「あ、」
ジャガイモでは無いものに触れた感覚がして、尾形は零れ落ちるように呟いた。見てみると、親指がぱっくりと割れている。切った。そう思っている内に、じわりと赤いものが滲んだ。
「あーあ」
みるみるうちに溢れて、手を伝ってシンクの中を汚していく。次々と赤く染めていくので結構派手にいったなと思ったら、途端にジンジンと痛み出した。
「ティッシュ……」
は、近くには無い。どの道薄いティッシュでは何枚重ねたところであまり役目は果たさないだろうと、掛けてあった手拭きタオルで手ごとぐるぐると包み込む。それでもやがてじわあと血が滲んできたので、少し考えてからリビングへと向かった。
「杉元」
「んー。なに、どしたァァァアアア!!?!!!!」
振り返った杉元が、まるで幽霊にでも会ったかのような顔をした。ブオオン、と唸りを上げていた掃除機が無音になって、ガシャン、とほとんど落とすみたいにして、ホースが床に転がる。
「おい、壊れるだろうが」
「そうだけどそうじゃねえ!!」
おまえどしたこれ包丁!?ピーラー!?えっやばいぞこれちょっとだいぶ深くねーか痛いよな!?
ぐるぐる巻きの手をそっと持って騒ぐので、耳元でうるせぇなあと思いながら自らの手を見ると、白いはずのタオルが、自分が認識していた以上に赤くなっていた。
「……血が」
「そうだよ血だよ!!これ救急車!!」
さすがにそれは止めて、すると抱え上げて駐車場まで降りようとするので何ともないほうの手で石頭を叩いて、それでもどうしても杉元は大慌てで、尾形はほとんど引き摺られるようにして病院へと行くことになった。
「三針だってな」
「大したこと、」
「あるだろ三針つったら」
明治じゃねえんだぞ。杉元が、溜息をつきながら包帯を巻いた方の手に触れてくる。包帯なんて大袈裟な、と思うが、ここまで固定しないと駄目らしい。しばらく重力でも痛むだろうと痛み止めを貰ったが、重力云々以前に膝に置いているだけの今でも痛いなんて聞いていない。
「……帰ったら痛み止め飲む」
ジンジンと疼くような痛みが気持ち悪くてそう呟いたら、杉元が少しだけ目を見開いた。それから「そうしろよ」と言って、包帯のほうに置いた手をそのままに、ベンチに深く腰掛ける。
カレーライスの準備を始めたのが確か昼飯を食べてすぐだったのに、いつの間にか日が傾く時間帯になっていた。病院のロビーには、窓から橙色の光が差し込んでいる。
「痛いって、尾形が言うの珍しいな」
ちょっとうれしい。
小さく呟かれた言葉は、独り言なのか尾形には判断がつかなかった。反応できないままちらりと目だけで隣を見やると、いつもよりも少しだけ、頬の緩んだ顔があった。