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    hareteichi24

    @hareteichi24

    メッセージを受け取れる設定に変更しましたので、なにかご用がありましたらご活用下さい。

    今現在、R18もの置き場になっております。あと、ついった裏垢の呟き保存用。

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    hareteichi24

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    表現としてのモブ一がありますのでご注意!話の初めからシェリーに(不本意の)番がいます。番の解除を目指して内容が進みます。
    弁シェリでオメガバやってみたら案外書いてて楽しかったんで、ここで書き溜めて終わり次第pixivにまとめるつもりでいます。
    独自っぽいオメガバ設定などもありますので、気になる箇所などありましたらすみません。オメガバ、すべて拝読したわけじゃないんでどれが独自なのかが正直わからない。

    #カラ一
    chineseAllspice
    #弁シェリ
    lunchbox
    #BL松
    #オメガバース
    omegaverse

    弁シェリでオメガバースをやってみたattention

    ・1話目であり完結してません。気まぐれに続き書きます。

    ・弁護ぴ α /シェリー Ω
    ・表現としてのモブ一にご注意ください。細かい描写はないです。
    ・初っ端からシェリーの方に弁護ぴじゃない番がいます。
    ・最初弁護ぴが冗談じゃなく冷たいです。

    ・pixivの方にある弁シェリシリーズと同じく、
     弁護ぴは一切イタさなし。テンション低い。
     うるさくない。わりとまとも。
     ノット DT
     サイコごぴ好きの方にはお勧めできない一品。
     弁護士ってのと喋り方くらいしか名残なし。
    🔘ここ↑↑↑はほんとご注意ください!!肌に合わないって方は見なかったことにして回れ右することを本気で心よりオススメします🔘

    ・でも本人はいたって真剣にカラ一、弁シェリのつもりで書いてます。
    ・オメガバース、法律など独自設定色々てんこ盛り。

    以上。書き漏らしあるかもしれませんが、なにがあっても大丈夫という方はぜひぜひどうぞ。むしろ、おいでませ。


    _____________________



    第1話

    はじめに電話をとった時、やけに自信なさげに話す聞き取りにくい声だな、と思った。
    来訪の日時を取り決めてすぐ、やりとりを終え受話器を置いた際に残っていた印象といえば名前が同じ松野だったということくらいで、いつもと同じ段取りを踏んで依頼を受けるか受けないかはその時に決めればいい。
    そんなふうに思える普段となにも変わらない、両手に抱えられるだけ抱えるうちの取るに足りない仕事の一つでしかなかったはずだった。


    実際、その松野一松と会って抱いた印象は受話口を通してイメージしたものとそれほど違わず、20歳そこそこという年若さのわりに覇気がなく、半分閉じた目は暗く沈んでいて顔色も悪い。猫背でさほど身だしなみにも気を使わず、相変わらず話し方もボソボソした…なんというか、どこか生きる気力に欠けるところがある。そんな人間だった。
    応接スペースに通したあとも、話す気があるのかないのか。俯いたまま落ち着きなく己の両手の指を膝の上で絡めるばかりで口を開こうともしない。その中で時折、皮膚炎かなにかで赤く爛れた首元を鬱陶しそうに掻くため手が伸びている。
    時間ばかりとられるのはあまりに好ましくなく、話を促そうとした矢先に向かいから押しつぶされたような声が聞こえてきた。
    なんの音かとマジマジと相手を見ていると、その顔がほんの少しあげられる。
    「……αの友達がなんか、見ず知らずのΩを無理やり番にしてしまって…」
    ようやく始まった本題に耳を傾けるが、果たしてそのαの友達というのがただの友人なのかどうか。
    「なるほど。αの友達、か。…ところで、君の性はなんだ?」
    「…α、ですけど…」
    その主張とは裏腹に彼が入ってきた時から気になっていた匂いがまた鼻を掠め、一瞬拭うようにして手の甲を押し当てた。
    「ふむ、…では俺がなにかわかるか?」
    「…どうせ、αでしょ…。弁護士なんかやってるくらいなんだから…」
    「偽証罪だな。いや、身分詐称か」
    なぜわざわざαと偽ったのか、目的はわからなかったがその言い分からも彼自身がそうではないことが知れる。
    しかし相手は告げられた内容の趣旨がわかっていないのか、怪訝そうにその短い眉が寄せられた。
    「…は?」
    低く短い一音を耳にし腕を組む。ふっと笑うように息を吐き出すとバカにされたとでも思ったのか向けられる視線が険しくなった。
    「αはΩに対してだけでなくα性を持つものも判別できるぞ、知らなかったのか?」
    そのせいで競争社会の縮図のように、誰彼構わず自分の力を誇示しようとする者も一定数いるのが煩わしくもある。
    判断材料はそれだけではなく。彼がβや、ましてやαでないことなどここに入ってきた時から知りたくなくとも気づいていた。
    「それに、この部屋に充満する匂い…」
    「………悪かったな、どうせΩだよ…」
    一度小さくスンッと鼻を鳴らすとあからさまにその顔が歪む。心底嫌そうなその態度を見て、いくら意図の知れない偽りを語った相手とはいえさすがに無神経だったかと、思いはしたが…。事実しか述べていない現状では特に謝罪を入れるほどのことでもない。
    しかも余計なことだろうが、自分がΩであることを気にしすぎじゃないのか?という印象を抱いた。
    「そこまで卑屈になる必要があることなのか俺にはいまいち理解できんが…。それで?相談というのは先ほどの内容からして、番の解除で合っているのかな?それとも君とパートナーになるはずの相手が他のΩと番契約を結んでしまったという話なのか。直接会って相談したいとのことだったが」
    再度話を戻すと、一気に苦虫を噛み潰したような顔になったクライアントが自分の膝の上に置いていた手を握りしめたのが見えた。


