いつもの彼らの一つの顛末「ねえ目金君、僕らも寄りを戻してそれなりの月日が経ったからさ。今後の事について真面目に話したいと思うんだけど、良いかな」
「……僕は別に構いませんが」
「あー、最初に言っておくけど別れ話とか距離を置くとかそういう話をするつもりは一切無いからね。だからそんな悲しそうな顔しないで。ほら、笑って笑って」
「ぅえっ、萌せんせっ!分かりました、分かりましたからっ。頰を撫で回すのはやめて下さいっ!」
「はは、ごめんごめん。……さて、気も解れたところで話を始めようか。まず最初に同居についてだけどさ」
「またその話ですか」
「当然だろう?寧ろ何でまだ家がバラバラなのかって僕は思っているからね?」
「そうは言いますが、僕達学生時代に家の行き来は頻繁にしていましたけどルームシェアもした事ないじゃないですか」
「高校生だった君はルームシェアの提案を蹴って、僕の前から姿を消したからね」
「うぐっっっ!」
「まあ今日はその話を掘り返すつもりはないから一度隅におくとして」
「そのつもりなら態々刺してこないで下さい……」
「正直な話し、目金君の言いたいことは分かるよ。僕達もこの五年間で確立された生活習慣というものがあるし、特に僕は自宅用に借りた部屋を仕事部屋としても使っているからね。目金君は仕事柄、編集さんやアシスタントの人達に見られたくない物だってきっとあるよね」
「ええ、ですから」
「けれどさ。僕が今借りてる部屋を完全に仕事用に切り替えて、目金君と住むための部屋を新しく借りたら、君のプライベートもちゃんと確保できると思うんだよね。これなら目金君も安心して僕と一緒にいられると思わないかい?」
「……それって僕も、今借りてるアパートの一室を仕事部屋として置いたままでも構わないのですかね」
「ええー?それをし始めたら目金君絶対家に帰ってこないだろう?僕と一緒に住む家に目金君の仕事部屋とプライベート用の二部屋を用意しようかなと思ってるんだけど」
「あー、でしたら僕はその提案に異議を申し立てたいのですが……」
「えっ、何で?」
「何でと言われましても……えーっと。……あ、そうです。僕この五年の間に人の気配がすると寝れなくなってしまいまして」
「嘘だよねそれ?」
「う、嘘なんかじゃ……」
「僕の家で泊まる時、君が上手く寝付けない様子なんて見せたことないじゃないか。僕の目を見て目金君、それって嘘だよね?」
「……はい、嘘を付きました」
「素直に言えて偉いね。それで?何で僕と一緒に暮らすことを拒むんだい?目金君は特別潔癖というわけでもないし、人と長時間一緒に居るのが苦痛という気質でも無いよね。まさか、僕と毎日顔を合わせるのは嫌だとか__」
「それは絶対にあり得ません!」
「……わあ、熱烈。冗談のつもりで言ったけど、そんな反応をして貰えて嬉しいな。……なら教えてよ。どうして君は僕と一緒に暮らしたくないんだい?」
「……。萌先生、僕はハッカーです」
「そうだね」
「ハッカーの仕事内容も千差万別ではありますが、僕は決してホワイトハッカーを名乗れる様な仕事はして来ていません。犯罪紛いのことも、まだバレていないだけで国に見つかれば捕まってしまう様な事もして来ました」
「……目金君らしきハッカーの噂、僕も君と再会する前に元秋葉名戸学園の仲間から聞いたことがあるよ。とある情報のためならどんな依頼もこなしてみせる凄腕のハッカーがいるらしいってね。それってきっと、フィフスセクターとかいう組織が絡んだ話なんだよね」
「ええ。萌先生の言う通り、僕はフィフスセクターの情報を掴む為にあらゆる依頼を受けて来ましたし、依頼主との信頼を築く為に危険な橋を渡ったこともあります。フィフスセクターが崩壊した今も、その頃縁を繋いだ依頼主から仕事を受けることも時折あるんです」
「……」
「僕は自分の実力を疑っていませんし、外部の人間にこれまでの行いがばれるだなんて思ってもいません。ですが、万が一何かあった時に、貴方を巻き込みたくないんです」
