被害者と決闘者「オレのターン!ドロー!」
人通りの多い夕暮れ時。駅前の広場で二人の決闘者(カードバトラー)がバトルディスクを腕に装着しカードバトルに勤しんでいた。公衆の面前でやることなのか、そもそもあれは何なんだという好奇心や嫌悪の目に晒されながらも決闘者達は白熱としたバトルを繰り広げている。その光景に偶然鉢合わせた目金一斗は、平時であるならば「面白いことをやる人たちもいるものだ」と比較的好意的な気持ちを抱き通り過ぎるだけであったであろう。しかし
「何やってるんだよ馬鹿兄貴……!」
その決闘者の一人が、自分と全く同じ顔をした双子の兄でなければという話ではあるのだが。
被害者と決闘者
「兄貴!一体何考えてるんだよ!どういうことか説明して!!!」
悪夢のような光景に出会したその日の晩。一斗は食事や風呂を済ませこれから一人の時間を満喫しようとしていた兄の部屋にノックもせずに押し入り、夕方からずっとため込んでいた憤りをぶつけるかのように大声を出す。
「急にやってきていきなり何ですか一斗。僕君に何かしましたっけ」
「何かも何も!とんでもない事をやってたじゃないか!」
全く勘付く様子のない兄貴に一斗は地団駄を踏み遺憾の意を示す。何故この兄はあんな恥ずかしい真似をしてこんな態度でいられるのだろうか。
「そんなに怒って。一体何に怒っているんです?」
「言われないと分からないの?駅前の広場でやってたアレだよアレ!」
「広場……ああ!シャドウ君とのカードバトルの話ですか」
「そうだよ!」
兄貴はようやく合点がいったのかポンと手を打つ。その呑気な仕草に苛立ちは積もるがこの兄にその手の配慮を求めていてはいつまで経っても話は進まないと、一斗は大きな溜め息をつき心を落ち着かせる。
「そもそも、何であんな所でカードバトル何かしてたの」
「ふっ、聞きたいですか?」
「そういうの良いから、早く話して」
無駄に勿体ぶる兄貴に早く話すよう促す。ドライなこちらの態度に不服なのか「せっかちですね一斗は」と唇を尖らせた後、事の経緯を語りだした。
兄貴曰く。部活終わりの放課後にて、ジャージから制服へと着替えていた兄貴は転校生の闇野カゲトことシャドウ君に突然こう話しかけられたらしい。
『……闇の中でしか生きられぬオレと、人の手により作られし青白き光に頼り生きるお前。どちらがカードの使い手として相応しいのか、今日こそ決着を果たそうじゃあないか……!』
と。正直この時点で頭が痛い。
どうやら兄貴とシャドウ君はカードバトルを題材にした漫画について時折語り合っているらしく、互いにデッキを常に持ち歩くほどの決闘者であることを認知していたらしい。その流れもあって、シャドウ君の話している内容が漫画の登場人物のセリフをもじったものだとすぐに気が付いた兄貴は、シャドウ君の言葉にこう返したという。
『か細き小さな明かりでも、強大な闇をも晴らすことが出来ると証明してみせますよ』
と。本当に勘弁して欲しい。
意図が通じたと気持ちが高ぶったのか、シャドウ君は更に語録で返事をし、兄貴もそれに語録で返すという謎のラリーが暫く続いたらしい。その異様な光景に何だ何だと他の部員たちも興味を持ち始め、駅前の広場で決着をつけようという流れになった時には部員の一部が見届け人としてついてくる事になったそうだ。
「___と、いうわけで。僕は広場でバトルを行っていたわけです」
「ふっざけんな!!!」
何一つ納得のいく要素を見出せなかった一斗は本日二度目の大声を出す。ようは漫画に憧れた厨二病患者たちが公衆の面前で恥を晒していただけという話だ。罰ゲームか何かでやらされていたのなら同情の余地があったが、当人たちはノリノリで遊んでいただけらしい。
「いやあ、あのような開けた場所でカードバトルを行うのは初めてでしたが中々楽しかったですね」
かの漫画でも街全体が試合会場となったシーンがありまして、と何故かこのタイミングで原作の解説を始めた兄貴を尻目に、一斗は怒りが冷めてきたのと同時に込み上げてきた涙を隠すように両手で顔を覆う。
