俺の特等席 暑い夏の日にも、龍は楽しそうに料理をする。
汗だくになりながら大鍋を振るう姿は、きっと幼い頃からこなしてきた家事の名残りなんだろうと思う。
「サッと炒めるだけだし、慣れたら案外気にならないよ」
料理で汗をかくよりヘビーなトレーニングやダンスをしているしね。と、龍は何てことないと笑ってのける。
その姿を見つめながら、冷たい麦茶が入ったグラスを煽る。
カラリと鳴る氷が冷たい。
「出来たよー」
龍は次々と大皿に乗った料理を運んでくる。
二人分の白米と味噌汁を入れたお椀を先立って準備した俺の後ろから、どん、どどん、と効果音が聞こえてきそうなほどにデカい皿。
スパムの入ったゴーヤーチャンプルーに、昨晩から仕込んでいたというラフテー。
いかにも龍らしい、そして夏らしいメニューに腹の虫がぎゅる、と音を立てた。
席に着いて、二人分の麦茶を注ぎ足す。その合間に、龍がもうひとつ盆を持ってきた。
「みんなー! 出来たよー!」
小さいお椀や皿が3セット。
バタバタと、キッチンテーブルから見えるリビングで蠢いていた影たちが一斉にこちらへ向かってくる。
「ガ!」
「テ!」
「リュン!!」
ああ、そうだ。今日はこいつらが居たんだった。
龍の料理姿に見惚れてすっかり放置してしまっていたが、今日は俺がモンがくを、そして昨晩からモンてんを龍が預かっていた。今夜はそのまま三人で泊まりの予定だったからだ。
二泊三日でロケに向かうため、ピックアップが楽だろうということで龍の家に集合することになったわけだが。
「こいつら、明日の朝イチでホテルに預けてくんだろ?」
「そうだね……。シッターさんを呼んでも良かったんだけど、姉鷺さんが業者にオッケーを出してくれなくて」
「まあ、龍の部屋においそれと立ち入れさせるわけにはいかねえからなぁ」
いただきます。と手を合わせて食事を開始する。
両手が短すぎて手を合わせられないけれど、コイツらも一応ちゃんと挨拶はしているみたいだ。
俺たちの後に続いて、テーブルの下から「ガガ!」「テテ!」「リュリュ!!」と声が飛んでくる。短い手を必死に体の前で合わせようとしているのがちょっと間抜けで、そして可愛いと思ってしまう。モンつなの声のデカさを除いては。
「うめえ……」
「本当? よかったぁ」
龍が顔を綻ばせる。何度食っても、龍の飯は美味い。俺と天は完全に龍に胃袋を掴まれてる。その自覚はある。
少し苦味を残したゴーヤは絶妙な歯応えで火が通っていて、スパムの塩気と混ざって夏の塩分が不足しがちな体に染み入る味がした。
米泥棒とはこのことを言うんじゃねえかって思うくらい、あう。
ラフテーも、龍自慢の味付けらしく、度々食卓に登場する。これが家庭の味ってやつなんだろうな…、時々龍は「お袋の味はもう少し甘かったんだよなぁ」なんてぼやきながら味見をしている。
俺からしたらどれも美味いンだが、龍は納得がいかないらしい。凝り性なところも、カッコいいと思うし、思考錯誤して少し丸まった背中が可愛いとも思う。
そんな姿を後ろで見守れるここは、俺だけの特等席なんだ。
「ごちそうさまでした」
天が後から合流する分も含めてのこの量なのだと納得しつつも、俺たち二人だけでそれなりの量が消えた。アイツ、あんな細っこいくせしてマジで食うんだよ。どこに入ってくんだって思うくらい。
「材料まだあるし、足りないって言われたら追加で作れるから大丈夫だよ」
俺の顔を見て、気にしていると思ったのか、龍がフォローするような一言を告げてきた。バレてた。
