土砂降りの雨だった。てらてらと光るアスファルトを踏みつければ、重たいスニーカーが軋んで水をにじませる。蒸れた靴下はいやな感じがしたけれど、ぼくは何も言わずに足を進めた。もはや、何も言うことはできないのだと知っていたからだ。
ぼくの約500メートル後ろにはまだ彼がいる。傘も差さずに、白いシャツを透明にさせて、ただ、けぶった雨に隠れるようにして立っている。
それを考えるだけでむしゃくしゃして、ぼくはわざと水たまりを蹴った。ズボンの裾が黒く濡れて、靴の中は水浸し。舌打ちをして、ぼくは道ばたに傘を放り投げようとした。だけど、すんで止まって、プラスチックの柄を強く握る。これは、彼が最後にぼくにくれたものだった。コンビニで硬貨一枚出せば買える程度のものだったとしても、手放すほど達観とした気持ちにはなれなかった。
――きみは満足したのかな。ぼくをこんな、うらぶれたやつにして。
頭の中のきみが眉をひそめた。ぼくの妄想なのに頷いてもくれないんだね。ひどいやつだ。本当に、ひどすぎるぐらいだと思うよ。考えるだけ涙があふれて、ぼくはそこでようやく(ああ、きみの前で泣いてやればよかった)と恨み言を呟いた。曰く「理性のかたまり」みたいな顔をしたぼくが、泣いてみっともなく縋れば、きみだって失望しただろう。ぼくが普通の人間だと気がついて、ぼくがきみを必要としていることを理解してくれただろう。
ねえ、聞きなよ。ぼくはきみの思う以上に普通の人なんだ。きみを見続けることが怖くて逃げ出して、きみの前で泣きたくないぐらいには意地を張る男。そんな面白いほど平凡なやつだと、きみが分かってくれていたらよかったのに。
そうして、笑う。
もしきみが分かってくれたら、ぼくはとっくに退屈していただろうね。ぼくを理解できないきみが好きだった。ぼくを知ろうとして、特別冴えた頭をぼくのために使うきみが好きだった。その果てにきみがぼくを放り出すことがあったとしても――現に、放り出されているのだけれど――後悔しないと、そのときは本当に思っていた。
……思考がいつもよりも感情的になっていることにはとうに気がついている。だけれど、どうしようもなくて、ただ歩いて、歩いて、歩いた。
大粒の雫がビニール傘に跳ね返って、機関銃じみた音を奏でる。それさえも小さなささやきに思えるような、それこそバケツの水をひっくり返したような大雨の日。
ぼくは、2年付き合った恋人に振られた。