若き日の過ち「クリスマスって言えばさあ、昔面白いウイルスに感染したことあるんだよね」
「何だよお前急に」
「いやさ、世間はもうクリスマス一色だろう?僕たちずっと部屋に引きこもってばかりいるけど日付を見ちゃうとどうしても意識しちゃってさ。つい思い出しちゃったんだよね」
一年の節目が目の前に近付きつつある12月中旬。いつもと変わらずアジトに籠り業務に励んでいたある日、何の前触れもなく萌がクリスマスに纏わる__それもインターネットに毒されたオタクらしい__思い出を語り出した。目の前の仕事に飽き始めていた他のメンバーも作業の手を止め萌の話に相槌を打ち始める。
「それで?どんなウイルスだったのですか?」
「それがさ、クリスマス当日になった瞬間ソリに乗ったサンタが画面を横切るだけっていうウイルスなんだよね。ドット絵で描かれた小さいサンタが」
「ZIP開いたら感染するやつとはまた別のやつなのか?」
その当時流行っていたウイルスに目星を付け、芸夢がそう尋ねるが萌は首を横に振りそれを否定する。
「それとはまた違うかな。感染しても何のデータもとられなかったし、そもそも怪しげなファイルも開いていないのにいつの間にか感染していたから」
「あー、昔はユーザーをびっくりさせる為だけのウイルスってありましたよね」
「勝手にDVDプレイヤーが作動するやつとかな」
「アダルトサイトに行ったら変なウイルスに感染してデスクトップアイコンがいかがわしいデザインにすり替えられたとかもあるあるネタだったよね」
「……漫画君そういう経験があるのですか?」
目金がジトリとした目を萌に向けるが、その反応ごと萌はケラケラと笑い飛ばす。
「そんな訳ないだろう?あの手のマルウェアが流行っていた頃って僕らは全員学生だったんだし」
「アダルトサイト関連のウイルスはテレビとかでも笑い話として語られていたしな」
「……まあそもそも、インターネット黎明期をここにいる全員が把握しているというのも可笑しな状況ではありますが」
「ははは、今更でしょそれは」
「それもそうだな」
あはははと和やかな笑い声がアジト内を包む。話に区切りがつき作業に向き直る流れかと思われたが、萌は再び話し出した。
「ウイルスで思い出したんだけどさ、僕小さかった頃は凶悪なウイルスをばらまいていた人の事ちょっとかっこいいって思っていたんだよね。恥ずかしい話だけど」
「ダークヒーローみたいな感じか」
「そう!あの頃はネット犯罪に対する意識とか低かったから余計にさ」
「まあ分からんでもないな。ウイルスに感染する恐怖以上にその技術力に感心しちまったりとか」
「そうそう、そんな感じ」
「…………僕はただの犯罪者だと思いますよ」
平時であれば話題を振った者以上の知識を持って語り出していそうな目金が、何故か背中を丸め如何にも気まずそうな様子でボソボソと二人の意見に意を唱える。
「え、それ目金君が言っちゃう?」
「ハックよりもクラックの方が得意なお前が?」
「……僕の事は気にしないで話を続けてください」
その背にらしからぬ影を背負いしょぼくれた様子で目金はパソコンへと向き直る。そんな目金の様子に芸夢と萌は不思議そうに目を合わせながらも、その原因が分からない為話を続ける事にする。
「……まあそう言うならそうさせてもらうけど。それでさ、あの頃世間を騒がせたウイルスと言えばILOVEYOUだよね!」
「LOVELETTERって呼ばれたりするあれだな。一晩でアメリカ中のネットワークを侵食したっていう」
「流石にあのウイルスが猛威を振るった頃をリアルタイムで観測してはいないけど、あれの模倣犯らしきウイルスは何件か見たことあってさ。だから余計に印象に残ってて」