    またそこからしばらくダンマリを決め込んだ相手が不本意そうにモソモソと話し始めたのが優に十分以上が経過してからだった。
    ところどころ聞こえにくく、話の合間に黙り込んで、途中経過を説明していたと思ったら最初に戻ったり。まだ本人が落ち着いて話せる状態ではないのかもしれない、と考えればよく筋道が立ってる方かと思われる内容を総合すると。
    抑制剤を所持していない状態で突発的なヒートが始まり、運がいいのか悪いのか…この場合は断然後者であろうが、人気のない路地裏で動けなくなっているところに匂いにつられてやってきたαに襲われた、ということらしいが。
    「…で、合意なく番にされていたということか。最近多いな」
    少なくない数の同業者が受けた案件の中に複数のレイプおよび、レイプ未遂があったはずだ。その被害者の大半がΩだったような気がする。
    「被害届は?」
    「………出してない…けど…」
    「…なぜだ?必要なら今からでも提出できるぞ」
    先ほどから観察していた表情には、わずかな緊張が覗くものの嫌悪や抑えきれないほどの恐怖などは浮かばない。届けを出すかとの当然とも思える問いかけにもゆっくりと首を振ってみせただけだった。
    「……薬持ってなかった、おれも悪いし…」
    言い方は悪いが、そういうことには慣れているとでも言いたげな諦めの混じった態度で細く息を吐く。
    ついで口元をキツく引き結んだと思ったら、次の瞬間少しだけ早足になった言葉がこぼれ落ちた。
    「……でも。同意なしなら、裁判所から解除命令を出せるって聞いて…」
    ボソボソ話されるその声に少しの希望が滲んだように思えただけに、よくあることとはいえそれをわざわざ叩き潰すのに毎度多少の引け目は感じる。
    「できなくはないな。ただ、それが真実であるのなら。という話になってくる」
    なるべく事務的に、シンプルに要点だけ告げるとおずおずとその顔があげられる。
    「…どういうこと…」
    「合意ではないと、どうやって証明するんだ?その時の互いの精神状態、音声、映像、第三者からの証言なんでもいい。非合意だったと証明できるほどの確かな証拠はあるのか?」
    必要とされるだけのそれらが集まればできないこともないが…。実情、難しい場合が多い。Ω側が緊急用の抑制剤を持っていなかったならなおのこと。悪意あるハニートラップじみたものが横行した時期があったせいで判定が厳しくなっているようにも感じていただけに、そうそう楽観的なことなど口にできるはずもなかった。
    「……今まで、解除命令が出されたことあるわけ?」
    「あるにはある。ただ、大半が衆目監視において起きた事例だ。その分、証言が多く集まるからな」
    戸惑いを含んで弱々しく問われたことに小さく頷く。が、全肯定の意味ではないのが伝わったのか、向かう顔色が若干悪くなった。
    「…あの、割合としてはどんな…」
    「ん?解除命令を求めて提訴した総数との割合か。まあ、聞かないほうがいいと思うぞ」
    「………そんな少ないんだ…」
    縋ろうとしていたわずかな希望など消し飛んだようで、にわかに表情が打ち沈んだ様子にこちらもため息を吐く。
    「法律やら国を形造っているのがαだからな。どうしても自分達に優位なものになっていくのは分かりきったことだろう」
    今までそれほど生きにくさを感じていなかったのだとしたら、相当に大切に育てられたΩだったのか。思ったが、成人しているとはいえそれならそれで今回の被害にまず保護者が動いていないところからしておかしい。じゃあ、単なる世間知らずか鈍いだけなのか。
    あと一つ、気になる点もある。30分枠の相談時間を超過しそうだが、その点を目の前にいる相手に納得させることができればひとまず解決しそうなだけにわずかに身を乗り出した。
    「そもそも、番解除のために訴えを起こそうというくらいだ。相手は納得してないんじゃないか?相手が別れたがっていないのならそのまま添い遂げるのも一つの手だと思うんだがな。少なくとも一生が保証される。それともその相手は救いようのないほどのクズなのか?」
    一目惚れとかいう類で気に入られたのなら現状すぐに捨てられることもないだろうし、αとΩの番に限っては絶対数が少ないため普通の婚姻関係よりもかなり優遇された制度が設けられている。Ωの場合、独り身でいる時よりも生活しやすくなる環境が整うようにも思えたこともあり、むしろ番解除の必要性を見出せずにいた。
    だからこそ、ここまで渋るのは相手に問題があるせいかとも思っていたのだが…。
    「……違うけど…」