だって美味いんだよ、本当に。龍の愛情をたっぷり注がれて出来た料理たちに、嫉妬しそうになるくらい。龍が手間暇かけて作ってくれた料理の分、俺はたっぷりと龍に愛情を注いでやらねえとなんだが。
……まだその時間には早い。
急かす自分と嗜める自分が戦っている。満腹になって邪な思考に支配され始めた脳内のモヤを頭を振って振り払う。
「片付けは俺がやっとくから、龍はちょっと休んどけよ」
「ありがとう。それじゃあ、お願いしようかな」
モンがく達の皿にくっついてた食べカスをスプーンで掬ってモン達に食べさせていた龍は、綺麗になった皿をまとめてシンクへ置いた。
「みんなも一緒においで。お水飲もうね」
龍の足元にトテトテと三人(三匹?)がくっついて回る。まるで餌を求めて母親に縋る子猫みたいだなんて、安直な感想を抱きつつリビングのソファに向かう龍たちを見送り、俺は洗い物に専念することにした。
調理器具は、龍がすでに洗い終えている。
こういうところの手際は見習いたいなと思う。二人と三匹分の洗い物をして、水切りカゴにそれぞれ入れていく。
人間用とモン用で分かれているカゴが、大小並んでいるのが新鮮だった。
シンクやテーブルも、水気が残らないように拭き上げる。じいちゃんの店での手伝いが活きる瞬間だ。最後に布巾を洗い絞って、タオルかけに広げて干したら終了だ。
「龍、終わっ……」
リビングに向かうと、ソファの上で龍が寝転んでいた。横向きになり、クッションに頭を預けてスヤスヤと寝息を立てている。
その胸元にはモンがく。
モンてんは龍の曲げた膝の絶妙なスペースに。
そしてモンつなは、龍とソファの隙間に挟まるように後頭部付近に埋まっていた。
「ったく…」
満腹状態で三匹もモンに囲まれていたら、温もりで眠くなるのは当然だ。
どうしてくれようかと頭を掻き、安らかな寝息を立てる四人を見下ろす。
モンがくの頭に、龍の指がかかっている。
おそらく、三匹が龍に構って欲しくて迫り、龍がそれぞれをあやして撫でている内に寝落ちた。そんなところだろう。
龍の胸元にすっぽりと収まり、頭を押し付けながら満足げな寝顔を浮かべるモンがくに、意味もなくイラっとする。
「そこは俺の特等席なんだぞ」
ツマミ上げてやろうかと思って手を伸ばしたところで、龍が「んん」と唸り声をあげる。
その寝顔が、あまりにもふやけていて。
はーーー。と盛大なため息をつき、雑に龍の頭をわしゃわしゃと撫でつける。
んぅ。と唸った龍の後頭部で、モンつながくるりと寝返りをうつ。パチパチと瞬きをしてこちらを見上げてきたので、慌ててモンつなを指で撫でてやる。
「悪い。起こしたな」
「リュ……」
寝るときだけは静かなんだよな……。
頭頂部を指でマッサージしてやれば、モンつなもすぐにとろけて目を閉じた。モンがくの位置で今日は寝るぞと心に決めて、俺はスマートフォンで四人の寝姿をこっそり撮影する。
これは明日の移動中にでもSNSに投稿してやろう。俺の特等席をモンがくに譲った罰だ。
「……シャワー浴びてくるか」
一人で盛り上がり、その気持ちをぶつける先を失ったまま、俺は浴室へと向かった。
唯一洗わずに残していた麦茶のグラスが二つ、溶けた水の中で氷がカラリと音を立てる。
可愛らしいあいつらの寝顔を見れるのだって、俺だけの特権なんだ。
「ホント、しょうがねえなぁ」
だれに告げるでもなく一人ごちて、頭を冷やすべく冷たい水を浴びる。
ベッドの中で感じる、龍の体温を思い浮かべながら。
完