「あの手のウイルスが流行るたびにLOVELETTERの名前が書き込まれてたからな」
「そうそう!……ところで目金君。気にしないでって言われたけど、机に突っ伏して苦しそうに呻かれたら流石に僕らも触れざるを得ないんだけど」
耳だけでなく首まで真っ赤に染まった目金の背に向かって、萌が声を掛ける。
「……お前、まさか『やった』のか?」
「…………」
「言っちゃったほうがスッキリすると思うよ」
「どうせ時効だろその話」
「…………うううううっ。僕、小学生の頃自作ウイルスをばら撒いたことがあります……!」
「よく言えたな」
「偉い偉い」
己の罪を懺悔出来た目金に対し、芸夢は励ます様に背を叩き、萌は優しくその背を撫でる。
「ううう、まさかこんな形で黒歴史を掘り起こされるだなんて……」
「目金君にも黒歴史って概念が存在していたんだね」
「それで?どんな奴作ってばらまいたんだよ」
「……LOVELETTERに触発されて作った、破壊だけを目的としたウイルスです」
「うわ害悪。目金君らしくないね」
「だから言いたくなかったのですよ……」
目金は羞恥に耐え切れなくなったのか顔を手で覆い隠す。
「いつ作ったんだよそれ」
「確か7歳の頃ですかね」
「天才じゃん」
「コードとか他のウイルスの丸パクリでしたし、オリジナリティが無いウイルスでしたよ。あんなユーモアのかけらも無いウイルスを意気揚々とばら撒いていい気になっていただなんて、誰にも知られたくありませんでした……」
「そこなんだ」
「罪の意識とかじゃねえんだな」
当時まだ法が整備されていなかった頃とはいえ、罪を犯していた意識よりも己のばら撒いたウイルスの拙さを恥じているのかと萌と芸夢は呆れ笑う。
「ですがっ、今の僕ならもっとユーモアにあふれたウイルスをばらまくことが出来ます!」
「やめようか」
「捕まるぞ一発で」
また変なスイッチが入ったと二人で目金を宥めるが、そんなやんわりとした静止で止まる事なく目金は得意げに語り始める。
「ふふっ、この僕を舐めないで下さい。僕が本気を出せば痕跡一つ残さずに感染したことにすら気づけない形でウイルスをばら撒いてみせますとも」
「へーえ、一体どんなウイルスを作るつもりなんですか?目金さん」
「そうですねえ、まず…は……?」
本来ならする筈のない女性の声が聞こえ、目金はぴたりとその語りを止める。萌と芸夢の目線が自分のその更に先を見ていると気付き、目金はゆっくりと後ろを振り返る。
「お、おお、音無さん!?いつからそこに?!」
「最近大人しくなったかと思えばまた変な事を企んで。今度は何をするつもりなんですか?」
「いや、ちがっ!誤解ですよ!今のは唯の雑談の一環で」
「私の耳には犯罪の計画書を作成しているようにしか聞こえなかったですけどね」
「違うんですよ!二人も黙っていないでフォローをして……あっ、ちょっと!どこに行くつもりですか!」
仲間二人に助けを求めるが、目金が音無に弁解している間に萌と芸夢はアジトの入り口の前に立っていた。
「いやー僕たちまだ昼ごはん食べていなかったからさあ、キリが良いし外で食べてくるねー」
「1時間は戻って来ねえからゆっくりしてってくれ」
二人は『面倒そうだから僕ら逃げるね』とアイコンタクトをもって目金に伝え、晴れやかな表情で笑いかける。
「何が昼ごはんですか。二人とも少し前にコンビニへ買い出しに行っていたじゃないですか!ああ、ちょっと置いて行かない___
バタンッ、と音を立ててアジトの扉が無慈悲に閉められる。目金はやけに慌てた様子であったが、彼女なら変な誤解もせず穏やかに話を終えてくれるだろう。そんな信頼という名の無責任な考えの元、萌と芸夢は路地裏を後にし「今日何食べる?」なんて呑気な会話を交わすのであった。