夫だからねー……

     ぼんやりしてきた意識の中、しばらくしたら来るだろう恋人のことを考えながら目を閉じた。


    ◇――Side:九郎


    「北村さん、お風呂いただきました――おや」

     お風呂から上がりリビングへ戻ると北村さんの姿が見えず、ソファの方も確認してみたらそこにはその上で体を横に倒し、すんやりと眠っている北村さんの姿があった。起こそうか迷ったが、もうしばらく寝かせておくことにした。

    (どこに座ろうか……そうだ、こうすれば)

     ソファには座れないが、その前にある本来なら足を置くだろうスペース。ローテーブルもあって少し狭いが正座をすればこのとおり、北村さんの寝顔を正面からすぐ近くで眺めることができる。

    (ふふ、気持ち良さそうな寝顔……)

     すう……という北村さんの寝息もしっかりと耳に届いている。こんなにもかわいらしい北村さんを間近で見れるのだから、すぐに起こさなかったのは正解だったなと思う。

    (今なら……いやいやいやいや、北村さんの許可もなくそんなことをしては……! それで眠りを妨げてしまう可能性だって――)

    「すう……すう……」
    「あ…………」

     北村さんの口がほんの僅かに開いていることに気付いてしまった。『北村さんにストップを掛けられたままでしょう!』と頭の中で私が訴えているが、視線を逸らそうと思いつつも現実の私は柔らかいその唇に見入っている。柔らかそうではなく本当に柔らかいのだと、これまで何度もそこに触れたことがある私はとてもよく知っていた。

    ――続きはまたあとで、ねー?

    (もうそろそろ……いいでしょうか?)

     あれから何時間も経過していますし、少しだけですから……

    「北村さん……すみません……」

     待ったを掛けられたままですが、手は出さないと言いましたが……この瞬間だけ、私は悪い人になります。

    「――っ」

     顔を恐る恐る近付け……北村さんの唇にひとつ、一瞬だけの口付けをする。そこは不思議といつもより甘い味がするような気がした。

    「……ぅ、ん……くろうせんせ……?」

     すると、北村さんの目蓋がゆっくり開き、宝石のように綺麗な赤い瞳がじっと私を見ていた。


    ◇――Side:想楽


     口に柔らかなものが触れた感触があり、眠っていた意識が戻ってくる。目を開けてみると、僕が好きな月色の瞳が至近距離で僕を見つめていた。

    「……起こしてしまいましたか?」
    「ん……王子様がお目覚めのキスをくれたおかげでねー? ふふ、起こしてくれてありがとうー」

     口付けで目が覚めるとは……まるでおとぎ話のねむり姫みたいだ、と思った僕を起こしてくれた浴衣姿の王子様は僕から少し距離を置き、深々と頭を下げていた。後ろにローテーブルがあるから本当に少しだけしか距離は取れてないけど。

    「北村さんの了承を得ずに勝手なことをしてしまい申し訳ありません……!」
    「驚きはしたけど別に謝らなくていいのにー」
    「ですが、あのまましばらく寝かせておこうと思っていた数分後には結局……その、貴方の寝込みを襲うようなことを……」
    「まだキスしかされてないっぽいし、僕は怒ったりはしてないよー。それとも……九郎先生は僕にお説教されたいって思ってたりするのかなー?」
    「えぇっ!? えっと、私にそのような趣味はない、と自分では思っているのですが……」

     九郎先生のその反応を狙ってそう問いかけた。
    ……本人にそういう趣味が本当にあるのかないのかは、僕はまだ知らない。

    「ごめん、少し意地悪な聞き方だったよねー。でも、そうだなー……ふふふっ」
    「……?」

     いいことを思いついた。今の僕の口元にはきっと、にまっとした三日月が浮かんでいるだろう。

    「九郎先生、今から僕が言うお願いをひとつ叶えてくれないかなー?」
    「……わかりました。私にできることであれば――いえ、今の私にできなかったとしてもいつか必ず……!」
    「無理難題を言うつもりじゃないから大丈夫ー。九郎先生だからできることだよー?」
    「私だから……」

