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    ぱしぇりー

    @paxueli

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    ぱしぇりー

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    初期のアサザ&じゅにあ。雨と拳銃の話に吸収されることになったので供養。2021年7月

    「パパがわたしに護衛をつけたこと、どう思う?」
     この方の質問はいつも突拍子もないのだ。
    「どうって……英断だと思いますよ」
    「なぜ?」
     そして、自分が満足できるまで相手を追い詰めるように質問攻めにするのだ。この方は答えがわかっているような質問をして相手を試す癖のようなものをお持ちなのではないかと、私は近頃、漸と気づき始めたのであった。私がじわじわと額に汗をかきながら言葉を選び必死に思索しているのをご存じなのか否か、それは当人のみが知るわけだったが、純真で透き通ったその方の眼を疑うのには幾分かの罪悪感が伴い、余計たちが悪かった。
     返答に時間をかければかけるほど、質の良いものを出さなければならなくなるものだ。私は大方の道筋を決めると早々に口を開いた。
    「あなたはあまりに本部に近いところでお育ちになったようなので実感が湧かないかもしれませんが……海軍将校というのは『とても偉い人』なんです。本部の中将なんてもうそれはそれは。偉大なる航路じゅうに名前が知れ渡っているようなものです。加えて、海兵というのは全人類に好かれる職業ではありません。あなたならもう私の言いたいことがわかるでしょう」
     私は半ば投げやりにそう言い終えると、手元のカップを口へ運んだ。
    「本人に内緒で護衛をひとり雇えるようなえらーい海軍本部中将殿を父に持つわたしが逆恨みの標的になりかねない、ってこと?」
     それ以上の返答を私に期待するのをやめたようで、その方は私の意図を漏れなく汲んだ上に一般的な結論をくっつけてまとめた。
    「そうです。誘拐して身代金を要求、とか……それに、過去には殺害される事件もありましたから」
    「考えたくない」
     その方はひたと長い睫毛を伏せた。
    「すみません、いらないことを言いました」
     長年の職務のせいか、物騒な物言いに慣れてしまった自分の口が憎かった。護衛をつけることには賛成だが、私のような……こうも軍人の気が抜けきらないままの者をつけることには些か疑問が残った。
    「謝らなくていいよ……わたしが聞いたんだし」
     その方は徒に質問を投げかけたその時とは打って変わって、ひどく繊細に私を見上げた。私はその視線から逃れるように指を動かし、不用意にカップとソーサーがぶつかる音を立てた。

     まだ赤子だったこの方を私が初めてお抱きしたのはもう十何年も前の話だった。歳のせいか、随分最近のように思えるのだ。誰に抱かれても泣きもしないどころか、笑みを浮かべ……いや、それは赤子の本能なのかもしれないが、とにかく、その方は純粋無垢な微笑でひとを虜にしていたのだ。
     私の中では暫く赤子のままで時間が止まっていたその方も今ではこんなに立派になられて、とは言えどもまだ十四の少女で、世間知らずとも取れるような振る舞いが少し目につく、いかにもご令嬢という佇まいでありながら、どこか素朴な雰囲気がまた人を惹きつけるようであった。
     世間知らずというのも、この方は軍事要塞でお産まれになって、十三年間をそこでお過ごしになったのだから、この方に非があるわけではないのだった。この方が大砲の音や緊急のサイレンで郷愁をお感じになるのだろうかと思うと、寧ろ切なさまで覚える。

     私が顔を上げると、その方は背の高いグラスにさされたストローをぐるぐると回して、その液面をじっと見つめていらっしゃった。先程の私の粗相を気にもしない様子で波紋を見つめながら、子どもらしい笑みをお浮かべになった。
     先程の突飛な質問然り、この方は案外呑気でいらっしゃるのかもしれない。でなければ、先程のような不自然な質問をなさるわけがないのだ。というのも、その方がまだ三つか、それにならない頃、例の逆恨みが原因で事件に巻き込まれたことがあったと聞いた。幸い大事には至らなかったものの、ひどく怖い思いをしたはずだった。元よりその方の身を案じていたその方のお父様は、その事件を引き金に一層過保護になられたどころか、その方や奥様のことを思って別居や離婚まで考えていたと聞いたくらいだった。そして、母親の腹の中にいたときのことまで覚えているのではないかというくらい、異常なまでに記憶が鮮明なこの方が、その事件をお忘れになったわけがないのだ。
     そうであるのに、その方は私という護衛の存在に疑問をお持ちになる。それは半ば仕方がなかったとはいえ、相談もなしに護衛をつけたその方のお父様へのささやかな反抗心から来るものであるのかもしれなかった。或は、逆恨みや何かでこの方へ向かってくる相手へ、一種の同情のようなものを感じているのかもしれない。同情などというのも、その方が自分自身をまるで他人のように見ることができる人であるのに加え、身辺の安全が約束されているからこそできたものであるのだが、私はその点で、その方へ恐怖のようなものを覚えた。こんな呑気でおられるのではなくて、背後に迫る影にびくびくと怯えてくださっていた方が、私としてはもっとやりやすいと不躾ながら思っただけかもしれないが、一般的に考えても、やはりこの方の思考は常軌を逸していると言ってもおかしくはないように思える。

    「もしかして、私のことがお嫌いですか?」
     ふとそんな言葉が私の口から出た。ここで嫌いと言ってくだされば、すべてのことに綺麗に、単純に説明がつく気がしたのだった。その方は驚いたように顔を上げると、半ば睨みつけるように私を見たかと思えば「馬鹿ね」と呟いて肩の力を一気に抜き、眩しい笑みをお浮かべになった。私は帽子のつばを掴むと乱暴に引き下ろし、目元の影を深くした。
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