「……。お互い別々に住んでいれば『知らなかった』と言い切る事ができるけど、一緒に住むと言い逃れはできなくなる。そう言いたいんだね?」
「……はい」
「成る程ねえ、目金君が言いたいことは分かったよ。……ていっ!」
「いっ!?何で急にデコピンなんてするんですかあ!?」
「目金君が悪いよこれは」
「何でっ!?」
「僕は君と一緒に暮らせるなら、警察に捕まったって構わないよ」
「__、は?」
「何なら、目金君が警察に連れて行かれて、刑務所に入れられちゃっても待ち続ける。それくらいの覚悟はとっくに出来ているんだよ僕は」
「っ!……」
「目金君が僕を守りたいって思ってくれる気持ちは嬉しいよ。けれど、そのせいで君と離れ離れになるのは嫌だ。五年以上離れ離れだったんだよ?もうこれ以上君とバラバラになるのは嫌だよ」
「萌先生……」
「それにさ。そんな危ない仕事をしてるって自覚してるなら、さっさと足を洗っちゃえば良いじゃないか。もうフィフスセクターは崩壊したんだろう?」
「そうは言いましても。現状僕の稼ぎはハッカー業によるものだけですから」
「僕なら君一人くらい余裕で養える」
「萌先生?」
「もしお金が欲しいならお小遣いを毎月出してあげるし、アシスタントとして雇う事だって出来る。だから目金君、辞めちゃいなよそんな仕事」
「も、萌先生が僕を紐ニートにしようとする……」
「そうだね。僕は君と一緒に暮らせるなら目金君をニートにすることさえ厭わない」
「ひえっ」
「……まあ、流石にこれは冗談だけどさ」
「萌先生絶対本気でしたよね?怖いんですよ、貴方のその目は」
「本気ではあるよ。どんな手を使ってでも僕は目金君と一緒にいたいんだ」
「……良いんですか?本当に。僕なんかと一緒に暮らすなんて」
「君なんかじゃない。目金君だから一緒に暮らしたいのさ。……と、言うより!そもそもの話だけど目金君はここ数年で幸福閾値が低くなりすぎている!」
「ぅえっ。も、萌先生?」
「目金君さあ、僕と一緒に暮らすことをゴールと認識して無いかい?」
「ええ?……そう言われてみると確かに、同居をお付き合いにおける最終到達地点と見做している節はあるかもしれませんが」
「甘いよ目金君」
「あ、甘い?」
「僕と目金君の幸せ家族計画に、必要不可欠な要素があると思わないかい?」
「しあっ、かぞっ……!?」
「そんな言葉でキャパオーバーしないでよ。僕が掲げる一つの大きな目標。それは勿論、パートナーシップ宣誓制度への登録さ!」
「……………」
「……思ったより反応が薄いね。想定の範囲内だったかな?」
「……正気ですか、貴方は」
「えっ?」
「パートナーシップ宣誓制度。これは同性婚が認められていない日本に於いて、その制度は登録することは婚約を意味すると同然なんですよ?分かっているのですか?」
「だから、僕はそのつもりで__って。ああ、そうか。成る程ね」
「……」
「確かに僕は、数年前に一度その申し出をした時は目金君に断られたし、目金君が姿を消した後他の人とお付き合いをしたりもした。当然女の人とね」
「……」
「その経験を踏まえた上でさ。僕は目金君と結婚……では無いけど。実質的な婚姻関係になりたいなと思っているわけだけど。……目金君、どうかな?」
「__ですか」
「えっ?」
「……今の僕では、あの頃の様に夜空の下でプロポーズといったシチュエーションでは、話して貰えないのですか?」
「…………。ふっ、くっくっ。っあははは!」
「っうわ!?ちょっと、急に抱きつくなんてっ……!」
「うん、そうだね。ごめんごめん。こんなムードのかけらもない自室でする話じゃなかったね。ねえ、目金君。満点の星空の下で、今した話をもう一度したら、うんって言ってくれる?」
「……さあ、どうでしょうね?」
「えぇー?ちょっと。目金君っ!」
「……ふふ、あははは!」