     腕を伸ばして、九郎先生の深緑色の髪をゆっくりと手櫛で梳いていく。髪を乾かすのをサボった今日の僕と違ってちゃんと乾かしてあるその髪はふんわりと温かく、サラサラ流れて気持ちいい。


    「……もう1回、キスしてくれるー?」

    「っ……! はい、それが貴方の望みでしたら、喜んで貴方にしてさしあげます――」

     そう返事をしてくれて、髪を撫でていた僕の手を九郎先生の手が優しく握って指を絡める。少し目が潤んでいる綺麗な顔が再び近付いてきて……僕は何も言わずに、口をほんの少し開けてそのまま目を瞑った。

    「…………んっ……」

     ちゅ、という小さな音が僕たちの僅かな隙間から鳴る。お互いの唇を重ね合わせて、数秒程だけ柔らかなそれを味わってからゆっくりと離れていく。それと一緒に、絡めていた手も解かれた。

    「……ふふ、ありがとー」
    「こちらこそ……あっ、北村さん、今は体調の方はいかがですか? まだボーッとしますか?」
    「アイスを食べたそのあとで、九郎先生もご存知の通りすんやりと寝ちゃってたからー……さっきよりは全然大丈夫だよー」
    「良かった、それを聞いて安心しました」

     九郎先生はホッと胸を撫で下ろしていた。

    「そうだ、お願いを聞いてくれた九郎先生には、ご褒美あげようかなー?」
    「ご褒美……ですか?」
    「よっ……と」

     ソファの上で寝ていた体をやっと起こす。
    『今のキスがご褒美だと思うのですが?』とか考えてそうな顔で九郎先生がキョトンとしていて、(かわいいなー……)とこっそり思った。

    「九郎先生用に買っておいた抹茶アイスがあるんだけど、お風呂上がりにひとつどうかなー?」

    『抹茶アイス』という単語を聞いて、九郎先生の目がキラッと輝いたように見えた。

     それ食べ終わって落ち着いたらかなり待たせてると思うし……夕方の続き、しようねー?


     ◆


    ――夜10時 想楽の私室


     時間は更に経ち、明かりを消したカーテン越しに月明かりが差し込んでいる僕の部屋。ふたつ並べた布団の中に僕たちは入っている。

    「今日はこちらに泊めてくださり本当にありがとうございます。明日も北村さんと一緒にお出かけできますし……楽しみでそわそわしちゃいます」
    「遠足の前夜に沸き立つ心かな。ドキドキしちゃって眠れませんでしたーは無しにしてよねー?」
    「努力します……」

     聞こえるのは僕たちが会話する声と、窓の向こうから風の音と虫の声。あとは、僕たちが呼吸してる音かなー。

    「北村さん、手を握ってくれませんか?」
    「んー? はい、いいよー」

     そう言って僕の前に差し出された手を自分の片手でそっと握ると、氷みたいな冷たさがこちらの手に伝わってきた。

    「わ……もう冷えてるねー。お風呂上がりの時は温かくなってたと思うんだけどー」

     湯冷め……にしては冷たすぎる気がする。

    「そうですね……寒い時期なのもあるかと思いますが、冷え性でもありますので」

     それは初耳な気がするんですけどー?

    「あれ、そうだったのー? それじゃあ九郎先生、もう片方の手もこっちに出してくれるー?」
    「はい、こうでしょうか?」

     目の前に並んだ九郎先生の冷たい両手を自分の両手でぎゅうっと包むように握ってみる。

    「こうすれば、両方とも温かくなれるよねー」
    「あ……ありがとうございます」
    「しばらくこのままにしておくから、その間なにかお話でもするー?」
    「そうしましょうか。話が盛り上がって、寝る時間を忘れないようにしなくては……」

     部屋が薄暗く相手の顔が見えづらくても、九郎先生がにっこりしているのはよくわかった。


    「……今日はとても幸せな1日だったと思います。久々に恋人として北村さんと共に過ごすことができましたし、一緒にご飯を作って食べたり、お風呂に入ったり……寝る前にこうして私の手を温めるように貴方が手を握ってくれて……これを幸せと呼ばずになんと呼ぶのでしょう」

