荼毘に付さずに笑ってくれよ あの目が好きだった。4月、クラス替えでそわそわしているオレを見透かすように、振り向きざまに笑んだ瞳。博愛を青く染め上げたような眼差しに、一瞬で恋に落ちた。
王子一彰。オレの前の席に座る、オレの好きな人。
授業が楽しいと思ったのは高校に入って初めてだった。太陽の傾きに応じて濃さを変える髪、垣間見える白い首、学ランで角張った肩に、分厚い布越しでも分かる整った背。それを見ているだけであっという間に1時間が過ぎて、1日が終わる。
初めて「ボーダーに入ればよかった」と思った。ボーダーの防衛任務のせいで王子が見られないときがあるのが、辛くて、苦しくて、憎たらしかった。だけど受験を控えた身で、今更ボーダーに入るのもむずかしい。やむなくオレは隣のクラスに遊びに行っては、ボーダーに入ってる友人に王子の話をせがんだものだった。
「また王子の話か」
「頼むよ。王子ってボーダーでどんな感じなの?」
「どんな感じ言われても……普通やで、普通」
「その普通の詳細を聞きたいんだって」
「お前、ほんま趣味悪いなあ」
呆れながらも友人がボーダーの話をしてくれる。王子は学ランに似た隊服を着ていて、部隊の隊長をしていて、成績も優秀。オレはその話を聞きながら「好きだなあ」と呟く。
「……なんでそんな好きなん、あいつのこと」
「え、分かんない。目が合ったら、なんかもう好きになってた」
「なんやそれ……」
友人が溜息をつく。そんな溜息も気にならないほど、オレは王子が好きだった。
いつか王子に「好き」と言いたい。この思いを知ってもらって――あわよくば、いや、もちろんあり得ないとは思うけど、もし、応えてもらえたら、それほど幸せなことはない。
夢のようなことを考えて、オレは一人で笑う。王子のことを考えるだけで、楽しくてしかたなかった。
……ああ、そうだ。
この時まで、確かに、オレは楽しかった。
楽しかった、のだ。