「最悪だ……僕もう学校にいけないよ……」
「?一体何故です」
「兄貴のせいでだよ!」
この期に及んでキョトンとした表情を見せる兄貴を怒鳴りつけ、一斗は本格的に泣きじゃくり始める。
「ううう。さっきから友達からの冷やかしメールの通知が鳴り止まないし、誰が撮ったか知らないけど兄貴がカードバトルをしてる動画の切り抜きも何十本も送られてきてるし、もう最悪だよ……」
「あ、その動画撮ったの多分マックス君ですね。彼ずっとカメラ回してましたし」
「止めなよその時に!」
「いや僕もそのデータ欲しかったので」
秋葉名戸の皆さんに見せたいんですよね、と楽しげに語る兄貴と自身の感性は全然違うのだと理解させられ、一斗はすんすんと鼻を鳴らす。
「本当に理解出来ない、何でそんな態度で居られるのさ……。大体、何だよカードバトルって。あんな事したって恥ずかしいばっかりで楽しい訳がないよ……」
「楽しい訳がない?」
一斗の嘆きに引っかかりを覚えたのか、兄貴はムッとした顔で問いかける。
「さっきから大人しく聞いていれば何ですかその言い草は。大体、一斗はこういう遊び方をした事あるんですか?」
「ある訳ないじゃん」
一体どこの誰が厨二病全開の台詞を吐きながら大声でカードバトルに勤むなどという羞恥プレイを好んでするのか。だが、羞恥という感情を母親の中に置いてきた兄は「やはり」と不敵な笑みを浮かべる。
「した事もないものを楽しい訳がないと断言するのは些か問題じゃないですか一斗?君の保守的な性格は美点ではあると思いますが、時には思い切った行動も大事だと思いますよ」
ペラペラとしたり顔で語る兄貴に、何だか変な流れになってきたと一斗の額に嫌な汗が流れる。
「そうです!君もやってみたらいいんですよ」
「は?やるって、何を」
「ですから。全力の、カードバトルをですよ」
良いことを思いついたと、独善で構成された兄貴の無垢な笑顔に一斗はさあっと己の顔から血の気が引くのを感じる。そうだ、何故忘れていたのか。何故自分は、校内で兄貴に関わらないように学生生活を過ごしてきたのかを。
「そうとなっては善は急げです」
「あの、兄貴、一体何を」
兄貴がウキウキとポケットから取り出したのは携帯電話で。一体何をするつもりだとプチパニック状態に陥った頭を回転させている間に、携帯は誰かと繋がる。
「__あ、もしもしシャドウ君?明日の放課後空いてます?もしよければ明日もカードバトルしませんか?今度は僕の弟も交えて」
「え。……ちょっ、ちょっと!僕やるなんて一言も言ってないんだけど!?ねえ兄貴聞いてる?!」
「ええ、ええ……。では、また明日」
ピッ、と無慈悲に通話は終わりを告げ、兄貴はこれでもかという程良い笑顔を浮かべ僕に笑いかける。
「良かったですね一斗。シャドウ君がバトルに付き合って下さるみたいです」
「兄貴。分かった、分かったから。もう好きにどこでもカードバトルしてくれて構わないから!」
「いいえ逃がしません。こうなってはもう君に白熱したカードバトルの楽しさを十分に理解してもらいます。周りの視線など気にならないような最高のバトルを味あわせてあげますよ!」
「〜〜〜〜〜っ!!!」
「もう、勘弁してえーーー!!!」
その後。
一斗は必死に兄貴に縋り泣き、何とか駅前の広場でのバトルは回避することが出来た。しかしカードバトルその物から逃れる事は叶わず、何故そうなったのかは不明だが雷門サッカー部の部室でバトルを行う事となった。
正直、カードバトルその物は楽しかったし、今まで話した事が無かったシャドウ君とも急速に仲良くなれた気がするのでその点に関しては良かったのだが、漫画じみた台詞を言いながらバトルをするという羞恥プレイから逃れる事は叶わなかった。
また、兄の横暴に振り回される一斗があまりに哀れに見えたのか、事の顛末を見届けた雷門中サッカー部員からの呼び方が「メガネの弟」から「一斗」と変化したのが一番の副産物かもしれないと、一斗はクラスメイト達からの弄りの猛攻に心を掻き乱されながら、現実逃避の様にそう思った。