     握られている両手を愛おしそうに見つめながら九郎先生はそう語る。

    「僕も今日は楽しかったよー。また今度、こういう時間を作れたらいいよねー。お仕事のスケジュールとか兄さんのこともあるし、そう頻繁には作れないだろうけどー……」

     作れる条件は僕たちのオフが重なっている当日か前日で兄さんが家に帰ってこれない日を狙うことになるんだけど、この後に九郎先生から出された話は個人的には驚くものだった。

    「実は……可能でしたら、北村さんのお兄さんに一度ご挨拶をと考えているのですが……」
    「えっ、ちょっと、それって大丈夫なのー?」

    「この家にはよくお邪魔させていただいてますし今日のように泊まらせてもらってもいるのですから。やはり家の主であるお兄さんとも実際に顔を合わせご挨拶した方が良いかと思いまして……」

    「それ、僕の友人として? ……恋人として?」

    『お兄さん、弟さんを私に――!』と言っている九郎先生の姿をたった1秒だけでも簡単に思い浮かべることができたので念の為に訊ねておく。

    「……北村さんの親しい友人としてです。アイドルである私たちが、恋人同士でもあることは……他の誰かに知られてはなりませんので」
    「な、なら安心したよー……びっくりしたー」

     実際に九郎先生と兄さんが顔を合わせられる日が来るのは少し難しいと思うけど……本当にその時が来たら、兄さんにも九郎先生が淹れてくれたお茶を飲んでもらいたいなー。


    「手、結構温まってきてるねー」
    「はい。もう離してもらっても、問題ないかと思います」

     そう言っている声色は、手が離れることを名残惜しそうにしているのを隠しきれていなかった。僕は、温かさが戻ってきたその手を離して……

    「…………」

     今よりももっと九郎先生の側へ近寄って、自分の体をピトっと密着させた。

    「き、北村さん……!?」
    「手の次は多分こうかなと思ってー。まだ僕に触れてたいなーとか考えてたりしてなかったー?」

    「微塵も思ってないと言えば嘘になりますが……ここまでしてもらっても良いのですか?」
    「いいと思ってるからこうしてるのー」
    「北村さん……」

     突然の僕の行動に驚きつつも九郎先生の右腕は僕の背後に回り僕を大事そうに抱き寄せていた。

    「ちょっとー……『ぎゅってしてー?』なんて、まだ一言も言ってないよー」
    「おや、ということは、あとで言うつもりだった、ということでよろしいですか?」
    「む……」

    『はいそうです、その通りですよー』と言うのはちょっと悔しい気がするから、代わりに無言で頷いて、九郎先生の胸辺りに顔を埋めた。

    ……まるで子供を寝かしつけるかのように僕の背中を優しく撫でてくれている。もう子供って年齢じゃないし、あなたと同い年なんだけどなー?

    「……それ、結構落ち着くかも……」
    「そうですか? それは良かったです」
    「うん、そのまま続けててー?」

     それでも、それがとても落ち着くものだから、続けてほしいなって願ってしまう。

    「ふふ……九郎先生の心臓の音、トクン、トクンって聞こえてくるー……」
    「自分にも聞こえてきます……北村さんがすぐ近くにいるからでしょうね」

     心音は少し大きくて早くて、その九郎先生からする音も僕を落ち着かせてくれる。いい匂いもするし……好きな場所だなー。

     そこから感じるリラックス効果もあってか、「ふわぁ」と欠伸が出てきた。

    「もう寝られますか?」
    「そうだねー……無理はせずに寝ようかなー」

     欠伸はひとつ出れば、続けてふたつ目も出た。これは本当に寝ておいた方がいい合図だと思う。

    「九郎先生も、遅くまで起きてないで日付変わる前には寝るんだよー? デート当日、目の下に隈を作らないように、わかったー?」

    「はい、わかっております! ……あの、寝る前にお訊きしたいのですが、今日はこのままの体勢で眠っても大丈夫でしょうか?」
    「えー、僕は抱き枕じゃないんだけどなー?」

     ちょっとだけ悪戯っぽく、そう言ってみる。

    「抱き枕、というよりは湯たんぽかと思います。北村さんを抱きしめていると、ほんのりと温かいなあと思うので」

     吹き出し笑いをしそうになるところをなんとか堪えた。それはちょっとずるくないかなー……?

