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    からうみ

    @aoikmsrisr

    書き散らし

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    からうみ

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    オンリーで書こうと思ったけど一生終わる気配なくて諦めたやつ

    月を赤く染めた時 始まりはほんの小さな、子ども故の浅慮で無垢な好奇心。生まれて初めて見るその本は、恐れを知らず刺激を求める子どもの心を動かすには十分だった。







     ちろちろと淡く光る灯り。そこに浮き上がっていた紙面の黒いインクの文字が、突然訪れた一面の闇と共に輪郭を失った。
     その瞬間、文字の世界に深く沈んでいた少年の一切の意識が本の外に弾き戻された。

    「───……あれ?」

     小さな部屋に、あえかな呟きがぽつりと落ちる。少年──ニコラの大粒のペリドットの瞳がぱちぱちと瞬く。
     きょとんと顔を上げると、ほんの近くにある物の輪郭がわずかに見える程度の視界の中、机の隅に置いてあったランプの蝋がすっかり溶けて灯が消えているのが見えた。
     柔らかな栗色の髪を無造作に揺らしてくるりと部屋を見渡す。ずっと同じ体勢でいたせいで知らず疲弊した筋肉が鈍い痛みを訴えた。
     見渡した部屋は灯りを失い、冴え冴えとした白い月が窓から仄かな月明かりが差し込んでいるだけになっていた。

    『今夜は満月か。月があんなに高い…』

    窓から天高く浮かぶ白い満月を見上げたニコラは、ようやくすっかり夜が更けていることに気がついた。

    「どうしよう、もう寝る時間だけど…本を読み込んでいたせいで全く眠くないな」

     シンと静かな家の中に目覚めた気配は一つもない。このまま夜更かししようか大人しく寝ようか、とほんの少しだけ考えた。

    『…でも…』

     ちらりと本に目を落とす。
     最近読み始めたこの専門書に、いくつか分からない単語が出てきた。日常で使っているセルビア語ではなく独学中のドイツ語で書かれた本なのだが、この部屋にある参考書や教書には載っていないそれがどうしても気になって眠るどころではない。別の参考書を探す必要がある。
     そしてこの家の中で自分の部屋よりも多く本があるのは、父の書斎だけ。

    「…でも、こんな夜中に勝手に書斎に入ったと知られたら怒られちゃう…でも気になる……うーん……………少しだけならいいか!」

     わりと即決だった。ニコラは好奇心に忠実な子どもだったのである。

     机のランプを手に取り、蝋を入れ替え再び火を灯す。白く仄かな月明かりがかすかに差し込むだけだった部屋に、再び淡くゆらめく灯が灯った。
     ランプを手にそぅっと部屋の戸を開ける。人の気配がないか確認して、静かに歩き出した。
     コツ、コツ、と軽く小さな靴音が響いて聞こえる。

    「……静かだな。そういえばこの時間に部屋を出たのは初めてかも…」

     狭く暗い廊下の壁に、ランプの仄かな光に浮かぶ子どもの影が一つ。ニコラの小さな足音だけが静寂に波紋を拡げている。

     風に揺れる草木のさざめきも、虫達の鳴き声も聞こえない。


     不気味なほどに静かな夜だった。


    ────



     父の書斎の扉の前に辿り着く。もう一度誰もいないことを確認して、そっと中に入る。はやる気持ちを抑えて音を立てないようにゆっくり扉を閉め、改めて部屋を見渡した。
     扉の反対側には大きな窓があり、カーテンを閉め忘れたのであろうそこからたっぷりと差し込む月明かりが部屋全体を照らしている。

     部屋の位置な、あるいは窓が大きいのがよかったのだろうか。ランプがないとほとんど何も見えなかったニコラの部屋と異なり、書斎には月の光が満ちている。
     しんしんと降る新雪のように白い月明かりに照らし出された壁一面の本棚と、ぎっしり詰まった本にニコラの目がキラキラと輝いた。早速本棚に駆け寄って収められている本たちを物色する。

    「これはフランス語、これはラテン語…これは、アジア圏のかな?やっぱり色々あるな……ん?」

    見たこともない言語だった。

     辞書を片手に一文字ずつ文字を追って、言葉を追って、見つけた発音記号と知っているアルファベットの文字列を紙に書き出していく。単語の訳も書いてあったが月やら十字路やら関連性が分からないものばかり、文法が違うのでどう読めばいいのかもてんで分からない。訳を飛ばすようになるのはすぐだった。

    一つずつ、少しずつ、調べて、解いて、読み上げて、書き出して。パズルのピースを当てはめていくように、

    「………よし、翻訳できた!」

    やがて完成した一節にほんの細やかな達成感を覚えながら、何度か目を滑らせて最後の確認をする。
    すう、と小さく息を吸って、赤く瑞々しい唇が薄く開いた。

    「BAZUBI BAZAB LAC LEKH CALLIOUS OSEBED NA CHAK ON AEMO EHOW EHOW EEHOOWWW CHOT TEMA JANA SAPARYOUS」

    場違いなほど無垢なボーイソプラノが、しんしんと降り積もる新雪のような月明かりが照らす静寂な部屋の中で、赦されざる一節を奏で上げる。


    最後の一音が、こぼれ落ちた。




    「───………え、」


    ゾッとするようなぬるい風が頬を撫でた。
    反射的に顔を上げる。

    新雪が降っているようだった部屋は、血飛沫が飛び散ったのかと錯覚するほどに赤く、不気味に照らされていた。


    「ふうん…随分小さな子だね」
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