    それには戸惑ったようなはっきりしない否定の言葉が返ってきた。そのついでのように不貞腐れた表情でまた首元を掻く。
    かすかに血が滲んだそこを見るともなしに視界に留めてしまい、気取られないよう小さく眉を顰めた。
    「けど、なんだ。もしもDVを受けているというなら話は変わってくるぞ」
    「…だから、違うってば……。たださ……。あんたって、そんなんで人好きになったことあんの?」
    「どういう意味かわからんが、そこそこ交際経験はある」
    論点がズレにズレた挙句に、どこかバカにしきった視線を投げかけられてまた腕を組む。
    「…へー…。相手は?Ω?」
    「いや、全員αだな」
    相変わらず人を蔑んだ目で見ていた相手が、そう答えた瞬間言葉を失った。
    「……え、なんで??αって自然とΩ選ぶもんなんじゃないわけ…?」
    なにをそんなに驚いているのか知らないが、αとΩがいたとして100%が無条件に惹かれ合うわけでもない。まだ熱烈にただ一人の『運命の番』を探す、運命論の信奉者もいるにはいるが自然と選んだ相手がΩだった経験はあいにくと持ち合わせていなかった。
    「誰を基準に言っているんだ?いろんな人間がいるだろう。俺の場合は単に、劣った人間と話していても退屈するというだけだ」
    「……劣ったって…」
    わずかに傷ついたように目元を歪めた相手を見て、自分の失言に気づく。
    「ああ、誤解のないように言っておくがΩが劣っているという意味で言ったんじゃない。ただ、話の程度が合う人間がすべてαだった。それ以上の意味はないからな」
    Ωと話したことがないわけではないが、どうにもこちらの動向を窺うようにまとわりつく粘着質な視線やその態度が煩わしく思えることもあり、仕事や必要がある時以外特に関わり合う機会もなかった。
    話していて忖度なく意思疎通をはかれたのがたまたまα相手だったというだけで、Ωを蔑める意図があったわけではない。が、付加した言い分も受け取り手にとってはただ不快でしかなかったようだ。
    グッと下唇を噛んだまま俯いたクライアントがしばらく黙り込んだと思ったら、絞り出すような声で呟いた。
    「…………おれ、あんたのこと嫌いだわ…」
    くぐもってはいたが、声とは裏腹にキッパリ言い切られて思わず数度瞬く。
    自分の抱えた不快感を怒声やこちらに向けてぶちまけるコーヒーに込める相手はいないでもなかったが、嫌悪感を言語化したヤツはそれほど…。いや?待て。死ねや殺すなどのいっそ笑えるほどの明確な殺意は向けられたことがあったな。それでもここまで直情的な嫌いは初めてかもしれない。
    「…初対面で嫌われるのは慣れているが、面と向かって言い切られたのは初めてだな。答えを返したほうがいいか?俺は嫌いでも好きでもない。クライアントにいちいちそんな無駄な感想は抱かない主義なんだ。このまま俺を頼るのも良し、見限って別の弁護士を頼るのも良し。君の気に触らないのなら、腕のいい仲間の弁護士を紹介することもできるが。どうする?」
    「…αって、クソばっかだな…っ」
    どれだけ罵声を浴びせられようと特に興味のないものから受けるそれらに腹を立てる謂れもない。
    反対に初対面の弁護士が言った含みのない言葉にさえ傷つくような相手なら、Ωからの依頼を優先的に受け入れている同業事務所に依るのがよほど賢明な判断なんじゃないか?
    そう思えてならず単なる親切心で差し伸べた提案にもα全体に対するクソとの形容が返ってきて、どう応えようかと顎を撫でた。
    「そうか?その認識が改まる日が来ることを祈ってるよ」
    結局どう返そうがまた無駄に傷を増やしそうだなとしか感じなかったため、笑みを深めて適当に濁す。
    容赦のない罵倒でも投げ返されるとでも思っていたのか、笑顔を浮かべたこちらを呆気に取られた顔で見つめたあとで不快そうに眉を顰めてみせた相手が、口を噤んで小さく頭を下げた。
    「…、お時間取らせてすみませんでした…」
    「いや、こちらこそ。いい弁護士が見つかるといいな」
    最後まで耳に届きにくいこもった話し方を貫いた相手を見送ってすぐ、事務所のドアを閉めながら室内を振り返る。
    まだうっすら感じる残り香を誤魔化すように手のひらで鼻を拭った。
    それにしても、…たしかに番のαがいると言っていたよな?あれが虚偽なら一体なにしにきたんだという話になる。
    影響を受けるほどではないが、なぜここまで匂いが認識できるのか。自分の感覚がおかしくなったのかと首を傾げながら空気を入れ替えるために窓を開けた。