    「……いいよ。九郎先生の抱き枕でも湯たんぽでも、今はそうなってあげる。特別だからねー?」

     寝てる時とかに身動きが取れないのはあまり好きではないんだけど、今はそれもいいかな。
     背中に感じてる手の温もりがなくなったら……また寂しいって思うかもしれないから。

    「ありがとうございます。では――おやすみなさい、北村さん。また、明日の朝に」
    「おやすみー、また明日ねー。……それと、今の九郎先生も、充分あったかいよー」

     そう呟いて、愛しい人の腕の中で僕は目を閉じる。

    「……そう思えたのなら、それは貴方のおかげですよ」

     そう返答が来てから僕を抱きしめていた腕に力が込められる。(ちょっと苦しいかなー?)と思いながら身じろぐと、それに気付いてくれたのか少しだけ力を弱めてくれた。

     すると今度は、額におやすみなさいのキスが降ってきて思わず笑みがこぼれて顔は緩む。これが幸せそうな顔ってものなんだろうな。

    「どうか悪い夢を見ませんように。今夜はずっと私が側にいますから、安心して眠ってくださいね北村さん…………愛しています」

     髪や背中をそっと撫でられて、落ち着いた声で紡がれる優しい言葉を聞きながら、ゆっくりと、眠りの世界に落ちていく。

     今夜夢が見れるなら、幸せな夢が見れそうだ。


     ◆


    ――翌日の朝


    「ん…………」
    「ふふ……おはようございます。北村さん」

     起きて1番最初に見たのは、布団の中に入ったままこちらを愛おしげに眺めている九郎先生の綺麗な顔……昨日も似たようなことあったよねー。

    「おはようー……九郎先生」

     完全に目が覚めた訳ではないようで意識はまだぼんやりとしている……まだ布団から出る準備はととのってない。

    「もしかしてだけど九郎先生ー……起きてから、ずっと僕の方見てたー?」

     眠りについてから数時間経って、起きた今でも九郎先生の腕が僕の背に回ってて少しびっくりしている。本当にあのままずっと抱きしめてくれてたのかな……

    「……はい、その……いい寝顔でしたよ」
    「そ、そう…………」

    ……『いい寝顔』ってどんなー……?
     よだれは垂れてないよねー? うん、大丈夫。

    「ちょっと動くよー」と先に言ってから体の向きを変える。その時に九郎先生の腕がスッと離れて向こうへと戻っていった。長時間、ありがとうございましたー。

    「7時半過ぎ……」

     布団の近くに置いてあるデジタル時計で今の時刻を確認する。起きるのにちょうどいい時間だ。
     間に毛布を挟んである布団が暑苦しく感じてきたし、そろそろ布団から出よう。

    「さてとー、起き上がりますよー……っと」

     上体を起こすと、冷えた空気が肌を撫でて寒さを感じた。気温は昨日よりは暖かいという予報だったけど……まぁ確かに、これぐらいなら暖房は付けなくても良さそうかな。寒いとは思うけど。

     九郎先生は朝に強いのか、既に布団から脱出できていた。「寒くないのー?」と訊ねながら僕も布団から勇気を出して抜け出すと「慣れ、でしょうか?」と返ってきた。あー、畳の隙間から風が入ってくるのもあるからかなー?


    「あ……見てー? 今日すごくいい天気だよー」

     薄緑色のカーテンを開けると目の前に冬の空気が澄んだ青空が広がっていた。青いキャンバスの中に雲が白のグラデーションを乗せているように見えて、とても綺麗だ。

    「わぁっ……今日はとても良いお出かけ日和ですね、北村さん」
    「だねー。公園とか、自然が多い場所に寄るのも良さそうー」

     あの綺麗な青空の中を飛んでいる1羽の鳥を、僕の目が追いかけていく。

     ねぇ、空を飛んでいて『自由だなー』って鳥自身は思っているのかなー? そっちは楽しいー? 鳥社会を生きるのも、結構大変なのかなー?

