800字小説練習(SB69) 爽やかでまろやかな日差しが降り注ぐ朝。小鳥たちが外でさえずりを競わせる中、今日も合鍵で彼の聖域に入って朝食を作る。
目玉焼きとハムの下でサラダ油が美味しそうな音を立てながら細かく弾けている。
薄オレンジ色に透き通った湯気がもわもわと立つコンソメスープと、ゆで卵とマヨネーズで作った明るい色彩のサラダも用意した。
火を消し、フライ返しでハムエッグを皿に盛り付ければ後は並べるだけ。
テーブルに並べ、少し後ろに下がって全体を眺める。チュチュは両手を腰に充て『よし』頷いた。
後は彼を起こすだけ。パタパタとスリッパの音を響かせ、アイオーンの寝室へ遠慮なく入る。
ベッドの側のラックには書きかけの楽譜が置いてあった。恐らく昨日遅くまで新曲を作り出す事に時間を費やしていたのだろう。
なんだか起こすのが申し訳ないが、自分もこの後から練習がある。悪いと思いつつ、頭まで布団をすっぽり被っている彼を揺すった。
「アイオーン、朝食が出来ましたわよ。起きてください」
『んー……』と間延びした声が聞こえて来る。
すぐに布団の中から顔を覗かせると思っていたが、想定外の事が起きる。
彼の長い腕が布団の中から伸びて来た途端、チュチュの手首を捕まえて思い切り引っ張った。
『きゃッ』という短い悲鳴と共に彼の隣へ倒れ込む。それを待ち構えていたかのように布団に包まれた。ベッドの中へ引きずり込まれた形だ。
呼吸を分け合いそうなほど顔が近い。
「ちょ、ちょっとなにするんですのッ」
何故か布団の中だと声のボリュームを抑えてしまう。いつものお説教のような口調だが、内心では突然の急接近に心臓が早鐘を打つ。頬もすぐ熱くなった。
彼の両手が伸びて来て、途中で頭を撫でながらラベンダー色の髪をわしゃわしゃといじりまくる。次に頬を摩ったり、揉んだり。寝惚けているのか力加減が弱くくすぐったい。
最後に親指で形の良い唇をなぞってから、キスが贈られた。
「んー……。このまま共に睡眠の悪魔に魂を売ってしまおう……」
「もう! 私は寝ませんわよ!」
むにゃむにゃ気味の言葉にそうピシャッと言い返し、腕が緩んだ隙にベッドから脱出する。
「もう、後十分だけですわよ」
興奮とやかましい心臓が収まらず、真っ赤な頬のままアイオーンの部屋を後にした。
「何故、不機嫌そうなんだ?」
ハムエッグを食しながらアイオーンが問う。
「別に」
言葉とは裏腹に向かいに座るチュチュは明らかにむすっとしている。
きょとんと首を傾げるアイオーン。寝惚けていて実はなにも覚えていないのであった。