あなたとドライブ薄い雲が水色のキャンバスに点々と散らされている。木の影からキラキラと太陽の光を眺めることができる、そんないい天気である。世の中は夏の産声と共に浮き足立っていた。それもそのはず、一般的にどこかに勤めている人びとが、珍しくまとまったお休みを取ることができる特別な1週間が目前なのだ。トリエルは、地下にいた頃には絶対に感じることのできなかった、充実に抑圧された習慣からの開放感を味わっていた。
左手でボタンを押し込み窓を全開にする。少し窓から乗り出す。ゴワゴワと風が叫ぶ声を顔に受けながら、しっとりと目を閉じた。音とは裏腹に、風は撫でゆく時とても優しいのだ。トリエルは風の優しさに今日も心を解いていく。
「気持ちいいかい」
優しさを煮詰めた声だ。トリエルはよく知る声の主へ振り返った。顔は正面を向けたまま、左手でハンドルを持ち、右手は頬杖をついていた。車の運転なぞ慣れたもの、といった様子だ。
「気持ちいい」
「そうかい」
ぽつぽつと言葉を交わすだけだ。彼の笑む口元につ、と視線を滑らせる。言葉数が少なくとも彼には私の考えていることが伝わるようで、居心地が良い。歳のわりに察しがよいのだ。この小さな骨の彼のことを、まだ姿も見ぬ頃から慕っていたのだと思う。太陽の下に出て私たちの足元は照らされた。と同時に、私の影に身を潜めていたこの気持ちも照らされて、今こうして彼の隣にいる。
「来年は、もうちょっと遠くへ行こうぜ。オイラとおくへ行ってみたい」
はにかみながら自分の欲を言葉に乗せる。こういうところがかわいらしいと思う。弟に対してとはまた違った、私に対しての甘えが心底愛おしくて仕方がない。
「そうしましょう」
視線を車窓から見える景色へ移す。遠くに見える山のように。私は、彼の広くて穏やかな場所でありたいわ。