放課後の練習を終えた侑は、体育館外の水道で立ち尽くしていた。
『何でバレー続けてるほうが「成功者」みたいな認識なん?』
「八十歳なった時、俺より幸せやったって自信持って言えたんなら、そん時もっかい俺をバカにせえや」
言い合った言葉を反芻して、顔に思いっきり水をかける。二月の水道水はひどく冷たくて顔が凍りそうだったけれど、侑はしばらくぽたぽたと水を滴らせたまま考えていた。
ふと隣に誰か来た気配がする。そいつは五のことなんか気にかけず水を飲んで顔を軽く洗い、立ち去ろうとする。
「おい、なんか言えや!」
「えっ、やだよ面倒くさい」
答えたのは角名だった。その表情の薄い顔面を睨んでいると、
「先に顔拭きなよ」
ともっともなことを言われ、顔に慎重にタオルを当てがった。
「今日の生喧嘩俺もちょっと見てみたかったかも」
「……今日のは治が悪い」
「話聞く限り先に手出したの侑らしいけど」
「あいつがいきなり変なこと言うからや」
「出た、屁理屈」
タオルで手を拭きながら、角名は苦笑する。
「侑、バレー辞めるって選択肢がハナから頭になさそうだしね」
「……お前はあるんか」
「あるよ」
角名は当たり前のように言う。侑は思わずかっと角名を睨んだが、
「ちょっと、俺は殴んないでよ」
と言われ、目線を反らした。
「選択肢あるけどやってるし、当分辞めるつもりはないから、それでいいじゃん」
侑はなんとなく釈然としない気持ちで話を聞いていた。
「じゃあ、お前はなんで辞めんの?」
「他に、バレー以上に好きなことも、やりたいこともないから」
角名はけろりと言う。角名のこの熱さのない言葉を、侑はときどきうまくつかめない。
「お前、バレーなかったら碌な人間にならなさそうやな」
「バレーやってなくても、それなりに人生やってけるほうだとは思うけど」
風がひゅう、と吹いて、汗ばんだ身体を凍えさせようとする。
「無駄話やめて帰ろうよ」
「先に話始めたん角名やろ」
「また屁理屈」
そう言い合いながら、二人は部室へと向かった。