ポインセチア 風邪をひいた。数年ぶりの風邪だ。体調を崩すと治す過程が色々と面倒なので、絶対にひかないように努めてきた。体調に違和感が少しでもあれば体調回復にいい栄養ドリンクを水替わりに飲んでいたし、基本的に身体は冷やさない。寒さが大嫌いというのもあって、夏以外、一般人よりも厚着をしていた自覚もある。数年無病だったのはひとえに努力の賜物なのだが、それを嘲笑うかのように、尾形はあっさりと風邪をひいた。
「クソが……」
ベッドに大人しく納まりながら悪態をついた。寒いのに汗が止まらない。喉がイガイガして唾液を飲むにも痛くて一苦労、全身が怠く、寝すぎて眠れない。チ、と大きく舌を打ったが、それを受け取るような存在がここにはいない。
こうなってしまったのも、全部あいつのせいだ。あの男、杉元佐一。出会ってからずっと喧嘩、喧嘩、殴り合い。警察沙汰にもなったことがあるほど、会話と言えば拳を交わすことと言っても過言では無いような関係性だったのが、その真反対に位置するものに変化したのはある日突然だった。
包み隠さず言えば、唐突に、欲情した。杉元の目が獲物を狩る猛獣のそれになって、噛み付くようなキスをされた。不思議なことに抵抗が出来ず、それどころかもっと寄越せと噛みつき返したおのれもまた、きっと同じ目をしていたのだろう。
まあ、それは良い。専らの悩みは、杉元の底の無い性欲である。そういうことに興味が無さそうな爽やかな男に見せかけて、その実行為自体は食われるのではないかというほど激しかったし執拗であった。裸なんて見せようものなら拒絶の余地も無く襲われるので、ここしばらく尾形は杉元の前で安易に服を脱がないようにしていたのだ。
それなのに、昨日はそうもいかなかった。疲れが溜まった身体の空っぽの胃に疲労のストレスからアルコールをガバガバ流し込み、尾形はあっという間に泥酔してしまった。そんな尾形だから、帰るどころか歩くこともままならず、仕方なく迎えに来た杉元がずるずると引き摺るように彼の自宅に連れて帰って、脱力し扱いづらい身体を裸に剥いて風呂に突っ込んだ。そこまでは、問題無かった。ああ世話をかけたなと、謝罪はしないが密かに反省をするレベルではある。
問題はその後だった。
シャワーを浴びるためにだるだるに力の抜けた腕で何とか杉元の身体にしがみついたら、ガブリと頬に噛みつかれた。それから喉に、胸にと徐々に下の方へ下がって、その後は、言うまでもない。
冬も近い季節なのだから、バスルームは尾形にとってみれば極寒である。交わっている時は必然的に体温が上がるが、そういう問題では無い。
布団の中で忌みごとをぶつぶつ言っていると、ポコン、とメッセージを受信する音がしてのろのろと端末を開いた。
〝大丈夫か?〟
「大丈夫じゃねえ……」
頭に来て、そのまま文章を打って送る。すぐに、ごめんね、と変な生き物が謝るスタンプが送られてきた。
〝帰ったらお粥でも作るから寝てろよ〟
「……」
続いて届いたメッセージに、むず痒い感覚を覚える。しばらく考えたがなんて返せばいいのか分からず、結局返事は諦めた。
もぞり、と布団の中に蹲る。家主のにおいをたっぷりと纏った布団にまたむず痒くなって、誤魔化すように尾形は目を閉じたのだ。