サンズがどうしようもなくダサいセーターを着る理由 モンスターが地上に出てから数年が経った頃、ある街で不思議な噂があった。
「この街に奇妙な格好をしたモンスターがいる」と。
「そのモンスターはいつも同じ格好をしていて、いつも同じ時間に現れる」と。
何故、いつも同じ時間に現れるのか。また、奇妙な格好をしている理由は何なのか。
そのモンスターに話しかけても軽く受け流されるだけ。理由を知るものはいなかった。
◆◆◆
1人のモンスターがある場所へ赴く。
すれ違う人間の女性達はモンスターを見て呟いた。
「ねぇ、あのスケルトンが着てる服見て」
「草。何あの服」
そのモンスターが向かう先は……。
◆◆◆
半年前―
「植物状態?」
「睡眠や呼吸、意識など生命維持に必要な機能はし続けていますが、大脳が機能していない状態のことを言います。命に別状はありませんが、今までのように日常生活を送ることは困難でしょう」と医師は言う。
交通事故でトリエルが植物状態になってしまった。
「治療法は、あるんですか?」
サンズは動揺し、声を震わせながら尋ねた。
「治療を続けることで回復していくかもしれませんが、正直感情の意思表示を表に出せるまでどのくらい時間がかかるのかは分かりません。人によって様々です。感情を出すのに10年以上かかった人もいますので」と医師は淡々と話し、衝撃的な宣言する。回復の見込みが薄いと言われ、あまりにも突然の出来事で状況を理解出来ず、サンズは困惑していた。思考が停止し、意識があやふやなまま、看護師にトリエルがいる場所へ案内された。
病室に辿り着き、中へ入る。
ジョークが大好きで、明るくて優しいトリエルの姿は何処にもいなかった。昨日まで何でもない、当たり前の日常を普通に過ごしていたのが嘘のように、まるで別人のようだった。そこには氷のように冷たく、固い表情をした女性がいた。
サンズは恐る恐るトリエルに話をかけてみたが、反応は無かった。
耳に届いたのは微かに聞こえる呼吸音だけ。
命は無事助かったものの、トリエルのその容貌はサンズを不安にさせた。
別の日にお見舞いに来ても反応は変わらなかった。アズゴア、アンダインとアルフィー、そしてパピルスもお見舞いに来てトリエルに色々と話をかけてみたものの、表情はそのままピクリとも動かず、何も起こらなかった。
カタツムリ、バタースコッチパイ等、トリエルの好きなものを用意してきたが何も変化は起きない。どうすれば良いか分からず、ぎこちない重苦しい空気が漂う。人形と話をしているような気分だった。
もしこのまま感情が二度と戻る事がなかったら……と、先程から悲観的な思考が思い浮かぶ。
翳りゆく夕暮れが余計、不安が募る。
途方に暮れる、灰色のような日々が続いた。
◆◆◆
何も出来ないまま半年が過ぎた頃、ある日パピルスが部屋の整理をしていた。地上で過ごすようになってから何でも興味を示すパピルス。パズルや料理以外で地上にあるものが新鮮で刺激的だったらしく、興味本位で色んなものを買いすぎて物が溢れてしまい、断捨離をしていた。
断捨離をしてる中、パピルスはある物を見つける。
「兄ちゃん! 見て! これ覚えてる? パーティーでトリエルさんに貰ったミトン!」
パピルスが取り出したのは、何時ぞやのパーティーでトリエルが皆に手編みのニットをプレゼントしてくれたものだった。
「あぁ、懐かしいな」とサンズがそう懐かしんでいると
「兄ちゃんのもあるよ!」
あのパーティーでアンダインにはヒレぶくろ、アルフィーにはしっぽウォーマー、パピルスにはミトン、そしてサンズには……
「ダサいセーター!」
どうしようもなくダサいセーター。
正直、これを着るには勇気が必要だった。あまりにも”どうしようもなくダサいセーター”だったのだから……。
前に1度だけ強引に着せられた時にトリエルが顔をくしゃくしゃさせて笑い泣きをしていたことを思い出した。
「アハハハ! 自分で作っておきながら言うのもあれだけど、本当に”どうしようもなくダサいセーター”ね!」と。
サンズはセーターを見つめ熟考する。もしかしたらこれを着れば何か変わるかもしれない、と淡い期待を抱きながら……。
◆◆◆
受け付けで簡単な手続きを済ませ、病室へ向かう。
サンズはいつものようにギャグを披露する。反応がなくても、サンズは新作のギャグを思いついたらトリエルに聞かせていた。これがいつもの日課となっていた。だが、今日は少しだけ違った。
サンズはセーターを取りだし着用する。
「トリィ、見て。あの時のパーティーで君から貰ったセーターを着てきたんだ。覚えてるか?」と見やすい位置について語りかける。
特に変化もなく、反応は無かった。
今のトリエルに以前の姿はどこにも無い。これまで何度話しかけても反応は無かった。それでもサンズはトリエルに話しかけ続けて、ジョークを言い続けた。今までは。
