青空まち歩き 強すぎる日差しは相変わらずで、季節外れという言葉も空しい十月半ば。
それでもようやく秋めいてきた青空と微風に浮かれて、本日のデートコースは庭園散策からの街歩きである。古式ゆかしい日本庭園の片隅で、堂々と住み着いていた猫の親子に時間をとられ、人でごった返す歩行者天国に辿り着いた頃には、ティータイムを回っていた。
喉が乾いていたが、座って落ち着けるほど余裕のあるカフェはなさそうだ。
「飲み物だけなら、そこで買う?」
旬が指差した先には、ドラッグストアがある。
「……お腹もすいた……」
「我慢」
保護者ぶって目を細めるが、冷えたペットボトルを物色している間に、旬からも腹の虫の音が聞こえた。見下ろした頬が、ほのかに赤い。
それでも見交わした目にはわずかな笑みをにじませ、二人、そそくさと店から出た。
レジ横の目立つ場所に、夏来の写真が印刷されたポップが飾ってあったのだ。巻緒と百々人と、三人が器用されたソフトキャンディのコマーシャルである。
気だるげにレジを打っていたアルバイトらしい女性に、気付かれなくてよかった。
よほど落ち着く人混みに紛れて、一息吐いた分を満たすようにペットボトルを大きくあおる。乾いた喉にまっさらな冷水が気持ちいい。
旬も自分も、右手に飲みかけのペットボトルをぶら提げている。夏来はそれを期待して利き手を空けたが、旬はこの人混みで手をつなぐつもりはないだろうか。
信号待ち、不意をよそおい、意図的に触れた手首を指先でかすめてみたが、何気ない様子で離れていった。残念。
ミネラルウォーターを口に含み、しっかり蓋を閉めなおしたところで、信号が青に変わる。
広い横断歩道を、人波に流されるように渡り終えると、目前には大きな鏡が現れた。違う、量販店のガラス壁だ。マジックミラーにでもなっているのか、左右に分かれる人垣が胡乱に映り込んでいる。
立ち止まるわけにもいかず、駅の方へ向かって右折しつつ、先ほど向き合った自分たちの姿に思いを馳せた。
若者の多い繁華街を歩くから、夏来はキャップをかぶり、旬は伊達メガネをかけてきた。私服はアイドルとしてのメンバーカラーに近い色合いが多いけれど、今日は夏来が黒、旬が紫ベースで、普段とはかなり雰囲気も異なる。
手をつないで寄り添っても、誰に見とがめられることもないのではないだろうか。
そう思いながら、ペットボトルをつまむ右手を見下ろして、その途中でこちらを見上げてくる視線とかち合った。
「さっきのキャンディのPOPさ」
一瞬、何の話をされているのかわからなかった。
「……あ、うん」
「本当に、きれいに階段になってたな」
左の掌を下に向け、胸から左の肩へ斜めに区切って見せる。
「……フフ、そうでしょ?」
テレビでコマーシャルが放映された直後から、SNSでは階段トリオと話題になっていた。巻緒と夏来、夏来と百々人の身長差がちょうど七センチずつということで、撮影中もかなり並びを意識していたのだ。おかげで夏来はあまり経験のない、センターポジションを務めることになったのもいい思い出である。
「……秀と、同じくらいだって」
右手のペットボトルを、頭の高さで水平にする。
「百々人くん?」
頷いてから、意外と、まで言いかけて口をつぐんだ百々人を思い出す――
「意外と小さいって……、よく言われる……」
少しだけ困ったような笑みを浮かべてから、百々人は肯定の応えを返してきた。
「ごめんね」
「ううん……、別に」
確かに本心からの言葉であると伝わったらしく、百々人だけでなく、巻緒も目を丸くしている。首を傾げて見下ろした視線の高さは、隼人のそれに近いだろうか。
「夏来くんは、あんまり気にしないんだね」
言下に他の誰か、例えば巻緒自身と比較しているのだろうことは感じ取れたため、どう答えたものか迷っている間、巻緒の視線もわずかに泳ぐ。
結局、夏来が答えるより先に、巻緒が二の句を次いだ。
「旬くんは、かなり気にしてたから」
「……そう、なの……?」
それはどちらかと言えば、自分や、せめてHigh×Jokerのメンバーではなく、巻緒に向かって聞かせたのかということに対する驚きだ。
「四心伝のときね。ほら、旬くんの成長後が玄武くん、って設定だったじゃない?」
すると夏来より早く、百々人が微苦笑の声をもらした。
「黒野くんと比べるのはなぁ」
「まあ、そうなんだけどね」
いくら何でも相手が悪いというのは満場一致の意見だろう。相手が規格外の玄武であれば、旬が思わず愚痴をこぼしてしまったのも納得はできる。
が、それはそれとして。
「ジュンは……、身長とか関係なく、かっこいいよ……」
常々の確信をこめた言葉に、百々人も巻緒も、一瞬だけ沈黙する。そうして、百々人の口端が感慨深げに緩んだ。
「熱烈だね」
「夏来くんがそう思ってること自体は、すごく素敵だよ」
対して巻緒は、諭すような、ほんの少しだけ非難するような様子で、声を落とした。
「でもね、そのまま旬くんに言うのは、やめた方がいいと思うな」
穏やかだが真剣なまなざしを受け止めて、夏来はゆっくりとまばたきする。
「持つ者と持たざる者の間には、どうしても越えられない壁があるから」
「……そう……かな」
巻緒から百々人へ、視線を斜め上に滑らせると、充分に長身の彼も神妙な顔つきで頷いていた。
「……身長ネタでしゅーくんからかうのはやめとこ」
「秀くんは、俺から言わせてもらえば、持つ者側だけどね」
閑話休題。
もう半分も残っていないペットボトルを見上げ、透明な水と容器の向こうで、早くも薄紅がかってきた空を透かし見る。
「あと七センチ、か……」
「珍しいな」
旬の驚きは最もで、自分でも、長身への憧れを口にしたことは終ぞなかったように思う。
ペットボトルは体の脇へ下ろし、反対に、視線は左を歩く旬の顔へ。いつもの高さ、見慣れない伊達メガネの奥の、見慣れた双眸を見下ろす。丸い瞳が一度、閉じて、大きく開いた。
だらりと下ろしたままであった左手で、今度はしっかり、旬の右手首を握りしめる。
「今は、このままでもいい……かな……」
「……あのなぁ」
視線を逸らし、あたふたと周囲を見回しているが、やっぱり誰からも見とがめられる様子はなかった。
ふ、と、小さく短く息をつく音が聞こえて、旬の右手にぶら下がっていたペットボトルが、左手に移動する。
振りほどくよりはやんわりと右手首が抜けて、寂しさを覚えるよりも早く、互いの掌が重なった。夏来はすとんと下ろした高さ、旬は緩く肘を曲げた高さで、それは全く。
「……ちょうど、いい高さ」
「バカにしてる?」
わずかに口を尖らせて、右手を抜くかのような動きをしてみせるが、フェイントだ。証拠に、逃がすまいと握りなおした夏来の手はそれでも弱いもので、なのにしっかりと、旬の右手は夏来の左手の中に収まっている。
「駅までだからな」
「……じゃあ、もう少しゆっくりしていこうか」
否とは返されなかった。
季節外れの夏日、季節通りに暮れていく街並みを、二人静かに寄り添って歩いていく。