とりあえず今はぬくいので 白菜クタクタになってるぞ。月島、カニが煮えてるが食うか?はい、頂きます。杉元ビール切れちまった。お前も少しは働け。クーン。
「あ、おかえり」
尾形がリビングの入口で固まっていると、対面キッチンから缶ビールを手にした杉元がひょっこり顔を出した。
「……今日なんかあったか」
「いや、前から言ってただろ。今日は鍋パだって」
ああ、そうだったか。そんな気がする。こちらの意思なぞ関係なく加入させられた、グループ名〝 お寿司有〼〟。そのメンバーである杉元と尾形以外のふたりと、少女の父の友人である男、仲良くも無いボンボンに、その世話役、では無いが不本意にもいつの間にかそうなってしまっている男。
ふたりで物件を決めた時は十分広いなと思った十二畳のリビングが、広いどころか狭くすら感じる。いつも並んで座るソファは壁の方に追いやられて、リビングの中心に鎮座した炬燵を、皆がきゅうきゅうと身を縮こまらせ取り囲んでいた。救いなのは、その炬燵がファミリーサイズだったことだ。全身余すことなく暖かく包まれたいし、出来るだけこの中に入ったまま日常生活を済ませたい。ふたり暮しには必要の無い大きさの炬燵を、尾形がそう言って高給を振りかざし、杉元を黙らせて購入したブツである。
尾形帰ったか!まだ年端もいかない少女が、おかえり、と言いながら自らの隣を捲る。ほら、お前も座れ。ポンポンと子どもを誘うように捲ったそこを叩く様子に、「俺の家だが」と小さく言うが、少女はそうだったな!と笑うだけだ。それ以上言っても仕方が無いことは経験上わかっているので、無言で着の身着のままのそのそと潜り込む。じわあ、と足先から暖かさが広がった。
「ほら、お前の分」
いつの間にか逆隣に座っていた杉元が、たっぷりの野菜と殻を剥いたカニの盛られた取り皿を渡してくる。次いでプシ、と音を立てて缶ビールを開けて、それも尾形の目の前にそっと置いていった。
尾形ちゃんお疲れだったね。外は寒かっただろう。フン、残業とは情けない。今の言葉、日本の社会人全員を敵に回しましたよ。
皆が口々に尾形へと声をかける。
ぼんやりと、断片的な記憶が蘇った。
目の前に、誰かがいる。来る日も来る日も、おんなじ味の鍋が出てくる。たくさん食べてね。そう言った誰かは、だが決してこちらは見ない。目元は、真っ暗で。寒気がするほど、静かな部屋で。
「……鍋って、こんなだったか」
「ん?」
皆が一様に騒がしいからか、杉元には聞こえなかったらしい。
なんでもない、と誤魔化して、取り皿からくたりとした白ネギを摘んだ。咀嚼したそれは甘くて、温かくて、尾形の内側のほうにじんわりと染み込むようだった。