    「――空を飛ぶ、旅するきみに憧れた」

     息を吐くように、今日もひとつととのった。

    「素敵な句ですね。北村さんは、やはり鳥がお好きなのですか?」

    「うん、小さい時から今でもそうだねー。小さかった僕にとって、鳥は自由な存在に見えてね? 僕も……鳥になって空を飛んで、行きたい場所へ自由に行けるようになりたいなーって思ってた」

     行きたい場所へ自由に行けるように……か。

    「空は飛べないけど、行ったことない場所へ自分の好きなようにふらりと歩くことは増えたねー」

     ひとり旅じゃなくても、アイドルとしてお仕事で地方ロケに行くこともあるし……アイドル自体が僕には未知だらけの道で、今いる世界だ。

     昔の僕は、アイドルになる日が来るよって言われても全然信じないだろうなー。理由あってアイドルの道を進んでみたら、同じ事務所のアイドルの人を恋愛的に好きになって、後に両想いだとわかって、誰にも内緒でお付き合いを始めたし……

     今日は朝から、僕の隣にいてくれる。

     北村想楽という人間を真正面から受け止めて、そのまま抱きしめてくれるような、僕の恋人。


    「好きだなー……」と僕の口から無意識に言葉が零れていた。

    「私も好きですよ。籠の中にいる鳥を間近でじっくりと見るのもいいですが……私は、壁も檻も無い、広大な世界を思うまま自由に飛び回っている姿を空の下から見ることが好きだなと思います」

    「へぇ……僕もそれ、すごくわかる気がするー」

    (本当に、大好きだなぁ……)

     この青空も、空を飛んでいる鳥も……

    「北村さん、また幸せそうな顔をしていますね」
    「……やっぱり、そう見えたー?」

     肩並べ、窓辺に佇み空見上げ――
     想楽を幸せな気持ちにしてくれる九郎先生も。


    「もうしばらく、ここで眺めてますか?」
    「ううん、このままだと朝ご飯も出かける時間も遅くなっちゃうでしょー?」

     窓に背を向けて、1歩前へと踏み出す。

    「ほら、九郎先生も早く着替えよー?」

     そこから振り返ると見えたのは、こちらを見ている九郎先生と四角の中に映る青空模様。それはとても美しくて、ひとつの絵画みたいだった。

     あの空の下を九郎先生と一緒に歩けることが僕はとてもうれしくて、日常の中にひっそりとある小さな幸せのひとつだと感じている。

     これからも、何度季節が廻っても、一緒に……幸せを、ひとつひとつ繋げていきたいなー。


     ◆
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    Replies from the creator

    はるや゚

    DONEくろそら(🛹衣装編)

    「なんか色味が北村なんだよな」という話。

    3周目の清澄さんが白!黒!赤!緑!という北村想楽色コーデを纏っている事実に今でも驚けるんですけど完凸色も見ると『北村2周目(完凸)と並べてや〜』というメッセージを感じませんか本当にありがとうございました。本当は月イチで出したかったけど無理せずに自分のペースで書いていこうと思えたはるや゚先生の次回作をお待ちください🍵
    二月◇背中を押すのは空からの色


    「…………どう、でしょうか」

     いままでの私だったら着る機会は来なかったであろう雰囲気の、今回のお仕事で着る私の衣装。それを着て試着室から1歩2歩進み、私が着替え終わるのを待っていた目の前の人に声をかける。

    「どこかおかしなところはありませんか……?」
    「うーん、もう少し近くで見させてもらうねー」

     その人からも私に少し近付いて「へぇ……」「こういう風になってたんだねー」とぽつぽつ呟きながら私をじっと眺め周りをくるっと1周していた。な、なんだか緊張しますね……

    「……うん。僕の目にはちゃんと着れてるように見えるよー」
    「そうですか? 良かった……安心しました」

    「まぁ僕は衣装係さんじゃないし、実際は少し変な部分もあるかもしれないけどねー」と語っているのは私と同じくスケートボード大会のプロモーションを務めることになっている北村さんです。
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