神学論ーーゴッホは、神様はいらっしゃるのだと思っています。
ええ、もちろん、今のゴッホがクリュティエ…神霊のかたちを得ていること、カルデアで沢山の神格の方々にお会いできたこととも無関係ではありませんが。
それとは別に、生きていた頃のゴッホも、神様を信じていたのですよ。
マスターさまは伝道師という職業をご存知でしょうか?
ええ、プロテスタントの…神の教えを説いて周り、人に奉仕し、神に身を捧げる…。
ゴッホも画家を志す前は、その道を目指したこともあったんですよ?
…まあ、ちょっとやりすぎてしまいまして。結局破門されちゃったんですけど、エヘヘ!
その時は、本当にゴッホは神様に愛されない命なのだと、それならばいっそ何処までもどこまでも崩れてぐちゃぐちゃになってやろうと自暴自棄になったりもしたのですが。
…結局、ゴッホにはそういうのも、あんまり向いてなくて。
こころのなかで"良く、清らかで、美しくある高潔な魂"の理想像があって、自分がそれから乖離していくたびに苦しんで、苦しいからお酒を飲んで酩酊したり、煙草で頭をぼんやりさせたり、そういう職業の女性の方と…っと、これはちょっとご内密に、ですね?
今でこそ混沌悪のサーヴァントとして、自らのそういう矛盾もひとつのかたちだと受け入れられてはいますが、当時のゴッホには…自分の中にまるで全く違う2人の自分がいるようでした。
博愛で、意欲に溢れていて、活動的で、感受性が強くて、常に世界の全てに美しいものを見つけようとするゴッホと、皮肉屋で、粘着質で、自堕落で、被害妄想が強くて、世界の全てに責められているように感じるゴッホ。
ふたつの魂がゴッホひとりの体の中で、主導権を奪い合って交互に喧嘩してたんです。
おかげでテオにも、ゴーギャンちゃんにも、タンギーさんとか…お父さんやお母さんにも、たくさん心配をかけてしまいましたね…。
え、躁鬱?…ウフフ、確かに現代だと、そういう病状になるのかも、です!
話を戻しましょうか。
ゴッホはね、牧師の家庭で生まれて…意外に思われるかもしれませんが、本当に敬虔な信徒だったんですよ?
だから、ずっと…「死にたくても、死ねなかった」。
ご存知ですか?キリスト教においては、自殺は神の御意志に背く重罪で、一も二もなく地獄行きなんです。
苦しかった。苦しくて苦しくて、苦しくて。
絵を描いている時だけ、目の前の作品に集中している時だけ、心が凪のように落ち着いて、目の前にある美しいものを表現することに心を傾けられた。
ゴッホは多作ですが、…エヘヘ、こういう言い方をすると語弊があるかもしれませんが、本当に、絵を描くことだけがゴッホにとって、生きていられる手段だったんです。
文字通り、ゴッホの絵は"命を削って"描かれたものでしたから。
だからね、だから…あの銃弾を受けた時に、本当に、本当に嬉しかったんです。
ずっと苦しかった。誰かに赦して欲しかった。殺して欲しかった。楽になりたかった。
ゴッホに銃を向けたあの子を赦すことで、神の御元に行けるとも、思ったんです。
……ああ、そうですね。テオにも悪い事をしてしまいました。テオとは沢山これからの約束をしていたのに、全部反故にしてしまいましたから。
それに、…沢山、悲しませてしまいましたからね。
……ゴッホの死因は紛れもなく自殺ですよ。
だって、……どんな形であれ、その死を望んだのは、ゴッホ自身でしたから。
だから、ゴッホはやっぱり、神様のところには行けなかったんです。
…ウフフ、これでこの話はおしまいです、マスターさま?
そんなお顔、なさらないでください。
ゴッホはいま、ちゃんと、幸せですから、ね?