800字小説練習(ワルロゼ) 今日の一日を終え、寝る前に外に出て春の月を見上げる。季節の心地好い風が小さく歌い、周りはその柔らかい息吹で揺れる草の音以外なにも聞こえない。
今宵の月は一層黄色く明るくて、彼女のシルクのような金糸の艶やかな髪を想起させた。
こんな風に夜空を見上げるのが習慣となったのは、やはり彼女と出会えたから。昼では見られない天然の宝石箱をこうして見上げていれば、遠く離れた彼女と繋がっていられるような気がして。会えない寂しさを銀星の光を拾い上げて埋める。
彼女を愛するまでこんな叙情的な趣味を知らなかった。
『花言葉があるように、星にも星言葉かあるのをご存知ですか?』
いつだったか会話にあった星の話。
今は彼女の誕生星が見える時季。月から目線を外して探してみる。
でもやはり、星座の結び方も知らない自分では、ヒントとなる春の大三角もうしかい座も見つけられなかった。
まあ、元々天文学には向いてないしな。そう苦笑して、短い息を吐く。
すると、春の風が少し強まって何処からともなくこの季節に咲く桃色の花びらを彼の元に運んだ。鼻先を掠め、流れて行く。
その瞬間、胸の中でなにかを報せるように鈴の音が鳴った。風の中から、彼女の香りがした気がする。
花びらの飛んで来た方向へ目をむける。すると向こうの方で等身大の光の塊が湧き上がるのが見えた。それが弾け消えると、そこには愛しい人が。その姿はどんな綺羅星よりも可憐で、魔女というより女神じみている。
少し離れた距離で顔を見つめ、示し合わせたように二人同時に歩み寄って行く。
一歩進む度に心臓は高鳴る。風の音色しか聞こえていなかったのに、足音も自分の胸も今はうるさい。
お互い目の前まで近づき、自然と微笑み合う。
「来てくれるとは思わなかった」
「直接おやすみを言いたくて」
可愛らしい理由だ。普段は大人な印象がある彼女だが、時折垣間見える絵本の少女の面影が愛おしい。
美しい手をすくい取って、甲に口付けた。暖かい季節といえど、夜の空気に晒されその手は少し冷えている。彼女を見掛けて心が火照っている自分にはちょうど良い。
ゆっくり頭を上げ、エメラルドグリーンの瞳を見つめほっとし、自分だけの星に月並みだが正直な言葉を贈る。
「“今夜は、月が綺麗ですね”」