    ※※※※※※※※※※※


    出先で思いがけず手間取って、予想外の時刻を示している腕時計を見下ろし疲労感から息を吐く。
    このあと一件入っていたアポは急ぎでもなかったため連絡を取ったのち明日に日時を変更済みで、午後からは事務所に戻り溜まった書類をある程度まで片付けるつもりでいた。
    それにしてもまさか外で…と言っても喫茶店内ではあったが、あそこまで豪快に泣き叫ばれるとは思ってもみなかった。
    自分から申し出た離婚調停でもうすぐカタがつくという段になって、嬉しくて泣いているでもなく悲痛に喚かれるこっちの身にもなってほしい。
    ようやく頭が冷えたとかなんだろうがな…。
    散々引き止められてた当初から相手の言うことに全く耳を貸そうともしない態度を貫いていたくせに、向こうが納得して引き下がった今、手放すのが惜しいとかどれだけだ。
    自分に課された役割を粛々と果たすまでとは思うものの、正直気分は良くない。
    一度離れて時間をおいてみれば冷静になれることもあるだろうが、その前に感情のまま突っ走った結果があれではどちらも救われないだろう。
    ……まあ、ここまできたらどうでもいい。というか、今さら自分にはどうにもできないが正しい。決めるのは本人たちだ。
    不快感を振り払うようにまた息を吐き、雑踏を進んでいる途中で覚えのある香気が鼻を掠めた。
    まさかな、と思いつつ足を止めて横の路地から流れてくる弱い風を身に受ける。それに含まれるかすかな甘さに眉を顰めてそちらへ視線を投げた。
    狭く薄暗い路地に人影なんかは見当たらず、気のせいかと思った瞬間奥の方でなにかが動いたのに気づく。
    すぐに物陰に隠れてしまったそれを無意識に追い、足を踏み入れた細い路地は所々にガラスの破片やボロボロに擦り切れたチラシなどが散乱しており決して居心地の良いものではない。
    正体を確認したらさっさと引き返そうとそのまま進んだ先で、顔を覗かせたのは1匹の猫だった。
    野良にしては毛並みも悪くなく、小柄だが痩せ細っているわけでもない。
    迷い猫という文字も一瞬よぎったが、首輪もしていない状態では確かめようもなかった。
    そうか…、猫か。
    内心呟き、まだしつこく鼻腔に感じる匂いの残滓を誤魔化すように頭を振る。
    あの時よりは幾分印象が薄いが、間違えるはずもない。そうは思うものの、おそらく直近でこの道を通ったとかなんだろうと結論づけたところで、少し奥に進んだ場所に佇んでいた猫が振り返って鳴き声を上げた。
    餌でも持っている人間と捉えられたのかわからない。数度細く甲高く鳴いたその猫が、グレーの被毛をわずかな光に煌めかせまた先へと進んでこちらを振り返る。
    「…悪いな、キティ。なにも持ってないぞ」
    そう言って聞かせても急かすように何度も鳴かれて仕方なくあとに続いた。
    好奇心よりは万が一を恐れての行動だったが、厄介なことにその万が一に行き当たってしまいハッキリ言えば途方に暮れた。
    名前を思い出そうとして確か自分と同じ苗字だったはず…程度の不確かなものしか思い浮かばず、硬いコンクリートの上で窮屈そうに丸まった人物をただ見下ろす。
    死んでたらそれはそれで面倒なことになるな…。
    確かめるため身をかがめて、手の甲でその冷えた頬を軽く叩いた。
    「…おい、…松野くん…で合ってるよな?寝てるだけか?」
    頭の横に無造作に置いてあるコンビニの袋からは数個の猫缶が転がり出ている。それ以外ではペットボトル類も人間の食べ物もない。
    飲食した形跡すらないんじゃないか?
    そう思えるほど血色の悪い顔を見て、かける声量を増した。
    「生きてるか?返事もできないほどなら救急隊を呼ぶが…」
    ん…っ、と小さく唸って眉間にシワを寄せた相手が掠れた声で何事か呟く。
    「………生きてる。…から、救急車はやめて…」
    最初は聞き取ることも難しい吐息混じりの囁きで、徐々に面倒ごとを嫌うような口調で言葉を吐き出した。
    「…こんなところでなにしてるんだ」
    単独ではあれほど甘ったるく感じる匂いも、何日このままなのかわからない体臭と路地裏の臭気が入り混じって正直耐え難い。
    それでもここで何事もなかったように立ち去れば、おそらくまたこの場所で夜を越すであろう相手を放っておくのも気が咎めてその場に留まる。
    「猫の餌より自分がまずなにか食すべきだろう」
    返事がないことにため息をつき、傍らに転がる猫缶を視線で示した。
    「……餌いうな」
    「他になんて言うんだ」
    今度は返ってくるものがあったが、のっそり怠そうに身を起こしたその男に軽く睨まれる。
    「…思い出したわ。誰かと思った…」
    「家にも帰ってないのか?」
    かまわず続けた問いかけに意外そうに目を瞬いた相手が、瞬時失望を浮かべて薄く笑った。
    「………家って…ああ、実家?」
    その表情はどういう意味だと問い質したくはなったものの、言葉を呑み込みひとつ頷く。
    「あー…3日、あれ?4日前か?…帰ったけど、相手と話し合えって連絡されそうになったから、わかったって答えて…出てきた」
    「で?」
    答えを聞いてすぐ質疑を重ねた自分を怪訝そうに見返したあとでかすかに首を傾げてみせた。
    「で、……ってなに」
    「相手のところには?」
    「は?…行くわけないじゃん…」
    当人が意図的に避けている相手だ、当然か。
    思って首筋をさする。
    「……最後になにか口にしたのは?」
    内情を知っている身とはいえ面倒ではあった。それでも、一応成人男性であるこれを保護するかどうかはひとまず置いておくとして、見捨てて死なれるのはどうやっても後味が悪い。後日、新聞の記事で知るとか可能性としてなくはないだろう。
    「…………昨日、水飲んだ」
    たいした答えを期待していなかったその問いに、しばしの沈黙ののちか細い声がそう告げる。
    期待していなかったとはいえ、悪い意味で予想以上の内容に頭が痛くなるのを感じてこめかみを押した。
    「なにか食べたいものはあるか?」
    「……もうここまでくると食べなくてもいいかも…」
    億劫そうに薄汚れた壁に身を預けた相手が小さく囁きふたたび目を瞑る。
    「だから行き倒れたんだろ。……なにか食べに行くにしても、その前に消臭スプレーでも買ってくるか。いろいろギリギリだぞ、君」
    この状態で銭湯やらに放り込んでも中で力尽きてぶっ倒れられるのがオチだ。
    コンビニでパンでも、と思わなくもないがこの場所から引き摺り出すのが先決のような気がしたため、店内に入れてもらえるかどうかはわからなかったが行き先をこの近くのファミレスに定めた。
    顔を顰めて見下ろした俺に気だるげに視線をよこした相手が心底おかしそうに笑い声を立てる。
    「…ひひっ…なに、…おれファ◯リーズぶっかけられんの??」
    「笑いごとじゃない」
    さっきまでコンクリートに張り付いていたくせに妙に明るく笑う彼の声と、俺の吐き出した苦々しいため息とが狭いそこに反響した。