植物状態になった人が必ずしも皆そうとは言いきれないが、声を出すことや身体を動かすことが出来なくても聴力だけは正常に機能している事があると知ったサンズは出来る限り毎日通い、今日の出来事や他愛のない話しを聞かせていた。
今は反応が無くとも、聞いてくれてると信じて。
長い沈黙が続き、しばらくしてサンズが口を開く。
「……あー、悪い、これを着れば何か変わるかもしれないと思ったけど、やっぱ意味ないよな。こんなの……」
自信がなくなり、だんだん声が小さくなる。
セーターでもダメだったかと諦めた瞬間だった。
「…………………ッ………───……………」
トリエルの表情が変わった───ように見えた。いや、よく見るとほんの僅かだが口角が上がっている。
沢山話しかけても、ジョークを言っても無反応だったのが、セーターを着たら反応を見せてくれた。
今までは暗く固い表情だったのが、ほんの少しだけ柔らかく温かみのある笑を零している。
「トリィ、笑ってる……?」話しかけても言葉による応答はないが、表情で返してくれたように見えた。
サンズの目から熱涙が流れた。
これまで何度も出口の無いトンネルの中を彷徨ってるかのような絶望的な状況が続く中、小さな希望の光が見え、心の底から湧き出る程喜びが溢れでた。
肩を細かく震わせて声を出さずに静かに泣いた。
◆◆◆
近道をすれば一瞬で目的地に辿り着けるが、モンスターより人間の方が圧倒的に多いこの地上で近道をすると驚かせてしまうのと、何時どこで誰が目撃をしてしまうか分からない。モンスターが地上で暮らせるようになっても、まだ存在を受け入れられない人や嫌悪感を抱く人も中にはいるので油断は出来ない。あまり公にしてしまうと説明を求められたりとかなり厄介なことになり、変に怪しまれるのもなるべく避けたいので、余程のことでない限り歩くようにしている。
移動する多少面倒臭さはあるが、地上の風景や街並みを眺めるのは小さな楽しみでもあった。
病院へ向かってる途中ですれ違った女性達が、サンズが着てる服を見て呟いた。
「ねぇ、あのスケルトンが着てる服見て」
「草。何あの服」
見知らぬ人の嘲笑や冷笑が周囲に響く。
サンズの存在よりも、セーターのデザインが周りの目についた。中には「そのダサいセーターどうしたんだ?」と皮肉なことを言い、からかってきた人間もいたがそれどころではなかった。その場しのぎで軽く受け流す。相手にする必要は無い。
サンズが笑わせたいのは周りの人ではなく、1人の女性だけ。気にかけてる場合ではない。
道行く人にセーターの事で散々笑われ、サンズ自身笑われるのは構わないが、トリエルが作ってくれたセーターを否定されているようで気分は良くなかった。
あのパーティーで過ごした時間がサンズにとっては特別で、友だちから貰ったプレゼントがどんなものであろうと気持ちが嬉しかったのだ。大人数で集まってパーティーをすること、プレゼントを貰ったのは初めての事だったから。色々とひどい目にもあったが、誰かと過ごす事がこんなにも嬉しい気持ちになること、楽しいという心温まる感情が芽生えたのもあのパーティーのおかげ。
記憶が残っているから……。
別の日もセーターを着用して病院へ向かう。
「またあのスケルトンだ」
「本当だ。いつもこの時間になるとやって来るな。あいつ」
「変な格好」
道すがら、またしても周囲から嘲笑や冷笑の声が耳にまとわりつく。
面会に行く際、いつも同じ格好をしてるせいか、次第に奇妙な格好をしたモンスターの噂が広まり、話題になったがサンズにとってどうでもいい事だった。
病室に入るとまた、トリエルの口角が上がった。以前と比べ、優しい表情をするようになった。この事を医師に告げると、稀に何らかのきっかけで回復する動きがあるとのこと。呼びかけることで、症状が緩和された報告もあるということ。
「表情の変化や反応が出るのに10年以上かかった人もいる中でこんな僅かな期間で反応が出るのは本当に奇跡的な事だ」と。医師本人も驚いていた。
些細なきっかけで起きた奇跡。
セーターを着てる時だけに見せる表情。
少しでもいい、ほんの僅かでも構わない。これを着続ければもしかすると表情がもっと豊かになるかもしれないと思えたら羞恥心はどこかへ消え、さほど気にならなくなった。トリエルが笑ってくれるなら喜んで着よう。見た目やデザインがどんなに個性的で笑われようとも、このセーターはサンズにとって価値のあるものだから。
今日もサンズはトリエルから貰った”どうしようもなくダサいセーター”を着て病院へ向かう。後ろ指さされても、周りの皆に笑われても、センスがないと言われようとも、気にせず向かう。
この格好で笑顔になってくれる人がいるから。
いつかまた、笑い合える日がくるまで───。
ある街で噂があった。
奇妙な格好をしたモンスター。
いつも同じ格好をして、決まった時間に現れるモンスター。
そのモンスターが奇妙な格好をしてる理由とは……?
これは友人の為にある行動をとった、1人のモンスターの話。