    「まだ気が変わらないのか?」
    フラフラ足元の覚束ない相手の臭いをなんとか多量の香料で紛らしたあとで、案外あっさり通されたファミレスの奥の席。昼時をだいぶ過ぎていたためか、店内に客の姿もまばらだった。
    オーダーを決めるついでの雑談に交えてふたたび聞き及んだ氏名につられて、受けた相談の内容も細部に渡って思い出していた。
    そんな中で不意に口にした疑問に対し、目の前で味噌汁を啜る一松くんから胡乱な視線が返ってくる。
    そもそも食べる気があるのか小さく開けた口に少量の白米を押し込み、付け合わせの沢庵を頬張った相手が咀嚼し終わるのを待つ間冷めてしまったポテトを数本まとめて齧った。
    向かいでモグモグ動いていた口元が止まり、水を一口飲んでから聞き取りにくい「…なにが」というセリフが続く。
    「番う相手」
    あいた間を厭わず簡潔に告げるとすぐさま表情が嫌そうに歪められた。
    そんな顔をされたとしても、全ての原因はそれだろう。と思うと問題解決の早道はそこにしかないわけだ。
    番うことを受け入れさえすれば、手厚い生活保障と衣住食が約束され、さらに精神的な安定も手に入る。相手次第ではあるが、聞いた感じ出会いこそアレなものの向こうにさしたる問題があるわけでもなさそうだった。それに、なによりあんな場所で行き倒れている必要もなくなる。
    「なにが不満なんだ」
    一松くんの手元でキレイに身を剥がされた魚の骨がかすかな音を立て、箸先で折られた。
    「……不満…とか、じゃないんだって…」
    ボソボソ口の中で転がすようなはっきりしない低い声がそこで止まる。
    「…おれさ…一生、αとは番わないって思ってた…。てか、そんなこと考えてもみなかったっていうか…」
    ゆっくり食事をする彼に合わせていたためか、氷が溶けきって薄まってしまったアイスコーヒーを啜りながら落ちた沈黙をやり過ごした。
    こちらが待つ間も一松くんの表情は一向に晴れない。先程路地裏で見た時よりかえって悪くなったようにも思える顔色を窺い見て気づかれないよう息を吐く。
    半分以上器に残された白飯を眺めているのかどうか、ずっとそこに落とされたまま動かなかった視線がようやっと上がってその顔に皮肉げな笑みが浮かんだ。
    「…おれみたいなゴミでも、…陰キャなりに好きな子の1人や2人、いたりね……そうやって、15年間なんの疑いもなく男として生きてきたくせに……外でヒートになって、初めて襲われたのが女のαでさー…。なんか、そこでもう…一気に人生どうでもよくなったよね。…ひひっ…、力でも敵わないし、身体は動かなくなるし、頭は溶けるし……。押し倒されたらあとはひたすらアンアン喘いでヨガり狂うしかないっていうね……はっ、マジで最悪…。結局、…Ωってどうやっても弱者じゃん。ねじ伏せられる側っていうか…、使われる側っていうか…。正直、自分でも怖いよね…。αのあんたには絶対わかんないと思うけど…」
    出会ってから初めてここまでまとめて話す声を聞いた気がするが、内容はあまり聞いていて楽しい気分になれるものではなかった。しかも、『初め』とわざわざ指定していうからにはその後何回か同じことがあったんだろうと推察できた。
    たしかに、自分には到底理解の及ばないことではあるが、職業上類推して感情を押しはかるのが不得手なわけでもない。十分ではないとはいえ、想像くらいはできる。
    それ以前に、だ。あまりに受身が過ぎる態度に思わず出す声も硬くなった。
    「αだΩだ関係なく、自分を害された場合誰でも訴えることは可能だろう」
    実際、そういった訴えが起こされα側が責任を負った事例も少なくはない。
    自分にとっては当然とも思える見解を口にした瞬間、諦めきった無感動な瞳がこちらを捉える。
    「……常習犯とかじゃないならどうせ、示談とか…金でさっさとカタつけようとするじゃん。あと、抑制剤持ってなかった方が悪い…とか。確かそれで、金額だいぶ違うんだよね…」
    自分の言も慰めや誤魔化しのためのものではなかったが、一松くんが今言ったことも間違ってはいなかったためそれ以上の言葉もなかった。
    気まずくなった空気を払うようにわざとらしいまでの空咳を落としてからわずかに残ったコーヒーを煽る。
    空になったグラスをテーブルに置くと、向かいから手が伸びてきた。
    「…コーヒーでいい?ついでに持ってくるけど」
    同じく中身のなくなったグラスを反対の手に握った彼がそう言いながら席を立つ。
    「まっすぐ歩けるのか?」
    「ふひっ…、おかげさまで」
    ここにくるまでの歩みの危うさを思って反射的に手を差し出しかけたが、よほどマシになった足取りは大きくよろけることもなかった。…が、横を通り過ぎる際、またしても漂ってきた甘さに頭を掻く。ここまでくるともう気のせいで片付けられそうもなかった。
    強い香料でも誤魔化せなかった匂いを纏った相手が戻ってくると同時に声をかける。
    「…すまんが、抑制剤は余分に持ってるか?」
    だるそうに半分閉じた目が小さくパチパチと瞬いて、怪訝な色を浮かべた。
    「あるけど、なに…。つーか、ガムシロとか必要な人?」
    「ありがとう、大丈夫だ。あと、薬はおそらく飲んだ方がいいと思うぞ」
    グラスを受け取り、礼を述べた俺の言ったことに軽く眉を顰めてみせた一松くんが次の瞬間には自嘲に近い笑みを浮かべる。
    「…は?なに言ってんの、あんた…。現在進行形で番がいるのにヒートがくるわけないじゃん。相手がそばにいるでもなし…」
    「念のためだ」
    目の前にいる対象に手を出したいというほどの強い干渉ではないが、鼻の奥に絡みつく甘さがどうにも落ち着かない。
    そうは思っても、彼の言ってる方が一般的に見ても正しいため説明できずにただただ内心首を傾げていた。
    「…薬もタダじゃないんだけど」
    たしかに錠剤本体は安価になったとはいえ、毎回診療を必要とする薬剤なのは知っていた。診察・検査費用を含めれば決して安くもないのだろう。しかも相手が、死んだように行き倒れるしかなかった一松くんだ。
    「わかった。次回分は俺が支払う」
    「……ほんとなに言ってんの、あんた。そんな義理ねぇって…」
    妥協案として出したこっちの結論を聞いて呆れた表情に変わった彼がそこまで言って口を閉ざした。
    モゴモゴ数回小さく動いた唇から、
    「…まあ、いいけどさ。飯奢ってくれたわけだし…」
    そんな言葉が出てきたことにホッとする。
    一松くんが持っていた唯一の荷物の小さなバッグの中から薬袋を取り出し、シートから押し出した錠剤を口に含んだ。
    「……今、ヒートくるわけないし、あの…。前までちゃんと一個一個切り分けたヤツ、ケースに入れてすぐに飲めるように持ってたんだけど…」
    「んん?!別にそこを責めてるわけじゃない」
    なにかの確認作業だとでも思っているのか、突然言い訳を始めた相手に驚いて言葉で否定する傍ら手を振る。
    さすが即効性があるだけあって、少しなりを顰めた香気にようやく深く息を吸えた。
    「それで?これからどうするんだ」
    和定食の残りにはもう箸をつける気もないらしく、ちびちびコーラを舐めていた彼にそう尋ねるとまたしてもその顔と雰囲気が陰気なまでに打ち沈む。
    「行く当てが…あったら、最初からあんなところで行き倒れてるわけもないしな」
    「……わかってんじゃん」
    わかっているからこそこれからのことを聞きただしているんだが、どうにも当事者に危機感がなさすぎる。
    「家を出てから4日、だったか?日数が本当に合っているのかは知らないが、君の親は失踪届を出しそうなタイプか?まあ警察に見つけられたとしても帰る気がないなら居所を明かされたり、強制的に連れ戻されることはないだろうが」
    「あ…、そこは大丈夫だと思う。うちの親、基本放任主義だから…」
    それならそれで無駄に探されることもなくて安心か。しかしさっきの姿を思い出してみると、かなり危うい感じもするにはするな。一歩間違えば誰にも気づかれず死んでたなんてケースもありうるぞ。
    それはそれとして…
    「で。どうするつもりだ」
    同じことを重ねて問うと戸惑いをみせて目を伏せた一松くんが小さく呟いた。
    「…友達は、わりといるし」
    「………念のため確認するぞ。その友達という言葉が指すのは、まさかなんの役にも立たないキティたちじゃないよな?」
    嫌な予感がするあまりその友達の内訳を聞くと押し黙った相手がさらに俯く。
    「不安になるからそこで黙るんじゃない。……あてもなくまた行き倒れる気か」
    ため息をつきつつも先ほどとは違いよく冷えたコーヒーを傾けた。それを飲み下し、まだ上がらない彼の顔色を窺う。
    「繰り返すが、家には帰りたくないんだよな?」
    「…つーか、帰れない。帰ったら、また話し合えって連絡される。今度こそ無理矢理連れていかれるかも」
    沈んだ声色が内心を物語っているようだったが、ここまで嫌がっている本人の意思を全くないものとしているように感じて、親とはいえ当事者でもないのにそこまでするのはどうなんだとも思えた。
    そのためそれを直に尋ねる。
    「君の両親はなんでそんなにこの件に積極的なんだ?」
    「普段から、孫孫言ってる人たちですからねぇ…」
    へっ…と諦観を滲ませ笑うように息を吐き出した姿に苦笑した。
    「なるほど。納得だ。君も苦労するな」
    そうなると、実家に帰るというのは双方の頭が冷えて落ち着くまで不可能そうだ。
    「ああ、そうか。相手に問題がない以上、シェルターという手も消えるわけか」
    行き先候補の一つとして考えていたものの、断られたあとしつこい付き纏い行為があるわけでもDVがあったわけでもない相手ならば、一松くんを保護してもらうなんてことはできそうもない。
    腕を組んだまま考え疲れて上を向く。
    最終手段、というか…どうしても行き先が決まらない場合はしょうがない。と半分腹を括っていたことを告げるため、まだやや下を向くその顔を見やった。
    「そうだな……。なるべくこれは言いたくなかったんだが、…なんならうちに来るか?」
    「…なんなんだよ、その…言いたくなかったって余計な前置き…」
    自分でも余計だと思う前置きがやはり気になったようで、言葉をかけられた当人が明らかな困惑を浮かべる。
    だが、こっちにも言い分はある。
    「正直煩わしい」
    心底めんどくさくて言い捨てるとさらに向かいの顔に浮かぶ当惑の度合いが増した。
    「え、おれ…そこまで本音ぶちまけられて、どんな顔すりゃいいわけ?」
    「行くところがないんだろう?で、家にも帰る気がない。所持金は……うん、そうだな。聞くまでもないか。ここでこっちが譲歩しなかったら、またどこかで行き倒れてそうだしな」
    肺の底から吐き出した長いため息を最後に付け加えると、泣き出しそうに見えるほどに表情を歪ませて彼が声を絞り出す。
    「さっさと咬まれたαンとこ行けって追い払えばいいだけじゃん。散々、番のままでいろとか言ってたくせに…」
    「いたらどうだ。利点が多いぞ、と提案しただけだ。語弊がひどい。…それに、あんな話を聞かされてまで戻れとかいうほど冷血でもない。ただ…、俺も君の嫌うαだが。それでもよければ、だな」
    向こうから断ってくれたら楽なんだが。とわずかに願う部分もなくはないが、すでに助けを差し伸べてしまった手前どちらの答えが返ってきたとしても納得するし、もとより自分の出した言葉を反故にするつもりもなかった。
    「…置いてくれるなら、あの…助かり、ます…」
    かなりの時間をかけてこっちの顔色を窺うような遠慮がちな視線を向けてきていた一松くんが、しまいに不安げな声音でそう言うとともに小さく頭を下げる。
    まあそうなるだろうな…。というのが偽らざる本音だった。
    気にしないでいいと、こちらが気を使うのもおかしく感じぞんざいに「ああ」の一言を返す。
    「あと、番解除に関する訴訟だが」
    そのまま話を移すとバッと勢いよく上がった血色の悪い貌にかすかな期待が浮かんだ気がした。
    「君さえ良ければ引き受けてもいい。その代わり費用はそこそこかかるぞ」
    「……あ、えっと…その…。仕事っ、仕事、すぐっ…あの、探すので…」
    一瞬ソファから身を浮かせた彼が、見てるこっちが呆れるほどに何度も言葉を空回りさせながら仕事を探すと主張してくる。
    勢い付いて前のめりになっている相手を落ち着かせるため、指先で一先ずちゃんと座るように促した。
    その後ふたたび同居についての注意事項を足していく。
    「それとうちに住むにあたって食費やら光熱費、生活する上で必要なものはこちらで賄う」
    「…ぇ……え、マジで?!いいの??」
    一人分も二人分もそれほど大差なさそうな生活費を折半するためその度算出する方が手間に思えたこともあり申し出たそれに、予想以上の食いつきを見せた一松くんにその理由と代価についても告げる。
    「君がすぐに見つけてこれるとして、バイトだろう?家賃含めた生活費まで払っていたら、いつまで経っても完済できそうもない。そのまま居着かれても迷惑だしな。よって金銭ではなく、できる範囲での家事労働を要求する」
    「……はぁ?なに、飯作って洗濯して掃除してってやつ?」
    家事労働で浮かぶものをそのまま口に出したといった感じの相手の顔が段々嫌そうなものに変わっていった。
    「そうだ」
    「…えー…めんどい」
    できる範囲で。とだいぶ妥協した俺が頷いた瞬間、言葉どおり怠惰な様子で彼がぼやいた。
    「じゃあ、君は一体なにをしてくれるっていうんだ。タダで住む気か、図々しい」
    その返事が気に入らず腕を組んで睨め付けると、目の前の彼は落ち着きなく左右に振れ出した両目を力一杯閉じ、散々迷ったような声で同じ単語を繰り返す。
    「え…っと、えっと…。…えっと。あー…、じ、じゃあ…。よ、夜のお世話、とか…」
    吃りまくった挙句聞こえてきた内容に一瞬耳を疑ったが…言った本人の顔を直視して、唖然とした間抜け面を晒してしまうより早く一気に冷静になった。
    「……………すまん、間に合ってる。あと、自分で話を振っといてそこまで微妙な顔して動揺するなよ。墓穴掘るにも程があるだろ」
    「…ゥ、う、…ウるッセェ!!クソ弁護士!!まず謝んな!変な空気になんだろーが!!人のボケに冷静にツッコむんじゃねぇ!!ノる気がないなら流せ、クソが!!くっそ、バーカ!!」
    テンパったように罵詈雑言のかぎりを尽くす一松くんが主張することにひとつだけ異論があり、怒りと照れと焦りで顔を赤くして怒鳴り続ける相手の手を掬い取る。
    ビクッと小さく跳ねた指先を強く握り込んで笑みを向けると、呆気に取られたように彼が動きを止めた。
    「そんなに自分を卑下することはない。君はとても魅力的さ。むしろこちらから夜といわずお願いしたいくらいだ。…………って言われたら言われたでそれはまた変な空気になるだろ」
    微笑みを削ぎ落として真顔になり、相手を見据えた状態で握っていた手を解放すると、途中からあからさまに顔を引き攣らせていた一松くんが気まずそうに小さく唸る。
    「………うん。たしかに…ごめん、あの…全身寒イボすげーわ…。ほんとだ、咄嗟に謝るね…こういう場合」
    「君も大概失礼だぞ。まあだから、あの返しでなんら間違ってない」
    心底気持ち悪いものを見るような目を向けられて今度はこっちが顔を顰めた。
    気を取り直して冷たいコーヒーを口に含んだところで、ふと思い当たって声を上げる。
    「ああ、そうだ。あとうちに住むにあたってもう一つ。大切なことがあった、一松くん」
    「……な、なんだよ」
    さっきの後遺症か、怯えた目で見られたが…本当に失礼だな。
    しかしこれを放置すると大ごとになりかねないため念には念を、で間違いない。
    「居所まで告げる必要はないが、家には安否の連絡を定期的に入れること」
    同居の条件としては、これが一番重要だった。
    まさかこんな子供に向けるような言葉をかけられるとは思ってもみなかったのか、表情の抜け落ちたどこかあどけない顔つきで凝視される。
    「…急にまともなこと言い出したんだけど…」
    「職業柄、妙な嫌疑をかけられた上で警察に訪ねて来られても困る」
    なぜか嬉しそうに聞こえた気がする相手の声に思っていたことを包み隠さず返すと、途端に嘲りがその表情を余すことなく支配した。
    「……あ、やっぱクソだった…。逆に安心した…」
    「どこに安心を見出してるんだ。まあそういうことだから、今日からよろしく」
    「え…もしかして、家事も今日から??」
    虚をつかれたように不安げに瞬きを繰り返す一松くんに頷き返す。
    「行き倒れていたような人間に過剰な期待はしていないから、そこそこに努力してくれればいい。最低レベルできるようならそれで十分だと思ってる」
    フォローを入れたつもりの自分の言葉にムッとした様子で好戦的な目を向けてきた彼が俯いて低くなにかを呟いた。
    「なんだ?もう一度頼む」
    問うとゆっくりと剣呑な色を宿す瞳が上げられてこちらをひたと睨みつける。
    「……その言葉、ゼッテェ取り消させてやるっ…」
    内容はともかく恫喝されて、家が荒れなければいいがな…などと若干不安がよぎって眉間を押さえた。
    「さっきまで行き倒れてたんだぞ、無茶はするな」
    「……あとで吠え面かくなよ、クソ弁護士」
    どこの悪役だとも思える捨て台詞を耳にしながら、正直先が思いやられてため息をついた。

    1話目 出会い編おわり
    2話目 同居開始編に続く

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    hareteichi24

    DONE元々はこちらに投稿する用に書いてた弁シェリオメガバでしたが、例のエックスのAPI騒動の時にパスを紛失した方がおられて、入れなくなったとご報告いただいてからずっとどうしようか悩んでいたんですが。
    一応こちらにも投稿は続ける形で。一応。支部にも投稿してありますし。見てる方がおられるのかがそもそも不明なんですよね…。
    しかし、まーじでエックス碌なことしねぇ…。
    【後編】はR18になります。
    弁シェリオメガバ続き 4話目【前編】それを目にしたのは本当に、偶然だった。
    同じ家に暮らしていれば当然、彼の後ろ姿を見る機会もあったはずなんだが。
    今までなぜ気付かずにいられたのかと不思議に思うくらいに、ソレは一松くんの首筋にクッキリと深く刻み込まれていた。

    以前、噛み跡を見るかと尋ねられた時。一瞬怯んだこちらへと向けられた……まるで温度のない笑みが未だに脳裡に焼き付いて離れない。
    その瞳の奥に、わずかな嫌悪の色でも滲んでいるならまだ救いがあった。
    心の底からどうでもいいとでも言いたそうな、諦めといった単純な感情すら浮かんではいないその表情せいで、あの笑みを未だ忘れられずにいるのか。
    理由がわからないまでも、思い出すたび胸に溜まるモヤモヤした蟠りのようなものが今になっても消えずにいて、それもまた気持ちのいいものではなかった。
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